13.ツヴェリアの異常事態
「はぁぁあああッ!」
第三騎士団の団員が剣を振り下ろすと、魔物ボーメントウルフは真っ二つになった。
俺たちはツヴェリアに向かう途中、魔物の群れに襲われていた。
「ツヴェリアの町に近づくにつれ、魔物との遭遇が増えていますね」
「だなー。ツヴェリアって領主の騎士団が魔物を狩るから魔物との遭遇が少ないんじゃなかったのか? ま、騎士団だけで対処できてるからどうでもいいか」
「フラウ様……あなたは本当に魔物には興味がないのですね」
「だって魔物って絶望しても反応が全部一緒だろ? 人間は人それぞれ、絶望のさせ方次第でいろんな絶望を見せてくれるから、魔物より圧倒的に面白いんだ」
「つくつぐクズですね」
「やっぱラスティって可愛い顔して毒舌だよな。ツンデレか?」
「『可愛い顔して』なんて、フラウ様にだけは言われたくないですね。可愛い顔して人をいたぶる悪魔聖女様?」
「う……」
何も言い返せない。ってかラスティも自分が可愛いって言われて否定しないんだな。俺はTSしてるからいいけど、ラスティってナルシ──。
「フラウ様。何か?」
怖っ!? なんかラスティ、俺への当たりがますます強くなってきてないか!? 遠慮がなくなったというか……。
ガーネットのように赤暗いラスティの目に睨まれて、俺は視線を逸らした。
「な、なんでもないです……」
馬車の中。俺とラスティが日常会話を繰り広げていると、騎士団が魔物を全滅させたらしく馬車が動き出す。
すると、馬車の隣を馬で走るクレナが窓を開けるよう合図をしてきた。
「フラウ様。もうじきツヴェリアだ。まずは領主のソルダーツ公爵に挨拶してもらうが構わないか?」
ん? ソルダーツってどっかで……ま、いつか思い出すか。
「はい。大丈夫ですよ」
俺が微笑むと、クレナは元の配置に戻る。
そうして馬車は、ツヴェリアの町へと入っていった。
***
「聖女フラウ・ホーディー殿。よくぞ我が領都ツヴェリアにお越しくださった」
「こちらこそ。巡礼にご協力いただきありがとうございます。ズヴァールド・ヘンドリック・ソルダーツ公爵」
ソルダーツ公爵邸の応接室で、俺は軽く頭を下げた。公爵は五十歳を超えているとは思えない鍛え上げられた肉体とフサフサの金髪を持つ、堀の深い髭面のイケオジだ。
公爵はゴツゴツとした手で一人掛けのソファを示す。俺はラスティとクレナ、それに文官兼騎士団長代理のドワースを壁際に下がらせ、ソファに座る。すると公爵も執事を控えさせ、俺と向かい合う形でソファに腰を下ろした。
「さて。早速だが聖女殿。貴公は、現在我が領地に発生している異常事態に気付いておられるか?」
公爵は両手を組み、その上に顎を乗せる。俺は内心、
真面目な話とかダルいなぁ……早く獲物を探しに行きたい。
と思いながらも、表面上は目を細め真剣な表情を作った。
「……魔物の大量発生、ですか?」
「そうだ。正確には二十日前から魔物の討伐が追い付かなくなっている。それともう一つ、ツヴェリアでは現在、強力な呪いが蔓延っている」
「呪いですか……解呪は間に合っているのですか? もしツヴェリアのシスターたちでは手が回らないのでしたら、同行しているシスターをお貸しいたします」
「それはありがたい」
「ところで公爵様。現在起きている二つの異常事態は、どちらも魔力流の乱れによるものですか?」
「うむ。我々はそう踏んでいる」
「そうですか……」
それは残念だ。誰かが裏で仕組んだものだったら面白かったのにな。……いや、だが待てよ。
僅かに見え隠れした獲物の影に裏切られ、俺は落胆しそうになった。だが、俺の頭は趣味のためだけにフル回転し、ある論理を辿り始める。
数百年もの間、ファイネルハイト王国ではずっと五年周期で巡礼をしてきた。その間、魔力流による被害が出たことはなかったんだよな? つまり今はまだ、魔力流が乱れ始めるには早すぎる。
これは誰か裏にいるんじゃないのか? 魔力流を暴走させるなんて国家転覆レベルの悪事を企んでる奴がいるんじゃないか!?
「ここからが本題なのだが……──聖女殿?」
公爵に呼ばれて、俺はハッと我に返る。
憶測だらけだなこれ……ま、数百年も経ったんだ。魔力流の周期が変わってもおかしくはないし、黒幕いたらラッキーくらいに思っておくか。
「すみませんソルダーツ公爵。少々考え事をしてしまいました」
「そうか。私も貴公のエルステラでの活躍を耳にしている。きっと我が民を思い憂いてくれたのだろう」
「あはは……」
俺が愛想笑いを浮かべると、公爵は咳払いをして話を戻した。
「コホン……では聖女殿。改めて本題に入らせていただくぞ」
「はい」
すると公爵は申し訳なさそうに顔を顰め、大きく息を吐いた。
「現在、魔力流の制御魔法陣があるゲブレ遺跡は大量の魔物に占拠され近づけんのだ」
「それは誠ですか!? ソルダーツ公爵様。もしも真実ならば大問題ですよ」
公爵の言葉に反応したのは、俺の後ろに控えていたドワースだった。彼はメガネをクイっと上げると、その知的な顔を険しくして公爵に詰め寄る。
「貴公は確か……」
「ヴァイスローフ公爵家が次男──ドワース・ファン・ヴァイスローフです。今は聖女様の巡礼を滞りなく進行するため、ここにおります」
公爵はドワースに、本心を探るように厳しい視線を向け、「そうか」とだけ口にした。
「それで、ゲブレ遺跡の魔物を討伐する準備は整っているのですか?」
「うむ。町に割かねばならない防衛戦力を鑑みて、討伐隊の人選は済んでいる。私含め、屋敷に残っているソルダーツ家の者は総動員する予定だ。だが──」
「戦力が足りないと?」
「…………」
無言の肯定を示す公爵。
これ、話し長くなりそうだなー。
「ソルダーツ公爵様。ドワース様」
「聖女様? 如何されましたか?」
軍議を邪魔され、ドワースはその水色の瞳を訝しげに細める。俺は清楚に見えるように目を閉じ、立ち上がる。
「戦に暗い私がいてはお二人の邪魔をしてしまいます。この件はお二人にお任せしますので、私はこれで失礼いたします」
俺はラスティとクレナに目配せし、扉の取っ手に手をかけた。
よし。公爵もドワースもわけわかんなくて固まってるな。このまま面倒な会議なんてバックレて獲物探しに──。
「……お、お待ちください聖女様。呪いに侵された民をいち早く救いに行きたいという聖女様のお心は立派ですが、魔物の討伐の際は聖女様にも──」
ごちゃごちゃうるさいな。
俺は内心ため息を吐く。そしてドワースを振り返り、今回の件はドワースに丸投げするという趣旨を、言葉を飾って伝える。
「儀式を成功させるためならば、私は死地にでも飛び込みましょう。具体的な方法についてはドワース様に任せます。この言葉では足りませんか?」
「いえ……十分でございます……」
やった誤魔化せた。これで後は儀式まで自由だ!
俺はドワースが肯定するとすぐに回れ右して部屋を出る。だからドワースが聖女の言葉に息を呑んだことにも、公爵が
「その歳でなんという気概だ……聖女殿には英雄の血が流れているに違いない」
と呟いたことにも気付かなかった。
だが、気を取り直した公爵がクレナにかけた声は聞こえた。
「クレナ。いくらおまえが一族の恥であろうと、此度はおまえにも働いてもらう。おまえの実力だけは、私も買っているのでな」
公爵の、感情のこもっていない事務的な声に対しクレナは、目を合わせることなくぼそりと呟く。
「……わかっているさ。父上」
父上って……あー、ソルダーツってどっかで聞いたと思ったが、そう言えばクレナの名字もソルダーツだったな。
なになにっ!! クレナって過去になんかあったのかっ? 虐げられた娘が家族にざまぁする展開、俺大好きなんだ。事情を教えてくれよ。復讐手伝うぞ?
「行こうフラウ様。見苦しいところを見せてしまってすまないな」
「いえ、そんな……」
俺の期待とは裏腹に、クレナは力なく苦笑した後、唇を固く結んでしまった。
うーん……人に話したくない感じか。けど聞きたい!
「クレ──」
「フ・ラ・ウ・様?」
ラスティにものすごい勢いで睨まれた。
「う……」
「あなたには人の心ってものがないのですか? デリカシーくらい身に付けたらどうですか」
声に出さずとも、ラスティは人を射殺すレベルに鋭い視線に言葉を乗せてくる。俺は悪さをして叱られる子どものように、ゆっくりとラスティから目を逸らす。
今の視線、俺がか弱い乙女だったら死ねるぞ……しょうがない。事情を聞ける流れが来るまで待つか。無理やり聞き出そうとしたら、二度とクレナが事情を話さなくなったら困るしな。
***
フラウたちがツヴェリアに到着した日の夜。ソルダーツ公爵邸一階にある、人目に付かない空き部屋に二つの影があった。
一つはエルステラで司会の男を殺した、水晶に噛みつく牙の紋章を持つ男。だがもう一つの人影には紋章は見られない。見えるのは、ろうそくの光を反射する紫の瞳のみ。
紫は一般的な目の色だが、クレナを除く全てのソルダーツ公爵家の人間に共通する瞳の色でもある。
紋章を持つ男が口を開く。
「私の悲願まではあと一歩……どうだ? キミも我々の仲間にならないか?」
「……少し、考えさせてくれ」
「いいだろう。答えをすぐに出す必要はない。我々はいつでもキミを歓迎する」
今、フラウの命を狙う者たちの手によって、ここツヴェリアで大きな事件が引き起こされようとしてた。
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