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異世界王朝育成―アレキサンダー大王の末裔―  作者: Y・T
第一章 ディアドコイ領脱出
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002 紀元前312年 初めての神託

紀元前312年。4月1日

大王の庶子ヘラクレス。


アレクサンドロス大王が急死すると、

「誰が後継者か」 が決まらない巨大帝国だけが残った。


そこで──

大王の将軍たち(ディアドコイ=後継者)が帝国の領土と後継者の座を奪い合い互いに同盟し、裏切り、暗殺し、戦争を繰り返すディアドコイ戦争が始まった。


だが帝国は一つにまとまらず、マケドニア・エジプト・シリアなどに分裂。


この混乱の中で、大王の実子アレクサンドロス四世も、庶子ヘラクレスも、“正統性を利用され、最後は消された”。


──しかし、この世界の運命は、

大和猛の手によって変わろうとしていた。



ーーーーー


エーゲ海を遠くに臨む、ペルガモン(現トルコ領)の切り立った丘の麓。


銀色の葉を揺らすオリーブの古木に囲まれた、石造りの堂々たる邸宅。


この家は、かつてアレクサンドロス大王の右腕であった将軍アンティゴノスから、保護という名目でヘラクレスとバルシネの母子に与えられたものだ。


だが、その内側に息づいているのはマケドニアの粗野な文化ではない。

バルシネが自らの財と矜持を注ぎ込んで整えたペルシャの情景だった。


バルシネはかつてペルシャ帝国の小アジア総督として権勢を誇ったアルタバゾスの愛娘である。


アルタバゾスはペルシャ帝国が滅びた後もアレクサンドロス大王に重用されたため、ペルシャ時代に蓄えた莫大な貴金属や宝石、豪華な調度品をそのまま維持する事が出来た。そのお陰でバルシネも多少の援助を受け取ることができた。


潮風に晒された大理石の柱は磨き抜かれ、手入れの行き届いた中庭の噴水からは、砂漠の民が何よりも貴ぶ清らかな水が絶えず音を立てている。


ブドウ棚の影には、かつて大王アレクサンドロスさえも魅了した、ペルシャ貴族の優雅な残り香が色濃く漂っていた。


門には、領主アッタロスが置いた二人の監視兵が、王子の護衛という名目で武具を纏って直立している。


邸内には、彼女の家系に忠誠を誓う五人の使用人と、王子と共に英才教育を受ける5人の若き側近――将来の側近として選ばれた没落貴族などの子弟たちが、規律正しく務めを果たし研鑽に励んでいた。



夕暮れになると屋敷には、

赤く染まった大地をゆっくりと進む山羊の乾いた蹄の音と、

ヘラクレスが振るう木剣が空を切る鋭い音だけが響いていた。



少年が練習する姿を、猛はゲーム画面越しに見つめていた。


「……あれがヘラクレスか」


《はいそうです。アクセスは完了しています。いつでも話せます》


猛はゲーム画面を凝視し、マイクに向かって低く呟いた。


「――ヘラクレス、聞こえるか?」


その声が響いた瞬間、画面の中の少年が弾かれたように動きを止めた。


素振りの勢いで乱れていた呼吸が、ぴたりと止まる。

ヘラクレスは木剣を構えたまま、獲物を狙う野獣のような鋭さで周囲を見渡した。


「……誰だ」


少年の声は、14歳とは思えないほど低く、警戒に満ちていた。


当然だ。

中庭には自分しかいない。

あとは屋敷の外で山羊を追っている農民だけの筈だった。


「ミトリネスか? ……いや、違うな」


ヘラクレスはゆっくりと腰を落とし、正体不明の「声」の主を探る。


だがどこを向いても、そこにあるのはオリーブの木陰と、沈みゆく太陽が作る長い影だけだ。

空気に振動はない。しかし、声は確かに、頭の芯を直接揺さぶるように響いた。


「答えろ。どこに隠れている? 誰の差し金だ。まさか刺客か!」


――俺は神だ。神託を告げに来た。


「……神……だと?」


ヘラクレスは眉を寄せて、口を歪めた。


「嘘を言うな! 姿を見せろ!」


猛はヘラクレスから目を離し、AIモニターに向かって言った。


「こいつ信じないんだけど、どうすればいい?」


《古代世界では、“姿なき声”は敵の呪術と誤解されやすいです》

《信頼を得るには、彼が“自分の血筋に関係する神話”を思い出せるよう誘導するのが有効です》


「血筋……?」


《はい。父アレクサンドロスは、エジプトのシワ・オアシスでアモン神の『姿なき声』を聞き、自らが神の子であると確信した。ヘラクレスにとって、それは母から聞かされた最も尊い聖域の物語です》


「じゃあ俺はアモン神を名乗ればいいの? それともタケル神か?」


《ゼウス(アモン)の子供は数多くいます。その子孫のタケルス神と名乗るのが良いと思います》


「タケル神じゃなく、タケルス神?」


《はい。古代ギリシャ語圏では、神名や英雄名は“‐os”“‐us”で終わる形が一般的です》

《あなたの名前をそのまま使うと不自然ですが、“タケルス”なら古代世界の神名体系に自然に溶け込みます》


猛は目を瞬かせた。


「……なるほど。俺の名前を“古代仕様”にしたわけか」


《その他に、ヘラクレスを説得するのに有効と思われる家族情報を表示します》


ーーーーーーーーー

★ヘラクレス

・・・

★父アレクサンドロス三世

・・・・・・・・・・

★母バルシネ

・・・・

★祖母オリュンピアス

・・・

★異母弟アレクサンドロス四世

・・・・

ーーーーーーーーー


「おおっ、この情報を見ながら説得すればいいんだな」


猛は小さく息を吐き、マイクを握り直した。


《N-Home》の助言通り、己の名をその時代の響きに変え、少年の心の「聖域」へと踏み込む。


――ヘラクレス、思い出せ。お前の父アレクサンドロスも、かつて姿なき声を聴いたはずだ。エジプトの砂漠、シワ・オアシスの聖域でな。


その言葉が響いた瞬間、ヘラクレスの身体が目に見えて強張った。

木剣を握る指先が震え、鋭かった視線に困惑と動揺が混じる。それは母バルシネから、父の栄光の証として、夜ごと枕元で聞かされてきた特別な物語だったからだ。


「……父上の……? なぜ、その事を知っている」


――私はタケルス。お前の先祖であるゼウスの血を引く神だ。私はお前を助けに来た。


タケルス。

少年の耳に、その名は未知でありながらも、奇妙な説得力を持って響いた。ギリシャの神々の名と同じ、高貴な響き。


ヘラクレスの剣先がゆっくりと地面へ落ちた。彼は周囲をねめまわすのを止め、吸い込まれるように、声が降り注ぐ「空」を仰ぎ見た。


「タケルス、神……。本当に、神だというのか。私を助けるとは……何から」


――ヘラクレス。ここにお前の居場所はない。

あと1年もすれば、お前の命を狙う狼どもが、この丘を埋め尽くすだろう。そして3年後にはお前と母は死ぬ運命にある。


「……3年後に、死ぬ……?」


ヘラクレスの顔から、一気に血の気が引いた。

神を騙る不届き者への怒りは霧散し、代わりに冷たい戦慄が背筋を駆け抜ける。

14歳の少年には、その言葉はあまりに重く、逃れようのない呪いのように響いた。


「嘘だ……。私はここで、母上と静かに暮らしている。誰を傷つけることも、王位を望むことさえしていない! なのに、なぜ、私たちが死なねばならない!」


少年の叫びは、虚空に消えていく。

猛は画面の中で震えるヘラクレスを見つめた。


《史実では、彼は3年後、大王の家臣だったポリュペルコンの裏切りによって晩餐の席で絞め殺されます》


――王位を望むか否かなど、関係ない。それが政治だ。


猛の声は、逃れられぬ断罪のようにヘラクレスの脳内に響いた。


猛は家族情報を読み上げる。


――思い出せ。そなたの祖母オリュンピアスを。

 彼女はそなたの弟を王に据えるべく兵を挙げた。だが大王の部下たちは誰一人として“正統な王”を支えはしなかった。

 敗れた彼女を待っていたのは、カッサンドロスによる無慈悲な処刑だ。

 王族としての誇りすら許されず、石を投げつけられ、野ざらしにされた。


ヘラクレスの身体が、目に見えてガタガタと震え始める。


――そして残された弟、アレクサンドロス四世も今は囚われの身だ。

 カッサンドロスの牢獄で、ただの『駒』として生かされているに過ぎない。……いずれ、その利用価値が尽きた時、彼は祖母と同じく無残に消されるだろう。


少年の瞳から、光が消えかかる。


――ヘラクレス。一族の未来は、お前に掛かっている。

 お前がどれほど静寂を望もうとも、世界はお前を『大王の息子』という名の生贄として、いずれ祭壇へ引きずり出す。


猛は呼吸を整え、静かに告げる。


――死を待つか、それとも運命に抗うか。

選ぶのは――今だ。


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