11.王子で遊ぶフラウ
ワタシ──ラスティはフラウの命でベオンを探していた。
見境なく女に手を出し、あまつさえフラウにも手を出そうとしたクズ。王子であり騎士団長という地位を利用してクレナを始めとする騎士たちに圧力をかけた。
奴隷オークションにも顔を出し、ソフィアを始めとする子どもたちを玩具にしようとした。その上ソフィアはすでに、ベオンに頬を舐められ人質にもされた。
ベオンはこれらを今までも常習的にしていたのだろう。
典型的な救いようのないクズ貴族ですね。自分を中心に世界が回っている。自分以外の人間は自分を楽しませるためだけに存在する道具。大方そんな思想の持ち主なのでしょう。
ワタシがフラウとベオンを見つけたのは、ちょうどフラウが子どもたちを逃がした時だった。ワタシは壊れた壁の陰に潜み様子を窺う。
フラウ様が子どもを逃がすとは意外です。フラウ様にも人の心が残っていたのですね。
「さてとべオン殿下、邪魔者はいなくなりましたね。──てことで覚悟はできてるよなァ?」
悪魔のように口角を吊り上げるフラウを見て、ワタシは呆れずにはいられなかった。
ああ、「子どもがいると遊びにくいから」。おそらくそのような利己的な理由で子どもを逃がしたのですね。ハァ……ワタシの感動を返してほしい。
ですが、誰にも侵されず自分が楽しいと思うことを貫く、あなたのそういうところがワタシには眩しいのです。……ワタシは、迷ってしまいますから。
フラウは、すでにボロボロのベオンに向かって歩く。ユラユラと揺れながらもしっかりとしたフラウの足取りは、近づかれるベオンからすれば不気味以外の何物でもないだろう。案の定奥歯をガタガタと震わせるベオンは、震える人差し指でフラウを指す。
「きっ、貴様! 聖女である貴様がこのような暴挙に及んでいいはずがないッ!」
「なるほどそれで? ベオン殿下は何が言いたいんですかぁ?」
震えた声で怒鳴るベオンに、フラウは語尾を上げた猫撫で声で応じる。
その話し方、呆れる程板についていますね……いったい今までどれだけの人を殺してきたんですか……。
フラウの人を見下す話し方と悪魔じみた笑みに当てられて、ついにベオンは失禁してしまう。ベオンの顔は原型がわからないくらい腫れているのも相まって、いっそ惨めに思えてくる。
そしてベオンの惨めな姿を見て、フラウは悪魔じみた笑みはいっそう邪悪になっていく。
「ハハッ! あーあ漏らしちゃったねぇボク? ハッ……惨めだなベオン」
「……っ!」
今のベオンに羞恥心を感じる余裕はない。常に恐怖という名の蛇が全身に巻き付いている気分なのだろう。
「あァ……いいねぇいいよその目! 温室育ちでぬくぬく育った奴が絶望したときにしか見られないその目、久々に見たなァ……そうだ。おまえが今考えていることを当ててやろうか?」
そう言うとフラウは、口に手を当て咳払いをした。
「『なんでオレがこんな目に! おかしいだろオレは王子だぞ! こんなの夢だ。夢に決まってる。こんな悪夢、早く覚めてくれよ……!』ってところだろ。どうだ当たってるかァ?」
「うぅ……あぁ……」
体も精神も限界ギリギリ。その上心まで見透かされたベオンは、言葉にならないうめき声を出した。それを見て、フラウは逆さ三日月に目元を歪める。
「当たってるみたいだなァ? おまえは本当に、俺が見たい反応をしてくれるねぇ……」
フラウがジュルリと舌なめずりし、徐に手のひらをベオンの頭にかざす。ベオンはせめてもの抵抗にズルズルと尻を床に擦りながら後退り、呂律の回らない口で必死に叫ぶ。
「聖女フラウおまえぇ……こんなことして聖女のままでいられると思っているのかぁぁ!」
言葉も声も弱くなったベオンの叫びに、フラウは即答する。
「ハハッ! バカなことを聞くなぁ……趣味か聖女か? そんなの、趣味を優先するに決まってるだろ」
「……っ!」
フラウの深青色の双眸に映るどす黒い光に、ベオンが息を呑む。
やはりフラウ様は迷うことなく趣味を選ぶのですね。……ワタシは、普通の暮らしに憧れていると同時に、暗殺者を引退することを恐れている。普通の女の子になりたいなら暗殺者の自分を、これまでの十四年間を捨てなければならないというのに。
フラウ様、ワタシはどうしたらいいのですか?
ワタシは心の中でフラウの背中に問いかける。するとフラウは、ボコボコになったベオンの顎を持ち上げ、顔を近付けた。
「ヒィッ……!」
「あーそうそう。確かに俺は趣味か聖女かと言われれば趣味を取るが、俺はどっちも取るぞ? 聖女の座は俺にとっても都合がいいからな。それにですねー。こんな私にも、理不尽に民が死ぬことに関して痛める心は持っているんですよ?」
どちらも取る? そんなことが可能なのですか? フラウ様にとって「聖女」は、持っていると便利な肩書きであって、趣味に支障が出ればすぐにでも捨てる。その程度のものではなかったのですか?
ベオンもワタシと同じ疑問を抱いたらしく、呂律の回らない口で声を荒げる。
「バカな! 貴様のやっていることは聖女とは正反対の悪魔的所業だッ! どちらも取る? そんな横暴許されるわけが──」
「許されるさ。俺はそのための努力をしてきた。誰にも負けない力を身に着け、正体を隠すための魔道具を手に入れ、猫を被ることだって覚えた。この世界は、努力次第でいくらでも自由に生きられるぞ?」
……っ! なるほどそういうことでしたか。どうやらワタシは見当違いな悩みに囚われていたようですね。
フラウは口角を吊り上げ、纏めた髪を引き解く。
サラサラと流れる金髪に彩られたフラウの華奢な背中は眩しくて、見ているだけで鼓動が高鳴る。ワタシは自分が微笑んでいることに気付かないまま、胸に手を当てた。
選ぶ必要なんてなかった。どのような障害があろうとも、それに打ち勝つための力や知恵を手に入れる。それが、この世界で自由に生きるための条件なのですね?
あなたがどうしようもないバカでクズであることに変わりはありませんが、やはりあなたはワタシに自由に生きるための道を示してくれる。死に際、あなたに付いていく道を選んで本当によかった……。
自由を手にするための指針が見つかり、心が温かい何かに満たされていく。これほど満ち足りた気分は初めてだ。
ワタシの羨望と感謝の眼差しに気付かないフラウは、喚くベオンの心臓を杖で貫きとどめを刺した。
「ラスティお疲れ! 今日はありがとな」
ワタシはフラウに「いえ」とだけ返し、地面に片膝をつき頭を下げた。
「フラウ様。ワタシ──ラスティエラはあなたに一生ついていきます」
「え!? 何急に? どうした?」
混乱するフラウ様を無視して、ワタシはそっと微笑んだ。
フラウ様がワタシに自由に生きる希望を与えたのです。今更フラウ様がワタシを拒絶しようと、一生ついていきますからね?
「ラスティ。……なんか笑顔が怖くないか?」
「あなたにだけは言われたくないですね。悪魔聖女様」
ワタシは唯一あなたの本性を知る人間として、フラウ様の役に立ちましょう
「あはは……相変わらずだなぁラスティは」
***
フラウに逃がされた後、ソフィアたちは奴隷オークション会場にいた騎士に保護された。それからエルステラの教会に行き怪我の治療を受けた。
そしてソフィアは両親と、奴隷オークションへと連れていかれたはずの妹と再会した。
「お母さん! お父さん! エリヤ!」
「おぉ! ソフィア! マナ! 無事でよかった」
ソフィアはもう一人の妹──マナとともに三人に抱き着く。ソフィアは両親に抱かれながら声を弾ませる。
「あのね。聖女様がわたしたちを助けてくれたのっ! 聖女様すごかったんだよ。エンチャントを使ってる悪い人をエンチャントなしで倒しちゃったの!」
「おぉ! それはすごいな」
「うん! 悪い人をボッコボコにしてわたしたちを逃がしてくれたんだ! あの時の聖女様は女神様みたいだったよ」
「流石は聖女様ね。きっとソフィアみたいな攫われた子どもたちのために命がけで戦ってくれたのね」
「そうなの! お母さんもそう思う!? やっぱり聖女様ってすっごく優しい人だよね!」
「ええ。そうね」
「わたしも大きくなったら聖女様みたいに、誰かのために必死になれる優しい人になりたいなー」
「そうかそうか。何はともあれ三人とも無事でよかった」
すると今度はマナが口を開く。
「ソフィアお姉ちゃんもかっこよかったんだよ? 怖い人たちから私たちを庇ってくれたの」
「そうかそうか。ソフィアもよく頑張ったな。えらいなーソフィアは」
「う、うん……わたしも、が、頑張った!」
父親の、安心感のある大きな手に頭を撫でられると、ソフィアの目には涙が溜まっていった。
一頻り再開の感動を分け合うと、母親がパンと手を叩く。
「そうだわ。折角だから今からでも聖女様の儀式を見に行きましょう。五年に一度のお祭りの思い出が辛いことばかりだなんて嫌じゃない」
「うん! わたしも聖女様を見たい」
「「私も!」」
「決まりだな」
そうしてソフィアの家族は仲良く手を繋ぎ、儀式が行われているレクテリック伯爵邸へと向かった。
(聖女様って本当に優しいお方なのね。見ず知らずのわたしたちのためにあんなに怒ってくれるなんて……きっと聖女様は慈愛の女神様の生まれ変わりなんだよ!)
フラウは趣味を楽しんでいただけだ。それなのにフラウは、本人も知らぬうちに一人の女の子を物理的にも精神的にも救っていたのだった。
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