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アンドロイドシープは夢をみる【全5章】  作者: Nova
β:Broken Bluebird

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10. ゆりかごから墓場まで

「我々が、三角都市として手を取り合ってから、もう50年もの時が経ちました。その遠い昔に、何があったかを覚えていますか?」式次第の始まりは、三角都市市長の演説から始まった。


 少し前、会場の真ん中を通るレッドカーペットの上を、市長たちが歩いて行った後、彼らは一番前の席へと向かって行った。真ん中付近に市長とエリア長が座り、両サイドの2〜3テーブルに分かれて、各企業の重役や、大きな功績を上げた人物などが座っている。アトリウム・ホールが一瞬にして暗くなり、セレモニーの開始を告げるファンファーレが鳴った。


 ハインは少し不安になって、明かりの落ちた会場内を泳ぎ回るような無数の光を目で追った。しかしその行為になんの意味もないと悟ると、大人しくテーブルの上のウェルカム・ドリンクに手をつける。誰も何も言わず、ただ音楽が鳴り終わるのだけを待っている。会場入りした時に、大きなカメラが見えたので、おそらくこの状況も中継されているのだろう、とハインは思った。


「――であるからして、我々、三角都市の同盟は、『オリオンの請願』を軸に掲げたのであります。」ハインの思考が過去から現在へと戻ってきた時、市長の言葉がようやく耳に入ってきた。


「『オリオンの請願』は、過去、夢に敗れた我々の祖先が、『ゆりかごから墓場まで』この幸せなる都市の暮らしを維持しようと、共に誓ったものなのであります。」エレメンタリーの時に、誰もが習う歴史上の出来事を、市長が仰々しく語っているのをハインは少し滑稽に感じた。


 朝会で、スクール長の長い演説を聞いている時の気分みたいだ。まるで綺麗事だと知ってるくせに、それを指摘するのが憚られるような息苦しさがそこにはあった。


「しかしながら、我々の悲願への道はまだ遠い。限りなく遠いこの道を、我らが都市とともに歩んでくださる皆様方と、今この会場に集う優秀な若人たち、そして現在、この都市の幸福を支えてくださる大企業の皆様方に、誠の感謝の気持ちを送りまして挨拶とさせていただきます。」市長が頭を下げると、どこからともなく拍手が沸き起こる。


 市長がステージをゆっくりと降りる間、条件反射のようなその行いを、ハインもまた繰り返していた。


 ―それでは、三角都市が一つ、デネブ企業特区を代表しまして、ネオステラ社CEOルーディス・ブライト様より、ご挨拶を頂戴しようと思います。ルーディス・ブライト様、ご登壇をお願いいたします。


 式次第を告げるアナウンスが、CEOルーディス・ブライトの登壇を促す。ネオステラ社は先代のマルス・ブライトの功績が非常に大きく、ヴォルクス重工などに比べたらまだその歴史こそ浅い企業だが、眠りの研究において大きな成果をあげ、バーチャル・スリープの技術とともに不眠症患者の治療に大きく貢献したと、事前にメールで配布されたパンフレットに書かれてあった。


 現在のCEOであるルーディス・ブライトは、招待されている各企業の重役たちの中では最も若く、そして最も鋭いような印象を与えた。市長よりもはるかに機敏な足取りで段を上がり、ステージ上のスピーチ台の前に立つ。ベージュのスーツに黒いサングラス、きっちりと撫でつけられた黒髪も相まって、CEOというよりはもっと別の存在に見えて仕方がない。


「ご紹介にあずかりました、ネオステラ社CEOルーディス・ブライトと申します。」ルーディスは静かにサングラスを外し、スピーチ台の上に置く。


 その声は先ほどの市長とは打って変わって静かで重く、若さなど重要ではないと思わせるくらいの威圧感と貫禄がある。


「この度、各大企業の偉大なる先輩方を差し置いて、この場を任されましたこと、非常に重く受け止めております。先ほど市長のお言葉にもありましたとおり――。」ルーディスは自分が受けるであろう非難を先回りして潰しながら、適切な言葉を並べて行った。


「――そして、この都市の掲げる『オリオンの請願』、さらに我々の悲願への道を、より強固なものへと舗装するべく、ネオステラ社では『ドリームリンク・プロジェクト』を立ち上げることとなりました。えぇ、もう皆さんご存知かとは思いますが、アンドロイドシープデバイスを使用したシープリンクドライブ、もといバーチャルスリープのサービスにおいて、先日大規模なアップデートを行いました。これにより、我が社の総力を持って、皆様のこの都市における幸福な夢と眠りを最大限にサポートする運びとなりますことを、ここに宣言いたします。」ルーディスのスピーチは、やけに堂々としていて隙がなかった。


 まるでこの時のために何年も、シミュレートしてきたみたいだと、ハインは感じた。


「さて、言葉だけでは信じようにも信じきれないでしょうから、私、ひいてはネオステラ社一同より、パフォーマンスの用意をいたしております。さぁ、AIコア・シーラよ。皆様に我々の夢への道を、お見せしなさい。」


 ―はい、かしこまりました。


 ルーディスの言葉に応じるように、彼の背後にホログラム・スクリーンが現れた。ただ現れたのはスクリーンだけではなく、長い白金髪と白い衣装を纏った美しい女性の肖像だ。その女性がスクリーンの中で身を翻し、大きく両腕を掲げると、再びホール内の照明が落ちて真っ暗になる。


 ―さぁ皆さん、ドリーム・リンクを起動しましょう。『シープたちの微睡む夢の草はら』へ、ご招待いたします。


 シーラはもはや、縦横無尽に壁や天井を動き回っていた。スクリーンなど関係ないとでもいうように。それが単なる投影なのか、ネオステラ社の技術によるものなのか、判別不能なほどだった。


 ―ピロン


 ハインのリンク・スフィアに、招待状と題したメールチャットが送られてきた。ハッとして周囲を見ると、それはハインだけではなく、会場にいる全員に届いているらしい。中を開けると、まるで立体アニメーションのような動きで、「ドリーム・リンクへ招待します」というポップアップUIが現れる。


 ―ではみなさん、招待を受ける準備はできていますか?できた人から、ボタンを押してくださいね。


 ハインは目の前のポップアップに書かれている、「招待を受ける」のボタンを即座に押した。


 ―ビー!!ビー!!ビー!!ビー!!


 突如として、けたたましい警戒アラートが響き渡る。驚いて指を離すと、リンク・スフィアのホログラムUIが、夥しい数のエラーウィンドウで埋め尽くされていく。


 ―いけません……。ルーディス、我々は攻撃を受けています。皆様の夢と精神をお守りするため、反撃の許可をお願いします。


 言葉とは裏腹に、やけに冷静なシーラの電子音声がホールに響く。すでにドリーム・リンクを起動したせいなのか、ハインの脳内では不快な金属音が鳴っている。思わず耳を抑えながら周囲を見ると、カイの顔色が真っ青になっていることに気がついた。


「おい!カイ!大丈夫か!?」しかしハインの呼びかけは、まだ鳴り止まない警戒アラートと、慌てふためく人々の声にかき消されるせいか、カイには聞こえていないようだった。


「申し訳ありません。直ちにこの場を収めます。……シーラ、すぐに制圧しなさい。」マイク越しにルーディスの声が聞こえた後で、AIシーラが不敵に微笑んだのをハインは見た。


 ―承知いたしました。皆様の夢と精神を、このAIシーラがお守りいたします。


 シーラの声がそう告げた後、一瞬にして、目の前のエラーウィンドウが消え去った。まだ金属音が耳に残って離れないままだが、警戒アラートも消え、すぐに元の静寂を取り戻していく。


 ―ハッキング終了。おや?敵のメッセージを確認しました。表示いたしますか?


 シーラが大した問題でもないかのように、ゆったりとした口調でそう告げる。その表情はあの騒ぎの中から変わらない穏やかさで、どこか安心するような気がした。


「はぁ、仕方がない。見せてみろ。」


 ―承知いたしました。大ウィンドウに展開します。


 ルーディスの指示の後、再びステージ上のスクリーンに舞い戻ったAIシーラが、一つのウィンドウを展開・表示する。


『我々は、幸福な眠りを認めない。

 夢に囚われた家族を返して!!』


 それは端的なメッセージにして、最も明確な宣戦布告。


 ―ドサッ


「おい、カイ!?」誰もがメッセージに目を奪われているその時に、ジェイの焦ったような叫びがホールに響いた。


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