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アンドロイドシープは夢をみる【全5章】  作者: Nova
γ:Gilded Cage

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6. 友達との再会

 白く染まった世界の中で、カイはシーラの声を聞いた気がした。バーチャル・ワールド自体からログアウトしてしまったので、このあとはパーソナル・スペースにも移行せずに、そのまま現実のどこかで目覚めるはずだ、とカイは思った。


 ―カイ……、カイ。


 カフェの店内はすでにホワイトアウトして見えなくなっており、いつもよりも少し強めの浮遊感がカイを襲った。膨張していく白い空間の中で、耐えきれずに視界が少し瞬き、強い風に押されるような感覚がある。


 ―カイ、……カイ……。


 誰かが自分を呼んでいる。カイは白い空間に焼かれそうな目を閉じて、少しだけ深いため息をついた。どうにも長く感じる時間の中で、自分の体がゆっくりと後ろに倒れていく。正確には、精巧に再現されたアバターなのだが、現実の肉体に同期していく感覚は、さながら幽体離脱のようなものだと思うと、カイの口から笑いが漏れた。


 科学というものを信奉しておきながら、オカルトチックで抽象的な物事に思いを馳せるのはおかしいだろうか。しかし実際のところ、科学とて、完璧に具体的で論理的だというわけでもない。むしろ彼らはよく知っている。いかなる不可思議であったとて、存在しないことは証明し得ないと。カイは、そんな夢を見ていた。


「カイ……!」次にカイが目を覚ました時、明確に誰かの声が聞こえた。

「あ、ハイン、ソレア……と、ロシュカもいる。」そう言葉を発したはずだが、どうもうまく口が動かないな、とカイは思った。


「待ちなさい。……今ナースコールを押した。直に医者がやってくる。……とはいえ、呼吸器のマスクを外してやるくらいはいいだろう。」いつもより青白く見える顔のロシュカがそう言ってすぐ、カイの口元から何か覆いの外されるような感覚があった。


「はぁ……、あ、喋りやすくなった。ありがとう。」まだ掠れている声でカイが言うと、ロシュカは「あぁ。」と頷いた。

「しかし、君はまだ目覚めたばかりなのだから、意識の覚醒を急ぐべきではないだろう。」


「カイ!よかったぜ……。えーっと、医者が来るまで、大人しくしてろよな?」ロシュカの言葉に半ば被せるようにハインが言った。

「ふふっ、うん。大丈夫。心配かけてごめんね。」カイの言葉に、ハインはゆっくりと首を横に振った。


「まぁ確かに心配はしたけど、無事で何よりだったわ。」ハインの横にいたソレアも、同じように胸を撫で下ろしていた。


 カイは一旦深く息を吐いて、どくどくと鳴る心臓の鼓動に耳を澄ませた。確かに、この音はあの空間にはなかった音だ。肺に入り込んでくる空気の感触、拍動によって僅かに震える指先、室内に染みついた薬液の香り、病院の白い天井を見つめる霞んだ目と、掠れた喉。少し重たい肉体は、不都合な現実の強度をこれでもかと押し付けてくる。


「ふぅ……、確かにこれは、現実って感じだ。」カイのつぶやきに、何人かが「ん?」と首を傾げた。


「あぁ、立ったままドライブに放り込まれ、今は寝ているから感覚がまだ未同期なんだろう。落ち着くまでもう少しかかるだろうが、そのうち安定するさ。」ロシュカの言葉に、カイは「うん。」と頷いた。


 ―キュイ!


 顔の近くで鳴き声がした。頭を動かしてもうまく見えないので困っていると、ロシュカがベッドの端にいたものをスッと持ち上げて、カイの胸の上にそっと置いた。少し重みを感じるが、今は少しだけ温かく感じる。


 ―キュキュ


 目の前で耳をパタパタさせているアルファを見ると、なぜか少しだけほっとした。


「失礼しますよ!遅くなっちゃってすみませんねぇ。」病室のドアが開く音がして、少し陽気そうな男性の声が聞こえてくる。


 少し小太りなその男性は、ロシュカと同じように白衣を着ていて、胸にはカードを下げている。カイと目が合うと、そのまま軽く頷いてベッドに近づく。ハインとソレアはその様子を見て、ベッドから離れた壁際に立った。


「よし、なんというかまぁ、元気そうですね!……何日も目覚めないなら困りものですが、眠っていたのも1日だけですし、昏睡していた間も体に大きな異常はない。簡易的な検査をしたら、そのまま帰ってしまって大丈夫ですよ。」男性はハキハキとカイに告げると、何か空中に向けて操作している。


 最近は、医療従事者向けの機能を備えたリンク・スフィアもあるらしい。ポラリス大学病院でも、おそらく取り入れているのだろう、とカイは思った。


「えっと、私たちはどうしましょう?」ソレアがためらいがちに男性に聞くと、男性はハッとした顔で手を止めた。


「あぁ、お友達もいてもらって構いませんよ。昏睡中のモニタリングでも体には特に異常がないことがわかっていますからね。ほんとにかるぅい確認だけですのでね。その辺の椅子に座っててくださいな。」男性はハインとソレアに微笑みながらそう言った。


「おっといけない。申し遅れてしまいました。私、担当医のダニヤン・レイドと言いますね。よろしくお願いしますよ。」ダニヤンは本当に陽気そうな顔で笑った。


「あ、どうも。えっと。」

「カイ・ブライトさんですね。もちろん存じておりますよ、医者ですからね。」何かまごついているカイに対して、ダニヤンがさらりと言う。


「お前の本名などどうでもいい。カイの問診と検査をさっさとしたまえ。」いつになく棘ついたような口調でロシュカが言った。


「どうでもいいとはなんだね、君。まぁ、君は昔から私の本名をつゆほども覚えてくれないのでね。君こそ黙って座っていたまえ。」ダニヤンとロシュカのやりとりを見ていると、どうも旧知の仲らしい、とカイは思った。


「まぁ、そんなことはどうでもよろしい。それじゃ、ちょちょっとやっちゃいますよ。意識がはっきりしてるかとか、脈拍が正常かとか、いくつか見ないといけないからね。まずは順番に聞くから答えてみてね。」ダニヤンはそう言ったあと、カイにいくつか質問をした。


 最初は自分の名前や、壁際にいるハインやソレアの名前などを聞いてきた。その後に日付や今いる場所、ダニヤンが立てた指の本数を何パターンか。だがいくつかの質問を駆け足でやったあと、ダニヤンは早々に大丈夫そうだと見切りをつけた。


「うん、意識は非常にはっきりしていますね。まぁ、そもそも目覚めてすぐに会話できてたみたいなので、そこは問題ないでしょう。では身体機能ですね。脈とりますよ。」ダニヤンはカイの腕から点滴を手際よく外した後、手首に指を当てて脈を測った。


「うん、こっちも問題ないですね。次、血圧とります。」手首から手を離した後、ダニヤンは近くの棚から簡易的な血圧測定器を取り出した。

「はい、力抜いてね。いや、まだ入らないか。はい〜、そのまま力抜いてね。OK……うん、血圧も問題ないですね。」ダニヤンはまた空中で何かを操作している。


「あぁこれは、メディカル・リンク・スフィアの電子カルテですよ。……たまぁに、不思議そうな顔をされるのでね。」カイの疑問を察してか、質問する前にダニヤンが答えた。


「はい、数値も概ね正常ですよ。よし、じゃあそのまま腕を上げて……。グーパーグーパー。はい。人差し指、立てられますか?……うん、右は問題ないですね。そのまま左をやりますよ。」ダニヤンの指示に従って、身体機能の確認も終えたカイは、全部問題ないとのことで退院することを許可された。


「よし、まぁ、詳しいことは後日また改めてって話になるかもしれませんが、認知も身体も問題ないので、医者としては特にやることがないですね。……あとは、あなたのお父さん次第というところでしょう。」ダニヤンの最後の言葉は、カイだけに聞こえるように耳打ちされた。


「はい、わかりました。……ありがとうございます。」

「はい。それじゃあ、着替えて荷物を持ったら、A棟5階の受付まで来てくださいね。」そう言い残して、ダニヤンは出ていった。


「あ……、えっと。」

「それじゃあ、私たちは廊下で待ってるわ?準備終わったら声をかけてね。」ソレアはカイにそう言うと、ハインを連れて廊下へ出た。

「それじゃあカイ。ナーサから受け取ってきた普段着がある。まずはそれに着替えなさい。」


「うん、わかった。ありがとう。」ロシュカの言葉に頷いて、カイはゆっくりとベッドから降りた。

「あぁ、どういたしまして。それと、荷物の確認と片付けは私もする。着替え終わったら呼びなさい。」ロシュカはカイに着替えの入ったカバンを手渡すと、アルファを抱えて病室を出た。


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