第11話:辺境の風とシュールな日常、ルナの新しい眼差し
鉱山の街アイゼンバートでの支部「トビラ」設立と、新人作家ドックの成功は、『異世界少年ジャンプ』の可能性を無限に広げた。アルスが泥臭い熱量を証明した今、次なるフロンティアを託されたのは魔女ルナだった。
「ルナ、今度は君の番だ。辺境の村へ行ってきてくれ」
編集長であるツヨシの言葉に、ルナは目を丸くした。
「私を辺境に? 王都や都会ならともかく、何もない田舎に、果たして物語の種なんてあるのかしら?」
「あるさ。むしろ、人間が必死に生きる場所から離れた、のんびりした場所だからこそ生まれる『笑い』もある」
ツヨシに送り出され、ルナが馬車に揺られてたどり着いたのは、霧深い山間の小さな村『オリーブの里』だった。そこは魔物もおらず、事件も起きない、ただ風が吹き抜けるだけの極めて平和な農村だった。住人たちは畑を耕し、日向ぼっこをし、暇を持て余しているようにさえ見える。
「やっぱり、何も――」
ルナがため息をついたその時だった。村の広場の一角から、何やら奇妙などよめきが聞こえてきた。
近づいてみると、一人の村娘が大きな石に向かって真剣な顔で説教をしている。
「だからね、カビー! あなたがそこにじっとしているから、昨日のキャベツが驚いて逃げ出しちゃったじゃない! 謝りなさい!」
「……?」ルナは首を傾げた。石がキャベツに逃げられるわけがない。しかし、その少女――名をポッチという――は、本気でその石と会話をしているのだ。
ポッチの家を訪ねたルナは、彼女の部屋の机の上を見て、言葉を失った。そこには、美しく整えられた原稿用紙ではなく、ボロボロの落書き帳に、お世辞にも上手いとは言えないタッチで奇妙な絵が描かれていた。
描かれていたのは、『絶対に歩くのをやめないが、どうしても一歩も進まないカカシ』や、『挨拶をするたびに眉毛がどんどん伸びていく村長』、そして『特に意味もなく突然空を仰いで絶望するウシ』といった、あまりにシュールで脈絡のない日常の一コマだった。
「これ……何なの?」ルナが呆れたように聞くと、ポッチは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「あ、あの……! 村のみんなが毎日平和すぎて、何か面白いこと起きないかなって思って描いた落書きです。変ですよね……」
ルナは、その原稿をじっと見つめた。
アルスの描く「泥臭い戦い」でもなければ、自分の描く「切ない祈り」でもない。そこにあるのは、過酷な現実への対抗でもなく、ただ「暇つぶし」と「純粋な不条理」を楽しむ、奇妙なまでの脱力感だった。
だが、不思議なことに、ページをめくる手が止まらない。読んでいると、日々の疲れや緊張の糸が、ふっと緩んでいくような感覚がある。
(これが……ギャグ、というジャンルなの?)
ルナの脳裏に、かつてツヨシが語ってくれた「ジャンプにはシリアスだけでなく、腹の底から笑える作品が不可欠だ」という言葉が蘇った。
ルナはスッと表情を引き締め、ポッチの前に座った。
「ポッチ、この漫画……すごくいいわ。明日から、私と一緒にこれを『トビラ』の支部作として磨き上げなさい」
その日から、オリーブの里の片隅に小さな支部が置かれ、ルナによる「ギャグ漫画の特訓」が始まった。
「ポッチ、このコマの『ウシの絶望』、もう2ミリ左にずらしなさい。その方が、シュールな間が生きるわ」
「えっ、こうですか……?」
ルナ自身、かつては厳格な魔女として完璧な詠唱を追い求めていたはずが、今や真剣な顔つきで「ウシの表情の面白さ」について少女と議論している自分に気づき、思わず苦笑した。だが、その胸には心地よい風が吹き抜けていた。
数週間後、オリーブの里から送られてきた新連載『のんびり村の、どうしても気になる人々』が、本部の魔法投影システムを通じて全土に配信された。
王都の貴族から、鉱山の頑固なドワーフ、そして日々の労働に疲れた民衆まで、その週のジャンプを開いた瞬間、誰もが盛大に吹き出した。
シリアスな冒険の合間に差し込まれる、この脱力系のシュールギャグは、人々の心を最高にほぐし、新しい笑いの波を起こした。アンケートの魔石は、オリーブの里の支部へと爆発的な勢いで殺到した。
本部の工房でその反響を見たツヨシは、満足そうにうなずいた。
「見事だね、ルナ。物語のスパイスには、こういうユーモアがどうしても必要なんだ。君は素晴らしい編集者になったよ」
ルナは窓の外の青空を見上げ、ふっと笑った。
「そうね。他人の痛みを救うだけじゃなく、人の笑顔を引き出すことも、物語の大切な役割だったのね」
支部「トビラ」の拡大により、アイゼンバートの熱い労働漫画と、オリーブの里のシュールなギャグ漫画が並び立ち、『異世界少年ジャンプ』は単なる「戦いの書」から、この世界のあらゆる感情を包み込む「総合エンターテインメント誌」へと進化を遂げていた。
ツヨシの引いた一本のペン先から始まった小さな革命は、今や異世界の隅々にまで笑顔と熱狂の種をまき続けている。




