17.クレナの兄──コネル
「うおぉぉ! クレナ様が一撃でボーメントミノタウロスを倒したぞ!」
「いや瀕死だろ! だがクレナ様のおかげでボーメントミノタウロスはすでに死にかけ。とどめを刺すぞ!」
クレナは、おれ──コネル・ファン・ソルダーツ含め五十の兵を以てしてもかすり傷すら与えられなかった魔物を一瞬にして無力化した。そのことに、倒れていた兵士や左右から迫りくる魔物に対処していた兵士が沸き立つ。
そんな中おれは、両膝を地面についた無様な姿のまま両腕を振り上げ、思い切り地面に叩きつけた。
「クソがッ!! 一族の恥に救われたッ……!」
おれは、ボーメントミノタウロスにやられた横腹の傷が痛むのも、手から血が出るのも構わず何度も地面に両手を叩きつける。頭から流れる血によって赤く染まった視界の中、おれはゲブレ遺跡に入っていくクレナを睨んだ。
卑しい平民の血が混ざった出来損ないが……おまえさえ生まれなければ、おれは王国騎士団長になれたはずだったんだ! おれはこんな私兵団長ごときで収まっていい男ではない! おれは、天才だったはずなんだ……!
***
ソルダーツ公爵家は、多くの王国騎士団長、そして剣聖までもを輩出してきた。王国騎士団の中でもトップの実力を誇る近衛騎士団、その団長の座を他に譲ったことは建国以来一度もない。
そんな家に生まれたおれは、五歳の時に剣を握ってすぐ、周りの大人たちを打ち負かした。七歳の時には中級の火属性魔術を使えるようになった。中級魔術の習得には平均して五年かかるところを、おれは魔術を学び始めて一年で習得したのだ。
そうしておれは、ソルダーツ公爵家の新たなる神童ともてはやされた。
あの時、世界は確かにおれを中心に回っていた。父上にお願いすれば、強力な剣も優秀な人材もなんでも手に入ったし、会う人全員がおれを称賛した。
「なんの苦労も努力もせずに全てが手に入る……なんて生きやすい世界なんだ!」
次第におれは剣を振るうのも魔術の鍛錬をするのもバカらしくなって、一日の大半を遊び明かすようになった。だから、おれがまだ剣を振っていた頃にじっとおれを見つめていた妹のことなんて気にならなくなった。
「クレナ様はまた庭の奥で木の枝を振って遊んでおられるのか……」
そんな噂も、おれは鼻で笑い飛ばした。
「ハッ……! 流石は卑しい平民の血が混じった妾の子だな」
──そのとき四歳だったクレナは遊んでいたのではなく、木の枝を剣の代わりにして鍛錬していたとも知らずに。
そして、おれが九歳の時に楽園は突如として奪い去られた。それは、クレナの五歳の誕生日──クレナが始めて剣を握った日のことだった。
「……は?」
おれと同じく剣を握った初日に大人たちを打ち負かした奴がいると聞き、遊んでやろうと思ったのが間違いだった。
おれはクレナに挑み、足を払われ、無様に尻もちをついた。そして、木剣の先を喉元に突き付けられた。
「ありがとうごまいました」
何が……起きたんだ?
おれはわけもわからずクレナの顔を見上げる。そんなおれを置いて、クレナは剣の素振りに戻っていった。
「弱冠五歳にして、神童と謳われるコネル様に勝利された……クレナ様こそ真の神童──」
「ふざけるなッ!」
試合を見ていた執事長を制し、おれは他の従者たちにも睨みを聞かせる。
「クレナは妾の子だ。あいつを正妻の子と同等に扱ってみろ。即罷免してやるからな!」
それから従者たちは、おれの圧力とクレナの無口で近寄り難い性格もあって、必要以上にクレナに近づくことはなくなった。
さらに四年後。剣の鍛錬と並行して魔術の鍛錬に明け暮れていたクレナは、九歳にして魔術エンチャントを成功させた。九歳での魔術エンチャント習得は、国内最年少記録だった。
一年を費やしても習得できず、おれが途中で放り投げた魔術エンチャントをだ。しかもクレナは、おれと同じく属性適正は火だった。
遊びや睡眠の時間を捨ててまで魔術エンチャントを習得しようとするクレナのことが、おれは心底理解できなかった。理解したくもなかった。
そうしてクレナは、実力だけは父上にも認められ、必然的におれの神童としての幸せな日々は完全に瓦解した。
魔術の才能はないと言われていたクレナが、魔術の腕でもおれを追い越したという事実を受け入れられず、おれはクレナの鍛錬を邪魔するようになった。
鍛錬用の剣を隠し、クレナに与えられた魔術書を引きちぎり、部屋の家具を燃やし尽くした。
それでもクレナは鍛錬を続け、どんどん強くなっていった。
寝込みを襲い、腕か足を斬り落とそうとしたこともあった。
だが、寝ていたはずのクレナはいとも簡単におれの剣をかわした。
「なんのつもりだ兄上」
クレナに喉元に剣を当てられ、おれは廃嫡を覚悟した。が、クレナは黙ったままのおれを見て剣を収めた。
「兄上。家族のよしみだ。今回だけは見逃そう」
クレナは本当にこのことを誰にも言わず、おれのことを見逃した。
月明かりを反射し、冷たく金色に光るクレナの双眸に見つめられていると、
「貴様がどうなろうと私には関係ない」
そう言われている気がした。
***
「クレナ……ッ! おまえさえいなければ……」
あれから十年。おれはクレナが魔術エンチャントを習得した日から魔術エンチャントの習得に励んでいたが、結局今も習得できていない。
おれはダラリと肩の力を抜いたままユラユラと立ち上がる。
「コネル様……?」
兵士の一人が、おれの様子を見て首を傾げる。
「急用ができた。ここはおまえたちに任せる」
そう言っておれは、返事も聞かずにゲブレ遺跡へと走り出す。
クレナクレナクレナクレナクレナクレナ……ッ!! おれから全てを奪ったおまえだけは、どんな手を使ってでも殺してやるッ!
おれはゲブレ遺跡の入り口ではなく、遺跡の裏にある小さな洞穴に入る。
岩壁に触れると、手が岩を貫通した。この壁は、幻影魔術によって作られた幻だからだ。
おれはそのまま幻の壁に入る。中には、水晶に噛みつく牙の紋章が刺繍された黒のローブを纏った男がいた。
「コネルか……我々の仲間になる気になったか?」
「ああ。そうすれば、クレナを殺せる力をくれるのだろう?」
「もちろんだ」
そう言ってローブの男は三本の試験管を渡してきた。うち二本には、水色の液体の中に極小サイズの魔物が入っている。
「その二体はどちらもAAAランク相当の魔物だ。試験管を割り、魔力を流し込んでやれば元のサイズに戻り、魔力を与えた者の命令を聞く」
「おぉ!」
AAAランク二体なら、いくらクレナでも苦戦するはずだ。
おれは思わず頬を吊り上げる。するとローブの男は、紫の液体が入った試験管を指差す。
「残る一本は──」
おれは洞穴を出て、クレナのいるゲブレ遺跡へと向かった。
「待っていろクレナ! おれから全てを奪った罪、死を持って償ってもらう!」
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