9. 三角都市記念式典
「初めて入ったけど、すっげぇな……。」呼吸を整えながらハインが言った。
3人はAstrea Grand Hallのエントランス・ロビーのソファに向かい、ハインを真ん中にして横並びに腰をかけた。壁一面を覆って緩やかな曲線を描くガラス窓の向こうには、プラタナスの樹が立ち並ぶのがよく見える。
アストライア・グランドホールでは、各階が似たような構造になっており、同心円状の中心部に会場となるアトリウム・ホールがある造りになっていた。ホールの外をぐるりと囲むように、グラン・プロムナードや販売スペース、休憩用のラウンジなどが配置され、吹き抜けの2階や3階にも同様の休憩スペースや来賓の控室などが配置されているようだった。
「大丈夫?」カイが少しためらいがちにハインの肩に触れ、ゆっくりと落ち着かせるようにさすっている。
「あ、あぁ……、大丈夫だ。まさか本当に記者に捕まるとは思ってなくてな……。」ハインはシャツの襟に指をかけながらそう言った。
「はぁ、これは1枚くらい撮られてるかもね……、写真。」ソレアはため息をつきながら、リンク・スフィアのウィンドウを操作している。
「写真?」
「そう……。まだ見当たらないけど早ければネットの臨時ニュースか、夜の記事とかに掲載されるかも……。はぁ、やんなっちゃうわ。」ソレアが少し面倒そうな顔をしている。
1階のグラン・プロムナードの受付周辺では、ハインたちのようなフォーマルな服装に身を包んだ人々が談笑している。ざっと見回しただけでも、学生招待客と思われる若者たちや、企業関係の招待客と思われる人々の姿が見て取れた。彼らはそれぞれのグループに分かれて固まっており、名刺を交換したり握手をしたりしているようだった。
「で、このあとはどこに行けばいいんだ?」一息ついたところで、ハインがソレアとカイに尋ねる。
メールに添付されていた式次第やマップなど、確認していないわけではなかったが、実際の建物内ではソワソワしてしまって仕方がなかった。
「うん、式は10:30からだから、あとはもう受付でゲスト札を受け取って会場内に入るだけだよ。」カイはハインの肩から手を離し、リンク・スフィアを操作している。
「会場は、受付の奥にあるアトリウム・ホールだよな……。吹き抜けを保ちながら中央にメインホールを作るだなんて、一体どんな造りなんだよ。」ざっくり頭に入れておいた館内のマップを思い浮かべながらハインは言った。
「あはは、そうだね。ここの建築は三角都市大手の建築会社、ヴォルクス重工が手がけていて、数年前に最先端技術を適用した改築が済んだばかりなんだ。驚くのも、無理ないよ。」カイが控えめに笑いながら説明すると、ハインは前屈みの姿勢から体を起こした。
「あぁ、ヴォルクス重工なら知ってるぜ。身体機能工学科でも一番の就職先で、2年以降はインターンシップのエントリー募集もある……。ベガにも子会社がいくつかあるしな。」ハインの母は別の企業の工場に勤めているが、父はこのヴォルクス重工の子会社に勤務している。
「そっか、身体機能工学科だとそういうルートになるのか。」
「そうそう……。あんまり、考えたくはないけどなぁ。」
将来のことなど、まだまだ先の話だと思っていたい。そう思うと、ハインは少しだけ苦々しく顔を歪めた。
「そういや、カイとソレアはどうなるんだよ?ソレアはまだ……、入学したばかりだが、2人の学科でもインターンの話とか、出てるだろ?」ハインの質問に、カイはどこか困ったように目を伏せた。
「うん、僕はある意味、決まってるようなものだから。」
「先の話がか?」
「そう。家が絡んでるんだ。あんまり詳しくは、言えないけどね。」カイはどこか遠くを見るような目でそう言うと、ソファに深く座り直し、ほっそりとした足を組んだ。
「ソレアは?課外実習やインターンが中心だって、言ってなかったか?」ハインがソレアに尋ねると、ソレアは操作中の手元から目を離し、ハインとカイの方へ体を向ける。
「えぇ。でも私ももうほぼ確定なのよ、インターン。」ソレアははっきりとそう言った。
「マジ?」
「マジ。」驚いたハインの言葉を反復するようにソレアが言った。
そしてその後、少し間を置いてゆっくりと告げる。
「ネオステラ社よ。私のインターン先は、ネオステラ。」誰にも言いふらさないでね、とソレアは唇に指先を当てて微笑んだ。
3人で受付を済ませ、中央に位置するアトリウム・ホールへと足を踏み入れた。円形のホールの奥に半月状のステージが設置されている。開放的だった外側と違い、アトリウム・ホールの中はクラシカルで重厚な雰囲気が漂っている。白い石敷きの床にはレッドカーペットが敷かれ、中央の壇上まで伸びている。半球状に湾曲した天井には、大きなシャンデリアが吊るされていた。
「私たちの席はこっちよ。」ソレアの言葉で、3人は白いクロスのかかったテーブルの一つへと向かう。
「よぉ、カイじゃん!来ると思ってたけど、同じ席でよかったな!」テーブルには、すでに2人の学生が席についており、そのうちの1人が親しげにカイに声をかけた。
「ジェイ、おはよう。」カイはそのジェイと呼ばれた学生に挨拶をすると、もう1人の学生とも順番に握手を交わした。
「初めまして、入学時首席のソレア・ファルツです。お噂はかねがねお聞きしています。」ソレアもまた、2人の学生と握手を交わす。
「ジェイ、バート、こちらはハイン・リード。BIS身体機能工学科所属の特待優等生だよ。ハイン、こちらはBIS身体機能工学科優等生のバート・クレイブと、BIS睡眠科学科のジェイ・ルブランだよ。」カイの紹介により、ハインは2人の学生と握手を交わした。
「は、初めまして。ハイン・リードです。」
「ジェイ・ルブランです。同学年?なら、俺はタメでいいですよ!」ジェイが気さくに挨拶を返す。
「どうも……、ご紹介にあずかりました、バート・クレイブです。アカデミアの学生運営をしております。以後、お見知りおきを。」バートと言う学生もまた、丁寧に挨拶を返した。
「あ、どうも……。あの、クラスで何度か会ってますよね?」ハインがバートに尋ねると、バートは几帳面にメガネを直しながら返答する。
「はい、何度か講義室で顔を合わせているはずです。実験では別のグループでしたが、優秀な学生だと聞き及んでおります。」
「あ、そうか……ですか。えっと、俺、同学科の人たちともまだあんまり関わりがなくて、すみません。」慣れない振る舞いに困惑しながら、ハインは会話を重ねる。
「いえ、謝罪は結構です……。はい。特待生が大変なことは十分承知しておりますから、これを機会に、良い関係を築きましょう。」バートは几帳面そうな顔でそう言うと、再びメガネを指先で直した。
「そういえば、ジェイはなんで招待されたの?」ウェルカム・ドリンクを飲んでいるジェイに対して、カイが尋ねた。
「あぁうん。学科優等生はカイじゃんか。俺はそれじゃなくて、サークル活動の地域貢献の方で呼ばれたんだよ。席が一緒なのは、同じ科だからじゃねぇかな。」
「なるほど。そういうルートもあるんだね。」ジェイの回答に、カイが少し目を見開いた。
「うん、まぁ、珍しいよな。俺も初めてのことで、ちょっとびっくりしてるんだ。兄貴がいるから大丈夫だったけど、正直カイが一緒で助かってるよ。」ジェイは人懐っこそうな顔でへへっと笑った。
―ご来場の皆様方。大変お待たせいたしました。まもなく、市長、エリア長、そしてご来賓の方々の入場が始まります。以降は指定の席におつき下さるよう、お願い申し上げます。
ホール内に、女性の声でアナウンスが入ると、それまでざわついていた会場が少しずつ静まり、アトリウム・ホールの重厚さが一層引き立つようだった。
―それでは、皆様入り口の方をお向きください。市長、エリア長、ご来賓の方々が入場されます。拍手をお願いいたします。
こうして、式典が始まった。




