5.下衆王子
レクテリック伯爵邸の客間。エルステラ滞在中の自室で俺は、完璧な所作で紅茶を口にする。紅茶を飲んだ後は、なるべく音をたてないようにカップを皿の上に戻す。そして──。
「やっっっと、狩りの時間だっ!」
待ちに待った時間の到来に、俺は卓球選手さながらのガッツポーズをした。
聖女が執り行う儀式は明後日に行う予定だ。それまでは特に予定もない。ようやく絶望顔を作りに動けるというわけだ。
俺は胸の高鳴りのままに表情を緩め、部屋の隅に控えていたラスティを振り返る。
「ラスティ。早速だが契約通り、絶望顔作りを手伝ってくれ!」
「承知しました」
ラスティはお辞儀をすると、呆れてモノトーンになった赤い瞳に俺を映す。
「フラウ様は猫を被るのがお上手ですね。先程大勢の民に感銘を与えていた聖女様と今のフラウ様は、とても同一人物だとは思えません」
「そんなことはどうでもいいから早く行こう!」
あんなの、適当にそれっぽいこと言ってればいいだけだ。
「やはりあなたは自己中心的で協調性の欠片もないですね」
ラスティは口では毒を吐きつつも、なぜか口元はほんの少しだけ緩んでいた。
そんな些細なことには気付かず、俺はラスティの小さくて柔らかい手を取り、急ぎ足で部屋を出る。すると、扉の前に陣取る護衛のクレナが訝しげに声をかけてくる。
「聖女様、どこへ行くつもりだ?」
「エルステラの町です。ここにいても何もすることがないので、町を散策してみようかと」
「なるほど。民の暮らしを知り、守る物を自身の目で確かめる。そうすることで儀式に向けて精神を研ぎ澄ますのか」
「え?」
何言ってるんだこいつ。俺はただ獲物を探しに行くだけ──ま、危ないからって町に行くのを止められるよりましか。適当に話合わせておこう。
「違うのか?」
「……あー、はいはいその通りです」
……ラスティ、無言のまま背中にジトっとした視線刺してくるのやめてくれない?
「だが危険だ。聖女様の命を狙う輩は少なくない。それに、聖女様を一目見ようとする民たちも集まってくるだろう。そうなれば我々王国騎士団と言えど、聖女様を守り抜けるかどうか……」
「あ、そのことでしたらこれを使うので大丈夫です」
そう言って俺は、首から下げているルビーのペンダントを掲げて見せた。
「これは……認識阻害の魔道具か」
「はい。その通りです。これを使えば、この魔道具を起動した瞬間に私を見ていた人にしか私を私と認識できなくなります。これなら町の散策を許可していただけますか?」
クレナは口に手を当て数秒考え込むと、金色の瞳で真っすぐに俺を見た。
「いいだろう。これも聖女様のお勤めのためだ。だが正体を隠すとなると、大勢の護衛を引き連れるわけにもいかない。町では私とラスティ殿で聖女様を護衛しよう。……ラスティ殿もそれでいいか?」
「はい。構いません」
「なら決まりだ。早速行くとしよう」
そう言ってクレナは灰色のローブを颯爽と羽織る。
動きがいちいちかっこいいなこいつ。羨ましい……!
「ええ。行きましょう」
そうして俺は伯爵邸のエントランスホールへと向かう。魔道具の発動は伯爵邸を出る直前でもいい。そう考えたのが間違いだった。
「おや。聖女フラウではないか」
「ベオン殿下……」
エントランスホールで鉢合った第二王子のベオンに声をかけられた。無視するわけにもいかず、俺は聖女の笑みを張り付けお辞儀する。
「ファイネルハイト王国第二王子であらせられるベオン殿下にお目にかかれて光栄です」
「うむ。先の演説、見事だったぞ」
「お褒め頂き光栄です」
「ああ。感謝するがいい。それより聖女フラウ、今夜──は予定があるな……明日の夜、オレの部屋に来い」
お、セクハラ野郎はっけーん! 脱がされる直前で前世の俺の姿になって絶望させてやろう。その澄ました憎たらしい顔、どんな風に崩れてくれるのかなァ?
「わかりまし──」
「お待ちくださいベオン団長!」
俺の返事を遮ったのはクレナ。彼女は俺とベオンの間に立ちはだかり、ベオンを睨んでいた。
「なんだクレナ。団長であり王子でもあるこのオレに逆らうのか? このオレに逆らうならば、おまえ程度の首、すぐに飛ぶぞ?」
「たとえ私の命が尽きようと、あなたの行いは看過できない! 国と民の命運を背負う聖女様を傷つけるなど、王子の風上にも置けない!」
「ほう? どうやらおまえ、今ここで死にたいようだな」
額に青筋を浮かべ、腰に下げた剣に手をかけるベオン。彼と睨み合うクレナも剣に手をかける。
「おやめくださいクレナ様」
俺の獲物を取るなよクレナ!
俺はクレナの腕にしがみつき、クレナを止める。そしてそのままベオンに目を向ける。
「ベオン殿下。明日の夜、お部屋にお伺いいたします。ですからどうか剣をお収めください」
「聖女様! 私などより自分の心配を──」
「いいえ。これは私の獲も──問題です」
「だが……」
クレナは迷いの生まれた目でべオンを見る。するとべオンはニタニタと気色悪い笑みを浮かべ、クレナを見下した。
「どうやら聖女はオレに気があるようだぞクレナ。まだ続けるか? オレは今気分がいい。オレは器が大きいんだ。今ならおまえを許してやるぞ?」
それでもなお剣から手を離そうとしないクレナに、ラスティがとどめの一言を放つ。
「フラウ様がそれでいいなら勝手にさせとけばいいんですよ」
どうせそこの王子を使って遊ぶつもりなのでしょうから。
とでも思ってそうだなラスティは。目がそう言ってる。
「……っ」
だが、ラスティの本心など知る由もないクレナは何を考えたのか眉間にシワを寄せ、奥歯を噛み締める。葛藤の末、ようやく剣から手を離した。
「そうだクレナ。それでいい。端からそうしておけば良いのだ」
べオンの言う通りだ。俺から獲物を奪うなんて許さないからな!
ともあれ、これで明日の夜に楽しみができた。
俺は、最後までニタニタと笑うべオンと別れ、予定通りエルステラの町へ獲物探しに向かった。
***
ベオンは今、王子という立場を利用し、オークションに出品される奴隷の下見に来ていた。
「ベオン殿下、子どもの奴隷は如何です? 今回は上物を仕入れましたよ?」
「ほう。見せて見ろ」
そうしてベオンが案内されたのは、ソフィアたちが囚われている部屋だった。
「なかなか……良いではないか」
ベオンはボロボロのソフィアたちを見て、ジュルリと舌なめずりし下衆な笑みを浮かべる。
(ダメ……こんな人に連れていかれたら……エリヤたちを守らないと……!)
ソフィアは震える唇を噛みしめ、ベオンに妹たちの顔を見られないよう前に出る。すると、ベオンは鉄格子の外からソフィアの髪を鷲掴みにし、顔を間近に寄せる。
「……っ」
「おまえのその反抗的な目……良いな! 心をへし折りたくなるぞ?」
そう言ってベオンは、ソフィアの頬を舐めた。
「……っ!」
(怖い……! でもこれで、エリヤたちは大丈夫……よね)
この話を読んでいただきありがとうございます!
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と思っていただけたら、
ブックマーク登録や感想、
↓の「☆☆☆☆☆」をタップして、応援していただけるとうれしいです!
星はいくつでも構いません。評価をいただけるだけで作者は幸せです。




