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異世界王朝育成―アレキサンダー大王の末裔―  作者: Y・T
第二章 ローマ市民権の獲得
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024 紀元前311年 キミニウスの野、陣地設営

■紀元前311年 4月初旬

スートリの近郊

(ローマの植民都市で、ローマの北、約50キロにある)


ローマ軍宿営地


百人隊長セストゥスは、執政官クィントゥスの本陣での軍議を終え、甲冑を鳴らしながら戻ってきた。


天幕の前で直立し、帰還を待っていたヘラクレスと側近たちに軽く目をやる。


「……戻ったぞ、ヘラクレス。テントの中に入れ」


セストゥスはテントに入ると、木箱をひっくり返した簡易の腰掛けにどかりと座り、机代わりにしている樽の上の地図を指先で叩いた。


「状況が変わった。エトルリアの奴ら、スートリの包囲を解きやがった。敵軍は、ここから北へ二刻ほど歩いた(約10キロ)先 のキミニウスの野へ移動したそうだ」


ヘラクレスが眉を寄せる。


「……包囲を解いた? 街を落とすことを諦めたのですか」


「いや、逆だな。奴らはローマ軍を広い平原に誘い出し、正面から踏み潰す作戦だ」


「……つまり、『決戦』を望んでいると言う事ですか」


「そうだ」


セストゥスは、戦場を拡大した簡易的な地図を、懐から出し樽の上に広げた。


「明日、クィントゥス様は全軍を平原に展開させる。俺たちの百人隊は、非市民部隊の右翼の端だ。敵の作戦次第では精鋭が一番突っ込んでくる、最も激しい場所になる可能性がある」


ヘラクレスは静かに頷き、傍らに控えるレオニダスたちを見た。彼らの手には、円盾と槍が握られている。


「……いいか、ヘラクレス。俺は明日、隊の右の先頭に立つ。お前は左の後ろだ」


セストゥスは、地面に百人隊の陣形(長方形)を描き、対角線上の二点を指差した。


「俺たちがこの隊を対角線で縛り上げる。俺が前で敵を引きつけ、お前が後ろから列の綻びを締めるんだ。……敵が突っ込んできても、この『対角の軸』さえブレなきゃ、うちの隊は割れない」


ヘラクレスは、最後列から見えるであろう光景を脳内でシミュレートした。


「……承知いたしました。セストゥス殿の視界に入らぬ背後と左翼は、私が責任を持って維持します」


「頼んだぞ。お前は俺の『後ろ盾』だ。……全神経を研ぎ澄ませておけ」



ーーーーーーーーーーー

大和猛が《N‑Home》に訊ねる。


「なあ、なんで隊長が右の先頭なんだ? ふつう隊長は後ろでどっしりと構えておくもんだろ?」


《ご主人様、それは現代人の感覚です。

 当時のローマ軍では隊長が一番危険な場所、右の前列に立つのが当たり前でした。

 右の前列が危険とされた理由は、ローマ兵は右手に武器(槍・剣)、左手にスキュトゥムを持っていたからです。つまり、右側は盾で守られておらず“無防備”と言うことです》


猛が眉を寄せる。


「でもさ、後ろからの方が指揮しやすいと考える隊長もいるだろ」


《ご主人様はローマの百人隊長にはなれそうにないですね。

 ローマ軍では「隊長が一番危険な場所に立つ」ことが義務です。

 百人隊長ケントゥリオは、“勇気を示すこと”が最も重要な職務でした。もし隊長が後ろに立てば“臆病者”として処罰されますよ》


「は? 処罰? それだとヘラクレスが百人隊長になっても前列に立つってことだろ。めっちゃ危険じゃねえか!」


《ご主人様のご懸念はもっともです。しかし、ヘラクレス様ならば高い指揮力と筋力で、危険を跳ね返してくれると信じましょう》


「う~ん、納得できないけど、仕方ないよ。うん、きっと大丈夫だ……」



ーーーーーーーーーーー

キミニウスの野・南端


物見が行軍中の執政官クィントゥスに敵軍の発見を伝えると、クィントゥスが片手を挙げた。


「全軍、停止コンシステ!!」


執政官の本隊から、鋭い角笛の音が波及していく。間を置かず、数騎の伝令が土煙を上げて街道を駆け抜け、各百人隊へ怒号を浴びせた。


「隊形を組め! 左翼は西へ、右翼は東へ展開!」


隊長のセストゥスが拳を挙げ、隊は北東へ移動を始めた。


ヘラクレスたちが、本陣の背後を横切った時、

執政官クィントゥスが白馬に跨り、赤い戦袍マントを風になびかせて北方を見据える背中が、一瞬だけ見えた。


隊が本陣を通り抜け、最右翼の持ち場へ到達したその時、視界が開けた。


「エトルリア軍だ……」


三千歩(約4.5キロ)以上の彼方。

地平線を埋め尽くす一万人を超える大軍――

無数の盾と兜、そして鎧が、沈みゆく陽光を跳ね返して輝いていた。


「……あいつら、あんなところで待ち構えてやがった」


セストゥスが足を止め、汗を拭いながら遠くを見据える。


暫くすると、本陣から再び角笛が鳴り響く。


陣地設営ムニーレ!!」


執政官クィントゥスは、夕暮れまで残り二時間ほどしかないため、敵に大きな動きが無いと判断し、設営を命じた。


全軍が構えを解いて一斉に設営に入るような愚は犯さない。警戒を敷きながら作業をさせる。


「……ヘラクレス! 隊の半分は槍を放すな。完全武装のまま敵を睨みつけておけ。残りの半分で堀を掘らせろ。三十分交代だ!  深く掘る必要はない。まずは膝の高さまで掘り、その土を盛れ! 杭を繋いで柵を急げ!」


ローマ軍が理想とする堀は1.5mの深さだった。さらに木杭を野営地の周りに撃ち込み、防御に優れた鉄壁の陣地を構築するのだ。

そのためローマ兵は、通常ひとり当たり2本か3本の木杭を背負って行軍していた。


だが今回は通常の野営地を造る時間はない。今必要なのは、闇に乗じてエトルリアの騎兵がそのまま天幕テントに突っ込んでくるのを防ぐ、物理的な「境界線」だった。


ヘラクレスは、槍を傍らに置き、自らも杭を地面に打ち込んだ。


やがて三千歩先のエトルリア陣営に、点々と篝火かがりびが灯り始めた。


「レオニダス、アルカトオス! 杭の隙間を紐で縛れ。エトルリアの戦車が当たっても一瞬でバラバラにならないようにな!」


ヘラクレスの号令に、側近たちは泥にまみれながらも一糸乱れぬ動きで応じる。



ふと顔を上げると、三千歩先の暗闇に浮かぶエトルリアの篝火は、まるでこちらを監視する無数の獣の目のように見えた。


ヘラクレスが敵を見ていることに気付いたアルカトオスが、声をかけた。


「……ヘラクレス様。敵は動きませんが、不気味なほど静かですね」


「そうだな。夜襲があるかも知れないな……」


ヘラクレスは拭った泥を地面に捨て、闇の奥を見据えた。


明日の激突が本番だとしても、この五キロ(三千歩)という距離は、夜陰に乗じて距離を詰めることは可能だった。



深夜、宿営地は深い静寂に包まれていた。


兵士たちは防具をつけたまま、泥のように眠っている。

だが、夜が最も深まったその時、数百メートル先の闇が突如として「鳴動」を始めた。


──ドォォォン、ドォォォン、ドォォォン。


地を這うような重低音。幾百ものエトルリアの盾を叩く音が、キミニウスの野の湿った空気を震わせ、眠りについていた兵士たちの鼓膜を容赦なく叩き起こした。


「……っ、夜襲か!?」


「敵だ! 柵の近くまで来てるぞ!」


飛び起きた兵士たちが、暗闇の中でパニックに陥り、互いの槍に躓きながら叫ぶ。隣の非市民兵の弓隊からは、恐怖に駆られた新兵が放った矢が、あらぬ方向へ飛んでいく音が聞こえた。


「動くな! 槍を下げろ、同士討ちをしたいのか!」


その混乱を、冷徹な一喝がねじ伏せた。セストゥスだ。


彼は、この時間に敵が来ることを予見していたかのように、完全武装のまま柵のすぐ内側に立っていた。


「ヘラクレス様、敵の騎兵が……! すぐそこまで蹄の音が聞こえます!」


レオニダスが盾を構えながら報告する。確かに闇の向こう、わずか百歩の距離まで馬が走り寄り、エトルリア語の不気味な歌声と罵声が風に乗って届いていた。


セストゥスが叫ぶ。


「……落ち着け。馬の数はわずか十数騎だ。あれは、我々の眠りを奪い、疲れさせるための『嫌がらせ』に過ぎない。交代で見張りを立てる! 少しでも眠れ!」


この夜、初陣のヘラクレスと側近は戦場の洗礼を受け、十分な睡眠をとれなかった。

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