6.システム上のサイレント・キラー
「全くお前は……。」ジェイの返答に、ロシュカは大きくため息をついた。
こいつはいつもそうだ。少しでも面白いと思えるものを見つけると、倫理観など一切気にせず動いてしまう。退屈が嫌いなのだ、とよく言った。昔から、ただ暇つぶしのためだけにルールの穴をつついて回る。ことの重大性など、全く眼中にないと言わんばかりのその振る舞いは、好意的に見られる外装とは裏腹に、非常に危ういものだ、とロシュカは思った。
「部署はどこだ。」ロシュカは自分とは違う、赤毛の弟に問いかけた。
「わかんない。えっとねぇ、待って?確認するね。」スーツを身に纏った細身のジェイは、綺麗にひと房だけまとめた長髪を、くるくると指で弄びながら何かを操作していた。
「あ、今回はBIS連携ラボだってさ。」
「今回は?」ロシュカが怪訝そうに尋ねると、パッと顔をあげながらジェイが答えた。
「そ、インターンは短期といっても2週間くらいあるんだよ?その中で俺は、開発部署を見せてもらえることになってるの。BIS連携部門なら、うちの学生も受け入れやすいってこと……でしょ?」ジェイはスマートに足を組みながら、小首を傾げた。
「……なるほどな。」ジェイがポラリス・アカデミアのBIS所属なのは知っていたが、さすがに油断しすぎたかもしれないな、とロシュカは軽く目を細める。
「はぁ、厄介なことだな。」
「なんでだよ。」ロシュカのつぶやきに対し、ジェイは不貞腐れたように頬を膨らませて見せた。
愛嬌はある。それは認めよう。陰気だと言われがちな自分とは違って、ジェイの容姿はどこからどう見ても好青年だ。おまけにひと懐っこくて気さくな性格でもある。だが、今この場においては厄介な人選だったと言わざるを得ない。最も厄介なのは、このあえて爆弾に触れたがるような性格の弟が、何度もコンペで優勝するくらいには優秀なのだということか。ロシュカはどうしたものか、とため息をついた。
「ねぇ、兄貴が今何考えてるか……、当ててあげよっか?」面白い遊びを見つけた、と言わんばかりの様子でジェイが尋ねる。
「やめろ。そういうテンションのお前は、ろくなことをしでかさない。」
「よく分かってんじゃん。……俺、兄貴のそういうところ、だーいすき。」思わず舌打ちをしそうになったが、ロシュカは唾を飲み込んで耐え切った。
弟のこういうテンションはどうも苦手だ。人間を機構としてしか見ていないくせに、妙に関心だけは有り余っている。こうやって他人の内部を暴くこともまた、ジェイなりの暇つぶしなのだろう、とロシュカは思った。
「全く……、お前はもう少し、倫理観でも身につけろ。」
「……え?なんで?」ロシュカの端的な苦言に対しても、ジェイは本当に心当たりがないかのような顔をした。
「まぁそんなことよりさ。」
「そんなこと?」ロシュカの思いとは裏腹に、ジェイはあっさりとした切り替えを見せた。
「ドライブ中毒者って、どうなってんの?」ジェイの大きな瞳がきらりと光る。
「……どう、とは。」
「言葉に詰まった。ってことは、表立っては言えないってことね?うん、いいよ。カイもそうだけど、重要な何かにアクセスできるような人間は、沈黙せざるを得ないことがある。」ジェイは解析結果でも述べるかのようにそう言った。
「何を言っている。」
「この前、三角都市記念式典に行ったじゃん。」ジェイはまた唐突に会話の舵を切り出した。
「それがどうした。」
「兄貴、あの場にいなかったよね?……でも、あんたは大したことないかのように振る舞ってたね。」
「だからなんだ。」
「ほら、動揺しない。……つまり、それについては処理済みなんだ。」ロシュカはぴくりと動きそうになる眉毛をかろうじて止めた。
「まぁ、そうだよね。今気づいたんだ。兄貴は俺に、『自分は医者だからそういう施設に所属している』と言った。でも、本当はネオステラにいる。兄貴は俺に嘘をつけない。なぜなら兄貴はまともだからね。まともな奴ほど、正直に言えないことは濁して伝える癖がある。……聞いたやつが、どうとでも取れるようにね?」ジェイは目を見開きながら、笑いもせずに言い切った。
「はぁ……、つまり、何が言いたい?」ロシュカは諦めてため息をつくと、ジェイに向かってそう言った。
「うん、だからね?……カイ・ブライトがどうしてるか、知ってたりとかするかなって。」ジェイは下からロシュカを見上げるように、こてんと首を傾げ、そして笑った。
とても愛らしく。
「……なるほど、だからお前には働き口など明かしたくないんだ。」弟がこういう挙動を繰り返すたび、言えなくなることが増えるということに気づいていない。
ロシュカはそれが残念でならない。
「やった、ってことは当たりってことね。……どうせ機密事項だから言えないんでしょ?」ジェイはロシュカを分かりきったようにそう言った。
「そういうことだ。分かっているなら大人しくしていろ。」ロシュカが再び大きくため息をつくと、ジェイがにやっと小さく笑った。
「ふふっ、別に俺、法を犯したりとかは……、してないんだけど。」
「そういうところだと言っている。実際には犯していなくとも、お前の言葉には説得力がない。」ロシュカは諦めたようにそう言った。
「で、ところでさぁ。……これも知ってたりとかするのかなぁ。」
「なんだ。」もはや、ジェイの切り替えの早さには慣れっこになったロシュカは尋ねる。
「妨害行為。式典の。……あれ、カイと関わりある?」ジェイの瞳孔が開いたような目つきに、ロシュカはうっすらと肌寒いものを感じてしまう。
「……なぜだ。」
「だって状況が状況なんだもの。……今出ている仮説としてはなんだけど――。」ジェイの言葉がゆっくりに聞こえた。
「あのブラックハット、狙撃手でしょ。……違う?」ジェイはリンク・スフィアのウィンドウを操作しながらそう言った。
「なぜそう思う。」
「ビンゴだね。」ジェイは納得したように頷いた。
「あんだけアピールくさいことしたくせに、手柄をひけらかすようなやつが全くいない。……いや、正確にはいたんだけど、どいつもこいつも美学もクソもないような中途半端なやつばっかりだ。……ブラックハットの手口と一致しない。」
「お前は、一体どこまで知っている……。」熱に浮かされたように話すジェイに対して、ロシュカはもはや呆れもせずにそう言った。
「……何も?」
「は?」
「ははっ、油断した?……ちょっと鎌かけてみただけなんだけど。」さすがのロシュカも、舌打ちをした。
「全く、だからそういうところだと言っている。」
「なんで?ただのお遊びじゃん!」ジェイはまたいつもの好青年の顔に戻った。
「それに、最初に言ったでしょ?『兄貴が今何考えてるか……、当ててあげよっか?』って。」ロシュカはいつものようにジェイの頭を手刀で叩いた。
―ゴンッ
「いてっ!……も〜何すんの〜?」甘えたように痛がるジェイに、ロシュカは大きくため息をついた。
「ネオステラの内実について嗅ぎ回ることは別に構わん。そんなのどこのバカでもやっていることだ。……だがな、踏み越えてはならないラインを、お前は全く分かっていない。」ロシュカの淡々とした言葉に、ジェイは少しだけ反省したような顔をした。
「悪かったよ……。ちょっと、興奮しすぎたみたい……。」ジェイは素直にそう言った。
「でもさ……、これだけは本気で思ってることがあるんだ。」
「なんだ?」ロシュカが尋ねると、ジェイは真剣そうな顔でこう言った。
「ブラックハット……、あいつほんとに野良だと思う?」
「どういう意味だ。」ロシュカもまた、眉を寄せながら続きを促した。
「だってさぁ、自己顕示欲的なアピールがないのは本当なんだよ……。どこを探しても紛い物ばっか。んでさ、一個だけ思いついた仮説があんの。」ジェイは間を溜めながらゆっくりと声のトーンを落とす。
「あいつ、どっかから雇われてんじゃ、ないのかなって。」ジェイは、獲物を見つけた狩人のような目をしてそう言った。




