8.突入
捕らえた人攫いからの情報を頼りに、俺とラスティ、そして騎士団は大通りの外れにあるバーの中にあった隠し階段を下り、違法な奴隷オークション会場へと侵入した。
「五百!」
「六百五十!」
会場に入ると、競り合う叫び声が聞こえた。会場は映画館のようになっていて、ステージを前にして段々に備え付けられたれた席には、びっしりと客が座っている。
ステージには、司会の男の他に数人の女性や子どもがいた。皆ぼろを着せられ、手足には鉄製の枷をはめられている。
クレナが指で合図をすると、フード付きのローブで正体を隠した騎士たちは他の出入り口の前に陣取る。
会場にいる客たちは皆、ステージの上で怯える被害者たちに下衆な視線を向けている。奴隷を落札した人の中には、いきなり女の子の頬を撫で回したり、男の子を階段上から突き飛ばしたりする奴もいた。
ステージに残った被害者も落札され奴隷となった被害者も、誰もが自分の真っ暗な未来を想像し、絶望していた。
うーん……微妙だな。やっぱ自分で作り上げた絶望顔が一番綺麗だ。だから俺の獲物はこっち。
百人を超えるクソ野郎どもを目にした俺は、クレナの陰に隠れて口角を吊り上げる。
この人数をまとめて絶望させていいのか!? さぁてどうやって絶望させようかなァ? 騎士団のガサ入れってだけじゃ弱い。……あぁ……まともな魔術を数発しか打てないのが口惜しいっ!
明後日に行われる儀式では膨大な魔力を必要とする。具体的に言うと、魔力を満タンにしておかないと儀式終了と同時に倒れてしまう程だ。だから二日──と言ってももうじき日付が変わるから、実質一日で回復する量の魔力しか使えないのだ。
でも今の俺にはラスティがいる。二人でなら何か──。
「フラウ様」
不意に肩を叩かれ振り返ると、俺の後ろにいたラスティはステージの上に立つ司会者を指差す。
「あっ……あれって……」
「はい。奴らの仲間かと」
司会者の胸元を見ると、かつてラスティとともに俺を襲った奴らと同じ、水晶に噛みつく牙の紋章が彫られたバッジが付いていた。
これはチャンスだ。一切手掛かりのなかった奴らが自ら俺の前に姿を現してくれた。奴を捕まえれば、俺の命を狙う奴らの主犯格がわかるかもしれない。それに紋章がある組織ということはかなり規模の大きい組織なのだろう。獲物を大量に捕まえるチャンスでもある。
だが、今はそんなことどうでもいい!
俺は迷うことなく首を横に振り、ラスティの耳に口を近づける。
「ラスティ、俺が──したら、ラスティは──」
「なっ!?」
俺がラスティに作戦を伝え終わるのと同時、クレナが驚愕に目を見開く。彼女の視線の先には、領主レクテリック伯爵と並んで座る、第二王子にして第三騎士団団長であるベオンの姿があった。
「ベオン団長……なぜここに……まさか団長はオークションに参加を? ……いや、団長もこのオークションの存在を察知し潜入したという可能性も……」
「二千!」
クレナの推測を否定するように、ベオンは高らかに数字を宣言した。勝ち誇った表情で腕を組み、ステージに縛られた幼い少女に下卑た視線を送りながら。
「……ッ!」
正義感の強いクレナは我慢できずに飛び出す。出口を押さえている騎士以外は、何の躊躇もなくクレナに続いた。
「我々はファイネルハイト王国第三騎士団ッ! これより、貴様ら違法奴隷オークション参加者及び運営者を一人残らず拘束するッ!」
チャンス!
「ラスティ。今のうちに抜け出すぞ」
「承知しました」
俺は首から下げたルビーのペンダントに魔力を流し、認識阻害の魔道具を起動。ラスティは気配を消し、クレナたち騎士団に集中する人々の死角を駆ける。
認識阻害の魔道具──レミングは起動する瞬間、使用者を見ていた相手には効果がない。だが今は、騎士団にも客にもレミング起動の瞬間を見られていないから、今俺を聖女フラウだと認識できるのはラスティだけだ。
よし。これで騎士団の目を気にしなくて済む。思う存分遊ぼうか!!
***
「はっ? クレナおま、なんで……」
「話が違うではありませんかベオン殿下! 騎士団はオークションを襲わないとおっしゃったのはあなた様でしょう!」
ベオンは突如現れた騎士団に困惑し、立ち上がる。彼の隣では、今更ながらに顔を隠したレクテリック伯爵が喚いていた。
クレナは剣を抜き、切っ先をベオンの喉元に突き付ける。
「ぐっ……クレナ貴様ぁ……誰に向かって──」
「なぜだベオン団長──いやベオン! なぜ王国騎士団団長でありながらこのような悪事を働いたッ!」
ベオンとクレナは睨み合う。両者微動だにしないまま数秒が経過する。
「……クレナおまえ、なぜオレがここにいるかと聞いたな?」
無言でベオンを睨み続けるクレナに対し、ベオンは下卑た笑みを浮かべた。
「奴隷が欲しいからに決まってんだろうがぁああぁああ!」
ベオンは咆哮と同時に喉元に当てられた剣を弾き、流れるように抜剣。居合の要領でクレナに斬りかかる。
クレナはベオンの反撃に素早く反応し、ベオンの剣が到達するより早く、自身の横腹とベオンの剣の間に剣を置く。
「くっ……! 堕ちたなベオン! 貴様は私が捕縛する!」
ベオンがクレナに斬りかかると同時、微動だにしなかった客たちは堰を切ったように一斉に動き出した。
クレナはベオンの剣を弾きバックステップ。ベオンと距離を取ることで生まれた隙に、部下にすばやく指示を出す。
「おまえたち! 彼女らを保護し、他の観客を制圧するんだ! 一人も逃がすな!」
クレナが叫んだその時──ドゴォォォンという爆発音とともに会場が揺れた。会場の奥に粉塵が舞い、その中から声が上がった。
「皆さんこちらです! ここなら騎士団の連中に抑えられていない!」
粉塵の中に薄っすらと見える、壁に空いた大穴。よく通る女性の声に、客たちはこぞって穴を目指して走り出す。
「……ッ! そう言うことか……今の爆発で新たな出口を作られたッ……! おまえたち! 最優先であの穴を制圧するんだ!」
「「「はっ!」」」
騎士たちは椅子の背もたれを蹴り、逃げる客たちの頭上を越えて穴へと向かう。が──。
「ぐおっ!?」
「うわぁああっ!」
突如として吹き荒れた風が、跳び上がった騎士たちをステージまで吹き飛ばした。
「くっ……風属性魔術か……それもかなり上位の──ッ!!」
一瞬ベオンから視線を離した隙に、ベオンはクレナの首目掛けて横薙ぎに剣を振るう。辛うじて剣で受けたクレナだったが、先程とは比べ物にならない重さの一撃に、クレナの体は壁まで吹き飛んだ。
「ぐっ……!」
背中に受けた衝撃に思わず地面に片膝をつく。
「おいおいクレナぁ? おまえはオレより弱いんだ。集中せねばすぐに終わってしまうぞ? オレの憂さ晴らしが終わるまで耐えろよ?」
ベオンは薬でも使ったかのように歪んだ笑みを浮かべ、無造作な足取りで歩いてくる。彼は構えずに肩に乗せている剣は、黒に近い紫の光に包まれていた。
(闇属性の……重力魔術エンチャント)
魔術の効果を武器に付与する高等技術──エンチャント。才能頼りでロクに努力もしていないベオンのそれはお粗末だが、重力魔術という稀有な適正が合わさることで、攻撃の重さが爆発的に跳ねあがる。
(あれを受けることは不可能。全てかわし、こちらの攻撃を叩き込む!)
そう決意したクレナは立ち上がり、正中に構えた剣に炎を纏わせた。
一方その頃、フラウは構えていた聖女の長杖を下ろし、自ら開けた大穴の横でニタニタと微笑んでいた。
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