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アンドロイドシープは夢をみる【全5章】  作者: Nova
β:Broken Bluebird

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6.ドリーム・リンク

「それ、招待通知だから、押して。」ブルーに発光するホログラム・ポップアップの向こうから、カイがハインに頷いた。

「私にもおんなじのが来てるわ。……押すわね。」右前に座っているソレアの前にも同じものがポップしているようだった。


「わ、わかったよ。」ハインが「応じる」のボタンを押すと、「Dream Link Now Loading……」のインジケーターが表示され、程なくして「Welcome to Our Dreams」の文字が明滅している。

「え、なにこれ?」まだ状況を上手く掴みきれていないハインの耳に、柔らかくて滑らかな女性の声が聞こえてきた。


 ―ようこそ、バーチャル・ワールドへ。我々、ネオステラ社一同は、皆様の幸せな眠りをサポートします。


 そのどこか聞き馴染みのある女性の声は、バーチャル・スリープの際に流れるAIシーラの電子音声であると、ハインは気づいた。


 ―こんにちは、ハイン・リード。カイの新しい友達……。


「ん?」いつものシステム音声とは少し違ったセリフが聞こえ、ハインは思わず目を見開いた。


 しかし同時にゆっくりと目の前がぼやけていき、ドライブ特有の軽い目眩に、今度は思わず目を閉じる。没入感を促すためか、どこか遠いところから歌が聞こえる。


 ―You have now fallen asleep without ever waking up.

  (あなたは今、二度と目覚めることのない眠りに落ちた。)


 ―I dream of running through grasslands that no one knows about yet.

  (まだ誰も知らない草原を駆ける夢を見る。)


 囁くような電子音声が何十にも重なって響き渡る中、どこか柔らかい夏草の香りを帯びた風を感じていた。実際には存在しないもののはずだが、知覚はリアルに体感している。


「ハ…ン、ハイ……、ハイン?」誰かの声と、揺さぶられる衝撃を肩に感じて、ハインはゆっくりと目を開けた。

「え、おわ!?」目を開けると、そこには広大な草原が広がっており、パーテーションの向こうには大きな木の幹が透けて見えている。


 その巨木は大学校内にも植えられているシナノキで、秋の黄葉した色ではなく、まだ初夏の頃のような青々とした葉を茂らせている。テーブルの左右には柱が立っており、上部をつたの絡んだ梁が通っているのに気がついた。そして天井があるはずの頭上には、もこもことした白雲が流れる、真っ青な空になっていた。


「なんだこれ……。」やけにリアルな質感に、ハインは思わず息を呑む。


 いや、シープリンクドライブ自体は、元からこういう質感だった。今ハインが驚いているのはそこではなく、それが単に現実の上に重ねがけされた映像のようなものだったからだ。


「いや……、びっくりした……。店……あるよな?」ハインが小さくそう呟くと、ソレアとカイが顔を見合わせた後、2人でゆっくりと頷いた。

「どうなってんだ、これ……。俺たち別に、寝てないよな?」


「寝てないね。今回は仮眠状態でのドライブじゃなくて、知覚だけアクセスするタイプの簡易ドライブだから。」ハインの疑問に、カイが答えた。

「でも、一瞬だけ意識が遠のいた気がすんだけど。」ハインが聞くと、カイは少しだけ考え込むような顔をした。


「うーん、そんな仕様はなかったはずなんだけどな……。簡易ドライブはあくまで現実への重ねがけ。ドライブ自体は知覚へのアクセスだけど、そんなに深度を要求するようなものじゃない……。もしかして、ドライブ酔いした?」カイは1人でぶつぶつと考え込んだ後で、ハインに向かって首を傾げた。


「あぁ、そうかも。なんか一瞬目が眩んで……。システム音声も、いつもと少し違ったしなぁ……。」

「違った?」ハインの言葉に、カイはあからさまに怪訝そうな顔をする。

「どんな風に?」


「うーん。上手く説明できないんだけど、なんか名前を呼ばれたような気がすんだよな……。」ハインは細かく思い出そうとしてみたが、つい先程のはずなのに、どこかぼんやりとして思い出せなかった。

「そう……。初回起動の音声が割り込んだ可能性を考えたけど、でも初めてのアクセスじゃないはずだし……。」カイはまた少し俯きがちに、何かを考え込むような仕草をした。


「あぁ、夜のドライブは日常的にやってるぜ。何がそんなに気になってんだ?」さわさわと揺れる葉擦れの音を聞きながら、ハインはカイをじっと見つめた。

「いや……、ただ不具合だったら報告しないといけないから。」

「不具合って感じでもないでしょ?ドライブの感覚には個人差があって、知覚接続の際にドライブ酔いする人もいるくらいだし。」ソレアがカイの肩に軽く手を添えた。


「うん……、ソレアの言うとおりかな。実際僕たちには何ともなかったし。それに、睡眠時のドライブがメインになってるのも、知覚接続の酔いを軽減するためだから……。」カイはまだ何か納得のいかない顔をしていたが、すぐに頭を振ってこう言った。


「知覚接続……。」

「そう、まぁこれは技術的な共通用語で、もう少し厳密に言うと神経系に接続して、視覚や触覚なんかの知覚情報を上書きしている……という話なんだけど。」ハインのつぶやきを拾うように、カイが説明を付け足した。


「まぁいいや、今は考えても仕方がない。アップデートによる機能拡張の問題はないし、ハインも大丈夫そうだしね。……この話は、また後で考えるよ。」控えめに微笑んだカイを見て、ハインも「あぁ、それがいいぜ!」と笑い返した。


「でもこれ、どういうタイミングで使うんだ?」ハインは率直な疑問をカイへと投げた。

「うーん、確かに。僕も昼間はあまり使わないから。」


「昼寝の時くらい?」ソレアがカフェラテを飲みながらカイに尋ねる。

「うん……。まぁ、昼寝もあまりしないけどね。でも人によっては仮眠時の空間を整える目的でも使うかも。疲れてるから寝たいけど、仕事が溜まってるからって時にドライブするとか。」


「あ、そっか。もしかして疲労度のオンオフもできるわけ?」

「うん、仕様的にはね。その辺はもともとの機能から大幅アップデートされたらしい。」カイは目の前にホログラム・ウィンドウを表示させながら返答した。


 リアルではマスターユーザーの知覚上にしか表示されないウィンドウだが、ドリーム・リンク中は別らしい。


「ほらこれ。」カイが真ん中へスライドしたウィンドウには、ドライブ・マイページに通知されている、ネオステラ社公式のアップデート内容が表示されていた。


『ドリームリンクプロジェクト――ネオステラ社の一大ドリーム』


 そう題されたお知らせ画面には、いくつかの拡張機能についての説明があった。


「そういやドリームリンクプロジェクトってなんなんだ?」

「あぁそれね。一般的にも大々的に宣伝されてたはずだけど、まだあんまり浸透してないのかしら……。」ハインの疑問に、ソレアが首を傾げる。


「あぁ……。ベガだとあんまり、意識することがなくってな……。」

「まぁそうだろうね。リンク・スフィアとの提携事業で普及率を大幅にあげたとはいえ、元々はアンドロイドシープデバイスがないと使えないアプリケーションだったし……。社員への普及率が高いのも、ほとんど大手のホワイト・カンパニーぐらいだし。」カイがまた説明を付け足した。


「とはいえ、記念式典には僕のと……、ネオステラ社のCEOであるルーディス・ブライトも出席するし、すでに公開されている式次第によると、式典のメインパフォーマンスを担当するみたいだから、そこでさらに追加発表とかするんじゃないかな。」カイは一瞬口に仕掛けた言葉を飲み込んだように見えたが、何を言いかけたのか、ハインには上手く聞き取れなかった。


「そうね、詳しいことは……話すかどうかわからないけど、ここで大きく出てもおかしくはないわね。」ソレアもカイに同意した。


 少しだけ難しい話が立て続き、ハインは残りのキャラメルラテを飲み干した。カイとソレアもそれぞれのドリンクで喉を潤している。しばらくは心地のいい風に吹かれながら、皿に盛られたミルフィーユ・ショートを味わっていた。夏草のサラサラと鳴る音に対し、洋梨のしっとりとした甘みは季節外れだが妙に合う。


「そういえば、なんで夏草の原っぱなんだ?」ハインは紙ナプキンで口を拭いながら、カイに尋ねた。

「特に意味はないけど……、初期のプリセットがこれだったんだ。コンセプトは……『シープの微睡む夢の草はら』だってさ。」カイがシステム・ウィンドウを読み上げながらそう言った。


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