第10話:支部「トビラ」の夜明け、鉱山町に響くペン音
王都での大会同における歴史的勝利を経て、『異世界少年ジャンプ』はもはや一つの街のムーブメントから、国家を揺るがす文化のうねりへと成長していた。しかし、編集長であるツヨシの視線は、すでに王都の華やかな成功の先を捉えていた。
「この熱を、王都や俺たちの街だけに留めておくわけにはいかない」
ある朝、ツヨシはアルスとルナを呼び出し、地図の上に大きく丸を描いた。そこには、険しい山岳地帯に囲まれた鉱山の街『アイゼンバート』や、広大な小麦畑が広がる農村地帯の名前が記されていた。
「これより、各地に『異世界漫研・地方支部』――通称『トビラ』を設立する。それぞれの土地には、それぞれの土地にしかない暮らしがあり、悩みがあり、笑いがある。それを一番よく知っているのは、俺たちじゃない。そこに生きる奴ら自身だ」
ツヨシの提案に、アルスとルナは目を輝かせた。自分たちが編集長に導かれたように、今度は自分たちが、まだ見ぬ新しい才能を発掘しに行く番なのだ。
数日後、ツヨシに送り出され、アルスが単身で赴いたのは、万年がす黒い煤煙に包まれた鉱山の街・アイゼンバートだった。
そこでは、屈強なドワーフや人間たちが昼夜を問わずツルハシを振るい、鉱石を掘り出していた。しかし、娯楽など皆無の過酷な労働環境。住民たちの顔には常に煤と疲労の色が張り付いていた。
「こんな場所で、漫画なんて描けるわけがない……」
アイゼンバートの酒場で、アルスはため息をついた。周囲の鉱夫たちは酒を煽るか、無言で泥を落とすだけで、華麗な騎士の物語など見向きもしない。
そんな時、酒場の片隅で、ボロボロのノートに熱心に何かを書き殴っている少年の姿が目に留まった。
少年名はドック。まだあどけなさを残す見習い鉱夫だった。
アルスがそっと覗き込むと、そこには洗練されていないが、驚くほど生々しい「巨大なトロッコで闇の地底を駆け抜けるスリル」や「親父と交わした不器用な約束」が、炭の汚れもそのままに描き殴られていた。
「……おい、これ」
アルスが声をかけると、ドックはびくりと肩を震わせ、ノートを隠そうとした。
「す、すみません……! 仕事の合間に落書きなんて……」
「隠すなよ」アルスは笑った。「これ、めちゃくちゃ面白いじゃないか。絵は下手くそだし、構図もめちゃくちゃだ。だが、この『地下深くの闇から這い上がる時の熱量』は、俺のどんなお洒落な剣戟よりもリアルだぞ」
アルスはツヨシから教わった「編集者としての言葉」をそのままドックに投げかけた。
「綺麗事じゃなくていい。君が毎日この暗い穴の中で感じている泥臭い生き様を、そのまま漫画にしろよ」
その日から、アルスはアイゼンバートの片隅に小さな「支部」を構えた。
ドックを専属作家として迎え入れ、ネームの切り方を一から教え込む。最初は戸惑っていたドックだったが、アルスの熱血指導を受けながら、自分の仕事の合間を縫って必死にペンを動かした。
数週間後、アイゼンバートの支部から最初の原稿が、魔法の魔石通信を通じて本部に送られてきた。
タイトルは『地底の鉄路』。
その第1話が、本部の魔法投影システムを通じて、全土の街や王都の空に一斉に配信された。
華麗な魔法も、気高い騎士も出てこない。そこに描かれていたのは、黒い煤にまみれ、過酷な現実に立ち向かいながらも、仲間とトロッコで闇を切り裂く鉱夫たちの姿だった。
アイゼンバートの酒場で、ドックの漫画が空中に投影された瞬間、店内にいた頑固なドワーフの親方たちが息を呑んだ。
「……おい、これ、俺たちの毎日じゃねえか……!」
「すげえ……俺たちが、こんなにかっこよく描かれてやがる……!」
街のあちこちから歓声が上がった。遠い王都の貴族たちも、地方の小さな農村の子供たちも、その「見たこともない泥臭い世界」に夢中になった。アンケートの魔石は、これまでにないほどの勢いでアイゼンバートの支部へと殺到した。
本部の工房で、その結果を見たツヨシは深く頷き、満足そうに笑った。
「見事だな、アルス。……漫画は、王都や都会のものじゃない。人間が生きている場所なら、どこにだってその土地だけの『熱狂』を咲かせることができるんだ」
支部「トビラ」の設立は、この異世界に真の意味での「文化の地殻変動」をもたらした。
各地から続々と寄せられる、名もなき若者たちの新しい原稿。それは、ツヨシの知っている「記憶のジャンプ」の枠を完全に飛び越え、この世界で生きる者たちが自らの手で紡ぎ出す、真のオリジナルへの第一歩だった。
窓の外の夜空には、各地の支部から放たれた無数の魔法の光が、まるで大樹の枝のように縦横無尽に輝いている。
ツヨシは新しいペンを握りしめ、次なる原稿へと向かった。編集長としての旅は、まだ始まったばかりだ。




