15.クレナ
「私の母は、父の妾だった」
クレナは丸テーブルを挟んで俺と向かい合う形で座り、自分がなぜ疎まれているのかを話し出す。
「私がまだ幼い頃に母は亡くなり、私は父や兄妹からは露骨に邪魔者扱いされるようになった。家族と廊下ですれ違う度に罵られ突き飛ばされた。剣術の稽古と称して、大勢に囲まれ一方的に暴力を振るわれたことも多い。使用人たちからは陰口を叩かれ後ろ指を刺された」
なるほどなるほど。ざまぁ系のテンプレみたいな家族いじめだな。だがこれだけだと、いたぶって殺したらやりすぎになるな。もっと、特定の一人でもいいから、もっとクズエピソードはないのか? 特にさっきの兄とか、クレナの才能に嫉妬してなんでもやりそうだが。
「だからこそ、私は剣の腕を磨いたのだ。ソルダーツ公爵家は血統と同等に実力も重視している。私が実力をつけると、渋々といった様子ではあったが父は私を王国騎士団副団長に推薦してくれたのだ。これからは弱者を救──」
「そうでしたか。クレナ様も苦労なさったのですね」
俺はクレナの言葉を遮り、相づちを打った。
クレナの快進撃とか興味ないんだ。俺は獲物を探してるだけなんだから。もっとクズいエピソードを聞かせてくれよ。
だがクレナは俺の期待とは裏腹に、胸を張って自らの理想を語りだす。
「私は弱者を救える強者になりたい。私のように生まれや境遇によって蔑視されている人々や、魔物の脅威に怯える民たちを救いたいのだ。そのためには地位と実力がいる。私は、名実を伴った王国騎士団長になる必要があるのだ」
あっそ。
クレナはこれ以上クズエピソードを話してくれそうにない。彼女に対する俺の興味は完全になくなっていた。だが何も言わないのは聖女としてどうかと思うので、俺は愛想笑いを浮かべペラッペラな激励を送る。
「クレナ様は、英雄譚に出てくるような強く高潔な騎士になりたいのですね。クレナ様らしいご立派な理想だと思います。私も陰ながら応援していますよ。どうかクレナ様の進む道に神のご加護があらんことを」
こんな感じでいいか。暇だし昼寝でも……ってあれ? クレナ?
クレナは見開いた金の瞳を揺らし、頭を下げた。
「……っ! はい! 精進いたします」
えぇ……こんなんで刺さるのか? クレナが俺に敬語使ったぞ……聖女のガワってすごいなー……。
と思ったら、クレナは犬系王子様のような笑みを浮かべていた。クレナは俺の肩に手を置き、目をキラキラさせる。
「どうだろうフラウ様。親睦を深めるためにも、今回の作戦が終わったら二人きりでディナーに行かないか?」
「ふ、二人きり……」
でで、デートのお誘い!? ってかそれフラグだろ……じゃなくて、どうして俺は照れてるんだよ……俺男なのに……うん? クレナはかっこいいけど一応女だし、間違ってはいないのか……? いやいやいや! 流されるな俺! 今完全に女としてクレナに惹かれてるだろ!
「お、お誘いはありがたいのですが、遠慮させていただきます」
「そうか。残念だ」
今日は涼しいはずなのに、俺は真夏の日差しを浴びているかのように汗を流した。
***
翌日。ゲブレ遺跡奪還作戦に向けて、ソルダーツ公爵の私兵はツヴェリアの町中を進行していた。俺はラスティとともに馬車に乗り、私兵に混ざっている。
「なぁ、今回はクレナ様が作戦の要になるんだろ? クレナ様の実力っておれよく知らないんだけど大丈夫なのか?」
「さあ……一応は王国騎士団の副団長らしいが……」
「でも妾の子でしょう? ロクな教育を受けていないんじゃなくて?」
「まあ、元剣聖の公爵様が自ら出陣なさることだし大丈夫だろ。それに聖女様もいるわけだし」
騎士団を見物していた人たちからそんな会話が聞こえてくると思ったら、今度はクレナの兄コネルがクレナに近づいた。
「クレナ、おれと役割変われよ。おれは正妻の子で兄だ。それに比べておまえは卑しい妾の子で妹。なのになぜ、おまえがおれより重要な役目を任されるんだよ!」
クレナは動じず、当たり障りのない言葉を選んで返答する。
「作戦の総指揮をする父上の決めたことだ。我々の勝手で役割を変更することはできない」
「おまえ、父上がおれをおまえより下に見てるって言いたいのか?」
なんだ。コネルってやつも自分でわかってるじゃないか。わかっててもクレナに当たらずにはいられないってところかな。嫉妬って怖いねぇ。
クレナはピンと背筋を張って前を向き、コネルは体を傾けてクレナに言いがかりをつけている。二人とも馬に乗って歩いているのも相まって、コネルはまるで白馬の王子様に絡むチンピラのようだった。
不意に、俺の正面に座るラスティが口を開く。
「フラウ様。無駄だと承知でお聞きしますが、クレナ様を助けなくていいのですか? 仮にもあなたの護衛でしょう?」
「別にいいだろ。そもそも俺には関係ない」
「やはりフラウ様は、興味のないことに対してはとことん冷たいですね。人に寄り添えない冷酷聖女とは、この国は大丈夫なのでしょうか」
「ラスティ、おまえ国の心配とかするたちじゃないだろ……」
「はい。フラウ様の人柄を正当に評価するには国を引き合いに出すべきだと判断したまでです」
「おまえなぁ……」
悪びれもなく言ってのけるラスティに、俺はジト目を向けた。
「そもそも、人生かけてでもやりたいことがある奴は人の目なんか気にしないだろ」
「それ、あなたが言えたことですか……」
「あー、聖女として振る舞ってることか? それはその方が便利だからだ。俺が言いたいのは、気にしなくてもいい目をいちいち気にするなってことだ」
クレナの場合、英雄になりたいなら民の目を気にする必要はあるが、家族の目なんて気にする必要はないってこと。
「……なるほど。そういう……」
どうやらラスティも納得したみたいだ。
そう。クレナが本当に強くて高潔な騎士になりたいなら、コネルの言葉なんてクレナには届かないはず。だが、そんなことはどうでもいい。
「そんなことより獲物だラスティ! ずっと解呪ばっかやらされて我慢の限界だったんだ。もしかしたらこの異常事態を発生させた黒幕がいるかもしれないし、コネルも暴走してくれればざまぁして絶望させられる! 聖女の儀式もやらなきゃならないから忙しくなるぞっ?」
「ハァ……ワタシの感心を返してください」
そんなこんなで俺たちは、ゲブレ遺跡がある北側の城壁に到着した。




