4. アストリア・フォーマル
3人が角を曲がると、2階建てのスタイリッシュな建物が左手側に現れた。ツルツルとした石造りを思わせるようなグレーの外壁に合わせた、ホログラム広告を一切置かないクラシックな外観。エントランスの上側に掲げられた「Astria Formal」の看板も含めて、洗練されたデネブの景観に溶け込んでいた。
「ここよ。」ソレアが店の正面を眺めながらそう言った。
「なんか、すげぇちゃんとしたところだな。」落ち着きのある上品な店がまえに、ハインは少し気後れしているようだった。
「まぁ、入りましょう。ここの店員は、学生を無碍にはしないわよ。そういう格式のお店なの。」ソレアを先頭にして、カイとハインも店へと立ち入る。
「いらっしゃいませ。何かお手伝いすることはございますでしょうか。」店の内装を見るよりも先に、店員に声をかけられる。
店の奥からすっと出てきた女性店員は、店内の印象に合わせたダークグレーのスーツ姿だった。体に沿うような膝丈のスカートに、少し高めのヒールを履いている。胴の部分だけにさらに濃い色のボーダーラインが入っており、黒縁のメガネと綺麗にまとめ上げた髪型も相まって、より洗練された印象を受けた。
「え?あの、えっと……。」どうしていいかわからずに、ハインはモゴモゴと口ごもる。
店員は決して不躾ではないながらも、そんなハインの様子をスキャンするようにスっと見た。そのまま横に立っているソレアとカイに目をむける。店員は穏やかな笑みを崩さなかったが、一瞬だけ何かを考え込むように目を細めた。
「初めてご来店のお客様ですよね?学生様でしょうか。」店員はやや控えめながらも、こちらの事情をうかがうように質問をする。
「はい、ポラリス・アカデミアの学生です。今度の式典に招待されたので、彼のスーツを選びにきました。」ソレアが回答すると、「左様でございましたか。」と店員はにこやかに微笑んだ。
「では私の方からいくつかご提案させていただきましょうか?それともご自身で選ばれますか?」店員が追加の質問をする。
「え?えっと、どうすんだ?」ハインは慣れない状況に思わずソレアに助けを求めた。
「そうですね、彼、特待優等生なんです。ちょうどいいものをいくつか見せていただけますか?」動揺しているハインとは対照的に、ソレアは落ち着いた様子で店員に注文する。
「なるほど……。承知いたしました。念のため確認いたしますが、お二人は何かお探しでしょうか?」店員は少し考え込むように間を開けたが、すぐにソレアとカイに尋ねた。
「いいえ、私たちはその……、間に合ってますから。でも彼と一緒に式典に行くので、ちょうどいいのを見繕ってほしいんです。大丈夫でしょうか?」
「いいえ、とんでもございません!ふむ……、さっと見た感じですが、背も高く、全体のバランスも整っていらっしゃいますので、適切なものをお召しになれば見劣りすることはまずございませんよ。ではいくつか探してまいりますので、一度身体データをお取りしてもよろしいですか?」店員はハインに向かってそう言った。
「身体データって?」
「身長もそうだけど、バストとかウェストとか、適切な服を着るのに必要なデータが色々あるの。」ハインの質問にソレアが答える。
「はい、その通りでございます。身長や股下は、ひとまず在庫サイズを確認するのに使用しますし、そこから少し体に合わせてお直しをしますので。」
「レンタルなのにか?俺、既製品ってもっとざっくりしてると思ってた。」店員の説明に、ハインは思わず疑問をこぼす。
「そうですね、レディーメイドですと、基本的にはそうなのですが、裾や袖などは服を損なわない範囲で調整しなければなりませんので。」
「そ、そうなんですね……。色々と聞いちゃって、すみません。」ハインは気まずそうにそう言った。
「いいえ、とんでもございません。……機械で簡易的にスキャンをするだけですので、その場で背筋を伸ばして、静止していただけますか?」ハインが店員の指示に従うと、店員は腰のホルダーに下げていた小型の機械を取り出して、ハインの上から下までを舐めるようにスキャンした。
―ピピッ
「はい、もう楽にしていただいて構いませんよ。」店員は機械を確認した後そう言った。
「それではしばらくお待ちくださいませ。……もしよろしければ、お待ちの間そちらのソファをご利用ください。」店員はにこやかに微笑むと、急ぐように店の奥へと戻って行った。
「なぁ、今、なんだったんだ?」ハインはソレアと店員のやりとりがどことなく気になった。
「あぁ……。えっと、こういう格式のあるテーラードショップでは、購入者の情報を共有していたりするのよ。ハインは初めてだし、求める価格帯を伝えつつ、足元を見ないようにちょっとだけ釘を刺したってわけ。……気にしないでね?無碍にはしなくとも、丁重に扱ってくれるとも限らないもの。」ソレアは困ったように眉を下げる。
「そっか。色々と気を遣ってくれてありがとな!」ハインが礼を言うと、ソレアは肩をすくめて微笑んだ。
店員が品物を選んでいる間、3人はソファで待つことにした。ソレアを真ん中にして腰を下ろすと、硬すぎず柔らかすぎない椅子の感触に、ハインは少しだけ驚いた。カイの方をチラリと見ると、足を組んで何やら操作をしているらしく、空中をなぞるように指を動かしている。慣れていないのは自分だけかと思い、ハインは少しだけ肩を落とした。
気を取り直して店内をゆっくり見渡すと、店内の静けさのおかげか、ハインも徐々に落ち着きを取り戻していた。ショーウィンドウの前に並ぶ男女のマネキンには1セットずつのスーツが着せられ、その向こう側には時折チラリと店の中を見て通り過ぎていく人がいる。
こじんまりとした店内ではあるものの、木目調の壁紙と、柔らかな暖色の照明が、暖かな雰囲気を演出していた。サイネージの派手なアルタイルのショップや、暗いのが主流のベガのショップと比べると、どこか息の詰まるような緊張感が漂っている。
どうにも落ち着かなくてキョロキョロと目を動かすと、ちょうど斜め前の誰かと目があった。ビクッと驚いてよく見ると、それはただの鏡に映った自分の姿だった。どこか所在なさげなその顔を見ると、ハインは思わず目を逸らし、体を縮こまらせて店員を待った。
「お待たせいたしました。こちらのセットをご確認いただけますか?」品物をいくつか手に持って戻ってきた店員が、座っている3人に声をかける。
「えぇ、ありがとうございます。ハイン、ちょっと来て。カイは座って待ってていいわよ。」ソレアがハインとカイに目配せをした。
「分かった。行ってらっしゃい。」カイは大人しく頷くと、そのまま足を組んでまた何かの作業を続けている。
「あ、あぁ。」ハインはその様子を横目で見ながらも、ソレアの後に続いて店員の待つ方へと向かっていった。
「では、ご説明いたしますね。」店員は一通り商品を紹介すると、ハインとソレアに感想を求める。
「ハイン、あんたはどう思う?」
「えっと、正直服のことはよくわかんないんだが、これ……俺が着ても似合うのかな?」ソレアの問いかけにハインは素直にそう言った。
「うん、私は問題ないと思うわ。式典の格にも申し分ないし、あんたの顔にも似合うじゃないの。」少し冗談めかした言い方に、ハインは少し苦笑いをする。
「俺、あんまり顔には自信ないんだぜ?」
「あはは、そんなの分かってるわよ。とにかく、大丈夫だから試着してみて?袖を通してわかることだってあるものよ。」
「そうかなぁ……。」なおも不安そうな顔をしているハインに対し、背中を押すように店員は言った。
「それでは、少し試着してみましょうか。」
「あはは……、はい、試してみます。」どこか納得いかない気持ちもあるものの、店員に促されるまま、ハインはフィッティングルームへと向かって行った。




