3. ハインとソレア
「で、なんでまたこいつがここにいるの?」ソレアが腰に手を当てて、怪訝そうに目を細めている。
2年次学科別のオリエンテーションが終わり、カイはソレアと合流しようと荷物をまとめた。両隣でやっていた他の学科のオリエンテーションもほぼ同じくらいに終わり、教室外の廊下では、再会した友達に声をかけて歩く人たちの声が聞こえた。
「なぁカイ、さっきお前誰と一緒にいたんだ?」先ほどエスカレータで挨拶をした男子学生ジェイ・ルブランが、気さくにカイに声をかける。
「あぁ、えっと、……後輩だよ。」カイは一瞬どう説明しようか迷ったが、やはりストレートな方がいいだろうと思ってそう言った。
「へぇ……、結構かわいい子だったし、うちの学科にあんな子いたかなぁと思ったんだけど、後輩か……。そりゃ納得だ。」ジェイは、カイの前の席に座り、後ろを向いて、机に肘をついている。
「それがどうかしたの?」
「いや?ただカイが女の子と歩いてんのって珍しいじゃん?それでちょっと気になっただけだよ。」ほら、カイってあんま友達付き合い多くなさそうだしなー、と言いながらジェイは伸びをした。
「まぁ、そうかも。」カイは少しだけ不服なように感じたが、とはいえ事実なので素直に頷く。
「あーねぇ、……サークルとか入んねぇの?」ジェイがまた唐突に体を近づけながらカイに尋ねる。
教授はもうすでに教室からはいなくなっていて、あとには談笑する学生がちらほらと残っているだけになっていた。ジェイは1年次の時から、カイにサークルに入らないかと勧めてくるのだが、それがなぜなのかはよくわからない。ただカイは自分の体力から考えて、そういう活動には少し消極的になっていたため、毎回のように断っている。
「うーん、どうしようかな。」
「ん?ちょっと揺らいでる?」
「いや、……体力が、心配で。」
「あーね。俺んとこ、確かに結構活動的だもんなぁ。」カイの返答を聞いて、ジェイが苦そうに顔を顰めた。
「うん、なんかね。すごく楽しそうだけど、足引っ張ったら申し訳ないし。」
「うーん、そうかぁ。俺はカイが入ってくれたらすげぇ嬉しいんだけどな。……ま、仕方がないか。」ジェイの言葉はカイには少し意外だったが、その言葉の意味を尋ねる前に、ジェイは斜め掛けの鞄を無造作に引っ掛けて立ち上がる。
「じゃあまた。気が変わったら教えてくれよ~!」そう言うとジェイは、軽く手を振って笑った後で、小走りで教室を出て行った。
カイがリンク・スフィアのホログラムUIを立ち上げると、チャットアプリにいくつかメッセージ通知が入っていた。中身はほとんどソレアからで、「終わったー?」「そろそろだよね?」「手が空いたらメッセージちょーだい!」と立て続けにメッセージが入っていた。
―お待たせ、終わったよ。
カイがメッセージを入れると、1分もたたずに既読がつき、ソレアからのメッセージが返ってきた。
―オッケー!向かうね!
―わかった、待ってる。
カイはチャットアプリを閉じると、ネットニュースを開いた。今朝ちらりと見ただけだったニュースの見出しをスクロールして探しながら、ため息をつく。少しだけ暑い気がして、服の襟を手前にパタパタと軽く揺らす。少し疲れたのかもしれない、と頬杖を突きながらカイは少し目を閉じた。
「おい、大丈夫か?」不意に横から声が聞こえて、カイはびくりと肩を震わせる。
「何?」
「すまん、また驚かせちゃったな?俺だよ俺、ハイン・リード。」カイがぼんやりと霞む目をこすりながら見ると、隣にハインが座ってこちらを覗き込んでいた。
「いつの間に?」
「さっきだよ、さっき。なんかほら、具合悪そうだったからさ。」ハインはわかりやすく眉の下がった顔をしている。
具合が悪かったか、と言われて、カイはバイタル・ウォッチを確認した。表示は「Safe」。体調に異常はないらしい、とカイは思った。
「バイタル・ウォッチ?やっぱカイ、お前どっか悪いのか?」ハインがカイにぐっと体を寄せる。
「……いや?そういうわけじゃないけど。」カイが反射でそれとなく否定すると、ハインは納得のいかないような顔をしながらも、しぶしぶ体を遠ざけた。
「そうかぁ?ま、大丈夫なら、いいんだけどさ。」まだ疑うような顔をしているハインに対して、カイは「大丈夫だよ。」と苦笑いした。
「でもそのバイタル・ウォッチって……。」
「カイ~?迎えに来たよ~!」ハインの呟きに被さるようにソレアの声が聞こえてくる。
「あ、ソレア。」
「あって何よ、あって。迎えに行くねって言ったじゃん!」ソレアが笑いながらカイの机の前に立ち、すぐ隣に座っているハインを見て驚いたような顔をした。
「で、……なんでまたこいつがここにいるの?」ソレアの疑問はもっともだな、とカイは思った。
「え?いやぁ、ほら……基本的に、終わる時間って一緒じゃん?だから。」
「はぁ?何が『だから』なわけ?」ハインの要領を得ない回答に対して、ソレアが少しキレているな、とカイは思った。
「だからぁ、まだ残ってたら、ゆっくり喋りたいじゃんか!」ハインはニコニコと輝かしいほどニカっと口を開けて笑っている。
「……え〜?」ソレアが若干引いているようだが、ハインは特に気にしていないようだった。
これはどういう状況だろうか、とカイはぼんやりと考えた。オリエンテーションが終わった後は何もないことがほとんどなので、教室に残っているのはこの3人くらいのものだった。もうすっかりピークの過ぎ去った廊下は、時折談笑する声が聞こえる以外は静かなものだ。
「そういえば、同じ学部?」カイが尋ねると、ハインはさらに嬉しそうな顔で笑った。
「そうそう!BIS(生体情報科学部)の、身体機能工学科(Dept. of Somatic Engineering)な!」
「あぁ……、ちょっと前に新設したとこ……。」
「5年前ね。……逆に、なんで今までなかったのかしら。」カイの呟きに対してソレアが言った。
「AIの普及が安定したから、機械と肉体の関連性が再認識されたんだ。ここの大学もちょっと間口を広げる方に、舵を切ったみたいだし。」カイはソレアの疑問に答えると、ふぅと小さく息をついた。
「……ねぇ、大丈夫?」ソレアが屈みながら心配そうにカイを見ている。
「おう、やっぱりちょっと体調悪そうだよなぁ?」ハインも再びカイを覗き込むように顔を近づけた。
カイはその2人の様子に困惑したが、「Safe」が表示されているバイタル・ウォッチを二人の前に掲げて見せて、「本当になんでもないよ。」と繰り返した。
「まぁでも少し、喉が乾いたかな。」カイがそう言いながら服の襟をパタパタ揺らすと、ソレアが首を傾げながらカイの額に手のひらを当てた。
「ん?」
「……うん、熱はないわね。」不思議そうにしているカイをよそに、ソレアは安心したように呟いた。
「なぁ二人とも、一体どんな関係なんだ?」
「幼馴染よ。」
「幼馴染だよ。」ハインの疑問に対して、カイとソレアは同時に答えた。
「ふ〜ん?……仲いいんだな!」それはいいことだぜ、と言いながら、ハインは楽しそうにニコニコしている。
「それはそうと、喉乾いたならなんか飲みに行くか?近くにレストスペースもあるし、自販機でなんか買って飲むのがいいんじゃねぇか?」
「なんであんたが、と言いたいところだけど、それが良さそうね。カイ?そうしましょ?」ソレアはまだハインのことが気に入らないみたいだが、ひとまずその提案に頷いた。
「わかった。」当然カイにも拒否する理由がなかったため、ハインの提案を飲むことにした。




