10.下衆王子を狩る
ワタシの働きに感謝を示す人なんて初めてではないでしょうか?
ワタシ──ラスティは粉塵に紛れて穴から抜け出し、騎士たちの僅かな死角を突いて舞台袖へと向かう。
感謝され慣れていないワタシは、前回フラウに感謝された時と同様、胸の奥が温かい何かで満たされる感覚に困惑した。そしてワタシの揺らいだ視線は、自ずとフラウに向かった。
フラウは認識阻害の魔道具を起動しているため、騎士たちには逃走客の一人だと認識され襲われている。
彼女はエンチャントもしていないただの杖で次々に騎士を気絶させ、ステージに向かって走っている。彼女の顔に浮かんでいる表情は、遊び足りない子どもがもっと楽しい遊び場に向かう時のような無邪気な笑顔だった。
フラウ様は本当に楽しそうですね。常人からは理解されない趣味だとわかっていながらも貫く。傲慢で、自由なお方。
なぜでしょうね……顔を歪めて笑うフラウ様を見ているとワタシまで気持ちが昂るのは。
ワタシもフラウ様のように、自由を謳歌することができるでしょうか。
ワタシは普通の女の子みたいな平穏な暮らしをしたい。しかしそれは難しい。暗殺を生業とする一族から逃げたワタシには、いつ追手が差し向けられるかわからない。追手を全て倒したとして、普通に暮らしたいならその後は剣を置かねばならない。
剣を手放したワタシに、いったい何が残るのでしょう? 殺しをせずに生計を立てられるでしょうか? ワタシはどうしたら……。
「はぁあああぁぁッ!!」
突如響き渡った咆哮に、ラスティは思考を止める。ステージ上では、今まさにクレナがべオンに斬りかかっていた。
そうでした。今はフラウ様のために働かねば……このままではクレナ様によってフラウ様の獲物であるベオンが倒されてしまう。
ワタシは睡眠薬を塗った針を構え、様子を見ることにした。
会場中に鳴り響く甲高い金属音を上げぶつかり合うクレナとべオンの剣。その衝撃に、突風がオークション会場を突き抜ける。
しのぎを削るクレナとべオンは両者一歩も引かない。だが、密着時の膠着はクレナに有利だ。
なぜならクレナの火属性魔術エンチャントの効果は、刀身が触れたものを燃やすというものだからだ。
必然、べオンの剣を伝い、炎はべオンの両手を焼き始める。
「グッ……! この……無礼者がぁぁあああ!」
べオンは力任せに剣を押し込み、クレナを吹き飛ばす。重力魔術エンチャントの乗ったべオンの重い一撃によってクレナは、運悪く金属扉に打ち付けられる。
「ガッ……!」
かろうじて意識を残したクレナはしかし、立ち上がることは叶わなかった。そんなクレナを、べオンは手の炎を必死に消しながらも睨みつける。
「この愚図がッ! ソルダーツ公爵家の落ちこぼれ如きがこのオレに無断で騎士団を動かしオレの邪魔しやがったな!! おまけにこの高貴で美しい両腕を燃やすなど……貴様は殺すだけでは生温い! 死なせてくれと泣き喚くまでいたぶって──」
「べオン様! そんな小娘など放っておいてお早く、お早く逃げましょう! 騎士はまだ大勢いるのです。いくらべオン様と言えど多勢に無勢でしょう?」
べオンを止めたのやは、べオンとともに違法奴隷オークションに来ていたレクテリック伯爵だった。
「チッ……! ならばせめて、クレナ貴様には王太子暗殺未遂の罪をくれてやる!」
そう捨て台詞を残し、べオンとレクテリック伯爵は舞台袖へと消えていった。
フラウを見ると、騎士たちを倒し終えた彼女はワタシに目配せしてきた。
ベオンを追うのですね?
フラウは頷き、ベオンが消えた舞台袖へと入っていく。ワタシも騎士たちの死角を縫い、後を追った。
***
「ガッ……ッ!? ……クソッ! 何なのだ貴様はッ! その理不尽なまでの強さはなんだと聞いている! 答えろ!!」
ソフィアは、部屋の外から聞こえてくる怒鳴り声に、痛む体を起こす。その声の主が、前にソフィアの頬を無理やり舐めたベオンだと、彼女は気付く。
(助けが……来たの?)
ソフィアは扉を見つめ、僅かに差した希望の光にすがる。妹のマナと一緒に囚われた男の子も扉を見上げた、次の瞬間──。
「ガハッ……!」
レンガ造りの壁を突き破り、吹き飛ばされたベオンの体は鉄格子に直撃した。
ベオンは四つん這いになり、苦しそうに血を吐く。容姿だけなら作り物のように美しかったベオンは見る影もない程、今の彼の顔はボコボコだった。手の皮膚は焼け、彼の胴体にはいくつもの打撃痕が刻まれている。
崩れた壁の向こうには、ベオンが苦しむ様を見下ろし口角を吊り上げているフラウが立っていた。
ベオンが握る剣は暗紫色の輝きを纏い、魔術エンチャントが施されていることがわかる。対してフラウが持つ身の丈ほどの杖には魔術エンチャントが施されていなかった。
(すごい……魔術エンチャントを使われたら魔術エンチャントなしでは太刀打ちできないってお父さんが言ってたのに)
認識阻害により、ソフィアには助けてくれたのが聖女フラウだとはわからない。それでもソフィアには、一見邪悪な笑顔を湛えるフラウのことを信じたいと思った。
フラウは夢見心地に目を蕩けさせ、瓦礫をまたいで部屋の中に入る。
「おぉ! いいねぇおまえ。これだけボコってもまだ──……ん? あれ? 子ども? あー、攫われた奴らかぁ……」
フラウはソフィアたちに気付くと、雑に後頭部を掻きため息を吐く。
(うーん……俺は常識ある大人だからわかる。子どもの前でやりたいようにベオンを絶望させたらまあまず間違いなく子どもにトラウマを植え付けるよな。面倒だが、俺の趣味のためにも先に子どもを逃がすか)
フラウは、どうやったら子どもたちに縋り付かれずに済むか、自分たちで勝手に逃げてくれるかを考える。すると、フラウより先にベオンが動いた。
べオンはフラフラと立ち上がり鉄格子を斬る。それから中にいたソフィアを物のように持ち上げ、彼女の首に刀身を突き付けた。
「キャッ……!?」
「お姉ちゃん!」
「ハハハ! 動くなよ? 貴様が動けばこのガキは殺す!」
べオンはフラウに勝ち誇った高笑いを見せる。
フラウはもう魔術を行使するための魔力を残していない。いくらフラウでも部屋の反対──間合の外側にいるべオンを、べオンがソフィアの首を刎ねるより早く倒すことは不可能。ラスティとは手分けしてべオンを探していたため未だ合流できていない。
そんな絶体絶命とも思えるこの状況でフラウは、心底呆れたため息を吐いた。
「ハァ……なら殺してみろ。やれるもんならな」
「……ッ!! 貴ッ様……! このオレをバカにしているのかぁぁああぁッ!」
激情したべオンが剣に力を込め、ひんやりとした刀身がソフィアの首に触れる。
(死ぬっ……!)
ソフィアは死の恐怖に目を閉じる──が、いつまで経っても首を斬られることはなかった。
代わりに聞こえてきたのは、パキンっという、べオンの剣が折れる音だった。
「はぁああぁぁっ!? なぜだッ! なぜッ……! なぜたかが物理障壁如きにこのオレの重力魔術エンチャントが負けるのグッハっ……」
一瞬の浮遊感。その後温かい何かに抱き抱えられたソフィアは恐る恐る目を開ける。その瞬間ソフィアの目に飛び込んできたのは、サファイアのような瞳を持ち、サラサラで艶のある金の前髪を靡かせたフラウの姿だった。
(こんなに綺麗で優しい人がいていいの? ……もしかして女神、様……?)
一方でべオンは吐血しながらも体を起こし、フラウを睨む。その瞬間、彼は目を見開いた。
「ゴハっ……き、貴様は……聖女、フラウ……だと?」
そう。フラウは認識阻害の魔道具──レミングの効果を維持するために注いでいた魔力を切り、残った魔力を物理障壁の行使に使ったのだ。
「聖女様……」
ソフィアがうっとりとした声でフラウの肩書きを口に出す。するとフラウは、丁寧な動作でソフィアを離す。
そしてフラウは、動けずにいるべオンを横目に子どもたちの枷を壊し、にっこりと聖女の笑みを浮かべた。
「皆さん、外には王国騎士団の方々がおられますから、そこまで歩けますね?」
「……っはい! 歩けます! わたしが絶対、この子たちを騎士様のところへ送り届けます!」
フラウの優しさに魅了されたソフィアの意気込みに、フラウはそっと微笑む。
「頼みましたよ」
「はい!」
そうしてソフィアは妹と男の子を連れて部屋の外に出る。その時、彼女らと入れ替わりにラスティが部屋の前に到着した。
子どもたちの足音が聞こえなくなった途端、フラウは悪魔の笑みを取り戻す。
「さてとべオン殿下、邪魔者はいなくなりましたね。──てことで覚悟はできてるよなァ?」
この話を読んでいただきありがとうございます!
「面白かった!」
「続きが気になる!」
と思っていただけたら、
ブックマーク登録や感想、
↓の「☆☆☆☆☆」をタップして、応援していただけるとうれしいです!
星はいくつでも構いません。評価をいただけるだけで作者は幸せです。




