買収
(グレゴリーの奴、パラディン(聖騎士)のピークという帳簿上の修为を維持するために、自分に割り当てられた3割のシェアからさらに一部を抽出し、本部による吸血がもたらした欠損を補填せざるを得ない状況か。これは典型的な『親会社が子会社から吸血し、子会社のマネージャーが自腹を切って粉飾決算(做账)している』縮図だな)
これらの情報がチャン・ヨウシー(ユウキ)の識海を一閃した時、現実世界での時間は一息(一瞬)すら流れていなかった。
グレゴリーは何も察知していないようだったが、その瞳の奥はさらに深い闇を湛えていった。
「イヴァン少殿、教廷は古くから特殊な才能を持つ人材を高く評価(評価)してきたのだよ」
彼はゆっくりと口を開いた。その声にはどこか慈愛に満ちた響きがあった。
「君のその『鑑識の才』、もし教廷のために運用されるのであれば、それは巨大な資産となるだろう」
「副主教大人の仰る意味とは?」
「教廷内務部(コンプライアンス部門)への参画だ」
グレゴリーは長袍の内ポケットから一通の箔押しされた契約書を取り出し、チャン・ヨウシーの前へと押し出した。
「正式な編成、役職は『鑑識執事』だ。豊穣の城における教廷支部の管轄内にある、すべての聖遺物の品質管理審査を担当してもらう。俸禄は月給20ゴールド、加えて願力池の優先利用権を付与しよう」
チャン・ヨウシーは視線を落としてその契約書を見つめたが、手を伸ばそうとはしなかった。
「条件は?」
「極めてシンプルだ」
グレゴリーの声に、あの低く威圧的な重みが戻ってきた。
「君のその『鑑識の手法(監査ロジック)』を、完全に教廷内務部へ報告し、データベースに登録(备案)してもらう。教廷は、その力が既存の信仰体系に対してリスク(脅威)になり得ないか、デューデリジェンス(確認)を執り行う必要がある」
チャン・ヨウシーは心の中で冷笑した。
(翻訳するとこうだ。『教廷は俺の監査技術を買収したい。その後、内部のツールとして囲い込むか、あるいは市場から直接バン(封殺)するかだ』。大手の典型的な独占禁止法スレスレの独占クソムーブ(壟断操作)だな)
彼は顔を上げた。その目は古井戸のようにつんと静まり返っている。
「副主教大人のご提案は、非常に寛大ですね。ですが、私にも一つ条件があります」
「言いたまえ」
「私がサイン(捺印)する前に、豊穣の城の教廷支部における『聖遺物登録台帳』を閲覧させていただきたい。すべてです。インプット(入力端)の願力の出所、アウトプット(出力端)の分配流向、そしてすべての高階聖遺物のメンテナンス記録を含めて」
グレゴリーの瞳孔が突如として収縮した。
フィッシャーは息を呑み、片眼鏡が鼻梁から滑り落ちそうになった。
長テーブルの両側に、死のような静寂が落ちる。
グレゴリーはチャン・ヨウシーを凝視した。そのタカのような鋭い両眸に、初めて明確な『警戒』の色が走った。
「君は自分が何を要求しているのか理解しているのかね?」
グレゴリーの声は、極めて低くなった。
「聖遺物登録台帳は、教廷のトップシークレット(核心機密)だ。破産貴族の君など論外、この豊穣の城の大主教でさえ、完全な分配記録を調べる権限など持たされていないのだよ」
「知っていますよ」
チャン・ヨウシーのトーンには何の変化もなかった。
「ですが副主教大人……ある『不都合な真実』を力任せに糊付け(圧制)するのが、日に日に難しくなっているのではありませんか?」
彼は目角でフィッシャーをチラリと一瞥した。
「フィッシャー、お前は下がっていろ」
グレゴリーはしばしの沈黙の後、命じた。
フィッシャーはチャン・ヨウシーを一瞥し、黙って部屋から退出していった。
「話しなさい。君は一体どこまで知っている?」
「あなたの印璽ですが、ここ3年ほど、願力の供給量が右肩下がりに下落していませんか? あなたの修为は確かにパラディンのレベルを維持していますが、丹田の奥深くにあるあの古い暗傷、もう誤魔化し(圧制)がきかなくなってきているのではないですか?」
グレゴリーの顔色が、ついに完全に変わった。
彼の右手の薬指にある印璽が微かに震え、暗金色の光が制御を失ったかのように点滅した。
「君……」彼の声はかすれていた。「なぜそれを知っている?」
「絶境に追い込まれた人間には、他人の目には映らないものがクリアに見えるものですよ」
チャン・ヨウシーは少し身を乗り出した。
「豊穣の城の信徒の願力は、その5割が中抜き(截流)され、使途不明となっている。あなたは地区の最高責任者でありながら、わずか3割しか受け取れず、それでいて第三階級ピークの修为を偽装(維持)しなければならない。ご自身のシェアから血を流して帳簿の穴埋めを続けていれば、遠からずあなたの経脈は完全に資本割れ(崩盤)します」
彼は一呼吸置き、トドメを刺した。
「副主教大人、あなたも俺と同じ、このシステム(世道)によって壁際に追い詰められた『弱者』に過ぎないのですよ。ただ、あなたのポジションが俺より少し高い分、そこから滑り落ちる時のダメージが、俺より遥かに痛烈だというだけです」
グレゴリーの手がテーブルの上で微かに震え、長テーブルの両側に再び沈黙が満ちた。
「イヴァン・ヒューズ……」
グレゴリーはゆっくりと口を開いた。その声には、未だかつてないほどの重厚な緊張感が漂っていた。
「お前は、一体何者なんだ?」
「ただの、真実を監査しにきた(看清真相)者ですよ」
チャン・ヨウシーは立ち上がり、あの箔押しされた契約書を相手の前へと押し戻した。
「副主教大人の思考が整理され、本物の帳簿(生データ)を俺に見せる覚悟ができましたら、その時にまたアライアンス(合作)の交渉をしましょう」
彼は僅かに腰を折り、完璧な貴族の礼をとると、大門に向かって背を向けた。
「待ちたまえ」
背後からグレゴリーの声が響いた。チャン・ヨウシーは足を止めたが、振り返りはしなかった。
「三日後、本戦の第1ラウンド(初戦)だ」
グレゴリーは重々しく告げた。
「君の対戦相手はカイル・フォン・ラインハルト。もし君がそのリング(擂台)の上で自身のバリュー(価値)を証明してみせるなら……台帳の件、検討の余地(再談)はある」
チャン・ヨウシーの口元が、わずかに吊り上がった。
「ディール(成交)だ」
彼は大股で信仰取引所を後にした。その足取りは決して急いではいなかったが、見る者の心臓を締め付けるような、絶対的な確信に満ちていた。
(第3階級のグランドマスター(大剣士)ごとき、今のチャン・ヨウシーの敵ではない!)
……
廊下の突き当たりで、フィッシャーが追いついてきた。
「イヴァン様」
彼の声は相変わらず甲高かったが、昨日よりもどこか、言語化しがたい複雑なニュアンスが含まれていた。
「副主教大人があのように他者に対して辛抱強く(ナイスに)接されたのは、この10年で初めてのことにございます」
チャン・ヨウシーは顔を傾け、彼を一瞥した。
「そうかい? それは恐らく、彼がこの10年間、本当の『プロの同業者(懂行的人)』に出会えなかったからだろうな」
フィッシャーのレンズの奥で、複雑な光が明滅した。彼は口を小さく開け、何かを言いかけたが、最終的にはただ深く腰を折り、影の底へと退いていった。
……
路地の突き当たりにヒューズ古城の輪郭が見えてきた時、アナスタシアは変わらず石段の上に立ち、彼を待っていた。
彼女はチャン・ヨウシーの姿を視界に捉えると、スカートの裾を握りしめていた指の力が、明らかにふっと抜けた。
「お帰り」
彼女は言った。
「ただいま」
チャン・ヨウシーは彼女の前に歩み寄ったが、すぐには門に入らず、石段の下から彼女を仰ぎ見た。
「グレゴリーの印璽だが、願力の5割が本部へ中抜きされていた」
彼は前置きなしに本題を告げた。
「豊穣の城の信徒たちの祈祷エネルギーの半分は、とある隠蔽されたノードへと流出している。グレゴリー自身はわずか3割しか受け取れず、経脈を債務超過(透支)させて修为を維持している状態だ」
アナスタシアは呆然とした。
「それって……彼自身も、誰かに吸血されているということ?」
「彼だけじゃない。この豊穣の城の教廷支部全体が、教廷本部のキャッシュディスペンサー(ATM・提款机)にされているんだ」
チャン・ヨウシーの目は平穏だった。
「グレゴリーはこのマネーゲームの元締め(庄家)なんかじゃない。彼はただの……少し規模の大きい個人投資家(散户)に過ぎないのさ」
アナスタシアは沈黙した。
彼女はこれまで、グレゴリーを教廷の悪意の具現化であり、自分を火刑台へと追いやった直接の仇敵だと信じて疑わなかった。
しかし今、チャン・ヨウシーは、グレゴリー自身もまたこのシステムの構造的な被害者(エコシステムの下代)に過ぎないと告げている。
「じゃあ、私の神格は……」彼女は蚊の鳴くような声で問うた。「彼より、もっと上の人間に『空売り(ショート)』されたの?」
「その可能性が極めて高いな」チャン・ヨウシーは頷いた。「グレゴリーが当時、お前の神殿の予算をカットし、お前を異端として認定した書類は、単なるオペレーション(執行レイヤー)上の手続きに過ぎない。本物の空売り指令は、さらに上位の階層から発せられたものだ」
アナスタシアの身体が微かに震えた。彼女は無意識に手を伸ばし、チャン・ヨウシーの衣の袖を掴んだ。まるで溺れる者が、最後の浮木に縋り付くかのように。
「ヨウシー(佑熙)……」
彼女の指先は氷のように冷たかったが、人間のものではない、神聖なほどに繊細な感触があった。
チャン・ヨウシーは、彼女の指の関節が震えているのを、そしてその声の裏にある、抑え込まれた理不尽(委屈)と憤怒を感じ取ることができた。
まさにその瞬間、彼の識海にある《太上破产清算法》の玉冊が、猛然と激震した。
頭上に懸かるジャッジメント・ソード(悬顶之剑)が低く唸りを上げ、紫色の雷光(紫霄雷光)が剣鋒のブレードエッジを走り、今にも振り下ろされんばかりとなった。
天道の禁制(システム制限)が、接触によって生じた彼の心底のわずかな『波紋(漣漪)』を感知したのだ。
チャン・ヨウシーは目を閉じ、強引に玉冊を駆動させ、その波紋を力任せに押さえつけて死水(完全なる静寂)へと戻した。
絶対中立。
無欲無求。
「安心しろ、パートナー(合伙人)」
彼の声は極めて静かだったが、十分に明晰だった。
「グレゴリーだろうが、その上にいる黒幕だろうが、帳簿を焦げ付かせている(欠了账)奴らの罪状は、俺が1行残らず、すべて精査(監査)してやる」
アナスタシアは顔を上げ、彼を見つめた。彼女の目の縁は微かに赤くなっていたが、最後まで涙をこぼすことはなかった。
「どうして私をそこまで手伝って(監査して)くれるの?」彼女は尋ねた。「あなたに何のメリットがあるというの?」
チャン・ヨウシーは、ほんの一瞬だけ沈黙した。
「お前は俺の名義にある『独占パートナー(独家合伙人)』だからな」彼は言った。「お前の不良債権(坏账)は、俺の不良債権だ。お前の仇敵は、すなわち俺の監査対象だ」
彼は言葉を切り、口元に冷徹な孤を描いた。
アナスタシアは彼を見つめ、突然ふっと静かに微笑んだ。
その笑顔は極めて淡く、晩秋の早朝に漂う一縷の薄霧のように、瞬く間に消え去った。
だが、チャン・ヨウシーが彼女の笑顔を目にしたのは、これが初めてのことであった。
「ありがとう」
チャン・ヨウシーの足取りが、微不可察にピクリと止まった。しかし、彼はそのまま何事もなかったかのように前へと歩みを進め、まるで何も聞こえなかったかのように振る舞った。
識海の玉冊はゆっくりと閉じられ、頭脳(霊台)の奥深くに、穏やかな金青色の微光だけを残して静かに流転していた。
そして、そのかすかな微光のエッジ(輪郭)の端で、1滴の極めて淡い、ほとんど感知できないほどの『波紋』が、緩やかではあるが、断固としたリズムで静かに広がり始めていた。




