004 紀元前312年 初めてのスキル授与
バルシネは覚悟を決めた目でヘラクレスを見た。
「……ヘラクレス。
問題は、どうやってローマへ逃げるかです」
その声は、母としての情ではなく、
かつてペルシャ総督の娘として政争を生き抜いた女の声だった。
ヘラクレスは息を呑む。
母が“覚悟した”という事実が、言葉より先に胸に迫った。
「私の側近たちを連れて、商船に紛れ込み逃げては?」
バルシネは首を横に振った。
「そこが問題です。
……メナンドロスは信用できます。あの子は私の家に代々仕えてきた家系ですから」
バルシネは一拍置き、ヘラクレスの表情をじっと見つめる。
「レオニダスとピュロスも、あなたは信頼しているのでしょう?」
ヘラクレスは小さく頷いた。
「はい。レオニダスは頼れるまとめ役ですし……。ピュロスは、私にとって弟のような存在です」
バルシネは静かに息を吐いた。
「では、その三人をまず呼びましょう。
“本当に味方である者”だけを集めます」
ヘラクレスは決意を固めるように拳を握った。
「神様、まずは私の側近の三人に神託が下った事を告げ、神の御業を見せて説得したいと思います」
その瞬間、N-Homeが告げる。
《神の御業を見せていいのは1等親の血の繋がった親子に限ります》
《物理的な現象を見せる、ゲームバランスが崩れると言う判断です》
猛の声が、
ヘラクレスの胸の奥に静かに響く。
――ヘラクレス。
御業を見せていいのはお前の血の繋がった親か子だけだ。
少し待て……何か方法を考える。
ヘラクレスは息を呑んだ。
母はその表情の変化を見逃さなかった。
「……神が、何かおっしゃったのですね?」
ヘラクレスは唇を噛み、静かに頷いた。
「はい。神の御業は……血の繋がった親子にしか見せてはならないそうです」
バルシネは一瞬だけ目を伏せたが、すぐに顔を上げた。
「つまり、“神の奇跡を見せずに”側近たちを説得しなければならないのですね」
「はい。ですが神は少し待つように仰せです。なにかお考えがあるのでしょう」
その時、N-Homeが問う。
《ご主人様、さっきから何をされているのですか?》
「ん? 攻略情報で何をすればいいか調べてる。おっ、あったぞ」
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(紀元前312年)
ヘラクレスの側近たちの概要。
1. レオニダス(18歳)(味方)
側近のまとめ役。没落貴族。
ヘラクレスが王族として返り咲けば、自らも将軍や総督の座に就けると考えている。
2. アルカトオス(15歳)(味方)
頭脳派。没落貴族。
ヘラクレスに恩を売り、将来的に財務や内政を牛耳る夢を持つ。
3. ピュロス(13歳)(裏切り者・更生対象)
ヘラクレスの“弟分”。
父親の借金をアッタロスに肩代わりされ、弱みを握られている。
ヘラクレスが許しを与えれば味方になる。
4. メナンドロス(17歳)(味方)
寡黙な武闘派。
バルシネ家に代々仕え、彼女を守ることで手柄を立てたい。
5. フィリッポス(14歳)(内通者)
気の利く、ムードメーカー。
実家がアンティゴノス派。
アッタロスのスパイとして行動し、帰還と出世を約束されている。
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《何してるんですかご主人様! いきなり攻略情報を見るなんてあり得ませんよ!》
「やり直し不可なんだろ、失敗は出来ねえだろ」
《やり直しは不可でも、最初からのやり直す事はできます。まだスタートラインじゃないですか。これではゲームが台無しです!》
「馬鹿野郎! 人生は一期一会だ! 俺はヘラクレスを死なせねえ!」
《かっこよく言っても騙されませんよ! ご主人様は単にヘラクレスと同じやり取りをするのが嫌なだけです!》
「分かってるなら黙ってろよ。なんでこのやり取りを二度もしないといけないんだ、時間の無駄だろ。それでローマに行く方法は……これだ」
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★ヘラクレスの脱出(ローマ編)
難易度⇒地獄
★場所・ペルガモン
ディアドコイ(大王の後継者)たちに囲まれている。
●陸路
ディアドコイの領土を抜けるには最短でも約600kmを走破せねばならず、道中は山賊などの危険が伴う。
●海路
・漁船
当時の漁船は多くて9人ほどで、食料なども積み込めないためこまめに寄港する必要があり、女性のバルシネは目立つ。
・商船
商船は巨大で、港を出る際には必ずアッタロスの役人による「臨検(荷物検査)」がある。ただし、実際はザルなため出航可能。
各港での臨検で見つかる可能性中。
船員の裏切りの可能性大。
★おすすめの攻略法
バルシネの父アルタバゾスに恩を・・・
・・・・・・
・・・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
猛は攻略法の概略を読み、何とかなりそうだと思った。
――ヘラクレス。ピュロスとフィリッポスは裏切り者だ。二人はアッタロスのスパイだ。
「……え?」
ヘラクレスの喉が、引き攣ったような音を立てた。
隣に座るバルシネが、息子の強張った横顔を見つめる。
「ヘラクレス? どうしたのです、そんな顔をして」
ヘラクレスには母の声が遠く感じられた。
ピュロス。自分を兄のように慕い、いつも影のように寄り添っていた、あの年下の少年が……。
そしてフィリッポス。軽口を叩きながらも、この閉ざされた邸宅で唯一、外の空気を感じさせてくれたムードメーカーだったあいつがスパイ。
「ピュロスと、フィリッポスが……裏切り者……?」
――そうだ。ピュロスは親の借金でアッタロスに首根っこを掴まれている。フィリッポスは最初からスパイだ。
「嘘だ……嘘だと言ってください、タケルス様! あいつらは、あいつらは……!」
猛はマイクを握り直し、告げる。
――フィリッポスは初めから敵だから救えない。だけどピュロスはまだ救える。
いいか。今からレオニダス、アルカトオス、メナンドロスの三人を呼べ。
この三人をまず本当の味方に引き込む、その次にピュロスを改心させて味方に付けるんだ。
「……わかりました。タケルス様を信じます。まずは3人を呼びます」
ヘラクレスは溢れそうになる涙をこらえ、拳を固く握りしめた。その様子を傍で見守っていたバルシネが、静かに、だが鋭く問いかける。
「ヘラクレス、誰を呼ぶのですか。その……タケルス神はなんと……」
ヘラクレスは母の瞳を真っ直ぐに見据えて答えた。
「レオニダス、アルカトオス、そしてメナンドロスです。彼ら三人を、今すぐここへ。……あとの二人は、まだ呼びません」
バルシネは、息子の瞳に宿ったこれまでにない厳しさに、事態の深刻さを悟った。彼女は廊下に控える侍女テッサに命じ、三人の側近を密かに呼びに行かせた。
N-Homeが告げる。
《ご主人様、今の間にヘラクレスを“タケルス神を祀る者”にしましょう》
《そうすれば、神の言葉を伝える“預言者”としてスキル授与が可能になります》
猛の声が、静かにヘラクレスへ届く。
――ヘラクレス。
三人が来る前に、お前に“神の力”を授けよう。
そのためには、お前が私、タケルス神を祀り、“我が言葉を伝える者”となる必要がある。
ヘラクレスは息を呑んだ。
「……タケルス様を、祀る……?」
――そうだ。だが他の神々を捨てる必要はない。ギリシャの民が多くの神を敬うように、お前は“タケルス神の声を聞く者”となればよい。
ただ一言、“タケルス神に仕える”と誓えばよいのだ。
ヘラクレスは胸に手を当て、静かに目を閉じた。
「……タケルス神よ。
私は、あなたにお仕え致します」
《タケルス教の信者数が1名になりました》
《ヘラクレスがタケルス教の預言者に登録されました》
《預言者のスキル付与が解放されました》
《預言者スキル枠:0/1》
猛が目を輝かせた。
「おお、これでスキルが授与出来るようになったな……って、1つだけ?」
《はい。タケルス教は現在“信者数が1名”のため、
預言者が保持できるスキル枠は1つです》
《信者数が増えるほど、預言者が扱えるスキル枠も増加します》
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■タケルス教:預言者スキル枠
信者1名 → 1枠
信者2名 → 2枠
信者3名 → 3枠
信者5名 → 4枠
信者7名 → 5枠
信者10名 → 6枠
7枠目以降は2倍の信者が必要
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《まずはバルシネにも信仰して貰い、スキル枠を2つに増やしましょう》
「……なるほど。信者数=スキル枠か。面白い、これならまずは足元から固めていくのが正解だな」
猛はマイクを握り直し、ヘラクレスに告げた。
――ヘラクレス、母上に伝えろ。
私が授ける力は、私を信じる者の数に応じても強くなる。
母上が私を信じ、共に歩むと誓うなら、私はさらなる奇跡をお前たちに授ける、とな。
ヘラクレスは頷き、期待と不安の入り混じった目で自分を見つめるバルシネに向き直った。
「母上。タケルス様は、母上の助けも必要としておられます」
「私の助け? 囚われの身の私に、神への捧げ物以外に何ができるというのです」
「……信仰です。母上もタケルス様を信じ、その名の下に共に歩むと誓ってください。そうすれば、神は私にさらに多くの『力』を授けてくださるのです」
バルシネは一瞬驚いたように目を見開いたが、目の前で金貨が消え、息子が「預言者」としての威厳を帯びていく姿をすでに目撃している。
「……流転の果てに、ようやく本当の神に出会えたのかもしれませんね。ヘラクレス、あなたの信じる神なら、私も信じましょう」
バルシネがヘラクレスの手を握り、虚空に向かって静かに祈るように頭を垂れた。
《タケルス教の信者数が2名になりました》
《預言者のスキル枠が2枠に増加しました》
《預言者スキル枠:0/2》
「よし、これで2枠ゲット! AI、ショップを開け。三人がここへ来る前に、ヘラクレスに与える最適なスキルを選ぶぞ」
猛は画面をスワイプし、現在のポイントで即時購入可能なスキルを探る。
《猛、2つのスキル枠に何をセットしますか?》
「お勧めは?」
《お勧め候補を表示します》
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【威圧】
敵を怯えさせ、家臣を心服させる。
レベル1︰兵士の眼力
(10万ポイント)
レベル2︰熟練兵の眼力
(30万ポイント)
レベル3︰隊長の威圧
(60万ポイント)
レベル4︰熟練隊長の威圧
(100万ポイント)
レベル5︰将軍の威圧
(200万ポイント)
レベル6︰名将の威圧
(500万ポイント)
レベル7︰王者の威風
(1000万ポイント)
レベル8︰皇帝の威風
(3000万ポイント)
レベル9︰聖王の威風
(5000万ポイント)
レベル10︰聖帝の威風
(10000万ポイント)
【真実の瞳】
相手の嘘などを見抜き易くなる。
奇数レベルのみの簡易表示
レベル1︰村長の目
(10万ポイント)
レベル3︰商人の目
(60万ポイント)
レベル5︰軍師の目
(200万ポイント)
レベル7︰裁判長の瞳
(1000万ポイント)
レベル9︰賢者の瞳
(5000万ポイント)
【ラテン語の知識】
ローマ到着後の交渉・生存率を劇的に上げる先行投資。
奇数レベルのみの簡易表示
レベル1︰初学者
(1万ポイント)
レベル3︰日常会話(市場での買い物)
(25万ポイント)
レベル5︰実務レベル(契約書の理解)
(100万ポイント)
レベル7︰準現地人
(250万ポイント)
レベル9︰準マスター
(500万ポイント)
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猛が眉を寄せる。
「レベル高いのが買えないじゃん。ポイントが全然足りないぞ!」
《表示しているのは“一代限り”の最安価格ですよ。
次代以降も恒久的に継承したい場合は、表示価格の10倍が必要になります》
「なるほど、1代限りの使い捨てと、使い放題があるのか。俺はレベルが高くて、使い放題が好きなんだけど……」
《ご主人様はわがままですね。ではまず残りの宝石も捧げさせては如何でしょう。レベル1なら買い取られるポイントが入ると思います》
「レベル1では効果が薄すぎる。今は生き延びるためにレベル3は欲しい」
猛はマイクを握った。
――ヘラクレス。
私が授けられるのは主に次の能力だ。
王者の威風、嘘を見抜く目、ローマでの公用語であるラテン語を話せる能力だ。その他にも、腕力、剣術、槍術、戦術知識などがある。
欲しい能力を2つ選べ。
ヘラクレスは悩み、苦しげに息を吐いた。
「……母上。実は……王者としての威、嘘を見抜く眼、他にも武芸や戦術、異国の言葉を話せる力まで……あまりに多くを提示され、私にはどれも必要に思えて……」
バルシネは息子の肩にそっと手を置いた。その手の温もりが、神の声に翻弄される少年の心を現実に繋ぎ止める。
「ヘラクレス。剣や槍の技は、これからレオニダスたちが死に物狂いでお前に教え込むでしょう。ですが……人の心の中を覗き、王としての威厳で彼らを従わせる力は、誰にも教えることはできません」
彼女はかつて、アレクサンドロス大王がたった一言で数万の兵を平伏させ、敵の偽りを見抜く姿を間近で見てきた。
「今のあなたに必要なのは、『嘘を見抜く目』と『王者の威風』です。この『檻』を出てローマへ辿り着くためには、まず目の前の者たちの心を掴まねばなりません」
ヘラクレスは深く頷き、天を仰いだ。
「タケルス様。……母上の仰る通り、私は『嘘を見抜く目』と『王者の威風』を望みます!」
――聞き届けた。
だがヘラクレス……その二つの力を授けるには、供物が“あまりにも”足りぬ。
ヘラクレスは息を呑み、
すぐに理解したように目を伏せた。
「……そう、ですよね……。
金貨2枚だけでは……到底、足りませんよね……」
バルシネは2つの宝石箱を手に取りそっと机の上に置いた。
「タケルス神さまに捧げます」
その言葉と同時に、宝石箱がふっと宙に浮き、光の粒となって消えていく。
N-Homeが告げる。
《供物を確認……宝石の純度、重量、希少性を解析します》
《換算完了。追加ポイント──292万ポイント》
《現在の総ポイント──294万ポイント》
――よく捧げた、バルシネ。
その献身、確かに受け取ったぞ。
猛がスキル【威圧(レベル4)熟練隊長】【真実の瞳(レベル3)商人】を選択する。
《ご主人様。真実の瞳がレベル3になってます》
「これで良いんだよ。もう巻き上げる金がなさそうだから、ポイントを少し温存しておくんだ」
猛は購入&授与ボタンを押す。
《スキル【威圧(レベル4)熟練隊長】【真実の瞳(レベル3)商人】を付与しました》
《残りポイント──134万》
その瞬間──
ヘラクレスの身体が、
まるで空気の膜が揺らいだように、ほんの一瞬だけ淡く光を帯びた。
金色でも白色でもない、
“存在そのものがわずかに強まった”ような微かな輝き。
バルシネは息を呑み、
ヘラクレス自身も胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……今、何か……身体の奥に……」
タケルスの声が静かに重なる。
――それが“神の力”だ、ヘラクレス。
…王の威と、真実を見抜きやすくなる眼を与えた。
その言葉が消えるより早く、
バルシネの表情がわずかに変わった。
彼女は息子を見つめ、震えるように小さく呟いた。
「……ヘラクレス……
今のあなたからは……あなたの父──大王に似た“威風”を感じます……」
それは、母にしか分からない変化だった。
少年の輪郭が、
ほんの一瞬だけ“王の気配”を帯びたように見えた。
背筋の伸び方。
視線の奥に宿る静かな圧。
空気の密度が、わずかに変わった。
バルシネは胸に手を当て、
確信するように息を吸った。
「……あの方が軍を率いる時に纏っていた……
あの、言葉では言い表せない“気”……
今、あなたから……確かに感じます……」
ヘラクレスは驚きに目を見開く。
「……父上の……?」
バルシネは静かに頷いた。
「ええ。
あなたは今……“王の器”へと踏み出したのです」




