3.巡礼と騎士団
よし! やっぱ金で釣ったのは正解だったな。
ラスティは従者になることを宣言し、跪いた。俺はラスティに手を差し伸べる。
「これからよろしくな。ラスティ」
「はい。何なりとご命じください」
これで一人じゃできなかった方法で絶望させられるな! 仲間がいたらやりたかった追い詰め方はいっぱいある。次の狩りが楽しみだ。
「ところでラスティ。さっきの奴らって依頼主直属って言ってたよな。ラスティは依頼主について何か知らないか?」
「申し訳ございません。ワタシは依頼主について何も聞かされておりません」
「そうか」
ダメか……俺の命を狙う奴ら──ちょうどいい獲物だと思ったんだがな。
一応、奴らは全員同じ紋様──水晶に噛みつく牙を持っていたという手がかりはあるが……ま、俺の命を狙ってるなら、ラスティの言う通りすぐに追手を送ってくれるだろ。しょうがないから少し待つかー。
俺はベッドに身を投げ、天井を仰ぐ。それから今日殺した四人の暗殺者が最後に見せた絶望顔を思い浮かべる。
そうだな……今日はまあ、満足かな。
「ラスティ。俺はもう寝るから、ラスティは隣の空き部屋を使ってくれ。掃除はされてるから、足りないものがあったらだいたいは一階の西端にある倉庫にあるから好きに使ってくれ」
「承知しました。では、ワタシはこれで失礼します」
「ああ。お休み」
「はい。聖女様もごゆっくりお休みください」
「ああ。あと呼び方はフラウでいい」
「承知しました。フラウ様」
様って……ま、いっか。もう眠いし、呼ばれ慣れてるから。
そうしてラスティは音もなく部屋を出ていく。
うーん、明日も暗殺者来ないかな? 早く二人ならではの方法で絶望させてみたい。絶望顔って個人差もあるけど、どうやって絶望させるかで微妙に差があるんだよな。早く新しい絶望顔を見て見たい。
時刻は深夜二時半。明日は五時起きだということも忘れて、俺は明日を楽しみに眠りについた。
***
「──ラウ様、フラウ様起きてください!」
「……うぅん……あと、一時間……」
体をゆすられる感覚に、俺はおぼろげな意識の中掛け布団にくるまる。だが、俺の体をゆすっている人とは別の誰かが私の耳元に口を近づける。
「フラウ様、起きてください。起きなければゆうべのことを話しますよ」
「それはダメぇ!」
耳元で囁く冷たい声に、俺は慌てて起き上がった。見ると、ベッドの横には無表情で佇むラスティがいた。
「おはようございます。フラウ様」
「ラスティ……」
俺が抗議の目を向けても、ラスティは微動だにしない。
ラスティは黒と白を基調としたシスター服に着替えていた。彼女の短い黒髪と白い肌、それに小柄な体系も相まって人形みたいに可愛い。
馬子にも衣裳って奴だな。
なんて内心毒づいていると、ラスティの後ろから十歳のシスター見習いがひょこっと姿を現す。
「もぉーフラウ様! 本日から巡礼ですよっ! 早く着替えないと出発に間に合いません!」
あー、そう言えばそうだった。今日から旅かー。面倒だな……まあでも、暗殺者からしたら俺が教会にいるより狙いやすいだろうから、悪くないか。
俺はあくびを噛み殺し、ベッドから立ち上がる。それから身支度を済ませ、ラスティの手を借りて白を基調とした聖女服に着替える。
途中、ラスティがポツリと話しかけてくる。
「意外ですね。フラウ様なら聖女のお勤めを後回しにしてでも、ゆうべの者たちの仲間を探すものかと思っていました」
「俺だってできることならそうしたいさ。だが奴らの仲間を探すにも手がかりが少ないだろ? それに、聖女って立場は便利だからな。できる限り失いたくない」
なにせ聖女の仕事は超ホワイト。聖女になれる人間は限られているから国からの扱いもいいし、なにより仕事が少ない。
たまに一般の神官、シスターでは対処できない傷や病気、呪いを治すことはあるが、基本的には式典さえこなせばそれで終わりだ。式典といっても、私が関わるのは五年に一度の巡礼と、毎年ある年始の王国繁栄祈願、それに王族の結婚式くらいだ。
マジで楽! まさに神職! 一年の大半は仕事ないからな。それに昨日みたく、聖女には獲物が集まってくる。この立場を手放す手はない。
そう言うわけで、正装に着替えた俺は教会の前に待機している馬車に向かった。そこには、腰に剣を携え、灰色の生地に白の線で装飾された団服に身を包んだ王国騎士団が待機していた。
すると、騎士団の中心人物らしき三人は俺を見つけ、挨拶をしようと近づいてくる。
護衛か……折角いろんな町で絶望を振り撒ける機会なんだ。こっそり抜け出して獲物探ししたいし、緩くて雑な護衛だといいな。
「聖女フラウ。オレはファイネルハイト王国第二王子であり、王国第三騎士団団長のベオン・ファン・ファイネルハイトだ。よろしく頼む」
ベオンと名乗った彼は、騎士団の中で一人だけ白地に金の装飾を施した派手な服を着ている。そして何より──。
視線キモっ……! 俺が中身まで女だったら発狂してたぞ……。
隠す気がないのか、ベオンは俺の胸と尻を交互に見て下卑た笑みを浮かべている。
こいつとはできる限り関わらないでおこう。
俺は内心ベオンに白い目を向けつつ、聖女の笑みを張り付ける。
「巡礼の間、よろしくお願いしますね」
「ああ任せて置け」
うわ……マジでキモいなこいつ。
そう言ってジュルリと舌なめずりをするベオンに、俺は男としても引いた。すると、ベオンの隣にいた文官らしきメガネの青年が前に出る。
「聖女様。私はヴァイスローフ公爵家が次男、ドワース・ファン・ヴァイスローフでございます。此度の巡礼では進行や、領主様方との仲介等を務めさせていただきます。若輩の身ですが、どうぞお見知りおきを」
ドワースは知的な顔に薄っすらと微笑みを浮かべ、軽く頭を下げる。
こっちは割とまともだな。……けど、なんか違和感あるんだが……ま、いいか。
「私の方こそよろしくお願いします。ドワース様の働きに期待していますよ」
ドワースとの挨拶を終え、残っていたもう一人が前に出てくる。
「私の名はクレナ・ファン・ソルダーツ。王国第三騎士団副団長をやらせてもらっている。今回、私は聖女様の護衛の任を賜っている。よろしく頼む」
そう言ってクレナは手を差し出してくる。ソルダーツということは、彼女も公爵家の人間なのだろう。
クレナは凛々しく整った顔立ちをしていて、スラリとした長身で胸も大きい。特に目を引くのは、ポニーテールにまとめられている落ち着いた色の赤髪から覗く、強い意志の灯った金の双眸だ。
差し出された彼女の手を握ると、その手は硬かった。
頼りになりそうな人だな。だが──。
私は聖女の笑みを張り付け、会釈した。
「こちらこそよろしくお願いします──と言いたいところですが、私専属の護衛は結構です。私にはラスティがいますから、あなたは全体の護衛に当たってください。あなた程の実力者が隊列に加われば、みなさんの安全にも繋がりますから」
すると、周囲にいた騎士やシスターたちから感嘆の声が上がる。
「流石は聖女様。ご自身の安全よりも私たちの安全を優先してくださるなんて……!」
「すばらしい。聖女フラウ・ホーディー……噂にたがわぬ聖人だな」
だが俺は彼らの声を聞きもせず、張り付けた笑みの下からクレナを睨んでいた。
護衛がいたら部屋を抜け出せない。折角いろんな町に行けるっていうのに、護衛がいたら獲物探しもできないじゃないか。帰れバカ野郎!
だが、クレナは首を横に振る。
「そう言うわけにはいかない。聖女であるあなたに何かあっては民の、延いては国の安寧に関わる」
そこで一度言葉を切り、騎士たちに視線を送る。
「だが安心してくれ。私がいなくとも第三騎士団は精鋭揃い、シスターたちは彼らが必ず守り抜く」
クレナはその金色の瞳で真っすぐに俺を見ると、凛々しい声とともに手を差し伸べてきた。
「聖女様。此度の巡礼の間、私をあなたの剣にしてくれ」
……か、かっこいい……俺が女だったら結婚してたな──あ、今俺女だった。いや心の話だ心の話。俺の心は永遠に男だ!
「感謝するぞ聖女様。聖女様の護衛として、必ずあなたを守り抜くと誓おう」
はっ? 何で俺がクレナを受け入れたことになって……あ……。
どうやら俺は彼女の凛々しさに当てられていたらしい。無意識のうちに彼女の手に自分の手を重ねていた。
マジかぁ……流石にここから断る方法なんてないよなぁ……どうやってクレナの目を盗んで狩りをするか考えないと……。
「よろしくお願いしますね。クレナ様」
そう言って微笑む俺は、内心泣きたい気分だった。
***
とある場所。聖女フラウが最初に訪れる町──エルステラの賑わいがかすかに聞こえるホールには仮面をつけた多くの人々がステージに視線を集めていた。
ステージの上には、手足と首を鎖で繋がれぼろを着せられた女子どもが何人も並べられていた。彼らは皆、人攫いに捕らえられたエルステラの民だ。
「お次の商品はこの少女。スタートは三千万からです!」
ここで行われているのは奴隷オークション。司会を務める彼の胸元には、聖女フラウを襲った暗殺者と同じ、水晶に噛みつく牙の刺繍が施されていた。
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