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異世界王朝育成―アレキサンダー大王の末裔―  作者: Y・T
第一章 ディアドコイ領脱出
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005 紀元前312年 側近の懐柔

猛がヘラクレスにスキルを授け、

バルシネの言葉が空気に溶けた、その直後だった。


コン、コン。


扉が控えめに叩かれる。


「ヘラクレス様、侍女テッサでございます。

 お呼びになった三名をお連れしました」


扉が開く。


テッサの後ろから、

レオニダス、アルカトオス、メナンドロスの三人が部屋へ入ってきた。

だが、彼らは一歩目を踏み出したところで、妙な違和感に足を止めた。


(……なんだ? ヘラクレス様の様子が、少しおかしい)


ヘラクレスはゆっくりと顔を上げ、三人へ視線を向けた。


いつもなら、どこか所在なげに母の傍に立っているはずの少年が、今は一人で椅子に深く腰掛け、鋭い視線をこちらへ向けている。


その眼光には、昨日までの甘さは微塵もなく、まるで獲物を品定めする将軍のような、冷徹で実利的な「重み」があった。


「……っ」


一番後ろにいた、頭脳派のアルカトオスが、その視線の鋭さに当てられて、本能的に思わず一歩後ずさった。そして、部屋に満ちたその「凄み」に気圧されるように、がくりと膝を折った。


「アルカトオス?  お前、どうした!」


リーダー格のレオニダスが驚いて声をかける。

武勇に優れ、年長のレオニダスは、側近の中では一番威圧の効果が薄かった。そのため逃げ出したくなるほどの恐怖は感じていない。


だが、今のヘラクレスは何かが違う。

突然の変貌と呼び出しが、本能的に危険だと告げていた。


メナンドロスも、冷や汗を拭いながら主君の変貌を注視している。


(……何があった?  まるで別人のようだ……)


バルシネは静かに四人の前に立ち、告げた。


「ヘラクレスは神託と神の力を授かりました。

 あなたたちにも、ヘラクレスが昨日までと違うと感じているのではないですか?」


その瞬間──

空気が変わった。


三人は、入室時に感じたヘラクレスの違和感の正体を知った。


(……これは……神の……気配……?)


最初に動いたのは、侍女テッサだった。


「ヘラクレス様……っ……!」


彼女は胸に手を当て、

そのまま床に膝をつき、深く頭を垂れた。


その瞬間──

レオニダス、アルカトオス、メナンドロスの三人も反射的に、同時に膝をついた。


まるで見えない力に導かれたかのように、四人の額が揃って床へ向かう。


部屋には、神殿の奥で神に祈るような静寂が満ちた。


バルシネはその光景を見つめ、静かに口を開いた。


「……3人だけを呼んだのには訳があります」


彼女の声は震えていない。むしろ、覚悟を決めた者の声だった。


「神託で──

 ピュロスとフィリッポスが、領主アッタロスのスパイだと判明しました」


レオニダスとメナンドロスの目が大きく見開き、

アルカトオスが眉を寄せ、一呼吸して口を開いた。


「フィリッポスについては、確かにそのふしがあるとは感じておりました。あいつの実家はアンティゴノス様に近すぎます。ですが……ピュロスは、私たちの可愛い弟分です。あいつがヘラクレス様を売るなど、到底信じられません」


アルカトオスの言葉に、跪いたままのレオニダスとメナンドロスも同じ気持ちを抱いており、微かに身じろぎした。

幼い頃から共にヘラクレスに仕え、過ごしてきた仲間の裏切りは、神託という言葉をもってしても、すぐには飲み込めるものではなかったのだ。


ヘラクレスが彼らの動揺を静かに受け止め、口を開いた。


「……ピュロスには事情があるのだ。父親が借金を負い、アッタロスに妹を連れて行かれそうになった。借金を肩代わりしてもらう代わりに、彼は私たちを監視する道を選ばされたのだ。アイツは今、自分の犯した罪と絶望の狭間にいる。神は私が許しを与えればピュロスは改心するとおっしゃった」


その言葉が落ちた瞬間、跪いたままの三人の肩が、同時に震えた。


レオニダスが、ゆっくりと顔を上げる。その瞳には怒りでも疑いでもなく、

“信じたい”という苦しい葛藤が揺れていた。


「……ピュロスが……そんな事情を……あいつ……何で言ってくれなかったんだ……」


メナンドロスは唇を噛み、震える声で呟いた。


「あいつ……いつも笑って……そんな秘密を……」


アルカトオスは拳を握りしめ、深く頭を垂れたまま動かない。


「……ならば……俺は……あいつを責めません。神が“救える”と仰せなら……俺たちは従うだけです」


三人の声は震えていたが、その震えは恐怖ではなく、仲間を失いたくないという痛みだった。生き残るにも、成り上がるにもこの世界では信頼できる友が必要だった。


ヘラクレスは、彼らの覚悟を静かに受け止め、わずかに息を吸いさらなる衝撃の事実を告げる。


「……それと──家庭教師のディオゲネス先生も、スパイだ」


空気が、再び凍りついた。


レオニダスが目を見開き、アルカトオスは言葉を失い、メナンドロスはゆっくりと顔を上げた。


「……ディオゲネス先生……まで……?」


三人の顔には、信じたくないと言う思いが、ありありと浮かんでいた。


教師のディオゲネスは、彼らが子どもの頃から読み書きを教え、誰よりも穏やかで、誰よりも誠実だった男だ。


ヘラクレスは静かに続けた。


「神は言われた。“ディオゲネスはアッタロスに通じている。だが、まだ動くな。泳がせろ”と」


三人は、ゆっくりと、深く頷いた。


その時、ヘラクレスの頭の中に声が響いた。


――ヘラクレス、お前は私の預言者だ。三人にも我が名を告げ、私を信仰させるのだ。


ヘラクレスはゆっくりと立ち上がった。


跪く四人の視線が、自然と彼へと向かう。

その姿はもう、昨日までの少年ではない。


「……聞いてほしい。私に神託を授け、力を与えてくださった神の名を」


静かだが、四人の胸の奥に響く声だった。


「その神の御名は──タケルス様だ」


空気が震えた。


レオニダスは息を呑み、アルカトオスは胸に手を当て、メナンドロスは深く頭を垂れたまま動かない。

テッサは祈るように両手を組んだ。


ヘラクレスは、預言者としての自覚を持って言葉を紡ぐ。


「……タケルス神は、私と共に歩む者にも“信仰せよ”と仰せだ。タケルス神を信仰して欲しい。ただ跪き、タケルス様にお仕えすると言うだけでよいのだ」


その言葉が落ちた瞬間、

部屋の空気がわずかに震えた。


最初に動いたのはレオニダスだった。

彼は拳を床につき、深く頭を垂れた。


「……お仕えします。タケルス神に」


続いてアルカトオスが、胸に手を当てたまま膝をつく。


「私も……タケルス神にお仕えします」


メナンドロスは迷いなく額を床につけた。


「……タケルス神に、忠誠を」


テッサは両手を胸の前で組み、祈るように頭を垂れた。


「タケルス様に……お仕えいたします」


《タケルス教の信者数が6名になりました》

《預言者のスキル枠が4枠に増加しました》

《預言者スキル枠:2/4》

《所持スキル

【威圧(レベル4)熟練隊長】

【真実の瞳(レベル3)商人】》


「いいね。威圧と真実の瞳のレベルって後からでも上げれるんだろ?」


《はい。獲得レベルと現在のレベルとの差額のポイント を払う事でレベルアップが可能です》


《ただし、一度授与したスキルの取り消しは出来ません》


猛が『え?』と眉を寄せる。


「つまり……付け替えが出来ないって事か?」


《その通りです》


「いやだけど、仕方ないか……」


《ご主人様、ヘラクレス様たちが待っています。神託を告げてください》


――ヘラクレス、よくやった。次はピュロスを改心させる。


ヘラクレスが四人に告げる。


「皆、神はお喜びだ。次はピュロスを改心させる。テッサ、呼んで来てくれ」


「はい、ヘラクレス様」


テッサが部屋を出ていく。


猛は攻略情報を見ながら、今後ローマへ向かうための手順をヘラクレスに教えていく。


残された五人は、ヘラクレスが時に驚き、時に感心しながら“誰もいない空間”と会話を続ける様子を、息を呑んで見つめていた。

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