9.不都合な現実
「なんでだよ……。」ハインはカイラとステファンの不穏な空気を察しつつ、ソレアとカイのいるこの状況でどう立ち回るのが正しいのか、必死で思考をめぐらしていた。
「ねぇいいでしょ?ちょっと借りるだけだからさぁ。」カイラはなかなかうんと言わないハインよりも、ソレアやカイに向かってアプローチをかけている。
「わかったよ……。悪ぃ、一瞬席外すわ。」ハインは大きくため息をつくと、心配そうなソレアとカイに軽く言い残し、席を立った。
ハインがカイラとステファンについていくと、2人は店の中でも少し暗くて人の少ないところの席へと向かった。
「おい、怪しまれるから一回座れよ。」カイラが足を組んで座った後で、ステファンがハインにそう言った。
「なんでだよ……。ほんとに俺は、長話する気はないんだぜ?」
「分かってるって。別に取って食いやしないんだから、さっさと座んな?」カイラが首を大きく傾けながらハインに笑いかけた。
カイラの絡まったようにカールした赤茶けた長髪が、彼女の仕草に合わせて揺れている。渋々ながらもハインが座ると、少し遅れてステファンも座り、カイラは満足そうに笑った。
「で、なんだよ、話って。」ハインが本題を促すと、カイラとステファンはまたもや顔を見合わせた。
「あんたの新しいお友達を見てみたかったのさ。」カイラは唐突にそう言った。
「は?」
「デネブの綺麗なお友達をね。」カイラの言葉に、ハインは心底理解ができないという顔をした。
ハインは思わず沈黙したが、カフェ・アンドロメダの店内にも関わらず、周囲があまりにも静かなために、初めてBGMをしっかり聞いたようにハインは感じた。
「友達に綺麗とかなんだとか考えたことねぇよ。」ハインは困惑したようにそう言った。
カイラは昔からハインに対して何かと因縁をつけては絡みたがるような節がある。その隣のステファンは、どちらかというとカイラの子分みたいな関係だった。ハイスクールからアカデミーに移り変わって、ここ1年は遠目に見ることはあっても顔を合わせることはそうそうなかった。なのに、どうして今になって、とハインは思った。
2人は前にベガで会った時と同じような、少し崩れたような服装をしていた。ベガの若者流のファッションではあるが、ちぢれた髪、わざと穴を開けた衣服、たくさんつけられたピアスやアクセサリーは、ハインにとってはどうも苦手な部類である。
「あんたの方はそうかもね。……でも、私たちにとっちゃ、そうもいかない。」カイラはわざとらしく大袈裟に首を動かし、ハインに言った。
「何が言いたい。」いつもなら当たり障りなく対応をするハインだったが、この2人に対峙していると、どうも気が立つように感じてしまう。
周囲に座っていた客も、少し不穏な気配を察しているのか、ハインたちから少し距離を取るようになっていた。
「あぁ、そうだ。お姉さん元気?」カイラが急に会話の方向をぐるりと変えた。
「は?」ハインはそのあまりの急さに、またもや理解が追いつかない。
「病院、行ってるの?」カイラの口調は小さな子供を心配するように優しげだったが、その声音がむしろハインの気を逆撫でた。
「お前らに関係ないだろ。」叫び出さないように抑えながらも、なぜこんなにも嫌な気持ちにさせられているのかとハインは思った。
「ステファンの兄貴がさ……、ドライブ中毒になったって、知ってる?」
「……は?」唐突に下がったカイラの声音に、ハインはこれまでとは違う何かを感じとる。
「あんたの姉、エレンさんもまだ戻ってこないでしょ?……その理由とか、考えたことある?」カイラの言い方には、ハインを絡め取ろうとする狡猾さをひしひしと感じる。
しかし同時に、どこか突き放しきれないような複雑な感情をハインは抱いた。ハインは自分の動揺を気取られないように意識しながらも、少し早くなる呼吸を抑えようとため息をついた。
「あはっ。あんたが動揺すんのもよくわかるよ?だって一番近くで見てんだもんね?酸いも、甘いも、不都合な現実も……。」カイラはねっとりとした声色でハインを揺さぶる。
「何が、言いたいんだよ。」はっきりしろよ、と言いそうになり、ハインは言葉をグッと堪える。
彼らは何かを狙っている。しかし、それがなんなのかがわからない以上、軽率に揺るがされてはならないとハインは思った。
「見つからないんだよね、痕跡。」カイラは途端にさらっとしたようにそう言った。
「は?」ハインは何度目かわからない困惑を声に乗せつつ、カイラの言葉の続きを待った。
「ドライブ中毒者のさ、意識の居場所って探したことある?」
「……ない、けど。」急に具体的なことを話し始めるカイラに動揺しつつ、ハインは素直に返答した。
「だよね。あんたは素直だもんね。あれが病気みたいなものだと思ってんでしょ?ほんっとうにお利口さん。病気みたいに、治療すれば治るものだと思ってるんだ。」カイラの言葉は、先ほどまでの甘ったるさはつゆほどもなかったが、それがむしろハインの心にグッと刺さった。
音楽はポップな洋楽から、少しゆったりとしたジャズ調のものに変わっていた。カフェの照明も時間帯に合わせて、落ち着きのある暗さへと調節される。ゆっくりと上空を回っているサテライトの軌道が、いつの間にかハインの目の前を通り過ぎていた。
「そうだったら、なんなんだ。」やっと振り絞った声は、いつものハインだと思えないくらいに心許ない。
そのハインの様子を見て、カイラはどこか満足そうに、ショートパンツから剥き出しの足をゆっくりと組んだ。
「だからさ、こっちはずっと探してんだよ。ドライブ中毒者たちの居場所をさ。でも見つからないんだ。ちょっとブラックな方のギークにもお願いして、やっとそれらしいのを見つけられたと思ったら、どっかの誰かに邪魔された。」カイラは足を解き、テーブルの上に肘を乗せて、グッとハインに近づいた。
「別に、あんたらの誰かが一枚噛んでるって思ってんじゃないんだ。でも、噛んでるかもしれないやつに近いくせして、何にも考えてないバカを見るのは腹が立つ。」カイラの目は、真剣だった。
カイラから目を逸らすように、ハインはステファンをチラリと見た。ステファンは話を聞いているのかいないのか、どこかぼんやりとした顔をしている。
「だからさ、あんたも探してみてよ。あんたの姉の居場所とか……。」カイラはハインから体を離すと、再び椅子に座って足を組む。
「探すったって――。」どうやって、と言いかけて、ハインは自分があることを見落としていたことに気がついた。
「あら、あんたも気がついた?」カイラはハインの反応を楽しむように、再びニヤニヤと笑みを浮かべている。
「だって、おかしいでしょ?ドライブ中毒者たちはバーチャル・ワールドにこもってる。そりゃまぁパーソナル・スペースにいるってんなら仕方がないけど。基本的に彼らはネオステラ社の作った夢に魅せられちゃった人たちなんだし……、いない方が、おかしいわよね?」そこまで聞いて、ハインはカイラが言いたいことがはっきりとわかった。
「なぜ俺たちは、遭遇しない?自分の身内に……。」あっはっは!とカイラは笑った。
その笑い声に、何人かが驚いたようにこちらを見ている。しかし、その事実に気づいたハインには、その反応も気にならなかった。
「はぁ……。ふふっ。そう、だから私は探してるわけ。ドライブ中毒者たちの痕跡と、それを隠そうとしてる奴らのことを。」カイラは声をひそめてそう言った。
「じゃあね?ハイン。もし何かわかったら連絡してよ。……これ、私の連絡先〜。」カイラはリンク・スフィアを操作して、ハインに自分のアドレスを送った。
「あ……、あぁ。」ハインはそれを受け取りつつも、乾いた口内にようやく湧いた生唾をグッと飲み込む。
「じゃあもう戻っていいよ?あ、そうだ……。」席を立って去ろうとしていた2人だったが、何かを思いついたかのように立ち止まる。
そしてハインの方に近づくと、ハインの耳元で囁いた。
「ねえ、あいつにはちょっと警戒した方がいいかもね?あんたの新しいお友達……。だって、まさか、知らないわけじゃないんでしょ?……ネオステラ社の、御曹司だって。」カイラは最後にそう言った。




