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異世界王朝育成―アレキサンダー大王の末裔―  作者: Y・T
第二章 ローマ市民権の獲得
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022 紀元前312年 ヘラクレスの正体

■8月27日タレントゥム ムッリウス邸


商人テオドロスは次男のルカを伴い、南イタリア随一の富と美を誇る港町タレントゥムに来ていた。


二人はタレントゥムの中でも一際巨大なムッリウス家の石造りの邸宅の前に立つ。


手には、ヘラクレスから託された一通の紹介状。


「……お待たせした。私がティトゥス・ムッリウスだ」


現れたのは、威厳に満ちた巨商ティトゥス。彼は、見ず知らずの商人であるテオドロスを、値踏みするような鋭い眼差しで見据える。


「失礼いたします。こちらをお目通しいただければ……」


テオドロスは緊張を押し殺し、一通の紹介状を差し出した。


「ふむ……」


ティトゥスが封を切り、中に記された名を目にした瞬間、その表情が劇的に変わった。


文面には、テオドロスがヘラクレスの「かけがえのない協力者」であることが格調高い筆致で記されていた。


「……ヘラクレス殿と親しい商人であったか! ヘラクレス殿はお元気か?」


「はい。私の長男カシオスはヘラクレス様の側近としてお仕えしております。カシオスが申すには、ヘラクレス様は、今は百人隊の副官候補として新人訓練をされておりますが、非常に優秀で、百人隊長の評価も高いとのことです」


「……そうか! やはりあの御方は、ローマの泥に埋もれるような器ではなかったか」


ティトゥスは顔を綻ばせ、椅子を引いてテオドロスに座るよう促した。


その眼差しからは先ほどまでの警戒心が消え、まるで身内を迎えるような親愛の情が溢れているようだった。


「三男のアリストスを救ってくれた恩人の『副官就任』、これほど喜ばしい報せはない。

……して、テオドロス殿。

そのヘラクレス殿の『かけがえのない協力者』である貴殿が、わざわざタレントゥムまで足を運ばれた理由は、挨拶だけではあるまい?」


テオドロスは居住まいを正し、ヘラクレスが切り拓いた「縁」を「力」に変えるべく、商人の顔で答えた。


「仰る通りです。ヘラクレス様がローマで将来の地位を築くためには、強固な経済力が必要です。私はヘラクレス様の代理として、ローマとここタレントゥムを結ぶ新たな商流を築きたいと考えております。もし私の持ち込んだ品にお気に召すものがあれば、まずはティトゥス殿に検分いただきたい。不要であれば、そのままタレントゥムの市場へ持ち込む所存です」


「はっはっは! 市場だと? 冗談を言わないでくれ」


ティトゥスは膝を叩いて笑い、部屋中に響き渡る声で言った。


「ヘラクレス殿が寄越した商人を、市場の雑踏へ放り出すなどムッリウス家の名が廃る。テオドロス殿、君が持ち込んだ商品はすべて私が買い取ろう。そして君がローマへ持ち帰る品も、私が揃えさせよう」


ティトゥスは傍らに控える長男を呼び寄せ、テオドロスに紹介した。


「紹介しよう。我が長男のガイオスだ。テオドロス殿、今後の実務はこのガイオスと進めて貰うことになる」


テオドロスは丁寧な所作で一礼した。


「……ステファノス家のテオドロスと申します。ガイオス殿、どうぞよろしくお願いします」


ガイオスは微笑みながらテオドロスと握手を交わす。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


ガイオスは握手をしたまま目を細めた。


「実は私はヘラクレス殿のことを存じません。ヘラクレス殿が弟を助け、この屋敷に来た時、わたしはアテネにいたのです。そこで、面白い話を聞きました」


「ほぅ、それはどのような?」


テオドロスだけでなくティトゥスも興味深そうに息子の顔を見る。


「アレクサンドロス大王の庶子、ヘラクレス王子がペルガモンの屋敷から逃げ出したと言うのです。いったいどこに行かれたのでしょうね? ヘラクレス殿と同じ名の王子です、気になりませんか?」


ガイオスの言葉が書斎に落ちた瞬間、空気の密度がわずかに変わる。

テオドロスは瞬時に表情を固定し、穏やかな笑みを崩さぬまま、ごく自然な動作でガイオスの視線を受け流した。


「……ほう。アテネではそのような噂が。大王の血筋ともなれば、どこの国も放ってはおかないのでしょう。もしその王子がローマにでも現れれば、ルキウス様のような大貴族も驚かれるに違いありませんな、わっはっは」


テオドロスは肯定も否定もせず、ただ「世間話」として処理した。


だがティトゥスとガイオスは直感的に理解した。


(……まさか、本当にヘラクレス殿は王子なのか!?)


ティトゥスは背筋を走る戦慄を隠し、豪快な笑い声を上げて割って入った。


「はっはっは! テオドロス殿の言われる通りだ。ガイオス、面白い話だったぞ。そのような噂があるのならば父に始めに教えてくれればよかったものを、なぜ黙っておった」


「申し訳ありません。私も先程まですっかり忘れておりました」


ティトゥスは内心で激しく動揺しながら計算する。

武勇があり、ただ者でないと思っていた若者が、「大王の血」を引く者であるならば、ティトゥスの投資の価値は百倍、いや千倍に膨れ上がるかも知れない。


(あの若者がマケドニアの王子ならば……。もし運命が味方すれば、ヘラクレス殿がマケドニアの王になるかも知れぬ……)


ティトゥスはテオドロスの肩を叩き、深入りを避けるように話題を変えた。


「さて、テオドロス殿。積荷の検分をさせて頂こう。

 ガイオス、ついてゆきなさい」


「はい父上。ではテオドロス殿、参りましょうか」




■10月25日 ローマ

ルキウス・アエミリウス邸


ヘラクレスが入隊してから、早くも4か月が過ぎ、過酷な新人訓練が終了しようとしていた。


この日、百人隊長セストゥスは、ルキウスの邸宅を訪れた。


ルキウスはセストゥスに、ワインを勧めながら訊ねる。


「……で、どうだった。私の目に狂いはなかっただろう?」


ルキウスの言葉にセストゥスは杯を一気に煽り、深く息を吐いた。


「……正直に申しましょう。最初は、我が隊の副官の空席を、お貴族様の道楽で埋めようとしているのだと思いました。ですが……」


セストゥスは、自らの葡萄の木の杖を机に置いた。


「あの少年は使えます。最初の行軍で根性を見せた時、頑強なガキだと思いました。

 そして二ヶ月目、盾の型で周囲と連携できなかった時は、やはり子供には副官は無理だと思いました」


ルキウスは黙って先を促す。


「ところが、一瞬でした。突然あいつは『組織』というものの本質を悟ったのです。自分を殺し、隣の男を活かし、百人の動きを一人の手足のように操る……。あれは教えられて身につくものではありません。天性の才です」


セストゥスは、自分の百人隊の名簿をルキウスに差し出した。


そこには既に、ヘラクレスが「副官オプティオ」として、側近たちがその中核として、正式に名前が書き込まれている。


「私の隊で育てます。あやつがいれば、私の隊はサムニウム人との戦いに勝ち、生きて帰ってこれる。

……旦那、感謝します。あんな面白い逸材を、私の隊に寄越してくれたことに」


ルキウスは満足げに目を細めた。


「……そうか。ならば来年、お前達が戦場で活躍するのを期待しているぞ」

「はっ」



■11月

この時代のローマ軍は、まだ常備軍ではない。

そのため、戦争をしない冬が訪れると、ローマ市民で編成された重歩兵軍団、レギオンは解散されていた。


そしてローマ市民の男たちは、冬の季節は農民として畑へ戻るのが古くからの習わしだった。


そのため、ローマ市民のための訓練場であるマルスの野に響いていた号令は消え、広い平原は静かな野へと戻っていた。


だが──ローマ郊外のカストラ訓練場は違った。


非市民の兵に、冬の解散はない。

彼らはローマ市民と違い、帰るべき土地を持たない。

ゆえに冬も軍務が続き、ローマ郊外の訓練キャンプ(カストラ)での訓練や、国境の基地での守備に就くことになる。



ヘラクレスの百人隊は来年のサムニウム人との戦争再開に向け、ローマ南東にある砦への物資の輸送を命じられていた。


副官としての最初の仕事は、もっぱら木札タブレットに並ぶ数字と格闘することだった。行軍途中に立ち寄った中継拠点の倉庫番から受け取った薪の数と、実際の数が合わない。


ヘラクレスは倉庫番の前で態と側近を叱りつけた。


「……各幕舎の薪が三束づつ足りない。倉庫番の報告と、現場の在庫が食い違っているぞ。アルカトオス、次に中継拠点の倉庫番から薪を受け取る際は、立ち会って確認しろ! 二度と不正を許すな!」


ーー

大和猛が《N-Home》に聞く。

「なあ、幕舎ってなんだ?」


《幕舎とは軍隊で使うテントの事です。

当時のローマ軍では、ひとつの幕舎を8人の兵士で共有するのが基本単位となってました》


「へえ、俺だったら個別じゃないのは嫌だな。あっ、でも8人いれば戦場だと心強いな。奇襲で襲われても、誰かがすぐに起こしてくれそうだ」


《鋭い指摘です。実際、その8人組は『コントゥベルニウム(共に幕舎に住む者)』と呼ばれ、食事の準備から見張りまでを共同で行う、家族以上の絆で結ばれた運命共同体でした》

ーー


レオニダスは倉庫番を見ながら応えた。

「はっ! 次から私が立ち会います! 賄賂を受け取り数を誤魔化す者は許しません!」


ヘラクレスたちの言葉に、古参の倉庫番が舌打ちをする。


(こっちは金をやると、言ってやってるんだ、黙って受け取ればいいのに馬鹿な奴らだ!)


ヘラクレスが倉庫番を睨みつけると、その迫力に倉庫番は怯んだ。


「不正な横流しは許さん。その分を正しく分配すれば、兵たちが凍えることはないはずだ」


ヘラクレスが隊の不正を禁じ、アルカトオスと共に、複雑な配給経路を透明化させたことで、これまで「役人のピンハネ」で消えていた物資が、正しく兵士たちの手元に届くようになった。


兵士たちからすれば、ただ「当然もらえるはずのものが、欠けずに届くようになった」だけだが、不正が横行していたローマ軍では、隊でのヘラクレスへの信頼が上がった。


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