5. ドライブ・チュートリアル
「はぁ……、つっかれた……。」デネブのCafé Atrium Sylphidのパーテーションに区切られた一角で、ハインはテーブルに突っ伏した。
「お疲れ、頑張ったじゃない。」ソレアがアイス・カフェラテを飲みながら軽く労う。
「頑張ったけど、さすがに慣れなくてどっと来たぜ……。」ハインはひとまず体を起こすと、アイス・バーレイキャラメルラテを一気に啜った。
つい先程、レンタルショップ――アストリア・フォーマルでフォーマルスーツの試着を終えて店を出た。ハインが試着したスーツは驚くほどハインの背丈や体格にぴったりだったが、もう少し微調整を加える必要があるらしい。その辺はよくわからないので、受け渡し日である1週間後まで、店側に任せることにした。
「でもほんと、ちょうどいいのがあってよかったわね。」ソレアがプレート上の洋梨とプラリネのミルフィーユにナイフを入れながらそう言った。
ハインはその手際の良さを見つめながらも、馴染みのあるバーレイティーの香ばしさによく馴染む、焦がしキャラメルのほんのりとした甘さを楽しんでいた。ソレアのおすすめで入ったCafé Atrium Sylphidでは季節に応じてメニューの入れ替わりがあるらしく、常設の定番メニューの他にも秋らしいドリンクとスイーツが置いてある。
「正直、ちょっと驚いたよ。」ホット・カモミールティーを一口飲んだ後でカイが言う。
「何にだよ……。」
「ん……、すごく似合ってたから。」
「ほんとよね、びっくりするほど印象変わるわ。」ソレアがさらりと同意する。
手元を見ると、ちょうどSサイズのミルフィーユホールを3つに分け終わったところのようだった。
「え〜?」ハインが不安そうに眉を寄せたのを見たのか、カイは手を軽く振って訂正した。
「うん、なんていうか、ちゃんとしたのも似合うんだなって。」
「カイ……、それはちょっと褒めるの下手すぎかも。」ソレアがやや咎めるような視線をカイに向けている。
「え……?」目を見開いているカイは、言われた意味をよく理解していないみたいだ。
「あー、えっと、大丈夫だぞ?褒めてくれてるんだし。」
「だめよ、だってハインがまた微妙な受け取り方をするじゃない。」眉を下げているハインに対し、ソレアがピシャリと言い切った。
「え?」ハインは目を見開いてソレアを見る。
「カイったら、私の時もさらっと『似合ってるね』で済ませたのよ?昔からだけど、ちょっと口下手すぎるでしょ?」ソレアはハインが驚いていることにも気づかず、同意を求めるように彼を見る。
「あ、あぁ、そうなんだな……。でも俺もそんなに上手くないから、あんま人のこと言えないんだよな。」ハインは口を潤すためにドリンクを飲む。
「む〜。」ソレアはハインの立ち回りが不服だったのか、軽く口を尖らせて唸った。
「でもほんと、今日はヘアセットもメイクもしてないからこんなもんだけど、当日はもっとよくしてあげるわ。」ソレアの目に力が入り、メラメラと音が聞こえそうなほど燃え上がっている。
「え、何?着るだけじゃねぇの?」ハインが少し戸惑いながら、ソレアに取り分けてもらったミルフィーユ・ショートにフォークを刺すと、パイ生地がベースのミルフィーユからサクッと軽い音がした。
「なわけないでしょ?あんた、素材はいいけど、まだ野暮ったいんだもの。いいものを着るならそれなりに整えなきゃだめよ。私がやってあげるんだから大人しく受け入れなさい?」ソレアが冗談混じりに微笑んだ。
「あ、あぁ、ありがとな!……でも、カイはどうすんだ?」ソレアは自分で1から10まで揃えているのだろうと思ったが、カイがどうするのか、ハインはいまいち想像ができない。
「うーん、僕はどうにもしないけど……。多分、いつも通り家の人が用意してくれるはずだから、それを着ていくと思う。」
「おお?」カイの回答に戸惑いながらも、ハインはミルフィーユを口に入れた。
「お、これうま!」洋梨とプラリネのミルフィーユは、口の中でパラパラとほぐれ、丸ごとコンポートされた洋梨の果肉から自然な甘さが口いっぱいに広がった。
「ほんとだ、美味しい!」ハインに釣られてミルフィーユを口にしたソレアも、頬を抑えるように感動している。
「これすごくいいわね。キャラメリゼされたプラリネの食感もアクセントになってちょうどいいわ!」ソレアが一息にそう言った。
「キャラ……何?」ハインがカイの方に目配せすると、カイも小首を傾げてソレアを見ている。
「キャラメリゼ……。砂糖などの糖類を加熱して焦がしたもの……。ソレア、好きだよね。」カイがまるで辞書でも読み上げるように説明した。
「ねぇ!今調べてたでしょ!」ソレアがカイに突っかかるように肘で小突く。
「いた……。」カイは少し不服そうに眉根を寄せた。
やや騒がしいようなやりとりだったが、パーテーションで軽く仕切られたカフェではあまり気にする人がいないようだった。アルタイルなどではあまり見ない、プライベートスペースをあえて作るような空間に、ハインは十分に落ち着きを取り戻していた。
「しっかし、このカフェもなんか随分と落ち着きがあるカフェだよなぁ。ソレアも言ってたけど、やっぱベガやアルタイルとは全然違うんだなぁ。」ハインは再びキャラメルラテをぐっと飲む。
あまり遊ぶのにお金を使えないハインだったが、ここは結構量も多くてリーズナブルだった。デネブ自体は高級ショップが多いそうなのだが、そればかりでもないらしい。
「そうね。確かにデネブは行政官だったり企業の上役だったりが多く住んでる場所だけど、カフェは結構価格帯が広いのよ。」ソレアがミルフィーユを口にしながら補足する。
「それに、デネブは他のエリアと違ってホログラム・サイネージがほとんどないでしょ?過剰広告を嫌う人が多いからなんだけど、パーテーション付きのカフェが少し増えたのもそのせいよ。」
「というと?」ハインはやや前のめりになって、ソレアに説明を促した。
「つまり、昼間のドライブ・スペースってわけ。」ソレアは端的にそう言ったが、ハインはいまいち理解が追いつかない。
「ドライブって……、シープリンクドライブ?」
「そう。」
「すまん、ちょっと理解が追いつかないな……。」ハインが申し訳なさそうに言うと、紙ナプキンで口を拭ったカイが代わりに説明を始めた。
「シープリンクドライブが夜間に推奨されてるのは知ってると思うけど、実はここ最近のアップデートで、昼間のドライブが大幅に拡張されたんだ。」カイはほんの少し唇を舐めた。
「あぁ、確か、アンドロイドシープはリンク・スフィアとの連動で、昼間にも簡易的なバーチャル・ワールドを展開できる……んだったか?」ハインは説明書の記載を思い出して言った。
「そう。これまでは現実の上に少し重ね合わせるだけの、ARみたいなのが主流だったんだけど、アップデートによってもう少し本格的な現実との重ね合わせと、仮眠状態でのバーチャル・ワールドへのアクセスが可能になったんだ。……まぁ、やってみた方が早いと思うよ。」説明の限界を感じたのか、カイは耳元のリンク・スフィアに軽く指を当てた後、空中をなぞるようにして操作を始めた。
「えっと、ドリーム・リンクOK、簡易ドライブ開始。……2人に招待を送る……と。」カイが何かを読み上げるようにそう呟くと、ハインの視界にリンク・スフィアのホログラム・ポップアップが現れる。
『 χさんから
ドリーム・リンクの招待が来ています。
招待に応じますか?
応じる 拒否する 』
「お、なんか出たぞ?」よく見るとそれは、χ(カイ)からのドリーム・リンク招待だった。




