2.プロローグ②
ふぅ……なんとか誤魔化せた。
暗殺者を絶望させようとしている時に突然部屋に入ってきた騎士たちを追い払うと、俺は手の甲で額の汗を拭った。
……っと、そうだった。こいつどうする?
俺は顎に手を当て、目の前に蹲る暗殺者の少女を見下ろす。
騎士たちはこいつが俺に忠誠を誓ったって勘違いしたんだよな……なら、逃がすわけにも殺すわけにもいかないよなぁ……雇うしかないかぁ……。
彼女は鳩尾を押さえたまま、なぜか呆れたようにジト目を向けてくる。対して俺は盛大にため息を吐いた。その時、ふとある考えが俺の脳裏をよぎる。
あ、そうだ。どうせ雇うなら、俺の趣味を手伝ってもらえばいいのか! やっぱ一人だと絶望のバリエーションに限界があるからな。これからは二人でしか与えられない絶望も振り撒ける。そう考えれば、こいつを雇うのも悪くないかもな。
となると、どう説得して雇うかが大事だ。暗殺者の少女で、仲間の死にも無頓着……そう言えば他の四人が付けてた水晶に噛みつく牙? 的な刺繍がこいつにだけないな。つまりこいつは雇われ暗殺者かな?
──ここからテンプレ的に考えると、こいつの雇い主以上の金さえ払えば釣れるんじゃないか? 幸い俺は聖女で金もあるし……よし。いけるだろ!
そうして俺は、暗殺者の少女に回復魔術を行使した。
***
ワタシは暗殺一族、モルデナール辺境伯家の末娘──ラスティエラ・モルデナール。十四歳。物心ついたとき時から暗殺者としての訓練を積み、七歳になってからは父からの命令で人を殺してきた。
今回も当主である父からの命令で、ワタシは父に依頼したお方の配下とともに聖女フラウ・ホーディーを暗殺することになった。
今までも今回も、ワタシは何一つ報酬を得ることなく、父にとって都合のいい道具として人を殺してきた。だからいくらお金を積まれても聖女に付くことはないし、生への未練なんてものもない。
聖女は蹲るワタシの手をもう一度握る。
次の瞬間、ワタシの全身は淡い金色の光に包まれた。優しく抱きしめられるような温もりとともに、鳩尾と背中の痛みが引いていく。
これは……回復魔術。
「傷は治した。立てるか?」
ワタシは返事の代わりに、聖女の手を支えに立ち上がる。
「なぜ、ワタシに回復魔術を? 隙を突いてあなたを殺すとは考えないのですか?」
「君はそんなことしないだろ? それより君、名前は?」
ワタシ程度の者、警戒する必要もないということですか。
「……ラスティエラです」
「ラスティエラか。ならラスティでいいか?」
「構いませんが……ワタシを殺さないのですか?」
「ああ。殺さない」
そう言うと聖女はワタシに背を向け、杖を壁に立てかけた。
敵に背を向けるなど……おまえごとき眼中にないとでも言いたいのですか?
なぜだか心がざわつく。悔しいとも怒りともとれる感情が、うっすらとワタシの心を染めていく。けれど、ワタシは自分の感情を表に出さない。
感情的になるなんていつぶりでしょうね。なぜだかこの人を見ていると、とっくの昔に捨てたはずの感情を刺激される。
「今ワタシを殺さなければ後悔するのはあなたです。確かにワタシ一人ではあなたを殺すことはできない。ですがいずれ追手が来ます。彼らを利用すれば、ワタシでもあなたを殺すことができる」
「ふぅん、そう──」
聖女は生返事を返し、ワタシの話を聞き流そうとした。が、どうやらある単語が彼女の琴線に触れたらしい。
「──え!? 追手!? 追手が来てくれるのか!?」
聖女は瞬時にワタシを振り返り、無駄に可愛い満面の笑みを浮かべてきた。
「……あなたに一般的なな反応を期待したワタシがバカでした」
「ん? 何か言った?」
聖女はコテンと可愛らしく首を傾げる。容姿と中身が合っていないにも程があるでしょう。
予想外の反応にすっかり毒気を抜かれたワタシは、呆れて半分閉じた目で聖女を見る。
「いえ何も。……何にせよ、追手にはワタシ以上の手練れが送られてくるでしょうね」
「本当か? それはいいな! 強い奴ほど絶望させた時の顔は綺麗だからなァ」
そう言って聖女は口元を歪め、邪悪な笑みを浮かべる。
この人は……。
聖女は旅行前夜にはしゃぐ子どものように無邪気にベッドに飛び込み、枕に顔をうずめた。
そうやって何にも縛られずに振る舞う彼女を見て、気付いた。
そういうことでしたか。この人は、内容はともあれ好きなことに全力を注いで生きている。自由に生きている。それはワタシが一度夢見て諦めた生き方です。
自由に、普通の女の子のような暮らしがしたい。そう思うことはあったが、暗殺一族を抜ける力も勇気もワタシにはなかった。
だからこの人を見ていると、こんなにも心がざわつくのでしょうね。
「ワタシはあなたが羨ましい」
「え? 何が? ラスティも人を殺してるだろ?」
聖女は枕から顔を上げ、無駄に魅力的な上目遣いを向けてくる。
「ハァ……」
暗殺者が人殺しに憧れるわけないでしょうに……。
「何だその盛大なため息……俺そんな呆れられるようなこと言ったか?」
「自覚がないのですか? 全くもって救いようがありませんね」
「それ、ひどくない?」
ワタシは目を閉じ、聖女から向けられるジト目をやり過ごす。すると彼女は「あ、そうだった」と何かを思い出し、ベッドから立ち上がる。それから、ワタシに向かって手を差し出した。
「ラスティ。俺の従者になってくれないか? ラスティが望むなら対等な協力者でもいい。俺の趣味を手伝ってほしいんだ。これは俺の本性を知ったラスティにしか頼めない。もちろん言い値を払うし、俺の手伝いがない時は基本自由に過ごしてもらって構わない」
先程までとは打って変わって真剣な目だ。聖女は本気でワタシを雇いたいらしい。
……即答できませんか。ワタシはそれ程までに彼女に惹かれていたのですね。
彼女の生き方は眩しくて、羨ましくて、憧れる。彼女を見ていると、ワタシももう一度自由な生き方というものに手を伸ばしてみたくなってしまう。
家を裏切るなど、これまでのワタシならば選択肢にも浮かばなかったでしょう。
ワタシの家──モルデナール家では、任務失敗は死を意味する。聖女暗殺という任務に失敗したワタシは家に帰れば殺されるだろう。
かといって、自由を与えられたところでそれをどう謳歌していいかわからない。
今更死ぬことに恐怖はありませんが、最後にこの頭のおかしい聖女についていくのもいいかもしれませんね。この人の生き方を近くで観察していれば、いずれワタシにも普通の女の子のような暮らしができるかもしれません。
そう思うと、自然と口元が緩んだ。最後に笑ったのなんて物心つくよりも前のことなのに。
ワタシは片膝をつき、聖女に頭を下げた。
「承知しました。聖女フラウ・ホーディー様、ワタシはあなたについていきます」
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