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アンドロイドシープは夢をみる【全5章】  作者: Nova
θ:Thunderous Silence

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2. システムエラー?

「つまり、横から押されてスライドした……ってこと?」ソレアが尋ねると、サラは小さく頷いた。


「そう。通常覚醒時のドリーム・リンクでは、バーチャル・ワールドにはアクセスしない。あくまでも知覚接続によって現実の上に重ねがけするだけ。なのに、カイ・ブライトは外部干渉の影響で、ローカルのネットワークから弾き出されて、外部の大規模ネットワークへと接続された。」サラが説明する間、周囲の席で仮眠を取っていた研究員たちが、こちらの様子を窺っている。


 ソレアが尋ねたラボは、サラ個人のプライベート・ルームではなく、サラが集めた少数チームのラボだった。当然彼らもサラの娘であるソレアの存在は認知しており、何かと関係性を持っていた。サラの説明したことは、このラボではすでに周知の事実ではあるのだろうが、それでも2人の会話は気になるらしい、とソレアは思った。


「確かに、大規模アップデートによって簡易的にならバーチャル・ワールドへアクセスできるようにはなったけど……、そうだとしても安定した接続のためにはシープがいるわ。式典にシープはいなかったはず……。」ソレアは三角都市記念式典の内容を思い出していた。


 式典のためにシープは用意されなかった。シーラはネオステラ社の特大機密であるAIコアから、式典のために一時的にアトリウムホールへのアクセスを許可されたはず。


「シーラのネットワークを一時的に利用された?」ソレアのつぶやきに、サラは片眉をぴくりとあげた。

「やっぱりそこに辿り着くわよね。……私たちもそれを睨んでいたの。ハックされたのは式典会場のアトリウム・ホールではなく、ネオステラ社のネットワークではないかとね。……全く笑えないけれど。」サラは苦々しく顔を歪めた。


「仮説の検証は?」

「終わっているわ。つまり、仮説の検証結果は正だった。」

「攻撃は、この一度きりではないわよね?」ソレアがサラに尋ねると、サラは大きくため息をついた。


「えぇそうよ。ここひと月で、大幅に増えた。当然ながら我が社のセキュリティを揺るがすほどではないわ。そも、大抵のことはシーラが自分で対処するもの。……でも逆にいえば、そこを逆手に取られたとも言えるわね。」サラはマグカップのコーヒーを一口飲んだ。


 確かに、シーラは外部干渉を受けたことに対して特に驚いてはいなかった。いや、シーラはAIなのだから、実際のところはわからない。シーラに尋ねれば、そのような機構は存在しないと断言されてしまうだろう。ソレアは急速に回る頭をさらに回転させるために、ふっと目を細めていた。カフェインがちょうど効いてきたらしい。


「待って、ハインに接触してきた人たちはなんだった?」ソレアの突然のつぶやきに、サラはぴくりと眉を動かし、首を傾げる。

「どうしたの?ソレア。何か、気になることでも?」

「あぁ……、えっと、少し思考が飛躍しすぎたわ。順番にいきましょう。」ソレアは一度クールダウンするためにコーヒーを飲む。


「確かに、攻撃に対処したのもシーラで、ハッカーからのメッセージを見つけたのもシーラだった。……あれはほんとにリアルタイムでのハッキングだったのかしら。」ソレアの言葉に、サラは満足そうに口の端を持ち上げた。


「そう、確かにあの式典の映像を見る限りでは、その場で攻撃されたかのように見えるわよね。でも、システムベースで考えるならば、別の可能性も見えてくる。当日のドリーム・リンクで使用されたネットワークはネオステラ社のものだった。ならば仕掛けられたのはネオステラ社の方で、式典の方ではない。ブラックハットハッカーはネオステラ社のシステム自体に仕掛けを施し、特定のトリガーをもって爆発するように仕向けた……というシナリオも考えられる。」サラは近くでこちらを窺っている研究員の1人に目配せをした。


「スクリーン、使いますか?」彼は何かを察したように、サラに向かってそう言った。

「えぇ、お願い。」

「準備しますね。」研究員はサラの要望を受けて、ホログラムスクリーンの準備を始める。


 サラはその間に近くにいる他の研究員を集め、ソレアが作ってきたバゲットサンドを一つずつ分け与えた。全部で5人ほどの小さなラボだ。やっていること自体はネオステラ社の中枢に食い込んでいるけれど、むしろだからこその少数精鋭ラボである。


「ログを映して。当日の……。そう、それよ。」サラはポインターを手に取ると、ホログラムスクリーンを見ながら説明を始めた。

「見て欲しいのはこのログよ。」サラが指し示した先には、当日外部干渉を受けた時点のログがある。


「まずこれはネットワーク・ログ。」

「正常ですね。」ホログラムスクリーンに、特にエラーもワーニングもない状態の綺麗なログが表示されているのを見てソレアが言った。


「次はこれ。」サラが並行展開したのは、ドリーム・リンク実行時のシステム・ログ。

「……エラーはない。でも、意図しない挙動をしているわ。」表示されていたのは、これまたエラーもワーニングもない綺麗なログだ。


 しかし、本来ドリーム・リンクのローディングが行われているはずのタイミングで、別のシステムが実行されているのが記録されている。


「なにこれ……。これの内部ログって、取れたんですか?」ソレアが聞くと、周囲の研究員がお互いに顔を見合わせて何かを話している。


「正確に言えば、ここの挙動は我々の仕組んだシステムではないので正確なログは残されていませんでした。ですので、当日に居合わせたルーディス様やカイ様のリンク・スフィア、それと現場に同行したエンジニアのコンピュータのログから、システムの内容を推測した形になります。」研究員の1人が言った。


 彼はこのラボのサブ・チーフだ。つまり、サラの次にこのラボでの権限が強い研究員ということになる。


「もう確認したのね。」

「仕事ですから……。」ソレアの感嘆の言葉に、サブ・チーフはため息混じりにそう言った。


 彼の目の下には濃いクマができており、サラ同様泊まり込みで調査していたのだろうことがうかがえる。


「とにかく、我々が推測したのは、ブラックハットが仕掛けたのはトリガー誘爆式のびっくり箱だったのでは、ということです。ドリーム・リンクの開始とともに起動し、わざとらしく盛大なアラート音を流して知覚接続を妨害する。実際にはドリーム・リンクが起動したのではなく、その手前に割り込む形で設置されていたわけですね……。」サブ・チーフは苦しそうな顔で説明した。


「でも、事前に点検したのでは?その時には、なにもなかったのかしら。」ソレアの質問に、サラとサブ・チーフを含めた全員が葬式のように沈黙した。

「……あ、ごめんなさい。当然、万全でしたよね……。」ソレアが慌てて謝ると、サラが代わりに説明を続ける。


「あなたの懸念は正しい。……つまり我々はその痕跡を見落とした。全く正常な別のシステムに、偽装されていたのよね。」

「でも……。」それだけで見落とすものなの?と聞こうとして、ソレアは思わず口をつぐむ。


「当然、それだけで見落とすような我々ではない、と言いたいところだけど、これについては相手のブラックハットが一枚上手だった、と言わざるを得ないわね。」サラは神妙な面持ちでそう言った。


「敵のブラックハットは、日頃からネオステラ社のシステムに攻撃を仕掛け、こちらの業務を妨害していた。……式典前の最終チェックをしていた時にもね。システムの最終チェックはその時点で完了していたの。だから担当者は、作業を終えてハッキング対応に加わった。システムに仕掛けられたのは、ちょうどその時だった、というわけよ。まぁ……、式典用のシステムチェックは、重要機密を扱っている81階で行われていたけれど、そのシステム自体は通常のドリーム・リンクと変わらない。システムの偽造は、腕のいいハッカーならお手のものといったところでしょうね。」サラは悔しそうな顔でそう言った。


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