3. サイレント・インシデント
「事故に見せかけるためにびっくり箱を仕掛け、しかも仕込む段階で陽動まで考えていた。成功するかどうか、確証があったのかまではわからないけど、それでも相手が慎重で狡猾なのは変わらない。……愉快犯よりもよっぽど厄介なハッカーね。」ソレアはサラやサブ・チーフの話を聞いて、眉間に皺を寄せていた。
世の中で描かれるハッカー像は、愉快犯的な人物像で派手な印象を与えるものだ。実際にそういう人間もいない訳ではないのだが、実際はとても地味なものだ。一口にハッカーといえば、企業勤めのエンジニアまで含まれてしまう。つまり、ブラックとホワイトの間は紙一重。
ここまで計画的に仕掛けてくるのだから、今回のブラックハットハッカーはネオステラ社に焦点を絞り切っていると見ていいはずだ。ソレアはそこまで考えると、少し冷めかけたコーヒーをぐっと飲み込んだ。
「というかなんでびっくり箱?発想がなんというか……、ちょっと肩透かし感あるわよね。」ソレアの言葉に、研究員の何人かが頷いた。
「そうね……。ソレアは実際に現場にいたでしょ?何か気づいたことはないかしら。」サラも少し肩をすくめながらそう言った。
「アラートが鳴り響いた後、シーラはしばらく何もしなかったわ。でも、『攻撃された』って認識だったみたい。ルーディス様に確認をとって、許可が出た後に迎撃した……。そういう展開だったはず。」ソレアは式典中の出来事を思い出しながらそう言った。
「攻撃された?シーラは確かにそう言ったの?」サラは眉を寄せながらソレアに尋ねる。
「言ったわ。……でも、おかしいですよね?結局のところ、当日に攻撃されたわけではなくて、事前の仕込みが爆発しただけって話なら。」ソレアはその場の研究者たちの同意を求めるようにそう言った。
しかし、サラもサブ・チーフもしばらく何も言わず、難しそうな顔で黙り込んでいる。そのうちサラはこめかみをトントンと叩きながら、部屋の中を行ったり来たりし始めた。
「攻撃……。シーラが『攻撃』と言った。ねぇ、カイ・ブライトだけが正常系から弾き出された話に戻るけど……。」サラはサブ・チーフの方を見ながら早口で話し始める。
「ええ、確かに、観測結果と噛み合いませんね。カイ様のリンク・スフィアのログ解析はまだ一部しか進んでいませんよね?」サブ・チーフが別の研究員に確認をとる。
「はい、主だった解析が昏睡中のバイタルデータに振られていたため、ローカルネットワークから弾かれたのは分かっていますが……、なぜ弾かれたのかまでは究明が追いついておりません。」
「なるほど……、そうよね……。えっと、これはあくまで私の仮説なんだけどね、びっくり箱もカモフラージュだったら、どうなるのかしら。」サラの言葉に、その場にいる全員がほんの一瞬動きを止めた。
その後あるものは仮説についての意見交換を始め、あるものは自分のコンピュータで何かを確認し始めた。ほんの少し前まで墓から蘇った死人のような顔をしていた彼らが、水を得た魚のように生き生きとし始めるのをソレアは見ていた。
「サラ研究長!確認取れました!カイ・ブライトのリンク・スフィアで、ネットワーク・ログ上にシーラ・ネットワークへの一時的な通信切り替えを記録しています!」コンピュータで何かを確認していた研究員が声を上げた。
「やはり、敵はこちらのシステムを利用していました!びっくり箱は、二重底になっています!」
「なるほど……、それならばAIシーラが正常動作を攻撃と検知した理由も納得がいきます。」ソレアがじっと見守る中、サブ・チーフがサラの方を見つめながら説明を始めた。
「つまりこうだ。敵のブラックハットは式典用ドリーム・システムにびっくり箱を仕掛けた。表向きの動作はローカルネットワークによるドリーム・リンクを中断し、大きなアラートを鳴らすこと。だがその裏で別のシークエンスを起動し、カイ・ブライトのみをシーラ・ネットワークを介してドライブ状態へと移行させた。……メッセージは、付属品と見ていいでしょう。野生のブラックハットがよくやるようなお遊びです。」サブ・チーフは静かな声音のままで言い切った。
「ですが、カイ・ブライトの素性は非公開情報にして最重要機密のはずです。どうやって彼だけを切り離したんでしょう。」別の研究員が疑問を述べると、コンピュータでログを見ていた研究員が割り込んだ。
「待ってください!見つけました。リンク・スフィアのシステム・ログによると、相手はカイ・ブライトを指定したわけではありません。ネットワークに接続している『Χ』というユーザIDを指定しています。つまり……!」
「びっくり箱の中身はブラックボックスだが、敵はユーザである『Χ』を狙撃しに来たというわけか。……よほど手の込んだことをしてくれますね。」サブ・チーフは重々しい様子でそうまとめた。
サラを含めた研究員の誰もが頭を抱えているように、ソレアには見えた。ただそうなると、敵がなぜ『Χ』の接続だけを切り離したのかが気になってしまう。待て、やはりそういうことなのか?と、ソレアの脳は高速回転を始めた。
「ねぇ、敵のブラックハットは、ユーザ『Χ』の正体を知っていたのかしら……。いえ、カイのIDがユーザ『Χ』であること自体は非公開じゃない。でも、カイ・ブライトの身分自体は非公開でしょ?それこそトップシークレットよ?」ソレアの言葉に、サラは何かを閃いたように指をパチンと鳴らす。
「えぇ、私もそこが気になっていたわ。つまり敵はユーザ『Χ』がネオステラにとってどういうものか、確かめたかったのでは?と。」
「それなら、今回のは敵の一本勝ちとまでは言えないでしょうね。……カイ様が昏睡状態に陥ったことは事実ですが、敵はまだ情報の核心を掴んだわけではない。」サブ・チーフもまた、サラの言葉に頷いた。
しばらくカタカタとキーボードを打つ音が響いていたが、その間誰も言葉を発さなかった。ソレアがカップのコーヒーに口をつけると、とっくに中身は冷めていた。
「ねぇ、カイが昏睡から目を覚ました時のことだけど。」ソレアの言葉に、サラとサブ・チーフが顔を向ける。
「ドライブ中のシステム・ログが残ってないかしら……。ロシュカ・ルブランがカイのシープを病室に持ってきたの。タイミング的に、何か関係があるかも知れないから。」再び研究員の一人が、コンピュータで確認を始めた。
キーボードの音が鳴り、モニターに目を走らせた後、しばらくするとその研究員が顔を上げる。
「さすがですね、ソレアさん……。ビンゴです!」研究員がキラキラした目でソレアに目をやる。
「何があったの?」サラが尋ねると、彼はそのまま早口で説明を続ける。
「はい。カイ・ブライトのリンク・スフィアは、式典のドリーム・リンクではなくバーチャル・ワールドに接続しています。ただ強制的にセッションを切り替えられた後、シーラが事態を収めたことによりネットワークが切断され、セッションが宙に浮く形で途切れています。その後、実際にはカイ・ブライトが昏睡状態にあったとされる時間にセッションが復帰、バーチャル・ワールドに再接続しました。」
「なるほど。そこはカイ・ブライトの証言と一致するわね。内部で目覚めた後にリンク・スフィアを再起動し、システムを接続した、と。」サラも大きく頷いた。
「ですが、一点だけ……気になる動きがあるのですが。」
「何かしら?」
「バーチャル・ワールドに接続した後、なぜかドリーム・リンクのネットワークに繋がってるんです……。びっくり箱の中身を推測するに、破棄されたセッションが残ったままになっていたんでしょうか?」研究員の言葉に、またどこからともなく唸り声が聞こえてくる。
「ふぅ……。ねぇ、ドリーム・リンクに接続したなら、ネットワーク・ログに接続先の履歴が残るはずでしょ?リンク・スフィアのシステムからも参照可能な仕様だもの。……それ、確認できる?」サラはゆっくりそう言った。
またしばらくキーボードの音だけが響く中、ソレアはカイがドリーム・リンクについて説明しなかったのかと不思議に思った。
「ありました。……えっと、接続先は『エレン・リード』……ですね。あれ?」
「ねぇ、その履歴はアーカイブしといて!たぶん、重要なやつだから!」突然声を上げたソレアに対して、研究員は驚きながらサラの様子をうかがった。
「そうね、ソレアの言うとおりにしてちょうだい。カイ・ブライトには、私の方で確認をとるわ。」サラは仕事の顔でそう言うと、自分のワーキング・チェアに掛けてあった白衣を取り、一度大きく広げて袖を通した。
「ソレア、今日はいろいろとありがとう。これから仕事が忙しくなるから、あなたは一度帰りなさい?……パパももうすぐ帰るでしょうし。」
「分かった。じゃあね、ママ。」ソレアも大きく頷くと、ラボのシンクにカップを置いて立ち去っ




