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アンドロイドシープは夢をみる【全5章】  作者: Nova
θ:Thunderous Silence

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8. オンライン・ユーザ

 リンク・ノートには、個人間でアドレスを交換したことのあるユーザの情報や、半径1m範囲内で接続可能なユーザを表示する機能が備わっている。バーチャル・ワールド内でこのアドレスを指定すれば、相手のいるマップ上の地点までワープすることができる仕様だ。現実世界でアドレスを指定した場合は、ゲーム内のシステムを経由して、テキストチャットやボイスチャットを送れるようになっている。


 つまり、ハインが病室でアドレスを検索すれば、エレンのユーザ情報が表示されるはずなのだ。今までなぜ思いつかなかったのだろう、と思いつつ、意識不明の人間に対してチャットを送ろうとは思わないのも当然か、とハインは思った。


 アプリケーションからシステムUIを呼び出し、リンク・ノートからアドレス一覧を表示する。当然ながら、アドレス一覧にはカイやソレアのユーザデータも載っている。そこからさらにタブを切り替えて接続可能なユーザの一覧を表示させると、エレンのものと思しきアドレスが見つかった。


『エレン・リード オンライン』


「……ある。」ハインはあまりにもすんなり見つかってしまった表示に、驚きを隠せずに唇を舐めた。


 なんであるんだよ。自分ではやろうと思わなかったので仕方がないが、こうもあっさり見つかってしまうとどうも心が落ち着かない。何はともかく、このアドレスがエレンのものであるならば、何かしら彼女に対してアプローチができるはずだ。ハインはそのユーザ情報をタップした。


 システムUIが表示され、テキストチャット、ボイスチャット、そしてドリーム・リンクへ招待の3項目が表示される。バーチャル・ワールド内ではワープも選択できるのだが、現実世界ではこれだけだ。ハインは『ドリーム・リンクへの招待』を選択すると、ローディングが完了するのを待っていた。


『招待先を特定できません。』


 ローディング・インジケータが表示されたあと、表示されたポップアップを見てハインは驚いた。


「どういうことだ?」ハインは眉間に皺を寄せた。


 ―コンコンコンコン


 唐突に病室のドアがノックされた。ハッとしてリンク・スフィアの時刻表示を確認すると、ちょうど30分ほど経っている。エレンの担当医が来たらしいことをハインは察して、すぐさま「どうぞ。」と返事をした。


「失礼しますよ。……ハインくんだね?こんにちは。」エレンの担当医は、年嵩の医者だ。

「こんにちは。」エレンと同じような状態の患者を総括して診ているその医者に対し、ハインはいつも通りに挨拶を返した。


「えーっと、まぁ、診察自体は朝のうちに済ませてありますが……、意識状態に変化はありません。呼吸や循環も安定していますし、今のところ目立った異常はありませんね。」医師はリンク・スフィアの共有ウィンドウでカルテを表示しながらそう言った。


 要点だけに絞って整理された内容を見る限り、確かに異常はないのだろう、とハインも頷く。


「でも、もう何ヶ月も眠り続けていますよね?……体、大丈夫なんですか?」

「ふむ……、それはもちろん、大丈夫では、ないでしょうね。今は良くても、肉体的な衰弱は避けられませんし、褥瘡や感染など長期臥床の合併症の危険もあります。」担当医は、ハインがポラリス・アカデミアの学生だと知っているため、いつも比較的言葉を選ばずに教えてくれる。


「つまり?」

「目覚めなければ、どれだけ持つかは……お姉さん次第です。」担当医は静かな口調でそう言った。


 ハインは大きくため息をつき、姉の白い顔をじっと見つめた。眠りにつく前の姉も白かったのだが、確かに前よりもずっと血色が悪く、頬も痩けて骨が目立つように感じられる。とはいえ、姉は眠りにつく前でさえ、目の下に真っ黒いクマを作っていたが。ハインは軽く頭をふると、担当医に対して質問をした。


「あの、このフロアには他にもエレ……、姉と同じような状態の方がいますよね?その方々は、どうなりましたか?……あ、言える範囲で、大丈夫ですけど。」


「ふむ、そうですね……。言える範囲ですが、まだ自力で目覚めた方は見かけていません。皆さん、ずっと眠り続けていらっしゃいます。それ以上の異常がない点も共通です。……接続中のリンク・スフィアも共通ですね。」担当医は、ややスレスレの情報をハインに伝えた。


「接続中?」ハインが尋ねると、担当医は頷く。

「はい……。人によってはですが、シープを病室に持ち込んで、ネットワークを安定させている方もいらっしゃいます。ただ、我々は技術のことは分かりませんので、医者としては、なんとも言えないですがね。」担当医は少し困ったように頭を振った。


「なんでシープ?」

「……一般公開情報によると、シープリンクドライブは基本的にはアンドロイドシープデバイスが前提のサービスですし、そういうことなんじゃあないですかね。」担当医は困ったように首を傾げた。


「あぁ、そうか……。そうですよね。」

「エレンさんは、シープ持ってないんですか?」担当医の質問に、ハインは少し考え込んでしまった。


「あ、そういえば、エレンのシープはうちのじゃないのか……。」ハインは今ふと思い出した情報に違和感を覚えた。

「ふむ……、会社とかで、使われてたんですかね。その、大企業だと、支給することがありますが。」


「そうだったかもしれません……。」ハインは顔をしかめて返答した。

「あの、リンク・スフィアの接続先とかって、わかんないですよね……。」ハインはエレンのオンライン表示を思い浮かべた。


「分かりませんね。それもまぁ、先ほどと同じような理由です……。病と身体へのアプローチは可能だが、病気でないなら対処はできない……。医者というのは、そういうものです。」担当医はため息とともにそう言った。


「あの、言えなかったら、大丈夫ですが……、ネオステラ社へのアプローチとかって――。」ハインが言いかけた時、担当医は手のひらをハインに向けて静止した。

「それについて、我々から言えることはありません。」担当医の表情は強張っていた。

「……分かりました。ありがとう、ございます。」ハインは彼に向かって礼を言うと、そのまま病室を後にした。


 家に戻ると、ハインはまだ昼で誰もいないのを確認しながら自室に入る。ベッドの上に伏せているシープのロボに目をやると、そっとベッドに近づいた。


 ―キュー?


 ハインがベッドに近づくと、ロボが耳をパタパタさせながらこっちを見上げる。


「おぉ、起きたのか?」


 ―キュ!


 ハインが声をかけると、ロボはキリッとした顔をしながらぴょんと飛び跳ねて立ち上がった。ハインは荷物をデスク上に置き、ベッドの縁に腰掛けると、ロボの頭を軽く撫でる。


「ちょっと確認したいことができたんで、今からドライブするぞ。」ハインが告げると、ロボは威勢よく返事をした。


 ―キュキュ!


「よし、じゃあやってみるか!」ハインはベッドに横になり、リンク・スフィアを操作する。ホログラムUIからシープリンクドライブのアプリケーションを起動し、アンドロイドシープデバイスのロボとの接続を確認する。


 ―キュキュ!


 接続確認済みのポップアップ表示とともに、ロボも元気な鳴き声を出した。シープリンクドライブのシステムUIから『バーチャル・ワールドへの接続』を選び、ドライブ開始の案内を確認する。ハインが軽く瞼を閉じると、目の前の暗闇にローディング・インジケータの表示があった。


『バーチャル・ワールドへ接続開始。

  前回の座標を参照しています。

    マップ位置調整中。

 もうしばらくお待ちください。 』


 そうしてしばらく待機していると、ハインは自分の体から意識が浮上していくような浮遊感を感じていた。


『バーチャル・ワールドへ接続しています。

  ドライブ酔いにご注意ください。  』


 最後のシステム案内の後、ハインの頭に音声が響いた。


 ―ハイン・リード……、カイのお友達、良き夢を……。永遠に……。


 何かが囁きかけてくる声をぼんやりと聴きながら、ハインの体は再び重量を取り戻す。


『バーチャル・ワールドへ到着しました。』


『バーチャル・シティ:トライアングル

       噴水広場       』


 立て続けに二つのUI看板が表示され、ハインはゆっくりと目を開けた。


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