2. 優等生たち
「待て、記念式典ってなんだ?」ポラリス・アカデミアのウッドランド・ブリーズ・カフェテリアで、ハインは驚きのあまり目を見開いた。
ポラリス・アカデミアでの午前の講義が終わり、昼食のために訪れた、セントラル棟4階のウッドランド・ブリーズ・カフェテリアで、ソレアやカイとテーブルを囲んでいるところだった。ハインの手元にはリンク・スフィアのホログラム・ウィンドウが浮かんでおり、学生課からのメールテキストが表示されている。
「何って……、三角都市の成立を祝う記念式典でしょ……。市民ならさすがに知ってるものだと思うんだけど。」ソレアがコーヒーを片手に怪訝そうな顔をした。
「いや、それはわかるんだけどさ、招待って何!?」ハインはメールテキストを凝視しながら、顔を顰めた。
『生体情報科学部 身体機能工学科
ハイン・リード様
9/19(土)に開催される三角都市成立記念式典につきまして、市より本学の特待優等生としてご招待が届いております。
つきましては、ぜひ本学代表としてご出席くださいますようお願いいたします。
なお、ドレスコードの指定はございませんが、本学代表として、式典にふさわしい装いでご参加ください。
ポラリス・アカデミア 学生課
フィオナ・モーガン』
記念式典なら知っている。ニュースで見たことしかないが、毎年この時期に行われる三角都市の成立記念。各エリアを治めるエリア長と三角都市の市長、そしてこの市を支える大企業のトップたちが来賓として呼ばれることになる。文字通りのビッグイベントだ。ハインはより苦々しい顔をしながら、ソレアとカイにメールウィンドウを共有した。
「あぁ、これね。私たちも招待来てるわよ。」ソレアが何食わぬ顔でそう言った。
彼女は手に、食べかけのスモークサーモン&クリームチーズのバゲットサンドを持っている。このカフェの看板であり、おしゃれで上品なので、女子学生には人気のメニューなのだとか。
「そうだね。一緒に行く?」カイもまた当たり障りのない話題に対してするような、あまりにも普通の反応を返した。
「え、そういう感じのやつなの?」自分だけがいまいち状況を理解できていないことに、ハインは半ば狼狽えていた。
そんなハインの様子を知ってかしらずか、ソレアは頭上にはてなマークを浮かべたような顔をしている。システム的に言うのであれば、「Now Loading…」が走っていそうだ、とハインは思った。
一方のカイはというと、メールウィンドウへの興味よりも手元のエッグホットサンドの方が気になるらしく、視線を交互に動かしている。まだ付き合いが短いはずなのに、ハインはすでにカイのペースを掴みかけているような気がしていた。
「あー……、うん。俺こういうのに慣れてなくてさ、できれば指南してくれると、ありがたいんだけど。」ハインは少し控えめにそう言った。
昨日1日のやりとりだけでもわかったことだが、この2人はデネブの出身だけあってかなり出自がいいらしい。下世話な言い方をすると、育ちがいい。多分だが、自分が何に悩んでいるのかいまいち察しがつかないのだろう、とハインは思った。
「あぁ、なるほど。」カイが何かに気づいたような顔をした後、ソレアがハインに謝った。
「そーいうことね……、察しがつかなくてごめんなさい。」
「いや、いいんだ。俺こそちょっと狼狽えちまって。」ハインは少し恥ずかしくなって頬を掻く。
「それならなおさら一緒に行こう。その方がいいよ。多分、席は一緒だろうし。」カイは手に持っていたホットサンドを皿に置き、紙ナプキンで指を拭っている。
「そうね、そうしましょう。」ソレアもカイに同意した。
「それはすげぇありがたいんだが、そういや2人はなんで招待されたんだ?」ハインが今更ながらの疑問を告げると、2人は一瞬顔を見合わせた後でハインの方に向き直った。
「私は入学時の首席学生で、カイは1年次の学科優等生。あんたは1年次の特待優等生でしょ?多分だけど、他にも各学部から、各年次の学科優等生が招待されてるはずよ。」ソレアがカイの分もまとめて説明した。
「え、まじか。」ハインは初めて知った情報に、思い切り目を丸くした。
そういえばそうだったか?と思ったものの、1年次は勉強についていくのに必死だったため、同じ学科の学生とすら大して関わりを持っていなかったことを思い出す。
「あぁ、友達いなかったから、俺……。」うーんと唸りながら呟くハインに、再びソレアとカイは顔を見合わせた。
「意外だけど、気にしなくていいと思うよ。」
「そうね、こんなの学生ネットワークでも上位の部類だもの。遭遇する方が難しいわ。」フォローというにはいまいちずれている気がしないでもないが、ハインは2人の気持ちをありがたく受け取ることにした。
「だよな!あんまり気にしないことにするわ。」ハインがニカっと笑いながらそう言うと、カイとソレアもホッとしたように頷いた。
「で、会場には一緒に行くからいいとして、服はどうする予定なの?」ソレアの質問に、ハインは困った顔をする。
「それが一番の困りどころでさ、入学時に着たスーツはあるけど、それで大丈夫だと思うか?もし大丈夫でなきゃ、新しく用意しないといけないんだが、金銭的に用意できるかわかんないんだよな……。」
「スーツ、ね。別に変じゃないと思うけど。」カイはミルクの入ったコーヒーを一口飲んだ。
「まぁ、大丈夫じゃなくても、それ着ていくしかないんだけどな……。学生課の言う『ふさわしい装い』ってやつが、どんなのかわかんないんだ。」
「それって写真とか持ってない?入学式のやつでもいいけど、それ見せてくれた方がわかりやすいわ。」ソレアの質問に、ハインはハッとしてフォトフォルダーを確認した。
「あ、あるわ。母さんが撮ってくれたやつ。」ハインは自分のフォトフォルダーから、1枚の写真を2人に共有した。
3人の間に浮かぶホログラム・ウィンドウには、「ポラリス・アカデミア入学式」の看板の前で、ピースして笑っているハインの姿が映っている。彼の着ているスーツはいわゆる庶民的なリクルートスーツで、新品としての輝きはあるものの、周囲に映っている他の学生と比べると、やはりほんの少しだけ見劣りしてしまうようだった。
「あぁ、なるほど。」カイは僅かに目を細め、考え込むような顔をした。
「確かにこれは……。」はっきりと言うことは避けているものの、式典の招待客としてはふさわしくはないことを、カイの呟きが物語っているようにハインは感じた。
「やっぱ、きつい?」
「きつくはないと、思うけど……。」割とはっきりとものを言うカイが口篭っている。
「そうね、きついわね。買いに行きましょう。」
「ソレア!?」察していたことではあるが、改めてはっきり言われると驚いてしまい、ハインは思わず大声を出した。
今は昼時で賑わっているとはいえ、周囲の人間からすると少しうるさかったらしく、何人かがちらっとハインの方に目をやった。
「あ、わり。」ハインは周囲をうかがったあと、申し訳なさそうに声を落とすと、発端であるソレアに続きを促す。
「買いに行くって?でも、俺……。」
「わかってる、わかってるわよ。正しくはレンタルね。」
「レンタル?」ハインは怪訝そうにソレアを見つめる。
「そ、こういう時のために、学生向けのレンタルショップがあるのよ。フォーマルウェアのね。まぁ、それなりの値段はするかもだけど、買うよりはいくらかマシなはずよ。」ソレアは一口だけコーヒーを飲むと、ハインに向かってこう言った。
「それで、今日このあとは暇かしら。予定がないならさっさと行くわよ。」
「あ、あぁ。わかった!」ハインは食べかけのBLTサンドを急いで口に押し込むと、冷たいルイボスティーで流し込む。
「僕も行くよ。」すっかりエッグホットサンドを食べ切っていたカイも、カバンを持って立ち上がる。
「案内は私に任せなさい!あと、それなりにいいものを選んであげるわ。」ソレアの言葉の頼もしさに、若干の申し訳なさを感じながらも、ハインはブンブンと頷いた。




