12.事の顛末
俺はレクテリック伯爵家のバルコニーで儀式──地中深くに流れる魔力流の調律を行っていた。その間俺は、さっきラスティにした説明を思い出す。
「ところで、儀式とは何をするのですか?」
「ああそうか。ラスティはずっと暗殺してたから知らないのか……クレナ様」
「なんだフラウ様? 私に何か用か?」
「はい。私は儀式に向けて集中したいので、ラスティに儀式の説明をお願いしてもいいですか?」
「そんなこと言って、説明するのが面倒なだけでしょう」
ラスティに囁かれ、ジト目を向けられるが、私は目を閉じ無視する。するとクレナは頷いた。
「わかった。引き受けよう。ラスティ殿は魔力流を知っているか?」
「はい。地下深くにある巨大な魔力の流れで、地脈みたいなものと聞いています。魔力流は土地を潤し、民や国に幸福と繁栄をもたらすそうですね」
「その通りだ。だがそれは、正常な魔力流の場合だ。魔力流は正しく制御しなければいずれ厄災を招く。
過去には火山の大噴火や大地震が起き、当時の大国が丸ごと消滅したこともあるそうだ」
「なるほど。それで五年に一度の巡礼ですか」
「ああ。ラスティ殿は理解が早いな。ラスティ殿の言う通り五年に一度、聖女が魔力流の制御魔法陣が刻まれた各所を訪れ、聖女の膨大な魔力量を持って魔力流を制御──調律するのだ」
ちなみに、国に聖女がいない場合は莫大な対価を支払い他国から聖女を呼ばなければならないため、聖女は国から重宝されている。しかも聖女はレアで、この国には俺しかいない。だから聖女は超ホワイトな神職なのだ。
にしても調律の魔力消費量えぐいな。めっちゃ疲れる。昨日もう一回魔術使ってたら魔力足りなかったぞ。
俺は調律を終え、バルコニーに刻まれた制御魔法陣から杖を離す。魔力を使いすぎてフラフラするが、大勢の前でへたり込むわけにはいかない。
儀式を見に来ていた大勢の民から歓声が上がる中、俺は清楚に手を振ってから屋敷の中へと戻った。途端に緊張の糸が切れ、俺はクレナたち騎士の前でへたり込んでしまった。
「フラウ様!?」
「はぁ……はぁ……だい、じょうぶです。儀式で魔力を使い果たしてしまっただけです」
俺は五年前はまだ聖女じゃなかった。だから実際に魔力流を調律したのは初めてだ。
だがこの疲れは、調律が初めだからってだけじゃないだろうな。魔力効率を上げたところで一度に消費する魔力量が多いことには変わりないし。ってかこれ、地形変えるレベルの魔術を五十発は打てる魔力消費量だぞ……もっと効率のいい魔法陣作れよ昔の人。
ま、だからと言ってこの仕事を投げ出すつもりはないけどな。
ベオンにも言ったが、俺は理不尽に民が大勢死ぬのは避けたい。なにせその中には未来のクズ──つまり俺の獲物に育つ奴がいるかもしれないからな。そう考えると、魔力流なんかで大勢死んだらもったいないじゃないか。
「ならば私がフラウ様を部屋まで運ぼう。失礼するぞ」
そう言ってクレナは、俺をお姫様抱っこした。途端に、クレナの凛々しい顔が息遣いを感じられる距離に近付く。香水かシャンプーの匂いかわからないが、クレナから香るフローラルないい匂いが俺の鼻腔をくすぐった。
「…………はえっ!?」
俺今、クレナにお姫様抱っこされてるのか!?
自分が女の子扱いされていることに一テンポ遅れて気付いた俺は、ボっと顔を赤くした。
ななな、何照れてんだ俺! 俺は男なんだぞ! ヤバいヤバい。このままじゃ俺、マジでクレナに女の子にされる……!
「お、おお下ろしてくださいクレナ様!」
俺は両手でクレナの顔を押し離す。
「だが──」
「か、肩を、肩を貸してくださいっ! 肩を借りれば自分で歩けますからあぁぁ!」
「あ、ああ。わかった……」
突然騒ぎ出した俺に呆気にとられ、クレナは俺を下ろしてくれた。周りにいた騎士やシスターたちは、
「聖女様にもお可愛らしい一面があったのね」
「男女問わず魅惑するクレナ副団長は、ついに聖女様まで虜にしたようだなぁ」
と、微笑ましい視線を向けてきた。
うぅ……見るなぁ……!
クレナの肩を借りながら、俺は俯き顔を隠す。するとクレナは、普段の凛々しい声とは裏腹にしょんぼりとした声で聞いてくる。
「ところでフラウ様は、私に抱かれるのがそんなに嫌だったのか?」
「そう言う話ではありません」
クレナだからとかじゃなくて、俺は誰に抱かれても嫌なんだ。
「そうか! つまり私はフラウ様に嫌われたわけではないのだな?」
ん? ま、元々邪魔だと思ってたから嫌いになるも何もないよな。
「はい」
「そうか。ならば良いのだ」
そうして俺は、急に笑顔を浮かべたクレナに肩を借り、自室へと戻った。
***
翌々日。今日はここエルステラを出発する日だ。
一日中寝て過ごした甲斐あって、俺の魔力は最大値の七割程度まで回復していた。
特にやることもなくベッドに寝ころんでいると、コンコンコンと扉がノックされた。
「フラウ様。今後の護衛体勢に関しご報告があります」
「クレナ様ですね? どうぞ」
俺はベッドの淵に姿勢を正して座り、クレナに部屋に入るよう促す。クレナは赤いポニーテールを揺らし、俺の前に片膝をついた。どうやら重要な報告らしい。
「違法な奴隷オークションに参加し、攫われた罪なき民を奴隷にしようとするという、騎士団長として、延いては王族としてあるまじき行為に及んだベオンは、何者かに惨殺された状態で発見された」
よし。どうやら俺がベオンを殺ったことはバレてないようだな。
「結果、我らがファイネルハイト王国第三騎士団は団長不在となったわけだが、新たな団長が任命されるまでの間、ドワース殿が団長代理を務めることとなった」
ドワース……ああ、あの水色髪でメガネの腹黒そうな文官か。確か公爵家の人だったな。
「わかりました。クレナ様、わざわざご報告ありがとうございます」
「なに、騎士団内の変化を護衛対象であるフラウ様に報告するのは当然のことだ」
そう言うとクレナは涼しい顔でウインクした。
ぐぅ……色気で惑わそうったってそうはいかないんだからな!
「ああ、それともう一つ。ベオンとともに奴隷オークションに参加していたレクテリック伯爵だが、一族全員の爵位と資産の九割を剥奪されるそうだ」
「そうですか」
マジかぁ……伯爵まではマークしてなかったな。見たかったなぁ伯爵の絶望顔。絶対それ判決下った時にいい顔してただろ。
俺は表面上微笑みを湛えながら内心悔しがる。そうしていると、壁際に控えていたラスティに声をかけられた。
「フラウ様。そろそろ出発の時間です」
「もうそんな時間ですか。わかりました」
俺はラスティと馬車に乗り、旧レクテリック伯爵邸の門を出る。
そこには、大勢のエルステラの民がいた。
「聖女様ぁー! 人攫いの連中を捕らえてくださりありがとうございます!」
「うちの子を救っていただきありがとうございます」
「うちもだ! おれのガキを助け出してくれてあんがとなー!」
大通りの両脇に集まった大衆の中には、奴隷オークションに囚われていた子どもやその親の姿もあった。
「聖女様が仰った『私を見極めて』ってのはこういうことだったんだな」
「聖女様すげぇよ。奴隷オークション潰して、宣言通り自分の力と清き心を証明したんだもんなぁ……」
すると俺の正面に座るラスティは、目を閉じたまま皮肉を言う。
「なぜフラウ様の行動はこうも良い方に取られるのでしょうね」
「さあ? 俺にも聖女としてのカリスマがあるってことじゃないのか?」
俺がおどけた調子でそう言うと、ラスティは盛大にため息を吐いた。
「ハァ……聖女のカリスマなんて、フラウ様にあるわけがないでしょう」
「全否定しなくてもいいだろ……」
ラスティにジト目を向けるも、ラスティは目を閉じたまま平然としていた。俺も負けじとため息を吐いてから、もう一度外に目を向ける。
「おれたちエルステラの住人はみんな聖女様を応援してるぞー!」
「巡礼頑張って下さーい!」
大勢の歓声に見送られる中、俺たちは次の町ツヴェリアを目指してエルステラを後にした。
***
「──はい。──様の指示通り、売り物にならない奴隷は例の場所に移動させあります」
とある路地裏。フード付きコートを被った男と、奴隷オークションで司会をしていた男が密会していた。両者の胸には、水晶を噛みつく牙の紋章があった。
「そうか。騎士団の襲撃による影響は?」
「軽微です。我々の情報が漏れることもなく、奴隷の数は予定より二十二人少ない。それ以外に問題はありません」
「そうだな。その程度の人間ならばすぐに集まる」
「はい。──様の計画に必要な生贄一万人まであと一歩ですね」
「ああ、その通りだ。もっとも、貴様が計画の完成を目にすることはないがな」
「は──いっ……?」
フードの男は、何の前触れもなく司会の男の胸にナイフを突き立てた。
「貴様の顔は騎士団に見られている。情報漏洩のリスクは最小限にしなければならないということは、いくらバカな貴様とて理解できるだろうに……」
フードの男は、地面に崩れ落ちる元部下を見下し、歩き去った。
(……待っていろ聖女フラウ。残るピースは貴様だけだ)
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