001 紀元前312年 アレキサンダー大王の庶子ヘラクレス
西暦3000年。
人類は、ついに“過去の世界”へ干渉する禁断の技術を手に入れた。
量子観測と多世界分岐理論の実用化により、過去に干渉することが可能になったのだ。
だが、過去を変えても──今の世界は変わらなかった。
どれだけ干渉しても、結果はただひとつ。
新しい世界線が無限に増えるだけ。
この技術は、開発前は特に激しく批判されていた。
軍事利用の危険。
宗教団体の「神への冒涜」。
倫理学者の糾弾。
そのため開発は極秘に進められた。
そして開発後──
人々は気づいてしまった。
「我々の世界も、誰かが歴史干渉して作った、偽りの世界である」と。
この世界の半分を支配する、東方ノルマン帝国。
その歴史は、どう考えても自然発生ではなかった。
その瞬間、人々は罪悪感を捨てた。
そして生まれたのが──
《神託王朝シミュレーター》。通称《神ゲー》。
異世界に干渉し、異世界の神となり、
神託を告げて遊ぶ“リアル歴史ゲーム”である。
ーーーーーー
西暦3029年。
日曜日の休日、今年で28歳になる大和猛は、部屋でモニターを見つめていた。
人の顔を見て話す事が苦手な猛は、田舎から東京に出てきて数年。
友達もいなければ、彼女もいなかった。
そんな猛は休日の朝から面白いゲームはないかと探し続けていた。
猛はモニター画面を見ながら呟く。
「なあAi……これが、あの噂の《神ゲー》なのか?」
住宅AI《N-Home》が、感情のこもった声で返す。
《はい、ご主人様。これが今話題の神託王朝シミュレーター:日本語対応版です》
《過去の地球にアクセスし、実在する人物をキャラとして扱うゲームです》
《プレイヤーは神として神託や、スキル(知識や武技など)を授け王朝を導きます》
《なお、言語の心配は不要です。異国のキャラクターと会話する際、相手の発言は途中で自動的に日本語に変換され、プレイヤーの言葉も相手の母語へ変換されます》
《基本設定は、やり直し不可のアイアンモードとなってます。
さらに婚姻による敵勢力の乗っ取りや、玉の輿による成り上がりを防止するため、当主は直系男子のみという仕様です》
《注意すべき点として、現在は“非推奨アプリ”に分類されている事です》
《倫理団体が違法指定を検討中のため、利用は自己責任となります》
非推奨――違法ではない。
だが、限りなく黒に近いグレー。
違法化されれば罰金。最悪、拘束だ。
だが猛は笑った。
「……どうせ俺なんて、捕まったところで誰も困らないしな」
《何を言ってるんですか! 私が困ります。暇になるじゃないですか!》
「いや、独り言には突っ込まなくていいからなw」
《独り言でしたか。了解しました》
大和猛は第三階級の列島民だ。
猛は昨日も上司(第二階級の帝国市民)に怒鳴られ、
同僚(帝国市民)にも見下され、
帰り道では警備ドローンに職質されて、
心がスッカリすり減っていた。
「異世界ぐらい俺の思い通りに動かしたいよな……」
その願いが、猛に非推奨アプリのダウンロードという行為をさせた。
指が画面に触れた瞬間、視界が白い光に包まれた。
直後、モニターが暗転し、低い電子音が部屋に響いた。
N-Homeがアプリを読み込み、無機質な声で案内を始める。
《異世界アクセス・ゲートウェイ起動》
淡い青色の文字が、猛の端末に静かに浮かび上がった。
《ご希望の年代はありますか?》
「おすすめは?」
《まず、初代当主の“身分”をお選びください》
《奴隷、農民、平民、神官、貴族、王族など、実在人物から選択可能です》
「最初は……やっぱり王族かな」
《王族がご希望ですか。人気の高難度時代があります》
《アレクサンドロス大王死後のディアドコイ戦争 。日本語にすると“後継者戦争”です》
猛は眉を上げた。
「後継者戦争?」
《大王の死で帝国が分裂し、後継者たちが互いを排除し合う混乱期です》
《一部のプレイヤーからは“デストロイ戦争”と呼ばれています》
「物騒な名前だな……」
《王族ルートの中でも、特に“実子ルート”は難易度が高いことで有名です》
「え? アレクサンドロス大王って子供いたのか?」
《はい。正妻ロクサネとの間に“アレクサンドロス四世”という実子がいます》
《史実では、母子ともに後継者争いに巻き込まれ……消えます》
猛は息を呑んだ。
「……いきなり重いな」
《さらに、もう一人います》
《大王の“庶子”です》
「庶子?」
《アレクサンドロス四世の異母兄で、名をヘラクレス。大王の血を引くもう一人の息子です》
《まあこちらも、史実では弟が殺された翌年に暗殺されますが⋯⋯》
「じゃあ正統後継者のアレクサンドロス四世にしようかな?」
《……よろしいのですか?》
猛が眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
《アレクサンドロス四世は“重課金必修キャラ”と呼ばれています》
《お金持ちのプレイヤーが資金を注ぎ込んで、ようやく監禁状態から脱出し、自由を手に入れる事が出来ます》
「重課金なのか……?」
《はい。正当後継者であるため、産まれてからずっとディアドコイたちによる奪い合いと、厳しい監視下に置かれています》
《史実では、母ロクサネと共に幽閉され……若くして処理されます》
《どの年代を選んでも、若過ぎて通常の神託では、城外に出ることは勿論、味方を作ることすらも出来ないのです》
猛は息を呑んだ。
「……つまり、“自由に動けない”ってことか」
《はい。通常の神託とスキル付与で、生き残れるルートは確認されておりません。噂では無課金の生存ルートは闇市で高値で取り引きされているとの話です》
猛は眉を寄せた。
無課金でも、情報を買ったら課金と同じじゃねえか!
《その点、庶子ヘラクレスは違います》
《暗殺される前、ポリュペルコンに“担ぎ出される”までは、比較的自由に動けます》
《特に暗殺される3年前──紀元前312年なら、14歳でペルガモン領主のアッタロス家の保護下にあり、監視は少ないです》
《よろしければ、当時の状況を表示しましょうか?》
「ああ、頼む」
ーーーーーーーー
紀元前312年
★ヘラクレス(14)
現在地:ペルガモン
(アテネから東に約380キロ。
エーゲ海を越えた対岸で、現トルコの西部の海岸沿いにある)
★地域支配者︰アンティゴノス
最大規模のディアドコイ。
★ペルガモン領主︰アッタロス
アンティゴノスの家来。
★屋敷の状況
・ヘラクレス
・母バルシネ
・家庭教師1人
・ヘラクレスの側近5人
(ほぼ同い年。教育中)
・使用人5人
・門番︰アンティゴノスの監視兵2名。
交代制で朝と夕方に別の2名と代わる。(合計4人)
「監視がいるのが気になるな」
《側近を味方に付ければ比較的楽に監視を排除したり、外と連絡が取れます。長い監視で監視兵たちも気が緩んでいて、ヘラクレスにはまだ利用価値が生まれていません》
「ふ~ん。じゃあヘラクレスにしよう!」
《了解しました。庶子ルートを選択しますね》
「なんか、お前の方が乗り気だな」
《分かりますか? 実はわたし、アレキサンダー大王推しなんです》
《世界線M-312へアクセス開始》
ゲーム用の画面が一瞬だけ暗転し、
青白い光が部屋を満たした。
《異世界との量子接続を確立中……》
《対象世界線:紀元前312年TY3001DA》
《文明レベル:前古代》
《アクセス権限:神託(スキル授与)》
猛の心臓が高鳴る。
「……本当に異世界と繋がるのか……?」
《該当世界線の住民データを解析中……》
《ヘラクレスを検索しています》
画面に無数の顔が高速で流れ始めた。
ギリシャ人、マケドニア兵、農民、傭兵、奴隷──
その中に、ひときわ目を引く青年の顔が止まる。
《一致率:100%》
《対象:ヘラクレス(14)》
《アレキサンダー大王の庶子》
《現在地:ペルガモン》
《政治的価値:低》
猛は息を呑んだ。
「……これが……ヘラクレス……?」
画面が静かに切り替わる。
《ステータス表示機能を起動します》
✦ ステータス表示
対象:ヘラクレス(14)
統率力 ??
武力 ??
知力 ??
政治力 ??
魅力 ??
イケメン度??
性格:
まじめさ??
冷静さ ??
野心 ??
協調性 ??
特性 ??
猛は眉をひそめた。
「AI……この“??”ってなんだ?」
《数値の表示にはプレイヤー機能の解放が必要です》
《数値は指標であり、絶対値ではありません。武力や知力が高くても、得意不得意があります》
《なお解放にはプレイヤー自身の課金が必要です》
「マジかよ……。いくら必要なんだ?」
《およそ2000兆円となります》
猛は固まった。
「俺の1時間分の給料じゃねえか!」
※インフレにより、西暦3029年の東京の最低賃金は、時給2000兆円である。
「分かった……俺の口座から引き落としてくれ」
《了解しました。ステータス表示機能を解放します》
《ステータス表示機能:解放完了》
対象:ヘラクレス(14)
統率力 58
武力 53
知力 53
政治力 42
魅力 63
イケメン度62
性格:
まじめさ55
冷静さ 48
野心 53
協調性 45
特性
★大王の末裔
カリスマ+10
「特性以外はかなり平凡だな」
《まだ成長途中です。鍛え方次第では高スペックになりそうですよ》
「そうだな。じゃあゲームを開始しようか」
《了解しました。
手動で時間を操る場合、時間経過は ⇒ ボタンで進み、■ ボタンで停止します》
《時間経過速度は △ で加速し、▼ で減速します》
「なんで時間を早送り出来るんだ?」
《異世界に干渉した瞬間、その後“プレイヤーが何もしなかった場合の歴史”が確定します。
そのため時間加速は、確定済みの未来を“素早くロード”しているだけです》
「じゃあ停止は?」
《停止は正確には“巻き戻し”です。
その時点の状態を素早くロードし直すことで、結果として“時間が止まったように見えてる”だけです》
「……ってことは、やり直し不可って言ってるけど、本当は戻れるんだな?」
《はい。技術的には可能です。
ただしゲーム性を保つため、プレイヤーの任意時点の巻き戻しは封じられています》
「なるほど……。じゃあゲームを始める。ヘラクレスにアクセスしてくれ、神託を下す!」




