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異世界王朝育成―アレキサンダー大王の末裔―  作者: Y・T
第二章 ローマ市民権の獲得
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020 紀元前312年 ヘラクレス

■7月02日 午前5時

ローマ郊外のカストラ


夜明け前の紫がかった闇の中、ローマ軍の新兵となったヘラクレスたちは「カストラの野」に立っていた。

周囲にはセストゥス隊の兵士たちが70名ほど並んでいる。


「……来たな、雛鳥ども」


地響きのような声と共に、セストゥスが現れた。

彼は昨日と同じく、右手に葡萄の木の杖を握り、背後には数人の部下を従えている。


「ヘラクレス。貴様の根性を見せて貰う! 皆覚えておけ、こいつは副官候補だ! しっかりと教育してやれ!」


熟練兵たちの間にざわめきが走った。

副官の座を狙っていた男たちの視線が、一斉にヘラクレスへと突き刺さる。

その目には、露骨な敵意と――『コネ野郎が!』という、押し殺した怒りが宿っていた。


セストゥスは泥にまみれた楕円盾を杖で叩き、隊全体を黙らせた。


「聞け! 新兵が入った初日は“隊全員”での歩行訓練だ。

手本を見せられぬ者に、新兵を叱る資格はないぞ!」


熟練兵たちの背筋がわずかに伸びる。


「ヘラクレス! 俺の副官候補だろうが、十四歳だろうが関係ない。

同じ重荷を背負えぬ者に、命を預ける馬鹿はおらん!」


セストゥスは熟練兵たちへ向き、声を張り上げる。


「お前たちもだ! 副官の座が欲しいなら、今日ここで“子供に負けない”ところを見せろ。ヘラクレスに見せつけてやれ、これが真の兵士の背中だと!」



ーーーーーー


セストゥスの態度に大和猛が眉を寄せる。


「なあAI。こいつなんか脳筋ぽいけど、弓隊の百人隊長じゃないんじゃないか、スマートさを全く感じない。泥臭いっていうのかな? 周りの奴も弓を持ってないし……」


《そうですね、セストゥスは弓兵の百人隊長ではないですね。中装の槍歩兵の百人隊長だと思われます》


「マジか……ヘラクレスの特技は俺の授けた弓だぞ」


《ローマ軍の中心は市民兵からなる、重歩兵のレギオンです。

 重装歩兵は最も名誉と出世の機会が多い兵科です。ルキウスは将来ヘラクレスが市民の身分を得てレギオンに編入されることを見越して、兵種の近い中装槍歩兵の隊に入れたのではないでしょうか》



ーーー

セストゥスの号令と共に、初日の訓練が始まった。


訓練は、ヘラクレスの想像を絶する「暴力的なまでの基礎」の繰り返しだった。まずは軍事歩行。20キロ近い砂袋を背負い、さらに左手には盾を持ち、一糸乱れぬ歩調で広場を何周も周回する。


歩調が乱れれば、セストゥスの杖が容赦なく新兵の背を打つ。


「……はぁ、はぁ……っ!」


ヘラクレスの視界が、汗と砂埃で白く染まる。

隣を歩くレオニダスやメナンドロスも、歯を食いしばり、必死に砂袋と盾の重さに耐えていた。


周囲の熟練兵たちは、若年のヘラクレスがいつ音を上げるかと、嘲笑を含んだ視線で見守っている。


「どうした、ヘラクレス! 副官になりたいだけで、副官としての実力はないか!」



ーーー

猛が《N-Home》に問う。

「なあAI、俺が歩兵のスキルをヘラクレスに与えれば出世できると思うか?」


《重歩兵としての技能が高ければ、出世の可能性は高まります。

ですがローマ軍では、技能だけでなく、訓練への耐久力、規律、仲間からの信頼、そして指揮官の評価が重要です》


猛は現在のスキルの状況を確認した。


《所持ポイント──134万》

《使用スキル枠:3/6》

《所持スキル

【威圧(レベル4)熟練隊長】

【真実の瞳(レベル3)商人】

【弓術(レベル4)熟練弓兵】》


「なあAI。いまの状況でお勧めのスキルはなんだ?」


《今、追加するなら“重歩兵としての基礎を補うもの”がヘラクレスの生存率と評価を最も高めるでしょう。彼はまだ体力も筋力も未熟ですから》


「体力と筋力って、指揮官になってからでも役にたつよな?」


《はい。体力と筋力は、指揮官になってからも重要です。

ローマ軍の指揮官は前線に立ち、行軍にも参加し、隊列の維持にも責任を負います。体力がある指揮官は、部下からの信頼も得やすいです》


「体力のレベル1って一般兵の体力なんだよな。これは意味ないよな。体が成長するのを待てばいいだけなんだから……」


《いいえ、意味はあります。スキルの体力強化は、本来の成長で基礎値を超えた場合は“上乗せ”として適用されます》


《レベル1の体力スキルは体力を60に引き上げます。

その後、猛が成長して体力が70になった場合には、レベル1の体力スキルは“基礎値に+3の補正”として働き、最終的に73になります。小さな数値でも、長時間の行軍や盾の保持では生存率に明確な差が出ます》


「分かった無駄にならないんだな。ならレベル3は+9の補正ってことだな?」

《その通りです》


猛は頷くと、2つのスキルを選択した。


【体力レベル3︰隊長の体力】(60万ポイント)

【筋力レベル3︰隊長の筋力】(60万ポイント)


《本当に良いのですか? 2つも与えると、スキル枠が1つしか残りませんよ? しかも、残りポイントが僅か14万になります》


「構わない、俺は今に全力を尽くす!」


《ご主人様、カッコよく言ったつもりかも知れませんが、計画性ゼロの言い訳にしか聞こえません》


「うっさいわ!」


猛は購入&授与ボタンを押した。


《スキル【体力レベル3︰隊長】【筋力レベル3︰隊長】を付与しました》

《使用スキル枠:5/6》

《残りポイント──14万》


猛がボタンを押し込んだ瞬間、モニターの向こう側で泥にまみれていたヘラクレスの体に、目に見えない力が宿った。


ーーー


「……っ!?」


ヘラクレスは、肺を焼くような苦しさが、一瞬にして解放され、力強さへと変わるのを感じた。

肩に食い込んでいた砂袋の重みが、まるで羽根のように軽い。


その時、猛の声が脳に響いた。


――ヘラクレス。力を授けた。

 今ある俺の神力を全て使い果たした。出世したらまた金を奉納してくれ。


ヘラクレスは頷き、誰にも聞こえぬ小声で感謝する。


「ありがとうございます。タケルス様」


ヘラクレスが、砂埃を蹴立てて加速する。

20キロの砂袋背負い、左手に盾を持ったまま、他の新兵たちを、涼しい顔で追い抜き、ついには熟練の兵たちの最後尾に追いついた。


セストゥスが驚きに目を見開く。ついさっきまで膝を震わせていた少年が、急に背筋を伸ばし、一歩一歩の踏み込みに、歴戦の兵士のような「芯」が通ったからだ。


「おい、どうした……? 無茶をするな、最後まで体力が持たんぞ!?」


周囲の熟練兵たちは、半ば呆れ、半ば笑いながら口々に言った。


「新兵が飛ばせるのは最初だけだ」

「どうせすぐ潰れる」

「俺たちは急がんでもいい。長く歩く術を知ってる」


彼らは体力温存、呼吸の管理、荷物の重心調整、歩幅の最適化――

長距離を“生き残る”ための技術を熟知している。

だからこそ、新兵が無茶をして前に出るのを笑える余裕があった。


ヘラクレスは答えず、ただ力強く、軍靴で砂を蹴り上げた。


――ヘラクレス、その体には今、百人隊長クラスのスタミナと剛力が宿ってる。この泥んこ遊びを、お前の独壇場に変えてやれ!


猛の声に応えるように、ヘラクレスは加速した。

新兵たちが次々と脱落していく中、彼は一人だけ、先ほどまでの疲れすら感じさせない速度で駆け抜けていく。


それを見ていたカシオスやレオニダスたち側近も、主君の「異変」と「覚悟」に呼応した。


「……レオニダス、見ろ。ヘラクレス様が、熟練兵を追い越し始めたぞ!」

「信じられん。まるで神話の英雄ヘラクレスが乗り移ったかのようだ……」

「ああ。我らも遅れるな。ヘラクレス様の側近としての力を見せつけるぞ!」


「ま、待ってくれ……」


まだ若いアルカトオスとピュロスが3人から遅れを取る。


「無理をするな。お前達は全力を尽くせばそれでいい」



夕暮れ時。


訓練が終わった後の広場には、立ち上がる力すら残っていない兵たちが死体のように転がっていた。


その中心で、ヘラクレスだけが平然とセストゥスの前に立つ。


記録係は呆然としながらも、手元の記録板に力強くペンを走らせた。


「……信じられん。本当に入隊したばかりの14歳なのか!?  セストゥス様、この記録は戦場で活躍するベテラン兵、いやそれ以上の記録です!」


「……うむ。ルキウス様が推すだけのことはあるな。小僧よく頑張ったぞ」


「はっ」


その日、カストラの訓練場では『とんでもない新人が現れた』との話で持ちきりとなった。

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