10. アンチ・プロジェクト
「で?俺に一体何の用だよ。」ハインは敵意を隠すことなく相手に向けた。
普段は明るく、当たり障りのない反応を返すハインであったが、今回ばかりは嫌悪が勝った。
「何の用かって?」カイラはそんなハインの様子を、さして気にしていないかのように話し始める。
「何の用かって、そりゃね。……あんたがそろそろ思い知った頃かと思って、会いに来てやったんじゃない。」カイラはハインを見下ろすように、髪をくるくると指でいじりながら笑っている。
「何言ってんだよ。」
「思い知ったでしょ?姉のエレンが探せなくって……。いい加減現実を見たっていいんじゃない?」カイラの言い方は、相変わらず回りくどかった。
ハインはカイラとステファンの思惑を心の中で考えている。思い知った。何をだ?確かにエレンは見つからないが、それが一体なんだって言うのだろう、とハインは思った。……いや、一つだけある。彼らはハインを、引き入れたいのだ。しかしそこまで考えてみても、カイラとステファンへの嫌悪感情が、ぐるぐるとハインの胃の中を渦巻いていることには変わりなかった。
「あは、いいわよ別に、あんたが私たちを嫌っていても……。」カイラはなんてことないと言いたげな様子でそう言った。
「あんたは昔からそうだった。……私たちとは相容れないみたいな顔してさ、でも表向きは友好的であるように振る舞っている。誰とも対立できないくせに、徹底して群れる方向にも振り切れない。」中途半端だ、とカイラは言った。
「だから、私たちが用意してあげたんじゃない。あんたがこっちにつかざるを得ない理屈ってやつをね。」カイラの言葉に、ハインはごくりと唾を飲み込んだ。
「どういう意味だよ……。」ハインのつぶやきに、カイラとステファンは顔を見合わせて軽く笑う。
「エレンの、位置情報についての情報提供、他のドライブ中毒患者に関する情報提供、そしてネオステラ関係者からの、内部告発。」カイラは、ゆっくりと条項を読み上げるようにそう言った。
ハインはしばらく目を泳がせて沈黙した。正直、頭が追いつかない。だが一つだけわかることがあるとすれば、カイラとステファンは単にドライブ中毒患者を探そうとしているわけではない、ということだ。ただそれが意味することは、ハインの想像の限界を、とっくに超えてしまっているものだった。
「ね?あんたと、私たちの情報をうまいこと合わせて、責任の所在とやらをはっきりさせに行きましょうよ。」
「何言ってやがる。」カイラの提案はリスキーだ、とハインは思った。
「お前たちがやろうとしてることがどういうことか、わかってんのか?」ハインの語気が荒くなる。
「単に、裁判とかってんなら、話は別だが。」
「裁判?……本気でそう思うわけ?」カイラは再び嘲るように軽く笑った。
「現状、ネオステラはドライブ中毒患者を認めていない。ニュースで取り沙汰されることはあっても、単なるオカルトと同レベルの扱いを受けている。そんな中で裁判なんて、勝ち目のないことするわけないじゃない!」
カイラの言うことは最もだった。しかし、ネオステラに対して正規の手続きで主張するとすれば、裁判以外にやりようがない、とハインは思った。
「待て、それじゃあ他にどうするってんだよ。」ハインはわずかに嫌な予感が頭をよぎった。
「革命。」カイラは端的にそう言った。
「どうやって。」周囲の時間が凍りつくように、緩やかになるのをハインは感じた。
「それは、言えない。少なくとも、この場では。」カイラがゆっくりと呟いた。
まじかよ、と思いながら、ハインはじっとカイラを見つめた。
「おい、正気か?」
「正気。」
「本当に俺が協力すると思ってんのか。」
「思ってる。」カイラは妙に確信めいた口調で答える。
「だって、あんたは身内想いのバカだから。」
「なんだって?」ハインは眉を寄せて顔をしかめた。
「ありえない。」
「本当にそう思う?」短い応酬の中でも、カイラは堂々とした姿勢を崩さなかった。
それどころか、目つきだけを見れば、ずっと静かで冷静に見える。
「まぁいいわ。別にこの場で決める必要なんて、ないもの。」カイラは髪をくるくると指で弄ぶ。
「そうそう、お前が一度、集会場に来てくれれば済むことだ。」いつの間にかハインの隣に来ていたステファンも、そう言った。
「待て、俺は、行かないぞ。」ハインはキッパリそう言った。
「そうかしら。」カイラはまたしても疑問で返す。
「あんたはエレンのことが知りたいし、あわよくば救いたいとすら思ってる。ステファンの兄貴はまだ数週間くらい前だけど、エレンはもう、眠り始めてから数ヶ月以上も経っている。そろそろ危ないって、言われなかった?」カイラは真剣な口調でハインに言った。
ハインは何も、言えなかった。
「現象としては眠っているだけ。でも、肉体は確実に衰えていく。それで死亡者だって出てるのよ?……ねぇ、ハイン、あんたと私らの情報があれば、もう少しどうにかできるって希望があるの。協力して?お願いだから。」『希望』という言葉を、カイラはやけに強調した。
「けど――。」
「あんたの懸念はもっとも。あんたは私たちが、危ない賭けをしてるんじゃないかって思ってる。……あんたってば真面目だし、そう簡単に危険な橋は渡れない。」それにお友達のこともあるしね、とカイラは言った。
「分かってんなら――。」
「セレンちゃんは、どうするの?」
「は?」カイラが唐突にセレンの名前を出したことで、ハインは思考がついていかずに素っ頓狂な声を出す。
「セレンちゃんは、どうするの?」カイラとステファンが同時に笑った。
なぜ、ここでセレンが出てくるのか。妹はまだ高校生で、自前のシープも持ってはいない。ドライブ中毒になる兆候なんて――。そこまで考えて、しかしハインは他の可能性があることを思いつく。
「待て……、もしかしてセレンは――。」
「そう、彼女もエレンを救いたいって。」つまり私たちの味方なの、とカイラはハインにそう言った。
なるほど、そういうことか、とハインは思った。つまり、カイラたちは最初から俺を引き込むつもりでいたのだと。しかし、ハインの中には、まだ解決しない問題が居座っていた。
「分かった。……少なくともお前たちの言い分はな。」ハインは何度も頷きながらそう言った。
「他に、何か気がかりなことでも?」
「カイだ。」カイラの問いに、ハインははっきりとそう言った。
「俺はあいつと対立したくはない。」
「彼は、ネオステラ社の御曹司だよ?」
「関係ない。あいつとはただ、もっと話がしたいだけだ。」ハインの言葉に、カイラは考え込むように口を閉ざした。
「あっそう……。まぁいいわ。それならそれで、構わない。」カイラは大きく頷く。
「でも、あんたがエレンやセレンのことを思っているみたいに、カイ・ブライトにだって守らなきゃならないものがある。……彼が、正直にあんたに答えてくれるとは、限らない。」カイラはゆっくりとそう言った。
「分かってる。現に一度、はぐらかされた。」
「だろうと思った。」ハインの言葉を、カイラは端的に肯定すると、それまでのバカにしたような笑い方をやめてこう言った。
「とりあえず、あんたは私たちと一緒に来て。詳しい話は、それからにしましょう。……ネオステラ社はドライブ中毒者の存在を認めない。……だから、まずはそこから解決しなくちゃ。」やけに真剣なカイラの様子に、ハインは一時的に言葉を失った。
バーチャル・ワールドの空には、いつの間にか暗雲が垂れ込めており、ハインの遥か後ろの方でも光と共に雷が鳴った。
「分かった。……行くよ。」ハインがやっとの思いでそう言うと、カイラとステファンは満足そうな顔で笑って言った。
「そう言うと思った!」そうしてハインたち3人は、一度バーチャル・ワールドからログアウトすると、『アンチ・プロジェクト』の集会場へと向かうことにした。
それは、仮想都市の路地裏で交わされた不穏な取引。ハインはまだ上手くまとまらない思考を引きずりながらも、今更戻ることはできないだろう、と確信していた。まだカイとの関係を保留にしながら、現実のデネブにある廃工場を訪れた。そこではすでに、ハインたち3人を十数人が待っていた。
「……ハイン。」その中には当然のように妹セレンの姿もあった。
「セレン……。」
しかし、見知った人の姿はセレンだけにとどまらず、ハインはもう1人の知り合いの姿を見つけてしまう。
「お前は……。」
そこにいたのはやけにしっかりとした衣服を身にまとう、メガネをかけた青年の姿。その青年とは、三角都市記念式典の会場で会って以来の再会だった。
「バート・クレイブ。」
「お久しぶりですね。ハイン・リードさん。」丁寧だが神経質そうなその学生は、かけているメガネを中指の腹でクイっと直した。




