8.Get Ready……?
「おっそーい!!」待ち合わせ場所の部屋に入るなり、ドレスアップしたソレアが勢いよくハインを迎えた。
ドレスのことはよくわからないハインだったが、今日のソレアがとびきりめかし込んでいることは考えなくてもよくわかる。いつもの茶色の髪は丁寧に整えられ、小さなパールのついたピンクリボンの髪飾りが、いつもよりも華やかに彼女の顔を彩っている。煌びやかな光沢のある薄ピンク色のドレスは、体に沿うようなピッタリとしたデザインで、短く入ったスリットからは白いレースがのぞいていた。
「すげぇ……。」綺麗とか可愛いとか言う前に、ハインは思わず感嘆していた。
「な、何よその感想……。」腰に手を当てていたソレアだったが、ハインの言葉に毒気を抜かれたのか、先ほどの勢いを失っていた。
「いや、なんていうか、女子ってすげぇな……って。」いまだに目を見開いているハインを前に、ソレアはやや呆れたように目を細めつつも、満更でもなさそうに微笑んだ。
「そうでしょ?相変わらず褒めるの下手だけど、その反応で許してあげるわ。」ふふんと笑うソレアの胸元は、レースで覆われているとはいえ大胆に開いたデザインだった。
「おわ!……待てよ、大胆すぎねぇ?」ハインは自分の顔が真っ赤になるような感覚がして、恥ずかしさから腕で顔を隠す。
「あはは!ちょっと、さすがに反応がうぶすぎるわよ!」ソレアは彼の反応を笑い飛ばしたが、ハインの心臓はまだどくどくと鳴って仕方がない。
「か、揶揄うなよ!!そんなキラキラしたドレス、見たことねぇし!当然だろ……。」ハインは顔をしかめて抗議したが、ソレアは全く意に介さない様子でハインの腕を引っ張る。
「でも、遅刻は遅刻よ。大人しく私に任せなさいよね!」
「悪かった!でも、お手柔らかにしてくれ!」ハインはソレアに引っ張られながらも、まだ恥ずかしそうに俯いていた。
ハインがソレアたちと待ち合わせしていたのは、Astrea Grand Hallの近くにある貸しスペースだ。慣れないハインのため、式典の時間に合わせて準備をしようと、ソレアが用意してくれた場所だった。
「おはよう、ハイン。」壁際の椅子に腰掛けたカイが、挨拶をした。
「おう!……悪いな、ちょっと遅れちまって。」壁のアナログ時計を見れば、もう式典まで1時間半というところだ。
リンク・スフィアやホログラム・サイネージが浸透している現代でも、アナログの時計があると結構助かる。ハインは鏡台のある壁際に袋を置くと、着てきたジャケットを脱いでハンガーラックにかけた。
「うん。でもまだ時間的には余裕があるよ。あんまり早めに行くと、他の学生だけじゃなくて、記者たちに絡まれることもあるし……。ちょっと前に落ち着くくらいで、ちょうどいいんじゃないかな。」そう言って足を組んでいるカイもまた、普段の格好よりも数段上質な格好をしている。
「お前もまた……、すっげぇな。」ハインの月並みの感想に、カイは軽く首を傾げて「ありがとう。」と微笑んだ。
カイの服装はハインのものと同じような型のスーツ姿だった。遠目に見ると黒っぽい色だが、実際は黒ではなくて濃いグレーで、光の当たる部分に青みがかった光沢が見える。それがカイの髪の色とよく似ていて、シアンブルーの瞳の色を、さらに引き立てるようだった。
ソレアと比べてアクセサリー類は控えめだったが、白よりもさらに白い光沢のある襟付きのシャツや、瞳の色よりも少し暗めの色の細長いタイが、カイの繊細さを活かしつつもかなり上質に見せている。そこにマットな質感のシルバーピンがついていて、どこか洗練された印象を受けた。
「ほんとすげぇな。息苦しくならないか?」ソレアのドレスも上質に見えるが、カイのそれはまたさらに特別なように思えた。
しかしカイ本人は特に気負う様子もなく、柔らかそうな生地に皺がつくことも大して気にしていないようで、とてもリラックスした様子に見える。
「ん?あぁ、僕は結構、慣れてるからね。」
「へぇ、そうなんだ。」短い髪を少し耳にかけて見せる仕草すら艶っぽく見え、ハインは思わず視線を逸らした。
「ほら、見惚れてないで、あんたもさっさと着替えなさいな!」ソレアが部屋の隅にあるカーテンで覆われたスペースを指差した。
「あそこ、着替えられるし、姿見もあるから。まずは一旦着替えてきて?」ソレアはにこやかにそう言うと、ハインを連れてそのスペースへと押し込み、さっさとカーテンを閉めてしまった。
しばらくして、戸惑いながらもなんとか着替えたハインは、恐る恐るカーテンを開けた。
「なぁ、これで大丈夫かな?」ハインがゆっくりとカーテンを開けて出ていくと、それを見たソレアがニヤリと笑った。
「うん、いいじゃない。でもまぁここまでは、前に店で見たのと変わらないわね。じゃ、髪と顔を整えるわよ。」ソレアの指示に従って、ハインは鏡台の前へと座る。
ソレアはハインのざっくりと切られた長めの髪に櫛を入れ、オイルで流れを整え、ハインの顔にナチュラルな化粧をして、彼の身なりを整えた。ハインはその手際の良さを、鏡越しに見ていたが、派手ではないながらも明らかに整っていく自分の姿に、内心では動揺を抑えきれなかった。
「よし、できたわ!椅子から立って、少し下がって見てみなさいよ。」作業を終えたソレアがすっとハインの側を離れた。
言われた通り、少し下がって鏡を見てみる。それは確かに店で見たのと同じスーツのはずだが、ソレアに整えられた自分は、店で見た時よりもずっと衣装に馴染んで見えた。
「わ……、すげぇ。」映っているのはただの自分の姿だったが、いつもとはまるで違う様子にハインは思わず感嘆する。
自分の持っている黒のリクルートスーツよりもはるかに上質な生地。自分の瞳によく似た、深みのあるダークネイビーのスーツは黒い髪にもよく似合う。
インナーに着ているシャツは白ではなく、シルバーグレーのカラーシャツ。そして首元には、ネイビーベースに細いシルバーのラインが入ったクロスタイ。ジャケットの中に着ている同色のベストは、ハインの大柄な体格と、細身な胴回りをよりすっきりと見せてくれるようだった。
そして何より、ソレアによって綺麗に整えられたボサボサの髪と眉毛、そしてほんのりと淡い肌色が、普段の自分よりもずっと精悍な顔立ちに見せていた。
「ほんっとに誰だよ。」前や後ろをぐるぐると回って確かめながらハインが言った。
「ふふん!軽くファンデとチークで整えただけでも見違えるわね。やっぱり素材はいいのよ、あんた。」ソレアの姿は、まるで自分の仕事を満足そうに眺める職人のようだった。
「よし、それじゃあ会場に行こう。」カイもまた満足そうに頷いて、部屋の入り口へと歩いて行った。
「そうね。これで誰が見たってハイン・リードの正当性を疑ったりなんかしないでしょ。」ソレアとカイが入り口で待っている。
「あ、あぁ。むしろここからが本番だよな!」ハインは少しだけ腰が引ける思いを抱えながらも、2人の後に続いて部屋を出た。
身なりを整えた場所からデネブの街を少しだけ歩き、3人はデネブ中央行政区・セントラルプラザに位置するAstrea Grand Hallの目の前に立っている。その外観は3階建てのドーム状になっていて、大きな太い柱と緩やかな曲線を持つ近代建築である。
「うわ、すっげぇー。」ハインはもう何度目かわからない感嘆の声を漏らしながらも、その巨大な建築物をじっくりと見上げた。
―カシャ!
「すみません!もしかして招待客の学生さんでしょうか!ポラリス・アカデミアの学生さんだったりはしませんか!?ぜひ一度、取材の方にご協力を――。」
「すみません、もう時間なので、失礼します!」カメラのシャッター音と共に唐突に押しかけてきた記者たちをかわしながら、ソレアがハインの背中を押した。
「やっぱりこうなった!さ、早く行こう。」ソレアは悔しそうな声でそう言うと、ハインとカイを庇うように後ろに立ち、先へと促す。
そんなこんなで踏み入れた式典会場は、ハインの想像よりもはるかに豪華で、少し目眩がするほどだった。




