初の公開ストレステスト(第一次比试)
鉄錆城の清晨は、いつも他所よりも訪れが遅い。
アナスタシアは修斯古城の二階にある、ガラスが半分欠けた窓辺に佇み、チャン・ヨウシーの背中が路地の角へ消えていくのを見送っていた。
彼が身に纏っているのは、鉄砧会の打手から剥ぎ取った灰色のレザーアーマー。懐には銅の指轮と招待状を忍ばせている。その背影は細く、まるで今にも風に折られそうな一株の芦のようだった。
アナスタシアは、チャン・ヨウシーに同行する勇気を持てなかった。教廷の監視魔方陣は、神格の波動を正確に探知する。
今の彼女の不完全な状態では、アリーナの半径三里(約1.5キロ)以内に足を踏み入れた瞬間、闇夜の松明のごとく目立ってしまう。
赤い法衣をまとった執事どもが、即座に彼女を拘束し、異端審問所の火刑台へと引き摺り上げるだろう。
チャン・ヨウシーは振り返ることもなく、ただ背後へ向けて軽く手を振った。
「留守を頼む。誰かに『抄底(カラ売り/空き巣)』されるなよ」
朝霧の向こうから響いてきた彼の声には、その場にはおよそ不釣り合いなほどの、軽妙な余裕が混じっていた。
……
闘神学院アリーナ、巳の刻三分(午前十時頃)。
青石で築かれた円形観客席は、すでに半分以上が埋まっていた。五千もの席層が階段状に上方へと延伸し、まるでミニチュアの山脈のようだ。
貴族たちは最上層のVIPバルコニーに陣取り、クリスタルのワイングラスを傾けている。
中間層を占めるのは、富商や小貴族。誰もが首を長くして舞台を見下ろしていた。
そして最下層の立見席(一般エリア)には平民たちがすし詰めになっていた。彼らには席を買う金などない。立ちっ放しの観戦を強いられながらも、その熱気だけは異常なほどに高騰していた。
舞台の真東に位置する貴賓席には、教廷の上層部が居並んでいた。
その中央に端座するのは、暗金色の法衣をまとった一人の老者。三重冠の下から覗く鷹のごとき鋭い眼光の主は、豊穣の城における教廷分部の最高権力者(最高経営責任者)、グレゴリウス副主教であった。
そして今、舞台の縁に立っているのは、深紅の裁決衣に身を包んだ中年男だった。
年齢は五十前後、白髪交じりの髪は一糸乱れず後方へと撫でつけられている。彼の左顔面には、眉骨から下顎にかけて引き裂かれたような凄惨な火傷の痕があり、まるで炎に舐め尽くされた枯れ木肌のようだった。
彼の名はエドモンド・ヴァルク。富の神殿のシニア・アルビトレイター(高級仲裁官)。
二十年前、北方国境の『鉄の茨の審判』において異端審問所の処刑監督を務めた男だ。その顔の傷は、ある異端魔術師が死に際に遺した「配当」だった。
エドモンドは箔押しの詔書を厳かに広げた。その声は低く掠れており、まるでサンドペーパーで鉄板を擦るかのように響いた。
「富の神の名において、聖なる光を証人とする」
「第三十七回聖騎士選抜大会、一回戦ノックアウト、即時開始とする」
彼は一度言葉を切り、全場を見渡した。その灰ブルーの瞳には一切の体温がなかった。
「勝敗の裁決は、ただ神明のみが知る。舞台から脱落した者は敗北、戦闘能力を喪失した者は敗北、自ら棄権した者は敗北とする。偽装死や気絶によって審査を欺こうとする不届き者(不正アカウント)に対しては、審判団が聖光をもって厳密にアクティベーションチェック(勘定)を行う。事実が確認され次第、聖徒資格を永久剥奪(アカウントBAN)とし、永劫に神の恩恵を蒙ることを禁ずる」
「場外の者は、いかなる形式であれ、場内への願力、聖遺物、あるいは神術のバフ(外部融資)を提供してはならない。違反した者は神への冒涜とみなし、その場で信仰資格を凍結、最下層の黒獄へと堕とす」
「参加者は、自身の修為階位および所持する聖遺物をありのままに申告しなければならない。隠蔽や虚偽の報告があった場合、聖光のバックラッシュを浴びて神格が自燃する。教廷はいかなる寛恕も与えない」
「この舞台に足を踏み入れた以上、生死は天命にある。教廷は一切の死傷に対する法的責任を負わず、いかなる事後賠償(損害補填)も行わない」
エドモンドは詔書を閉じ、一歩後退した。
「聖光が、勇者の剣鋒を照らさんことを」
観客席から、まばらで狂熱的な歓声が沸き起こった。
……
第一試合がドラの音とともに幕を開けた。
二人の一階聖徒が舞台の上で激しくぶつかり合い、闘気の衝突が鈍い重低音を響かせる。
チャン・ヨウシーはそれを非常に興味深く(エキサイティングに)観戦していた。前世の退屈なボクシングの試合などより、こちらの方が遥かに見応えがある。
そしてすぐに、万衆が注目する第三試合のコールが響いた。
「カイル・フォン・ラインハルト、対、ハロルド・フォン・グレイ!」
観客席の歓声が、一瞬にして三倍のデシベルへと跳ね上がった。
カイルが貴賓席の隣にある専用通路から姿を現した。銀白の聖騎士用軽甲が、日の光を浴びて眩しく煌めいている。
彼は他の選手のように階段から上るようなことはしなかった。片手で手すりを支えにすると、三丈(約十メートル)の高さがある観客席から直接飛び降りた。着地の瞬間、足元には一粒の塵すら舞い上がらなかった。
対戦相手のハロルド・フォン・グレイは、辺境の男爵家出身の二階聖徒だった。
彼はサファイアが埋め込まれた巨大なタワーシールドを慎重に構え、階段を一段ずつ、踏みしめるように上がってきた。力を込めすぎた彼の指の関節は、白く変色していた。
「始め!」
審判の合図が落ちるや否や、ハロルドは迅速にタワーシールドを正面に固定した。闘気を注ぎ込むと、盾の表面に淡いブルーの氷霜の紋様が浮かび上がる。それは彼の家宝たる聖遺物『霜鉄の盾』。三階以下の大半の攻撃を完全にディフェンスできる優良資産だ。
カイルはその場に直立したまま、剣を抜くことすらしなかった。
「……その程度の時価総額(実力)か?」
彼は首を僅かに傾けた。まるで、この世で最も退屈なジャンクデータを見せられたかのような顔だ。そして、ゆっくりと『裁罪の刃』の柄を握り締めた。
その刹那、チャン・ヨウシーの瞳の奥で、極めて淡い青い光が明滅した。
――『洞微鑑業法目』、展開。
法目の視界の下、カイルの全身を覆う金色の闘気は、その表象を剥ぎ取られて剥き出しになった。
チャン・ヨウシーは、その願力が彼の丹田から湧き出し、経絡に沿って「ほぼ暴力的」とも言える極めて高いプロセッシング効率で循環しているのを見た。
しかし同時に、彼はカイルの身体にある『三箇所の暗赤色の亀裂』をハッキリと看破した。それらは、高濃度の願力によって強引に接着され、目隠し(粉飾)されているだけで、いつ決壊してもおかしくない脆弱なダム(不良債権)だった。
『裁罪の刃』が抜かれた。
派手な剣技などない。カイルはただ、平平無奇に前方へと一太刀を振り下ろした。
剣身から放たれた金色の願力の波紋が突如として膨張し、三本の物質化した『光の鎖』へと変貌。人間の肉眼では捉えきれない速度でハロルドへと射出された。
「『富の刈り取り(ウェルス・ハーベスト)』!」
ハロルドは驚愕し、霜鉄の盾を掲げて防戦を試みた。
しかし、その三本の金の鎖はまるで意志を持つ生命体のように、盾の正面をバイパスし、両側面と頭上から同時に彼の肉体をがんじがらめに縛り上げた。
「があぁぁぁッ――!」
ハロルドから凄惨な悲鳴が上がった。
チャン・ヨウシーの視界には、その三本の鎖がハロルドの体内から願力を猛烈な勢いで吸い上げている光景が映っていた。まるで注射器を血管に突き刺し、彼の闘気を一滴残らずドレイン(回収)していくかのようだ。
霜鉄の盾の氷霜の紋様が、見る見るうちに輝きを失い(減価償却され)、次の瞬間――「パキィン!」と音を立てて、三つの破片に砕け散った。
カイルは悠然と一歩踏み出し、ハロルドの胸甲を容赦なく蹴り飛ばした。
ハロルドは糸の切れた凧のように舞台の外へと吹き飛び、観客席の下へと激しく激突、何度か転がった後に動かなくなった。彼の体内の闘気は完全に底を突き(デフォルトし)、立ち上がる力すら残されていなかった。
全場が一瞬、死のように静まり返り、その後、鼓膜を破らんばかりの歓声が爆発した。
「カイル様! カイル様――ッ!」
「三階大剣士! これぞ教廷が誇る最優良資産(天才)だ!」
カイルは剣を鞘へと収め、無表情に全場を見渡した。彼の視線が、チャン・ヨウシーのいる控室エリア(ウェーティングゾーン)を通過する際、一瞬だけ停止したが、すぐに興味を失ったように逸らされた。まるで、一粒のゴミ(有象無象)を見たかのように。
チャン・ヨウシーは石柱に寄りかかり、人差し指でトントンと大腿を叩いていた。
「願力のブースト効率は高い。教廷のインキュベートシステムは確かに大したものだ。あの『裁罪の刃』に蓄積された業障は、戦闘中に攻撃力を増幅させる。いわばレバレッジ(てこ)を利かせているわけだ。だが、内包する含み損(暗傷)も致命的だな。さっきの一撃で、彼の右肩の亀裂はさらに数ミリ拡張したぞ」
「正面から殴り合うのは非効率だ。だが、あの三箇所の不良債権(暗傷)さえ正確に突けば、一撃であのバブル(泡)を弾けさせることができる」
……
その後の数試合、チャン・ヨウシーの名が呼ばれることはなかった。
「七番、イファン・修斯。本ラウンド、不戦勝。」
エドモンド・瓦尔克の声が最初に響いた時、控室エリアにはさしたる反応はなかった。大規模なトーナメントにおいて、シード(輪空)など珍しくもないからだ。
しかし、二度目のシードが宣言された時、観客席からざわつき(ノイズ)が漏れ始めた。
「十三番、イファン・修斯。次ラウンドも、不戦勝。」
チャン・ヨウシーはその場から動かず、ただ片方の眉を上げた。
観客席の議論は、次第に激しいブーイング(落胆の売り浴びせ)へと変わっていった。誰かが大声で怒鳴り散らす。
「ふざけるな! なんであのヒューズ家のゴミが一度も戦わずに勝ち残ってやがる!?」
「インサイダーだ! 絶対に裏取引があるぞ! 一階聖徒にもなれない破産者が、なんで二連続でシード権を得られるんだ!?」
「教廷の抽選箱に細工がしてあるに決まってる! ヒューズ家は先祖代々の土地を担保に差し出して、審判を買収したんじゃないか!?」
チャン・ヨウシーはそれらの雑音を完全に無視していた。
彼は脳内で急速にソロバンを弾いていた。二試合連続のシード――これが単なる『確率論(運)』で説明できないことくらい、プロの清算師なら瞬時に理解できる。こんな芸当ができるのは、市場のルールメーカーである教廷自身だけだ。しかし、自分はいつの間に彼らのレーダーに捕捉されていたのか?
「飢餓マーケティング(プレミアム化)か」彼は心の中で冷笑した。「俺を『目玉商品(大トリ)』として市場で温めておき、投資家(観客)の感情が最高潮に達したアツい瞬間に、一気に市場暴落(強制ロスカット)させる算段だな。……なかなかに老獪な手口だ」
……
そして第三ラウンド、チャン・ヨウシーのシード(猶予期間)はついに終了した。
「イファン・修斯、対、ランス・ブルック!」
体躯の雄大な一人の若者が、控室の反対側から姿を現した。顔中に横肉を蓄え、新品のレザーアーマーを着用し、腰には風系の魔晶石が埋め込まれた一対のナックルダスター(拳套)をぶら下げている。彼は舞台の中央へと進み出ると、階段から緩やかに上がってくるチャン・ヨウシーを居高臨下に、嘲弄の笑みを浮かべて見下ろした。
「ヒューズ家の粗大ゴミじゃねえか。お前、闘気すら持ってないって本当か?」
ランス・ブルック、一階聖徒。商人の家庭の生まれであり、千金貨を支払って『名誉男爵(ペーパー男爵)』の爵位を買い叩くことで、ようやくこの招待状(参加資格)を手に入れた男だ。
彼の手にある『烈風の拳套』は教廷の既製品の聖遺物であり、短時間だけ出拳の速度とパワーを増幅する機能を備えていた。
チャン・ヨウシーは舞台の縁で足を止め、ランスを静かに見上げた。その顔には、いかなる感情の起伏も存在しなかった。
「始め!」
ランスは咆哮一閃、拳套から淡青色の旋風を巻き起こし、自身を一台の突撃戦車と化して、一直線にチャン・ヨウシーへと肉弾突撃を仕掛けた。その一拳が引き起こした風圧は、床面の塵を猛烈に巻き上げる。
観客席からは、すでに諦めを含んだヤジが飛んでいた。
「終わったな、ワンパン(一撃清算)だ」
「教廷もこんなゴミ(不良資産)を上場させるなんて、時間の無駄遣い(リソースの損失)だろ」
だが、チャン・ヨウシーは一歩も退かなかった。
彼は右手を伸ばし、人差し指と中指を揃えて、西洋の人間には見当もつかない、奇妙な東方の道門の『剣訣』を結んだ。
懐の銅の指輪が微かに熱を帯び、一縷の金青色の光芒がその表面から溢れ出すと、彼の指先へと収束し、髪の毛ほどの細さの『レーザー』を形成した。
『洞微鑑業法目』はすでにフル稼働している。
そのスキャン映像の下、ランスの拳套の内部にある『願力回路』は完全に視覚化されていた。その構造は極めて雑であり、バグと脆弱性(漏洞)のオンパレードだった。
チャン・ヨウシーは、多くの功徳(資本)を投入する必要すら感じなかった。ただ、その『最も脆弱なシステムバグ(ノード)』を一点突くだけでいい。
拳風が顔面に肉薄する。
チャン・ヨウシーは身体を僅かに傾けた。その動作は決して速くはなかったが、ミリ単位で正確だった。
彼の双指が、ランスの右拳の拳套の、手首のインターフェース(接続部)へと、愛撫するように軽やかに触れた。
――絹糸のような剣気が、一閃した。
「……カチッ。」
微かな、しかし決定的な破砕音。
ランスの拳套から吹き荒れていた淡青色の旋風が、突如として完全停止した。次の瞬間、過負荷をかけた高圧電線のように、ナックルが狂ったようにショート(閃爍)を始めた。拳套内部の願力回路が、チャン・ヨウシーの剣気によって物理的に強制遮断されたのだ。行き場を失った莫大な願力は一瞬にして宣泄口を失い、ランス自身の腕へと向かって『逆流』した。
「ぎゃあああああッ!!!」
ランスは悲鳴を上げてその場に膝を屈した。彼の右の拳套は破片となって爆散し、手首はあり得ない奇妙な角度へとへし折れていた。
彼は全身を激しく痙攣させ、額を青石の床面へと擦り付けながら、途切れ途切れの呻き声を漏らすことしかできなかった。
全場が、一瞬にして静寂に包まれた。
闘気同士の華々しい大激突もなければ、高位の神術の応酬もない。それどころか、まともな肉体接触すら行われなかった。
チャン・ヨウシーがただ、二本の指で『システムエラーをワンタップ』しただけで、一人の一階聖徒が完全に戦闘不能(強制上場廃止)に追い込まれたのだ。
審判のエドモンド・ヴァルク仲裁官は舞台の縁に立ち、その灰ブルーの瞳に、今日初めて異様な驚愕の光を宿した。
彼はチャン・ヨウシーの姿をじっと凝視し、長い沈黙の後、緩やかに右手を挙げた。
「……イファン・修斯、勝者。」
観客席は、一転して蜂の巣をつついたような大騒乱に陥った。
さっきまで「シード権の不正」を騒ぎ立て、彼を売れ残りの不良品と罵っていた観客たちの顔が、一斉に硬直している。困惑する者、震撼する者、そして何が起きたのかを必死に解析しようと互いに顔を寄せ合う者たちで、客席は完全にパニック状態となった。
チャン・ヨウシーは背を向け、舞台を下りていった。その細い背中、緩慢な歩調には、しかし誰にも説明のつかない、絶対的な『確信』が宿っていた。
控室エリアの石柱の傍らで、彼はふと足を止め、顔を上げて貴賓席の深淵を見据えた。
グレゴリウス副主教が微動だにせず端座しており、その鷹のような冷徹な眼光が、数十メートルの距離を越えて、真っ直ぐに彼を射抜いていた。
チャン・ヨウシーは唇の端を僅かに吊り上げると、ごく緩やかに腰を折り、完璧な、そして最高に皮肉めいた貴族的礼を捧げてみせた。




