6.囮作戦
俺はラスティ、クレナを連れ、人攫いをおびき寄せるためエルステラの市場に来ていた。今は周囲の視線を探りながら、露店に並べられたアクセサリーを眺めている。
……ま、そんなすぐには釣れないか。気長に行こー。
なんとなく手に取ったガーネットの耳飾りを耳に当ててみる。その瞬間、クレナが急変した。
「か、可愛いッ!! なんだこの愛くるしい生き物はッ……!?」
「はえっ!?」
クレナは俺の手を取り、鼻先が触れるほど顔を近付けてきた。その上、喜んだ犬の尻尾のようにポニーテールをブンブンと振り回している。
副騎士団長としての威厳の欠片もないクレナの純真無垢な瞳に見つめられると、なぜだか頬が熱くなってきて──。
なな!? なんで俺可愛いって言われて照れてんだ……!? 俺は男だぞ!
「聖女様の容姿に残ったあどけなさと大人しいガーネットの深い赤が絶妙なコントラストを生み、聖女様が有している可愛さを強調している! まさに鬼に金棒だな!」
俺が可愛いのは知ってるからっ! これ以上可愛いって言うなぁあぁぁ!
「可愛いの誉め言葉に鬼に金棒を選ぶとは……ワードセンスカスですね」
……ラ、ラスティはいつも通りだな……助かる。
ラスティの毒舌のおかげで少しだけ冷静になれた。俺は一度深呼吸して息を整え、そっとクレナの手を振りほどく。
「お、落ち着いてくださいクレナ様。いったいどうしたというのですか……」
「んー? 私は何もおかしくないぞ? 聖女様が可愛いから可愛いと言っているんだ。普段は自重していたが、その耳飾りで引き立てられた聖女様の可愛さには抗えなかった。ただそれだけだ。それよりどうだっ? 少しの間二人きりで話さないかっ?」
クレナは俺の顎を持ち上げる。男女どちらから見ても魅力的な、クレナの凛々しく整った顔が間近に迫り、思わず頬が熱くなる。
ど、どどどうすればいいんだよこれぇ……! このままじゃ俺、女にされちゃう……!
気を抜いたらすぐにでも人目に付かない路地裏に連れ込まれそう。打開策を考えようにも、クレナの神秘的な金の瞳に見つめられると頭が回らない。
「も、もう無理……っ!」
恥ずかしさが限界に達した俺は、クレナの顎目がけてアッパーを放った。
「グッハ……!」
放物線を描いて吹き飛ぶクレナ。その表情はなぜだか緩み切っている。彼女が頭から地面に落ちたところで俺は我を取り戻した。
「あっ……く、クレナ様? 大丈夫……ですか?」
恐る恐るクレナに近づき、頬をツンツンしてみるが反応はない。
え? おい大丈夫だよな? これでクレナに何かあったら聖女という神職が……。
俺が慌てて回復魔術を行使しようとしたその時、クレナの目がパッチリと開く。
「ん? なぜ私は地面に倒れているんだ?」
よかった無事か……それに普段通りのクレナに戻ってる。助かったぁ……。
俺は胸を撫で下ろし、クレナに手を差し伸べた。
「細かいことはいいですから。それよりクレナ様。私のことはフラウと呼んでくださいね? 肩書きで呼ばれると、いくら認識阻害の魔道具があるとはいえ正体がバレてしまうかもしれません」
「ああ。それはすまなかった。今後は『フラウ様』と呼ばせてもらおう」
クレナが俺の手を取り立ち上がる。その時、路地の陰からのねっとりとした視線を感じた。
やっとか! 獲物を見定めるようにつむじからつま先まで舐め回すこの視線、間違いない。やっぱ認識阻害程度じゃ、今の俺の美貌は隠しきれないかぁー。いやぁ、可愛いって罪だねぇ。
人攫いという獲物が連れたことを確認した俺は、作戦決行場所として事前に目星をつけていた食堂を指差す。
「クレナ様。ラスティ。お昼にしましょうか」
そうして四人掛けのテーブル席に着く。俺は二人よりも早く昼食を食べ終え、ラスティに耳打ちする。
「ラスティ。俺はちょっと遊んでくるから後のことはよろしくな」
俺が人攫いが隠れている路地を横目で見ると、ラスティは俺の意図に気付く。
「承知しました」
そう言うラスティは、いつも通り目を細める。けれど、ラスティの目にこもっている感情は呆れではなく、憧れに見えた。
ん? なんでラスティ、面倒ごとを押し付けただけなのにそんな目をするんだ? ……ま、喜んで引き受けてくれるなら何でもいいか。
「クレナ様。私、トイレ行ってきます」
「え? あ、ああ……」
なぜか戸惑うクレナに首を傾げていると、ラスティはため息交じりに答えてくれた。
「フラウ様、はしたない」
ああそうか。女子は食事中にトイレ行ってくるなんて言わないよな。
「えーっと……あはは……お花摘みに行ってきまーす」
笑って誤魔化し、俺はクレナが動揺している間にさっさとトイレに向かった。
トイレに入ると、俺は用を足し手を洗う。
ここのトイレには、手洗い場に一つ大きめの窓が付いている。その窓は路地裏と繋がっていて、路地裏からこの手洗い場に忍び込むのは簡単だ。だからこそこの店を選んだ。人攫いが俺を攫いに来やすくするために。
案の定、俺を狙った人攫いはすでにトイレに侵入し、掃除用具入れの中に隠れている。気配でバレバレだ。
いやぁ思い通りに相手が動くってこんなに気持ちいいんだな。実は全部俺の手のひらの上でしたって知った時にはどんな顔を見せてくれるのかなァ?
気配を全く消せていない人攫いは、音もなく掃除用具入れから出る。
ここで遊んだらクレナに気付かれるからな。まずはおとなしく攫われよう。
俺はニヤけそうになる顔を必死に堪えて、ジリジリと距離を詰めてくる人攫いを待つ。たった数秒が何時間にも感じられる。そうしてようやく、人攫いの鼻息がうなじに当たった。
やっと攫ってくれる!
そう思った瞬間、聞こえたのは人攫いの悲鳴だった。
「ぐあぁあっ……!」
「無事かフラウ様!」
振り返るとそこには、一切の無駄がない精錬された動きで人攫いを床に押さえつけるクレナの姿があった。
はっ……? クレナ……? それ俺の獲物なんだが!?
俺は暴れ出したい気持ちをなんとか抑えて微笑む。だが、今の微笑みは自分でも引き攣っているとわかるほどぎこちない。
「クレナ様。何をされているのですか? その方はあと少しで私を攫ってくださったのに、邪魔しないでください」
「……フラウ様? あなたはいったい何を言っている。この男を排除するのに何か問題でもあったか?」
あ……ヤバッ……。
趣味を邪魔された苛立ちでつい本音が漏れてしまった。慌てて口を押さえ「あはは……」と笑って流そうとしてももう遅い。クレナは訝しげに目を細める。
どうすれば…………ん? ラスティ?
どうやってクレナの目を誤魔化そうか考えていると、いつの間にかラスティは完全に気配を絶ち、クレナの背後に立っていた。
「殺りますか?」
ラスティはガーネットの瞳に殺意の光を灯し、首を斬るジェスチャーをする。
それはダメだろ……何度も人のことをバカって言ってるけど、そういうラスティも短絡的なバカなんじゃないか?
俺は微笑んだままラスティにジト目を向け、首を小さく横に振る。
何の罪もない奴に手を出すのは俺のポリシーに反するからな。だが、殺さないのは確定として、クレナを黙らせる方法が他にあるか? これ詰んでるだろ……。
困り果てた俺は、クレナへの殺意を解いたラスティを手招きする。
「なあラスティ。この状況をどうにかする方法、何か思いつかないか?」
「さあ……口を滑らせたフラウ様の自業自得なのですから自分でどうにかしてください」
「そんなぁ……突き放さないでよラスティぃぃ……」
「……っ離れてください鬱陶しい」
ラスティにすがりつく俺と、俺の頬を押して突き放そうとするラスティ。そんなやり取りをしていると、不意にクレナはハッと目を見開いた。
「……っ! そう言うことか。フラウ様は人攫いに怯える民を思い、自ら囮になって奴らを捕らえようとしたのだな?」
それだっ! ナイスクレナ! その案もらうぞ。
「はい。その通りです。他に仲間がいるかもしれませんし、すでに攫われてしまった方たちの行方もわかっていません。ですから私自身が攫われることでそれらの情報を得ようとしたのです」
「そうだったのか。己の身を危険に晒してまで民のために戦う。立派な心がけだな。是非とも私も見習いたい。だがフラウ様。心意気は立派だが、あなたはもう少し自分の身を大切にしてくれ。あなたの身にもしものことがあれば儀式の遂行が不可能になる。そうなれば土地もろとも民が死ぬ」
よし。クレナは誤魔化せたみたいだな。後は適当に反省したふりをすれば丸く収まるだろ。
「そうですね。私が浅はかでした。自身の立場もわきまえず、感情で動いてしまいました」
「わかってくれたか。であれば、後は我々騎士団に任せてくれ」
そう言ってクレナは腰に下げた剣を鞘に入れたまま手に取り、剣の中心を握り水平に突き出す。
「我々王国第三騎士団は必ずやエルステラに巣食う人攫いを根絶やしにし、攫われた被害者たちを救出すると誓おう」
「わかりました。後のことは騎士団にお任せして、私は儀式に専念します」
もちろん嘘だけど。
「ああ、それがいいだろう。では伯爵邸へ帰るとするか」
なんとかクレナを誤魔化し、俺たちは伯爵邸へと戻った。
うーん……捕まえた奴がいい情報を吐いてくれるといいけどな。こんなお預け食らってその後も何もありませんでしたって言われたら俺暴れるぞ?
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