14.クレナの立ち位置
「聖女様。こちらの方の解呪をお願いします」
「わかりました」
ツヴェリアにある教会の一室で、俺は運ばれてきた人の呪いを解く。
『現在ツヴェリアに蔓延している呪いは進行型です。初期状態の呪いならば並みのシスターや神官でも十分に対処できる程度のものです。しかし呪いの発見が遅れれば、我々には解呪できない程強力になります』
『ですが聖女様のお力があれば、そういった人々も救うことができます。聖女様、どうか教会にとどまり、彼らに救いをお与えください』
というわけで、教会関係者に頼まれて仕方なく手伝ってはいるが──。
「す、すごい。死を覚悟したのに、さっきまでの苦しさが嘘みたいだ……ありがとうございます聖女様。俺──いえ私は、一生このご恩を忘れません!」
解呪された人は目をキラキラさせて大袈裟に頭を下げる。
「いいえ。感謝の言葉なんて必要ありませんよ? 聖女として皆さんを助けるのは当然のことですから」
「……っ! それでも、ありがとうございます!」
俺が聖女の笑みを張り付けると、男は舞い上がって祈るように手を組み、お礼を言った。そうしてようやく、男は部屋を出ていった。
ハァ……やっぱ人助けはつまんないな。
俺は小さくため息を吐いて、丸テーブルに腰掛ける。そして、とあるアルバムを開いた。そこには、これまで絶望させてきた奴らの絶望顔が収められている。
俺は空白のページを開き「転写」と念じる。すると、奴隷オークションの客たちとベオンの絶望顔が写真としてアルバムに収められた。
絶望アルバム──記憶の中にある映像を実物の写真として出力する転写魔術を使い作っている。これは俺の趣味の一環だ。暇な時に今まで絶望させてきた人のことを思い出し、あの時は楽しかったなぁと感傷に浸るためのものだ。
だが中には見飽きた写真も多く、俺は一時間と経たずにアルバムを閉じた。そして俺は頬杖をつき、窓の外に広がる曇り空を見上げる。
「ハァ……」
そろそろ新しい絶望顔を作りたい……いいよなラスティは。自由に動けて。
ラスティは今、ツヴェリアの町を観光している。部屋を出る前のラスティに「何するんだ?」と聞いたところ、
『スイーツを食べ、服を見ようと思います』
だそうだ。どうやらあれでもラスティは女子だったらしい。
元々ラスティとは俺の趣味を手伝うという契約しかしてないからいいんだけどさ。ずるいなぁ……。
「ハァ……」
俺は気付かなかった。何度もため息を吐く俺を見て、扉のないこの部屋の近くにいたシスターや神官、騎士たちが騒いでいたことに。
「聖女様……大勢の人々が苦しむ現状を憂いているのだわ」
「なんとお優しい。きっと今も、呪いに苦しむ人々に思いを馳せているのでしょう」
「私たちも聖女様の御心をお休めするため、少しでも早く解呪しましょう」
そうしてシスターと神官は、連日の激務による疲れも忘れ走り去っていく。
「よし! 我々は一体でも多く魔物を狩り、聖女様の儀式をサポートするぞ!」
「ああ。聖女様の安全は我らが守る!」
騎士たちも、じっとしていられないと言わんばかりに剣の素振りを始めた。すぐクレナに見つかって、廊下で、しかも護衛中に素振りをするなと叱られていたけれど。
そんな外の様子に気付かず、俺はいるかもわからないツヴェリアの異常事態を引き起こした黒幕と、クレナの家庭について考えていた。
うーん。黒幕がいるかどうか、情報が少なすぎてわかんないな。
クレナの方は、クレナは使用人たちからも疎まれているってことくらいしかわからなかった。まあたぶん、この調子だと兄弟からも邪魔者扱いされてそうだよな。
だがクレナのためにわざときつく当たってるって可能性もあるよなぁ……クレナの家族がざまぁ対象かどうかちゃんと見極めないと、善人を絶望させるのは俺のポリシーに反するからな。
そこまで考えて、俺は情報の少なさに頭を抱えた。
あぁー! クレナは全然事情話してくれないし、黒幕探しに行きたーい!
そうだ! ラスティに頼んで調べれば……って、今ラスティいないんだった……。
万策尽きた俺は丸テーブルの上に身を投げ出した。だらしなく丸テーブルの上に突っ伏していると、コンコンコンと壁を叩く音が聞こえる。
ヤバッ!?
俺は慌てて姿勢を正して座りなおす。そして部屋の扉がない入り口を見ると、水色の髪を几帳面に整えた文官兼騎士団長代理のドワースが立っていた。
「聖女様。お疲れのところ申し訳ございません」
助かったぁ……疲れていただけだと勘違いしてくれたのか。
「こちらこそ、お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。ドワース様はどうしてこちらに?」
俺の問いに、ドワースは苦笑した。
「大まかな戦略を決めた後、軍議を追い出されてしまいまして」
「それは……」
「ああいえ。仕方がないことですのでお気になさらず。公爵家同士、昔から功を競い合っています。故に今回の件はソルダーツ公爵家の力のみで解決したいのでしょう。当事者の私が言うのもなんですが、公爵家同士の対立などなければ、事は円滑に進むのですが」
「ドワース様も大変ですね」
それからドワースはツヴェリアでの護衛体制についていくつか確認した後、部屋を去った。
ドワースと入れ違いに、銀髪紫目の青年が入ってくる。彼はドワースとすれ違う際、一瞬顔を顰めた。そして、部屋の出入り口を守っているクレナに対してはフン、と鼻を鳴らし蔑視した。
おっ! クレナの家族か? ざまぁチャンスかっ?
「聖女様。私はソルダーツ公爵家の私兵を取り仕切るコネル・ファン・ソルダーツと申します。父ソルダーツ公爵の遣いとして、ゲブレ遺跡奪還作戦の説明に参りました」
「わざわざご足労いただきありがとうございます。コネル様」
俺は退屈な時間が終わる予感がして、今回ばかりは心から微笑んだ。
「いえ。こちらこそ、我々の力不足により聖女様のお手を煩わせることになってしまい、申し訳ございません」
それからコネルは俺への作戦参加の依頼と、作戦における俺の役割を説明した。
「決行は明日の正午になります」
「明日の正午……わかりました」
私兵たちへの伝達や軍備の確認がいるだろうに、随分頑張ったなーソルダーツ公爵。だが退屈な時間が減るのは助かる。
「では、私はこれで失礼します」
コネルは部屋を出るとすぐにクレナに話しかける。なお、この部屋には扉がないので会話は丸聞こえである。
「クレナ」
「なんだ? 兄上」
「ハッ……おまえまだ敬語も使えないのか? 流石妾の子だな」
鼻で笑うコネルに、クレナは何も言わずに目を合わせ続ける。するとコネルは勝手にクレナと肩を組み、耳元で囁く。
「一族の面汚しが王国騎士団の副団長になりやがって。しかも聖女様の護衛まで……正妻の子であるおれを差し置いて随分と偉くなったなぁ?」
それ、逆恨みだろ……おまえに実力がないから王国騎士団の団長クラスになれなくて、私兵の団長止まりなんだろ。
「女風情がでしゃばりやがって……女は王子にでも媚び売って、政略結婚しとけば良いんだよ!」
そう言ってコネルはクレナを突き飛ばす。
うわぁ……男女差別だ。いいクズっぷりだなァ。
クレナは転ばす、平然と姿勢を正した。
「ハッ……精々その無駄に整った容姿でも使って、聖女様に媚び売っとくんだな」
涼しげなクレナを見て、コネルは鼻を鳴らし去っていく。
もう一度言おう。この部屋には扉がなく、会話は聖女に丸聞こえなのだ。
本人の目の前で媚び売っとけとか言うなよ……。
ま、そういうツッコミは置いといて……まだちょっと弱いな。コネルはもう少し泳がせて心をへし折っても心が痛まないクズに育つまで待とう。
コネルの姿が見えなくなると、クレナは部屋に入り申し訳なさそうに頭を下げた。
「すまないなフラウ様。見苦しいところを見せてしまった」
おっ! これは……クレナから家庭の事情を聞くチャンス!
「いいえ。それより、クレナ様はご家族とうまくいっていないのですか?」
俺の問いに、クレナは視線を斜めに落として考えた後、ゆっくりと口を開いた。
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