願力池(がんりち)
教廷の駅館は、豊穣の城の内城区の中心に位置し、闘神学院の競技場とは3本の通りを挟んで向かい合っていた。
それは白い巨石で築かれた4階建ての建造物で、外観は標準的な修道院様式だった。尖塔、回廊、ステンドグラスの窓、そして正門の真上には富の神の巨大な聖徽が掲げられている。
しかし、チャン・ヨウシー(ユウキ)が『洞微鑑業』の法目を開いた瞬間、その神聖なフィルターの裏にある真実が見透かされた。
建物全体の地下一帯には36本の願力パイプラインが埋め込まれており、まるで巨大な蜘蛛の巣のように、駅館のすべての静室を地下にある巨大な願力センターへと接続していた。それらのパイプラインの表面には暗金色のルーンが流動しており、その一つ一つが監視の刻印であった。選手たちがここで修練する際に生じるわずかな願力の波動すらも、すべて記録され、アーカイブされ、分析された上で、最終的に教廷の『聖心総録』へと流入する仕組みになっていた。
(表面上は福祉施設、実態はデータ収集センターか)
チャン・ヨウシーは心の中の帳簿にこう記録した。
(教廷は無料の食宿を撒き餌にして、選手たちの修練というプライバシーデータを搾取している。典型的なトラフィックのマネタイズ(流量変現)モデルだな)
門口にいた教廷の執事が彼の暗金色のバッジを検めると、その態度は恭順を通り越して、へつらうかのように丁寧になった。
「イヴァン様、お客様の静室は3階の東側、番号は『丙の七』でございます。毎日、地下の願力池にて2時辰(4時間)の修練が可能でございます。制限時間を超過した場合は、別途『願力税』を納めていただくことになります。駅館のレストランは1階にございまして、聖餐と浄水を無料で提供しております。もし特殊な願力薬や聖遺物のレンタルをご希望でしたら、2階の取引所へお越しください。信仰口座のオーバードラフト(当座貸越・残高透支)にも対応しております」
チャン・ヨウシーは頷き、真鍮の鍵を受け取ると、そのまま階段へと向かった。
……
静室は広くなく、10尺(約3メートル)四方ほどで、四方の壁は雪のように白かった。1つの蒲団と1台の木製ベッドの他には、何一つ置かれていない。
床板には細密な法陣の紋様が刻まれており、中央部分には手のひらほどの大きさの丸い穴が開き、地下の願力池へと通じていた。
チャン・ヨウシーは蒲団の上に結跏趺坐し、一縷の神識を床の丸穴に沿って地下へと潜らせた。
地下3尺。そこには巨大な円形の水池が存在していた。
池の水は淡い金色を帯びており、願力の濃度は外部の10倍以上であった。
無数の細かな金色のルーンが水の中で緩やかに泳ぎ回っており、まるで嗅覚の鋭いピラニアの群れのように、修練者が毛穴を開くのを待ち構えている。
(やはりな)
チャン・ヨウシーの口元がわずかに吊り上がった。
(教廷の願力池は慈善事業などではない。ただの『融資(貸し付け)』だ。あの金色のルーンはウォーターマーク(電子水引)の役割を果たしている。ひとたび体内に吸い込めば、教廷は修練者の経脈の状態、闘気の流転、さらには感情の起伏までリアルタイムで追跡できる。選手たちの身体の中に監視用のバックドアを設置しているようなものだ)
彼は焦って水(願力)を吸い上げようとはしなかった。
普通の選手が願力池に入って修練する場合、池の水の中にある願力を丹田へと吸い込み、自身の闘気の備蓄へと変換する。
しかし、チャン・ヨウシーには丹田もなければ、闘気もない。
彼の修練システムは完全に異質だった。彼が必要とするのは『功徳』であり、その功徳の源泉は『清算』と『監査』にある。
(教廷の願力を、マーキングされた法定通貨に例えるなら、俺の玉冊はマネーロンダリング(洗金)の機械だ。
このウォーターマーク付きの願力を吸い込み、マーキングを粉砕し、精製してコンバートすることで、最終的に俺自身の功徳として出力する)
チャン・ヨウシーは識海の中で低く叫んだ。
「玉冊、逆向清算を開始しろ」
識海の中で、浮かんでいた虚無の古書がゆっくりと一ページめくられた。
ページ上の金青色の渦が回転を始め、速度は徐々に増していき、最終的には底の見えない漏斗を形成した。
チャン・ヨウシーは右手を床の丸穴に押し当てた。
刹那、地下の願力池にある淡金色の液体は、まるで排出口を見つけたかのように、法陣の紋様に沿って猛烈な勢いで彼の手のひらへと押し寄せた。
それらの金色のルーンは彼の経脈に侵入した瞬間、玉冊の渦によって強制的に引きずり込まれ、粉砕され、剥離され、精製されていった。
金色の願力は渦の中で激しく抗った。まるで溶鉱炉に投げ込まれた不純物の群れのようだった。
それらの教廷の刻印は、玉冊によって『偽りの因果による業障の烙印』と見なされ、天道の法則によって直接粉砕され、削ぎ落とされた。残された純粋なエネルギーは渦によって圧縮・再構築され、最終的には一縷また一縷の金青色の功徳の糸へと凝縮され、識海へと流れ込んでいった。
このプロセスは極めて隠蔽性が高かった。
駅館の監視システム(モニター)から見れば、部屋『丙の七』の願力消費データは完全に正常値を示していた。
なぜなら、チャン・ヨウシーが吸い込んだ願力と、彼が吐き出した功徳は、総量において完全にバランス(均衡)を保っていたからだ。変わったのは、その性質の根本的な大逆転である。
教廷の監視法陣には『願力の流量』を測定することしかできず、『功徳』という西方の神系に属さないエネルギー形態を識別することは不可能だった。
「手ぶらで巨利を貪る(空手套白狼)ことこそ、監査人のロマンだ」
チャン・ヨウシーは目を閉じ、識海の中で徐々に満たされていく功徳の備蓄を実感していた。
1割、2割、3割……。先のモリソン戦でほぼ底をつきかけていた手元流動性が、肉眼でわかるほどの速度で回復していく。
その時、隣の静室から激しい願力の波動が伝わってきた。
その波動は狂暴かつ急速で、まるで過負荷で運転されているエンジンのように、限界出力で地下の願力池のエネルギーを狂ったように引き上げていた。
チャン・ヨウシーの神識が願力パイプラインに沿って伸びていき、隣の静室の床下で展開されている、眉をひそめざるを得ない光景を『視界』に捉えた。
カイル・フォン・ラインハルト。
この第三階級の大剣士は上半身を裸にし、願力池の中央に盤座していた。彼の身体の周囲には、実体化しかけているほど濃厚な金色の闘気が立ち込めている。彼の右肩、左脇腹、腰の後ろの3箇所の古傷が、肉眼で見えるほどの速度で願力によって癒着されていく。
教廷の触媒の手法は、将来の資産を前借りする(先食いする)ことを代償に、彼の古傷を強制的に修復していた。
カイルの経脈は、何度もツギハギされた壊れかけの古い配管のようだった。それぞれの古傷は高濃度の願力によって、金色に輝くパテできれいに塗り潰されており、一見すると新品のように滑らかに見えるが、実際には内部の亀裂が3倍の速度で蔓延していた。
(典型的な『利益調整(盈余管理・収益操作)』だな)
チャン・ヨウシーは心の中で冷徹に結論を下した。
(監査報告書が提出される前に、アグレッシブな会計見積もり(会計上の仮定)を用いて当期の業績を粉飾しているわけだ。だが、監査人が実際にフィールドワーク(臨検)に入れば、このビルは丸ごと崩壊する)
カイルの右肩の亀裂は、最初の3寸からすでに7寸へと拡大しており、さらに頸椎へと向かって広がり始めていた。このレベルの債務超過(透支)の速度では、もってあと1ヶ月だ。彼の右腕の経脈は完全に債務不履行(デフォルト・崩壊)に陥り、その時には第三階級の大剣士どころか、剣を握る力すら残されていないだろう。
チャン・ヨウシーは彼に警告しなかった。
監査人の倫理規定において、破産寸前の債務者に対して損切り(止損)を促す義務など存在しない。監査人の責任は真実を記録することであり、ギャンブラーを救済することではないのだ。
彼は神識を収め、自身の逆向清算を続行した。
識海の中の功徳の備蓄は4割、5割、6割へと回復していく……。
突如として、廊下から急ぎ足の足音が伝わってきた。
チャン・ヨウシーは即座に玉冊の運転を収束させ、功徳の波動を最低限にまで抑え込むと同時に、床の丸穴に当てていた手のひらを離した。
ドアがノックされた。トントン、トん、と3回。短く、かつ礼儀正しい音だった。




