4.不穏な気配と聖女の演説
丸一日馬車に揺られ、俺たちが最初の巡礼地エルステラに到着したのは王都を出た翌日の夕方だった。エルステラの町は多くの出店や人々で賑わっている。俺たち聖女の一団が町に入ると、大通りの両脇には人だかりができ、俺たちを歓迎してくれた。
そうして俺たちは、エルステラの領主であるレクテリック伯爵の屋敷に招き入れられた。俺に割り当てられたのは、装飾の凝られた広々とした客室。
部屋に着いて間も無く、クレナは唇に手を当てて考える仕草を見せた。
もしかして何かあったのか? 厄介ごと? 獲物ゲットのチャンス!?
「クレナ様。どうかされましたか? 何か気になることでも?」
「ああ……どうにも町の様子が変なんだ」
「変?」
俺が聞き返すと、クレナは神妙に頷いた。
「どうにも町に活気がない。前回の巡礼でエルステラを訪れた際はもっと賑わっていた」
俺は今回が初巡礼だから、前回の様子はわからない……が、それってつまり!
「つまり、どういうことですか?」
「そうだな……確かなことは言えないが、この町に何かが起こっている」
何かが起こっている……! いいねぇその響き。この町にはちゃんと獲物がいるんだなァ?
クレナの言葉に内心興奮していると、コンコンコン、と扉がノックされた。
「聖女様。私は第三騎士団の者です。聖女様のお耳に入れておきたいことがあります」
早速何か起こったのか!?
俺は興奮で歪みそうになった表情をなんとか保ち、落ち着いた声で返事をする。
「どうぞ」
「どうやらここエルステラでは、一週間ほど前から行方不明者が急増しているようです。おそらく人攫いかと。聖女様もどうぞお気を付けください」
人攫い! 罠にかけやすいから好きなんだよなーあいつら。
「そうでしたか。ご報告ありがとうございます」
「いえ。礼には及びません。では自分はこれで失礼します」
ラスティみたいな暗殺者もまた来るだろうし、自分を囮にすれば大量に釣れそうだな。よーし。標的も方法も決まった。後はどうやってクレナの目を盗むかだな。
そんなことを考えながら夜を過ごし、翌朝。シスターの一人が部屋に入ってきた。
「聖女様。そろそろお時間です」
ハァ……そうだったな……まずは聖女の仕事を終わらせるか……。
「わかりました。すぐに向かいます」
そう言って、俺はにっこりと微笑んだ。
***
「おい、もうすぐ聖女様の演説が始まるってよ」
「だが今回の聖女はまだ十五歳なんだろ? 聖女様がお勤めに失敗したら国が亡ぶ。本当に大丈夫なのか?」
早朝であるにも関わらず、レクテリック伯爵邸の中庭はエルステラの民で埋め尽くされていた。さらに、中庭に収まりきらなかった民たちも伯爵邸の敷地周辺に押し寄せている。
「静まれ! エルステラの民よ! これより、女神フローラの寵愛を受けし聖女──フラウ・ホーディー様よりお言葉を賜る」
伯爵邸のバルコニー。この場にいる全員から視線を集めるその場所に、純白の衣を纏い、日差しをキラキラと反射する金の髪を靡かせた少女が姿を見せた。彼女の右手には、身の丈ほどの長さを持つ聖女の杖──ハイリスが握られていた。
彼女は自然な形で表情を緩め、見る人に安心感を与える聖女の笑みを湛え、演説を始める。
「エルステラの皆さん、こんにちは。私はフラウ・ホーディー──この度の巡礼を担当させていただく聖女です」
フラウは一度言葉を区切り、ゆっくりと首を横に動かし民たちを見回す。そうしてフラウはもう一度、聞く人の心を落ち着かせる優しく大人しい声を紡ぎ出す。
「ですが私はまだ若輩者です。皆さんの中には『こんな子どもに大事な儀式を任せていいのか?』、『もしも儀式が失敗したら国が亡ぶんだぞ』。そういった不安を抱く方もいるでしょう。また、今の私にこれらの不安を払拭するだけの実績がないことも事実です」
現状、フラウに注がれる視線には不安や不信、疑念がこもっている。だが、それらの感情を声に出す者は誰一人としていなかった。
皆、フラウの次の言葉に期待しているのだ。自分たちが安心できる一言を紡いでくれることを。
「ですから皆さん、どうか私を見ていてください。私が何を成し、何を成さないか。私を聖女と認めるか否か、皆さん自身の目と心で見極めていただきたいのです」
フラウの予想外の言葉に、民たちがどよめく。
「俺たち自身の目で、聖女様を見極める……?」
「どういうこと……?」
混乱する民たち。キュッと表情を引き締めたフラウは、彼らに向かって演説中で最も覇気のこもった言葉を放つ。
「ここエルステラで私は、私が聖女足りえることを証明して見せます!」
それだけだった。フラウのその一言だけで民たちの混乱は収まり、そこかしこから拍手が沸き上がったのだ。やがて集まった民全員が手を叩き、フラウを仰ぐ。
圧倒的なカリスマ性。フラウが無自覚に有しているそれは、聖女だからという理由だけでは説明がつかない。かといって、生まれながらに持っていた力でも神から与えられた力でもない。
町一つ──およそ五万人を容易に魅了する彼女のカリスマ。その源泉はおそらく──。
***
「ひっぐ……ひぐっ……」
鉄格子に囲まれた薄暗い地下室に、小さな男の子の啜り泣きが木霊する。
そこには六歳の男の子と、九歳、六歳、五歳の女の子が囚われていた。
最年長の茶髪の女の子──ソフィアは、手枷をはめられた両手を啜り泣く男の子の背に回し、男の子の頭を抱える。
「大丈夫……大丈夫よ。きっと騎士様が助けてくれるわ」
ソフィアは震える声で、自分にも言い聞かせるように言う。
「おい! ウルセェぞガキィ!」
背後からのガサツな大声に肩を跳ねさせるソフィア。その隙に人攫いの男が男の子の首に繋がれた鎖を引っ張り、男の子の体はガンッと鈍い音を立てて鉄格子に打ちつけられた。
「うぅ……お母さぁぁぁん!」
「ウルセェっつってんだろうがガキィッ!」
泣き出す男の子に、人攫いは鞭を振り下ろす。
──鞭を受けたのは、男の子を庇ったソフィアだった。
「チッ……! 邪魔すんじゃねぇよ……じゃあおまえが代わりに罰を受けるか? あぁん?」
人攫いの脅しに、ソフィアはギュッと目を瞑り男の子を抱き締める。
「そうかよ。じゃあおれの気が済むまでやらせてもらうぜェ!」
それから部屋には、何度も何度も鞭を振り下ろす破裂音が響いた。
ソフィアの背中の服は破れ、赤く血が滲み出す。その痛みを、ソフィアはその小さな体で耐え続けた。
(わたしは、お姉ちゃん……だから。……みんなを、守らなきゃ……!)
ソフィアは血が出るほど唇を強く噛み締めて、大人でも叫び出したくなるような痛みに耐える。すると、二人の妹が人攫いの前で両手を広げた。
「こ、これ以上、お姉ちゃんをいじめないでっ……!」
震えた声で叫ぶ二人に、ソフィアは慌てた。
「エリヤ! マナ! わたしは大丈夫だから、隠れてて!」
「嫌! お姉ちゃんにだけ痛い思いをさせるなんて絶対嫌なの!」
「そうだよお姉ちゃん。私たち姉妹なんだから」
「エリヤ……マナ……でも──」
「ムカつくんだよそう言うのッ! 家族愛を見せつけてそんなに楽しいかッ!」
人攫いはギリギリと歯を鳴らし、顔を真っ赤にして鞭を振り上げる。
「……っ! エリヤ、マナ逃げて!」
二人に向かって鞭が振り下ろされる、まさにその時──。
「おい。やりすぎだぞクラメル。商品の価値が下がったらどう責任取るつもりだ?」
部屋に入ってきたもう一人の人攫いが、鞭を止めた。
「チッ……もう見張り交代の時間か。……わあったよ」
人攫い──クラメルは意外にも素直に鞭を収める。そして、ヤクザ顔で子どもたちを睨む。
「おいテメェら! 次騒いだら殺すからな」
クラメルが部屋を去り気が抜けたソフィアは、背中の激痛に耐えられず床に崩れ落ちる。
「「お姉ちゃん!!」」
すぐに駆け寄ってくる二人。兄弟ではない男の子も、心配と申し訳なさの混ざった後ろめたい目でソフィアの顔を覗いている。
そんな三人の顔はやつれており、ソフィアは薄れゆく意識の中で嘆いた。
(どうして? どうしてこの子たちはこんな目に遭わなくちゃいけないの? ……わたしたちはただ、お使いして、遊んで他だけなのに……いったい、この子たちが何をしたっていうの? お願いします。誰でもいいから、わたしはいいから、早くこの子たちを助けてください……!)
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