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異世界王朝育成―アレキサンダー大王の末裔―  作者: Y・T
第二章 ローマ市民権の獲得
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026 紀元前311年 ペルシャ式戦車・後

前列の兵士たちが、ヘラクレスの横を駆け抜けた時、

セストゥスの鋭い叫びが、隊列の右最前列から飛んだ。


「……来るぞ! 全員腹に力を入れろ!」


エトルリアの兵士たちは、最前列のローマ軍を蹴散らした興奮とアドレナリンに突き動かされ、怒号を上げながら突っ込んで来る。


「ローマ軍を叩き潰せええ!!」


エルトリアの指揮官はローマ軍の中列を潰し、一気に勝敗を決しようと、突撃の号令をかけた。


「いけぇぇ!!」


ドグォォォン!!


盾と盾がぶつかり合い、鼓膜を震わせる凄まじい衝撃音が響き渡る。


エトルリアの精鋭たちの大盾が力任せにセストゥスの隊を押し潰そうと体当たりをしたのだ。


中列を潰せば流れが決まる。エトルリア軍は必死で盾を推し、勢いで突破を試みた。


「ぐっ、おぉぉッ!!」「押せ! 押し返せッ!!」


あまりの衝撃に、最前列の兵たちの足元から泥が四方に弾け飛ぶ。


セストゥス隊の盾の木枠が悲鳴を上げ、最前列の兵たちの顔が歪む。


しかし、冬の間中、泥にまみれて「不動の維持」を叩き込まれてきたセストゥス隊は、強引な押し込みを力尽くで受け止め、泥に足をめり込ませながらも耐えきってみせた。


(……割れない!?)


エトルリアの兵たちは、この壁が簡単には食い破れないと察知し、一斉に距離を取った。


エルトリアはローマ軍と違い、細かい距離調整などの判断は隊長ではなく個人に任されている。

そして暫しの睨み合いのあと、盾で身を隠しながら互いに槍を繰り出し合う、白兵戦が始まった。




ーーーーーーーーーー

ローマ軍中列本陣


中列後方に陣取り、馬上で戦場を見守る執政官クィントゥスのもとへ、伝令が駆け込んだ。


「前列、最右翼のアントニウス隊が崩壊!

アントニウス隊長――戦死の模様!」


開戦直後の隊の崩壊に、幕僚たちの間に一瞬の動揺が走る。

副官ヘルニウスが即座に馬腹を寄せ、声を張った。


「閣下、右翼が破られれば中央が持ちません。予備隊を回すべきです」


だが、白馬に跨る執政官クィントゥス・アエミリウス・バルブラは、眉一つ動かさなかった。

赤い戦袍マントを風に揺らしながら、ただ冷徹に、崩壊したアントニウス隊の後方――砂煙に霞む右翼の最端を凝視している。


「慌てるな、ヘルニウス。戦は始まったばかりだ。

 一人の百人隊長が討たれ、一隊が下がったにすぎぬ」


ヘルニウスは息を呑み、すぐに姿勢を正した。


「……確かに、閣下の仰せの通りです。出過ぎたことを申しました」


クィントゥスは視線を前へ戻し、短く命じた。


「かまわぬ。このまま中央の重装歩兵レギオン(市民兵)に敵を食い止めさせよ。エトルリア軍の疲れを待ち一気に叩き潰すのだ」


「はっ!」


ーーーーーーーーーー


セストゥスの隊とエトルリア兵たちは激しい攻防戦を繰り広げていた。


だが次第にエトルリア側の勢いは失われ、槍を繰り出しながらも、セストゥス隊の密集した盾壁を前にじりじりと押し負け始めた。


「くそっ……下がれ! 一度下がれ! 再度、戦車で敵の隊を崩す!」


エトルリアの指揮官が怒号を飛ばす。

兵たちは泥を蹴り、乱れた隊形のまま後方へ退いた。


「戦車を前に! あの壁を砕け!」


車輪軸に刃をつけた一台の戦車が、泥を巻き上げながら前へと押し出される。


ヘラクレスが大声で叫んだ。


「セストゥス隊長! あれはペルシア式の刃付き戦車です! 車輪の軸に刃があります、戦車の横に出てはいけません!」


セストゥスが眉を寄せ、後ろを振り返る。

「ヘラクレス、横から攻撃できぬのならば、どう倒せばよいのだ!」


「私が仕留めます! 戦車が横を通る直前に、隊を大きく下げてください!」


側近のメナンドロスが目を見開き、叫ぶ。


「ヘラクレス様、危険すぎます! セストゥス隊長、ここは俺にやらせてください!」


「いやメナンドロス、私がやる! お前よりも私の方が力がある!」


「っ……!?」


セストゥスが即座に判断する。


「分かった、ここはヘラクレス、お前に任せるぞ!」


「はっ!」


ヘラクレスは隊の後方から最前列の中央へ躍り出ると、槍を構えた。



刃付き戦車が、獲物を求めて大きく弧を描き、ヘラクレスの位置へ向けて加速する。


馬が隊の横を駆け抜ける前に、セストゥスの隊は一斉に後方へ跳ね退き、ヘラクレスだけが前線に残った。


(脚だ……馬の脚を折る!)


戦車を引く馬の前脚が槍の射程に飛び込んだ瞬間、ヘラクレスは 馬の斜め前方へ踏み込み、角度をつけて槍を突き出した。


その瞬間――ぐしゃり、と骨と筋を断つ生々しい手応えが腕に伝わる。

と同時にヘラクレスは反射的に地面を蹴り、左へ大きく跳ねた。その直後、ヘラクレスの足があった場所を車輪の刃が紙一重で通り抜ける。


「ヒヒィィンッ!!」


脚を折られた馬が悲鳴を上げ、膝から崩れ落ち、支えを失ったもう一頭も、倒れた馬に巻き込まれてもんどり打った。


制御を失った戦車は、勢いそのままに倒れた馬たちの上を通り過ぎ、激しく横転し、轟音を鳴らした。


土煙と戦車の木片が空へ舞い上がる。


「――やった! 倒したぞ!!」


「ヘラクレス様がたったひとりで倒されたぞ!!」


「す、凄え!」


「おおおおお!!」


側近と隊員たちが歓喜の声を上げる。


砂埃が舞う中、ヘラクレスは折れた槍の柄を握りしめたまま、無残に砕け散った戦車の残骸と、力なく横たわる馬を冷徹に見つめていた。


(やった……父上、俺はやりました!)


セストゥスの怒声が飛ぶ。


「まだだ、油断するな! 戦は終わっていない! 盾を合わせろ!」



ーーーーーーーーーー

ローマ軍中列本陣


執政官クィントゥスが右翼端で激しく巻き上がった土煙を凝視していると、本陣の坂下から、息を切らせた右翼の伝令兵が泥にまみれて駆け込んできた。


「報告! 右翼端、中列のセストゥス隊、敵の槍の付いた戦車を撃破! 敵の勢いを完全に止めました!」


副官ヘルニウスが驚愕して声を上げる。


「槍の付いた戦車、もしやアントニウスの隊を破ったのはペルシア式の戦車では!?」


執政官クィントゥスはニヤリと口角を上げた。


「……ふん、エトルリアも悪あがきをする。

だが、敵の切り札は潰れた。非市民兵だけに活躍させる訳にはいかぬ。このまま中央を押し立てる。ローマ軍の主力は市民兵なのだ。レギオンを前進させエトルリアを押し潰せ!」


「はっ!」


ヘルニウスが力強く応じると、即座に陣太鼓と角笛の音が戦場に響き渡った。

それは、全軍に反撃と前進を命じる重厚な旋律だった。


「全軍、前へ!! ローマの底力を見せてやれ!」


クィントゥスの号令を受け、

これまで敵の波をじっと耐え忍んでいた中央前列のレギオン(市民兵)が一斉に反撃に出た。


一万数千のローマ軍が大地を鳴らし、レギオンの「盾の壁」が地響きを立ててエトルリア軍の中央へと食い込んでいく。


「押せ! 押し返せ、一歩も退くな!」


さきほどまで互角の押し合いを演じていたエトルリアの精鋭歩兵たちだったが、正面の重装歩兵レギオンの壁に押され後退していく。


「敵の槍が鈍っているぞ! 今だ、突き崩せ!」


完全な統制を保ったまま一歩を踏み出すローマ軍に対し、エトルリアの兵たちは個人の判断で戦うため、その足並みはバラバラに乱れ、崩壊が止まらなくなった。


天秤は完全にローマ側へと傾き、中央のレギオンが敵の本隊を真っ二つに叩き割った。中央を分断されたエトルリア連合軍は、総崩れとなり散り散りに逃げていく。


「……敵軍、崩壊! 敗走を始めました!」


本陣の高台から戦況を見守っていた副司令官ヘルニウスが歓声を上げる。




ーーーーーーーーーー


ローマ軍が決戦に勝利した翌朝、

宿営地の中央広場に全軍が整列した。


遮るもののない青空の下、執政官クィントゥスが壇上に立ち、

今回の戦での功労者たちの名を次々と呼び上げる。


「右翼中列、セストゥス隊の副官、ヘラクレス! 前へ!」


ざわめく市民兵レギオンたちの視線を浴びながら、

ヘラクレスが泥のついた甲冑のまま前に出る。

クィントゥスはその堂々たる体躯を見て、口角をわずかに上げた。


「お前が敵のペルシア式戦車の馬の脚を突き、

 あの刃付き戦車を仕留めた男か。

 ……その武勇に対し、ローマ軍の名において、

 倒れたエトルリア兵が身に着けていたこの『青銅の腕輪アルミッラ』を授与する。

 その腕で、これからも我らの戦列を支えよ」


ヘラクレスは青銅の腕輪を恭しく受け取り、片膝をついた。


「身に余る光栄にございます、執政官閣下。今後もローマ軍の勝利のため、力を尽くしましょう」


「うむ。名を記録せよ。下がってよい」


クィントゥスが満足げに頷くと、

ヘラクレスは一礼して列へ戻った。


「おい、最高の初陣じゃねえか、副官殿」


熟練兵たちが嬉しそうに肩を叩く。


セストゥスが笑いながら言った。


「これで、味方の都市スートリを包囲していたエトルリア連合軍の主力は完全に敗走した。次は敵の都市の攻略だ」


そして、声を潜めて続ける。


「覚えておけヘラクレス。

 兵士が一番儲けるのは決戦じゃない。

 “都市が落ちた時”だ。略奪の分け前こそが、貧しい兵の最大の稼ぎ時よ」


周囲の熟練兵たちが下卑た笑い声を上げ、空気が一気に“獲物を前にした猟犬”のそれへ変わる。

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