1.プロローグ①
俺は、人が絶望する顔が大好きだ。
きっかけはアニメやゲーム。悪役がざまぁされたりボコボコにされたりするのを見るのが楽しかった。
だが次第に俺は、絶望顔が作られる様を見ているだけでは満足できなくなった。自分でも人の絶望顔を作ってみたいと思った。
ちょうどその頃、俺は学校でいじめられていた。よく殴られたし、クラスで晒し者にされた。気付けば持ち物がなくなっていることなんて日常茶飯事だった。俺はぼっちだったから、助けてくれる友達もいなかった。
「あ、こいつらなら絶望させても心が痛まないんじゃないか?」
この時、俺は初めていじめっ子たちに関心を持った。今までは耳元で羽ばたく虫程度にしか思ってなかったが、この時は多分、河原で綺麗な石を見つけた子どものように目をキラキラさせていたと思う。
俺は両親に、人にしたことは人にされても文句を言えないと教わった。
だから俺は、いじめっ子たちが大事にしていたゲーム機を壊した。そして、今までのいじめの様子を録音したテープレコーダーを学校側に提出した。
その時の彼らの顔は今でも忘れられない。初めて自分で作り上げた絶望顔は、どんなアニメやゲームで見るより綺麗で、芸術的で──俺はその時、自分の手で人を絶望させる快感を覚えてしまったのだ。
それから高校二年生の時、友達と一緒に下校しているとヤンキーに絡まれた。ヤンキーが友達の胸倉を掴み金を脅し取ろうとしたから、
「大義を得たり!」
と、俺は嬉々としてヤンキーを半殺しにした。
なぜかその友達には絶交された。けれど腰を抜かして失禁するという、ヤンキーの恐怖に歪んだ顔を見れたから後悔はない。むしろ心が満たされたまであるな。
が、そのヤンキーは暴力団会長の息子だったらしい。俺は彼らにタコ殴りにされた後、あえなく殺された。
「それが今や、民から慕われる清楚可憐な聖女様なんだよな……似合わないにもほどがあるだろ」
ファイネルハイト王国王都にある教会。俺は教会内にある自室で、備え付けられた鏡の前に立っていた。
鏡に映るのは十五歳の少女──聖女フラウ・ホーディー。
サラサラとした長い金の髪と、サファイアのように深く澄んだ瞳。白と青の生地で作られた上質なワンピースが、彼女(俺)の清楚で大人しい雰囲気にマッチしている。同時に、顔立ちにはあどけなさが残っており、庇護欲をそそられる。
「ま、この姿にももう慣れたけどな」
なにせ前世の記憶と人格を思い出してからもう五年だ。嫌でも慣れる。それに──。
「異世界だと獲物に困らないんですよねー」
俺が窓の方を振り向くと同時、パリィィィン! という甲高い音とともに五人の人影が窓を破って室内に侵入してきた。
そう。この世界では俺──聖女の命を狙ってくる奴らがいる。しかも前世に比べて法律も緩い。つまり、心置きなく絶望顔を作れる人も環境も揃っているのだ。
やっぱこの世界、最高だな!
俺は高揚感に口元を歪ませ、壁際に立てかけていた杖を手に取る。青水晶がはめ込まれた身の丈ほどあるその杖を構え、杖に光属性の魔力を纏わせる。
「フン! 侮るなよ聖女フラウ・ホーディー! 聖女と言えど所詮魔術師! これまでの無能な暗殺者どもと違い、我々は主様直属の精鋭だ。この距離ならば貴様が魔術を行使するより先に貴様の首を掻き切れる!」
「ふふっ……! そ、そうですか? それはすごいですねー」
なんでみんなそうやってフラグ立てるんだ? 毎回毎回笑わせないでほしい。手元が狂うじゃないか。
「貴様、我々を侮るか……後悔しても遅いぞ!」
そう言ってリーダー格の男が床を蹴る。同時に、一瞬のずれもなく他の四人が動き出す。
確かに今までの奴らよりは早い。おそらく五人全員が並の王国騎士よりも強いだろう。だが今、そんなことはどうでもいい。
あぁその怒り狂った顔、自信に満ちた立ち振る舞い。いいねぇ。早く心をへし折りたい!
「死ね!」
俺の喉元に迫る、暗殺者の短剣。俺は半歩左に逸れ、暗殺者の攻撃を紙一重でかわす。その瞬間、俺は杖を横薙ぎに振り抜いた。
「グォッ!?」
悲鳴を上げて窓の外へと吹き飛ぶ暗殺者。彼には目もくれず、俺は磨き上げた杖術を使い、迫りくる暗殺者どもの武器を弾き落とした。
「「「なっ!?」」」
何が起こったかわからず目を丸くする暗殺者。俺が視線を向けると、彼らは一歩後退った。
よーし。あと一押しで絶望してくれそうだなァ。
暗殺者どもが怯んだ一瞬の隙。俺はすぐに左手を前に突き出し、右手で握った杖を後ろに構える。そして彼ら全員の鳩尾に狙いを定め──直後、俺は瞬きの間に四度の突きを放った。
「グハッ……!?」
「ガッ……」
「……ッ!」
よし。ちゃんと手加減できたな。
壁に打ち付けられた四人の暗殺者を見て、俺はにっこりと微笑む。
一人を見せしめに吹き飛ばすのはいい。だが、他の奴らにはこの部屋に残ってもらわないと困る。絶望顔を見られないからな。
俺は聖女の微笑みを湛えたまま、リーダー格の男に歩み寄る。
「グッ……! なんなんだこいつは!? なぜこれほどまでに近接戦闘能力が高いんだ! 聞いてないぞ!」
彼は鳩尾を押さえて蹲ったまま、俺を睨みつけてきた。だが俺は彼の恨みがましい視線を気にしない。というか、今は気分がいいから気にならない。
「ですよねー。どうしてみんな、聖女って聞いたら近接戦はできないって思いこむんでしょう? 不思議だなぁ……ま、その分絶望も強まるからいいんだけどな」
さてと。こいつらはどんな絶望顔を見せてくれるのかなァ?
「ねぇあなた。私の命を狙ったんだから、私に殺されても文句は言えない。そうでしょう?」
そう言って彼の額に人差し指を当てると、彼の歯はガタガタと震えだした。
「……ッ! あ、ああ悪魔め……!」
「あぁ……うん。いいねぇその目、その表情……俺に自分の命を握られてるってこと、理解したみたいだなァ?」
恐怖と絶望がグチャグチャに混ざり合った表情。何度見ても最っ高ぉ……!
すると、恐怖に耐えかねた男は奥歯に仕込んでいた何か──おそらく毒袋を噛む。が──。
「……っ!? なぜだ! なぜ死ねない……!」
「なぜってそりゃあ、私、聖女ですから」
暗殺者が自殺用の毒を口に仕込んでいるなんてテンプレもテンプレ。自殺されないよう、こっそり彼らに毒消しの魔術をかけておいたのだ。
俺がにっこりと微笑んで見せると、男は眼球が落ちそうなくらい目を見開き、顎が外れそうなほど開いた口からは泡を吐き始める。
あぁいいねぇそれ! この人の絶望顔、見てるとニヤニヤが止まらないなァ。
俺はしばらくの間、絶景を眺めるかのように彼の表情をじっと見つめ、彼の絶望顔を目に焼き付けた。
……よし。この人はもういいな。
俺は威圧をやめ、リーダー格の男に微笑んで見せる。
「はい。もういいですよー」
「へっ……? そ、それは逃げてもいいと──」
「なわけないだろ」
俺がそう言うと、男の体は悲鳴を上げる間も無く燃え尽きた。俺が火属性魔術で燃やしたのだ。
「もう死んでいいって意味です!」
塵すら残らず燃え尽きた男。彼が元居た場所に、俺は鈴を転がすような声で続きを話した。それから残った暗殺者三人を振り返る。
「さてと。今日はあと三回も絶望を見れるんですねっ!」
「ヒッ……!」
「ゆ、許してくれ! 俺は主様の命令に従っただけなんだ!」
うーん。小物過ぎるな。これじゃあありきたりな絶望顔しか見れないじゃないか。……ま、それもいいけどさ。
絶望顔は何度見ても良い。だがこうも陳腐なものばかり続くと、満足感は薄れていく。
期待外れな二人に呆れて後頭部を掻いているとふと、もう一人の暗殺者に視線を吸い寄せられた。フードを被っていて顔はよく見えないが、他の暗殺者とは何か違う。そんな気がする。
そう言えば、あいつは今まで一度も声を上げてなかったな。ちょっとは期待できるかも……。
***
ワタシはこのまま死ぬのでしょうね。
ワタシは片膝をついたまま、同業者が次々と聖女に焼かれていく様をぼんやりと眺めていた。
聖女フラウ──悪魔のような笑みを湛え、圧倒的な力で恐怖と絶望を与える存在。彼女は本当に聖女なのでしょうか?
そんな意味のない疑問を浮かべていると、同業者を全員焼き終えた聖女がこちらに向かって歩いてくる。ワタシは死を受け入れるべく目を閉じた。
「さてと。まずはおまえの顔を見せてもらおうか」
「え……」
聖女が放った予想外の言葉に思わず目を開けると、フードをめくられた。短い黒髪と白くきめ細かな肌、ガーネットのように深い赤色の双眸。そして頬の古傷が月明かりに照らされる。
「いいねぇ。その無表情な顔……おまえは恐怖も絶望もしていない。生に執着が無い奴の目だ。どう絶望させるか、料理のし甲斐があるなァ……」
そうですか……命令とはいえ、数多くの人を小の手で殺してきたワタシには、楽に死ぬことすら許されないのですね……。
悪魔のような歪んだ笑みをいっそう歪め、聖女はワタシの手を取る。それから彼女は空いている方の手にゆっくりと魔力を集めていく。
「まずは手でも切り落として──」
その時だった。
「ご無事ですか聖女様あぁぁ!」
扉を破り、教会に常駐していた騎士たちが部屋に飛び込んできたのは。
「うぇっ!? ヤバッ!」
騎士たちが部屋に入ってきた途端、先程までの悪夢が全て嘘だったかのように聖女の纏う雰囲気が和らいだ。同時に、彼女の手に集まっていた魔力が霧散する。
「聖女様。その女は……暗殺者、ですよね? いったい何を?」
「あー、えっと……」
これはいったい……。
右手には、聖女に訝しげな視線を向ける騎士たち。正面にはいたずらがバレた子どものように視線を泳がせる聖女。
もしや、聖女は暗殺者を虐殺したことを騎士に隠している? だとしたら、なぜ彼女は先程まであれほど騒がしい立ち回りを?
「もしやあなた、ただのバカなのでは……?」
「え? なんで俺急に罵倒された!?」
「いえ。お気になさらず。ワタシは思ったことは口に出てしまうたちなので」
「いやいや理由になってないからな!?」
先程までとまるで別人のような聖女のツッコミを、ワタシは聞き流す。すると、ワタシと聖女のやり取りを見ていた騎士はハッと目を見開き、床に片膝をついた。
「そう言うことでしたか!」
「え、なに……どういうこと!?」
「そこにいる暗殺者は片膝をつき、聖女様はそ奴の手を取っておられる。つまり聖女様は自らの命を狙う暗殺者に忠誠を誓わせたのですね! なんという人徳! なんというカリスマ! なんという器量! 流石は聖女様ですね!」
あ……もしやこの騎士たちもバカ?
「え!? ……あ、はいそうですそうですー。そういうことですから私は大丈夫。あなたたちも持ち場にお戻りになって大丈夫ですよ?」
「「了解しましたー!」」
ビシッと敬礼してからぞろぞろと部屋を出ていく騎士たち。彼らの会話からは、
「やはり聖女様はすごい!」
「おれには自分の命を狙ってきた奴を従者にするなんてできないな」
「あれほどのカリスマを備えた聖女様は、歴代の聖女様を見ても他にない!」
「今日も聖女様は可愛らしくてお綺麗だったなぁ」
などと、聖女を褒める言葉しか聞こえなかった。聖女に視線を戻すと、彼女は背中を丸めて杖に寄りかかり、げっそりとため息を吐いていた。
なんなのですかこのバカの集まりは……。
ワタシは、これから聖女に何をされるかわからない中でも、彼女にジト目を向けずにはいられなかった。
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