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アンドロイドシープは夢をみる【全5章】  作者: Nova
θ:Thunderous Silence

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5. インターン・スチューデント

 ジェイ・ルブランは、新しいリクルート・スーツに身を包み、ネオステラ・タワーの前で思案していた。まだ短期インターンの開始までには少し時間に余裕があった。ジェイはネオステラ・タワー前の広場にある、空いているベンチへと腰掛ける。まだ定時開始前だというのに、ネオステラ・タワーは人の出入りが多かった。


「ふぅ、ちょっと早くきすぎちゃったなぁ……。」ジェイは軽く足を組みながら、ネクタイの結び目に指をかけた。


 こういうきっちりした服装は、どうも息が詰まって仕方がない。普段ラフな服ばかりを好んで着ているジェイにとっては、なかなかに窮屈な格好だった。しかし、解いてしまうと後から面倒なことも彼には分かる。ネオステラ社への入社のためにも、ここは少しだけ我慢しないといけないよなぁ、と彼は1人でため息をついた。


 ネオステラ社といえば、とジェイは行き交う人々を見ながら考える。ここ1ヶ月、世間一般のニュースでさえも、ネオステラ社の名前を見ない日はないくらい話題に事欠かない。実際、ジェイが少し前に参加した三角都市の記念式典でも、ドリーム・リンク中の外部妨害の件が世間を賑わせていた。


「でもあれはちょっと、やりすぎだよねぇ。」ジェイは式典の様子を思い浮かべる。


 ネオステラ社の技術力や、その発展には、ジェイの目から見ても目覚ましいものがあると思っている。実際彼らの研究に関しては、その論文や成果物に対しても議論に事欠かないほどの賑わいを見せ、式典妨害のハッキング技術に関しても、早速スレッドやサークルを立ち上げて議論する技術者たちで賑わっていた。


 ジェイ自身も、技術話に加わることを趣味の一つとしており、たまにハッカソンや技術コンペに参加するほどの熱量だったが、式典妨害についてのサークルに参加したのも、その熱量がきっかけであったりはするものだ。


「まぁ、友達倒れてる状況で不謹慎ではあるけどね。」ジェイは少し苦笑しながら、ニュースサイトを立ち上げる。


 結局のところ、どこかで問題が起きているとしても、退屈しない日常が必要なのだ。特に技術畑の人間にとっては、式典を妨害したブラックハットに憤りを感じている企業所属のホワイトハッカーたちの他にも、どうやって女神シーラの目を掻い潜ってそれを成し遂げたのか、そっちの方に関心があるギークも結構多いとジェイは思った。


 ネオステラ社は、表向きには三角都市記念式典を荒らしたかった物好きの犯行として会見を開いたものの、お遊びにしてはあまりに手が込みすぎているとジェイは感じた。まぁ、遊びに全力になるタイプもいないわけではないのだから、全くないとは言い切れないが。技術を身につけた人間の中には、実際に使ってみなければ収まらないような物好きもいる。とにかく、専門はマッドになりやすい。それは否定できないよなぁ、とジェイは思った。


 リンク・スフィアでニュース・サイトを眺めながら、ジェイは組んだ足をブラブラと揺らす。実際のところ、ネオステラ内部のエンジニアたちが今回の件をどう分析したのか気になっている。正式発表された以上の情報が転がっていないか、裏のサイトにアクセスして調べるくらいには好奇心を刺激されて仕方がなかった。


「こんな大それたことやっちゃったんだからさ。アピールしないわけないと思うんだよなぁ。」最近では、わざと大企業や行政のシステムをハックして見せて、自分を売ろうとするハッカーも珍しくない。


 ジェイ自身はわざわざそんなことをしようとは思わないものの、退屈に飽きた技術オタクたちの虚栄心自体は、別に理解できないようなことでもない。


「あ、そうだ。カイって今何してるかな……。」特に理由があったわけではないのだが、ジェイは唐突にカイ・ブライトのことを思い出した。


 式典で倒れた後、丸1日は昏睡状態にあったみたいだが、すぐに退院したらしい。最近は大学を休んでいる日も増えたらしいが、連絡自体は比較的容易に取れていた。


 ―カイ〜、おっはよ〜。


 ジェイがメッセージアプリでチャットを送ると、すぐにカイから返信が来た。


 ―おはよ、どうしたの?


 カイはほんとにまめだよなぁ、とジェイは思った。いつ連絡をしても大体すぐに返事をくれる。体の弱さとは裏腹に、まるで一日中起きているかのようなその挙動が、ジェイはたまらなく愛おしかった。


 ―それがさぁ、インターンなのに早く来すぎちゃって、今退屈なんだよね〜。


 ジェイは素直にそう告げた。


 ―インターン?早いね。どこ?


 ―えっとねぇ、ネオステラ。


 ジェイは別にインターンの話がしたいわけではなかったのだが、カイと話せるならなんでもいいか、と考え直した。カイがどう思っているのかは知らないが、ジェイはカイをとてもよく気に入っていると自分でも思う。技術系の話にも乗ってくれるし、ネオステラの話にだけはほんの少しノリが悪くなるものの、時事ネタも大体カバーしている。


 勉強でわからないところがあれば教えてくれるし、カイが休んだ時はジェイが課題情報などを教えるくらいには関わりがあった。多分、一般的には友達でいいんじゃないか、とジェイは思った。


 ―ん?あぁ、短期の小規模インターンか……。


 ―そそ!


 ―受かったんだ。倍率、高かったでしょ?


 カイはやっぱり話が早い。でも少し不思議だと思っているのは、ネオステラに関する話は避けているような節があるのに、他の企業よりもずっと詳しいような気がすることだ。


 ―高かったよ〜。でも俺、結構優秀だから!カイがいなかったら俺が首席じゃん?


 ―そういえばそうだったね。


 カイは本当に他者への関心が薄いんだよなぁ。技術屋は大体みんなそうだけど、それだけってわけでもなさそうだ。何度振られてもジェイがカイをサークル活動に誘っているのは、カイのこういう挙動への興味関心もあったりはする。技術屋としてはっていうのは変だけど、よくわからないものは徹底的に開いてみたい。たとえそれが、生身の人間であったとしても。ジェイはほんの少し時間を気にしながらも、カイとのチャットを楽しんでいた。


「おい、お前、何をしている。」ホログラム・ウィンドウを眺めながらニコニコしていると、唐突に聞き慣れた声が上から聞こえた。

「あれ、兄貴じゃん。ヤッホ〜。」座っているジェイの目の前に立っていたのは、長めのコートを着ている兄、ロシュカ・ルブランの姿だった。


 今朝別々の時間に家を出たはずの兄に、こんなところで顔を合わせるとは、さすがのジェイも思ってなかった。兄は片方の手をコートのポケットに突っ込んでおり、もう片方の手にはコーヒーのカップを持っている。外が少しばかり冷え込むせいか、ただでさえ白い顔がいつも以上に白くなっているのも面白かった。


「だからお前は、何をしている。」ロシュカはなぜか眉間にシワを寄せながらジェイに尋ねた。


 普通の兄弟としては素っ気ないような気がするが、結構歳の離れた兄は大体いつもこんな感じであったので、ジェイ自身も特に気にしてはいなかった。そんなことよりも、医者として働いているはずの兄が、こんなところにいるのはなぜなのだろう。ジェイとしては、そっちの方が気になっていた。


「兄貴はなんでここにいるの〜?仕事は?」

「仕事だからだ。」

「仕事?ネオステラで?何やってんの?言えないやつ?」


「やめろ。いつもの癖を発動するな。」ロシュカはやれやれといった体で、首を振る。

「ごめ〜ん。だって気になるんだもん。」ジェイは素直に謝ったものの、それ自体もまたいつも通りのやりとりだったので、大して悪びれもしなかった。


 しかしロシュカの方は、一度大きくため息をつくと、手のかかる弟を相手にぶっきらぼうにこう言った。


「……お前こそさっさと質問に答えろ。」

「インターンだって。……言ってなかった?」ジェイの回答に対し、ロシュカは遠い目をして考え込んでいる。

「……そういえば、聞いたかもしれん。」ロシュカは気難しそうに顔をしかめた後で、ゆっくりと言った。


「だが、ネオステラだったとは聞いていない。」

「……だって、聞かれなかったし。」ジェイは軽く首を傾げ、兄に向かってニコリと笑いながらそう言った。


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