7. 密会
カイが病院から退院したその日の夜、ハインは自室に戻ると、アンドロイドシープデバイスのロボを起動した。
―キューイ!
機械的な質感へとカスタマイズされたハインのシープは、起動とともに元気いっぱいな音声で鳴き声をあげる。ハインのリンク・スフィアにも、ロボとのペアリング通知が表示された。
―キュキュ!
ペアリングが上手くいっているかを確認し、ハインはロボをガシッと掴んでベッド脇に下ろすと、自分もベッドに横たわった。
自分のシープを持つようになってから、シープがいかにマスコットとして愛らしい存在なのかはよくわかったが、正直まだどう扱っていいのかよくわからない。ハインはふと、カイの病室でのアルファの様子を思い出した。
カイのシープであるアルファは、ネオステラ社が売り出しているアンドロイドシープデバイスのデフォルトイメージそのままだった。カイによく馴染んでいるように見え、ロボットというよりは犬や猫のようなペットに近い愛くるしさだ。
対してうちのロボはというと、昼間はずっとスリープモードにしているせいか、ハインに対してもあまり甘える様子を見せず、どこか我関せずといった態度を貫いている。持ち主に応じたパーソナライズも売りだったはずなので、ハインの扱いに最適化した結果であると見ていいだろう。そうなると、カイはもしかしたら結構あのシープを可愛がっているのかもしれない、とハインは思った。
―ピロン
リンク・スフィアの通知を見ると、ソレアからのメッセージだった。宛先は自分だけではなく、カイも含めたルームチャットへの送信という形になっている。
―ねぇ、今日はカフェ・アンドロメダに集まるでしょ?私先に行って待ってるからね。
もうほぼ確定事項かのような内容に、ハインは思わず小さく笑った。
―もちろん。
―いいぜ。
ハインの返信とほぼ重なる形で、カイからの返信もチャットに表示された。
「よし、ロボ?今からドライブするぜ。」
―キュイ!
別に声をかける必要なんてないのだが、なんとなくハインはロボに向かってそう言った。横向きに寝ていたロボは、少し驚いたかのようにぴょこんと飛び起き、シャキンと効果音でも鳴りそうなくらいにちゃんと立ち、フェイスモニターがキリリとした表情に変わった。
「やっぱ、ベッドの上に来るかぁ?」ハインが驚きながらもロボに提案すると、ロボは丸い目をチカチカさせた後で「キュイ!」と鳴いた。
「んじゃそうすっか。……とは言っても、俺のベッドは狭いからなぁ。あんまりスペースないと思うぜ?」ハインは少し体を起こして、床に立っていたロボをベッドの上へと持ち上げた。
―キュキュ!
ベッドの上に下ろされたロボは、横向きになったハインと壁との間に収まるためにウロウロと歩き回り、ハインの顔の近くに来ると、満足そうに伏せをした。
「お、そこで良さそうか?」ハインは少し腕をずらし、ロボを抱き抱えるような体勢を作ると、リンク・スフィアのホログラムUIを再表示する。
排熱の影響か、ほんのりと暖かいそのロボの体に軽く触れると、ロボはまるで小さな生き物がするかのようにパタパタと耳を動かした。
「ふっ。」自分の口から小さく溢れた笑いを聞いて、ハインは少し苦笑する。
なるほど、これがセラピーボットとか言われる理由か。ハインはそんな風に納得すると、アプリケーションからシープリンクドライブを起動し、バーチャル・ワールドへのアクセスを開始した。
『シープリンクドライブを開始します。
目を閉じてリラックスしてください。』
システム案内に従って、ハインは大人しく目を閉じる。すでに夕食は食べ終わった後で、部屋着も着ている。ドライブするのにはもうこれ以上ないというタイミングだった。
『 ドライブ酔いにご注意を。
それではバーチャル・ワールド
――シティ・トライアングル――
へと移行します。 』
リンク・スフィアの音声通知の後に、ハインの体を浮遊感が襲った。閉じているはずの瞼の裏に、リンク・スフィアのローディング・インジケータが現れる。少しずつゆっくりとバーが進んでいき、50%を過ぎたあたりで一気に残りの進捗をクリアした。
『 バーチャル・ワールド
――シティ・トライアングル――
移行完了
目を開けてください。 』
案内に従って瞼を持ち上げると、ハインはすでにバーチャルシティ・トライアングルの噴水広場に立っていた。少し早めのこの時間だが、日曜だからか、ちょうどログインする人々で賑わっている時間らしく、至る所でワイワイガヤガヤと声が聞こえる。
―ピロン
―ハイン?私とカイはもう集まってるわよ?急がなくていいけど、早く来て!
ソレアからのメッセージを確認すると、そのかなり矛盾したような内容に、ハインはははっと思わず笑った。ソレア自身、かなりしっかりとしているために忘れそうになるのだが、実際はまだ入学したての新入生で、カイとハインの一つ下。ソレアのこうした振る舞いを見るたびに、歳の近い妹を見ているみたいな感情になり、セレンとはまた違った親しみをハインは感じた。
そのままリンク・スフィアでマップを確認し、カフェ・アンドロメダにワープしようかなどと考えていると、UI越しの視界に、見知った人影を見たような気がした。
「ん?」ハインはマップを視界の端に寄せ、気になる人影をもう一度確認しようと試みる。
しかし、いつの間にかその人影は、新たにポップした人々の波に飲まれ、ハインの目では探せなかった。
ハインがカフェ・アンドロメダにワープすると、すでにほぼ満席の賑わいだった。今日は来月からのシーズン・イベントに先駆けて、店内の装飾が少しだけ派手になっている。
「おーい!こっちよ!」少し遠くの方からソレアの声が聞こえ、ハインは彼女の姿を探す。
ぐるりと店内を見渡すと、右奥の方の席で、ソレアが大きく手を振っているのが見えた。ハインもまた大きくソレアに手を振り返すと、彼女たちのいる席へと小走りで向かう。
「すまん、遅くなっちまったな。」ハインが軽く息をつきながらそう言うと、すでにドリンクを頼んでいたソレアとカイが、「大丈夫だよ。」とニコリと笑った。
「なんか、テーブルあったかくね?しかもなんか乗ってるし。」ハインはテーブルの上に乗っている黒猫の飾りがついた卓上ランタンを指差した。
「まぁほら、今ってそういう時期だしね?こういうカフェだと、シーズン・イベントの準備が結構早いの。今でもすでに華やかだけど、まだまだこんなもんじゃあないんだから!」ソレアの言葉に店内を見てみると、星空を模していたはずの上空が、今回は銀河のような壮大なスケール感を持っている。
「うわ、すげぇ。なんか向こうに惑星も見える。」ハインは思わず感嘆の息を漏らした。
「なぁ、これも精巧な仮想再現ってやつなのか?」
「うん、そうだね。実際の宇宙展望台での観測データを元にモデリングしたって、マップ紹介に書いてある。」ハインの質問にカイが答えた。
「この店、そのへんやけにこだわってるよな。」ハインの呆れとも取れるつぶやきに、カイはふふっと小さく笑った。
「そうだね……。こだわりっていいものだよね。それがただのコントロールされたノイズだとしても、人間的な熱量あるものは好ましい、と僕も思うよ。」
「なんだって?」カイの感想は、時々難しくてよくわからないな、とハインは思った。
「あ、あれ宇宙船かな?サテライトの光も見えるし、なんかとってもワクワクするわね!」ソレアが空の一部を指差しながらそう言った。
そこには丸くて少し分厚い円盤状の乗り物と、チカチカまたたく光があった。
「なんか、すげぇな……。」ハインの小さなため息は、浮き足だった人々の喧騒の中に紛れていった。




