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異世界王朝育成―アレキサンダー大王の末裔―  作者: Y・T
第二章 ローマ市民権の獲得
18/29

017 紀元前312年 ローマ到着

■西暦3029年6月7日。


夜の東京は、相変わらず明るい。

だが、その光はどこか冷たく、人を照らすというより“監視するため”に存在しているようだった。



大和猛は、職場からの帰り道、警備ドローンにまた職質されていた。


《二級市民、大和猛。

 帰宅ルートを確認中……》


「……はいはい。どうぞ」


慣れた手つきで身分証をかざす。

ドローンは無機質な光を放ち、猛の顔をスキャンした。


《問題なし。帰宅を許可します》


「……毎日これだよ」


ため息をつきながら、タワマンに入る。


猛の部屋は3LDK。

この時代の第三階級の列島民が住む平均的な家だった。


鍵を開けると、薄暗い部屋の中で、端末だけが青い光を放っていた。


「……今日も疲れたな」


靴を脱ぐ気力もなく、そのままベッドに倒れ込む。


猛は天井を見上げて呟く。


「……俺の人生、何なんだろうな」


ふと、机の上の端末が目に入る。


《神託王朝シミュレーター》


猛は苦笑した。


「……せめて異世界くらい、俺の育てた家が幸せになって欲しいな……。ヘラクレス……どうしてるかな。ちょっと覗いてみるか」


立ち上がると椅子に座り、端末に指を伸ばす。


「AI、神託王朝シミュレーターを起動してくれ、再開するぞ」


N‑Homeが静かに告げる。


《了解しました》

《異世界との量子接続を確立中……》

《対象世界線:紀元前312年TY3001DA》

《文明レベル:前古代》

《アクセス権限:神託(スキル授与)》




■紀元前312年6月26日 午前10時

ローマの外港・オスティア


ヘラクレスの乗った船は、ティレニア海(イタリア半島の西の海)の荒波を乗り越え、

ローマの港町オスティアの巨大な石造りの桟橋へと横付けされた。


オスティアは、ローマを貫いて流れるテヴェレ川の河口に築かれた港町で、

ローマの入口である。


船室から出てきたバルシネが、塩分を含んだ湿った風に目を細め、陸地を見つめた。


「……着いたのですね。ここが、私たちの新しい『檻』になるのか、それとも『安穏の地』になるのか……」


バルシネはその美貌が目立たぬよう、地味な外套を深く被っているが、その立ち姿から漏れ出る気品までは隠しきれていない。


港にひしめく荒くれ者たちがねっとりとした視線をバルシネに向けるのを、メナンドロスが鋭い眼光で牽制しながら、傍らに立つ。


「案じられますな。この街の石の一つ一つまでもがヘラクレス様の味方になるまで、我らがお守りします」


ヘラクレスは、二人の会話を背中で聞きながら、タラップを降りてイタリアに最初の一歩を刻んだ。


「ヘラクレス様、あちらに父が用意させた小舟が待っております」


先に降りていた船長のカシオスが、前方を指差した。


そこには、川を遡るための数隻の平底船と、数日前からヘラクレスたちを待っていた案内人がひとりいた。


「父はローマ市内で仮の商館を構えており、いつでも我らを受け入れる準備が整っているそうです。……さあ、お乗りください。あの小舟なら、テヴェレ川を遡って一気に市街地まで入れます」


カシオスは手際よく荷運びの男たちに指示を飛ばし、ヘラクレスとバルシネが周囲の目に触れぬよう、天幕の付いた一際立派な平底船へと誘導した。



■6月28日 午後2時

ローマ市街・リパ・グラエカ


小舟がカーブを曲がると、建設中の巨大な石造りの基壇が姿を現した。

未完成にもかかわらず、その規模だけでローマの活気が十分に伝わってくる。


船長として舵を握り続けてきたカシオスが、警戒を解かずに呟く。


「……これがローマか。ペルガモンとは、街の『匂い』が違うが、ギリシャの町に雰囲気が近いな」


ステファノス兄弟は商人としていくつもの港町を訪れたことがあるが、遠いローマの地を踏むのは初めてだった。


案内が笑って応えた。


「リパ・グラエカはギリシャ系の移民や商人が集まった、コミュニティですからね。ここならギリシャの言葉を使っても怪しまれません」


弟のルカの方は、初めて見る複雑な河川港の構造を、案内人の言葉を一言も漏らさぬよう聞いていた。


やがて舟がひとつの桟橋に吸い寄せられると、そこには見紛うはずもない、父テオドロスの姿があった。


「父上!」

「おお……! カシオス、ルカ! よくぞ無事ヘラクレス様をお連れした! お前たちも元気そうで安心したぞ!」


桟橋に舟が着くやいなや、テオドロスは駆け寄り、二人の息子の肩を力強く叩いた。再会の喜びもそこそこに、テオドロスは一行を商館に隣接する屋敷へと導く。


「ヘラクレス様……。本来ならばアヴェンティヌスの丘に豪邸を用意すべきところですが、当面はここを拠点としていただければ幸いです……」


テオドロスが申し訳なさそうに頭を下げると、ヘラクレスは穏やかに首を振った。


「いや、テオドロス。今の私は王子ではない、ここでも十分すぎるほどだ」


バルシネは、不安と期待が入り混じった瞳で息子を見つめた。


「……ヘラクレス。これから、どう動くのですか? 神から神託を受けていますか?」


ヘラクレスは、午後の陽光に照らされるローマの街並みを一瞥し、静かに答えた。


「タケルス神におおよその流れは聞いています。

 まずはティトゥス殿から頂いた紹介状を使います。今から元老院のルキウス・アエミリウス・パルミラ殿の元に赴き、ローマでの確かな後ろ盾を得るつもりです」


テオドロスが、慌てて口を開いた。


「ヘラクレス様、アエミリウス家のような名門には、まず使いを送り日時を決めてから伺うべきです! 私が使いを出しますので、今日はお部屋で旅の疲れを癒されては如何でしょう?」


テオドロスの言葉にヘラクレスはハッと息を呑んだ。

己の焦りがローマの『常識』を無視していることに気付いたのだ。


ヘラクレスはマケドニアの王子として、アンティゴノスに軟禁されていたため、世情に疎いという自覚があった。


「ではテオドロス殿、そのように頼む」


「はい、ヘラクレス様」


テオドロスは静かに頭を下げ、二人を部屋へと案内した。



ーーーーーーーーー


大和猛が《N‑Home》に訊ねる。


「なあAI、ルキウス・アエミリウス・パルミラって言ってたけど、

 ローマの名前ってさ……家康、徳川、源氏みたいな順番だったよな?」


《さすがご主人様、雑な覚え方です。

 ローマ式は日本の例えと最後の順番が逆になります。

 “ルキウス”が家康、

 “アエミリウス”が源氏、

 “パルミラ”が徳川に相当します。

 つまり、個人名 → 氏族名 → 家門名の順です》


「家康をローマ風に言うと、家康・源氏・徳川ってことだな?」


《その通りです》


「このルキウス・アエミリウス・パルミラって大物貴族なんだろ?」


《ルキウスは“我々の世界線”の史料には一切登場しません。

 しかし、異世界アクセス先の世界線では実在が確認されています》


《その世界線の調査記録では、

 翌年の紀元前311年に執政官となる、クィントゥス・アエミリウス・バルブラの従兄弟にあたる人物として記録されています。ルキウスは父の代よりパルミラの家門を名乗っています》


「執政官の従兄弟ってことは超大物ってことだよな?」


《その理解で大きくは間違っていません。

紀元前311年の時点で、アエミリウス氏族から現役の執政官が出ているというだけで、氏族としてはローマでも最上位の名門に属します》


「う~ん、やっぱりコネって大事だよな。これでヘラクレスもローマ市民の仲間入りだな」


《ご主人様、ちゃんと攻略法を読みましたか? ローマでは有力貴族でも“功績ゼロの異国人”を市民にするのは不可能です。軍功・奉仕・国家への貢献のいずれかが必須です》


「は? この攻略法にはルキウスから市民権を貰えるって書いてるぞ!? まさか……俺が見てた攻略法は途中からガセネタになってるってことか?」


《ローマ市民権が“コネだけで貰える”と書かれていたなら、その部分は意図的に混ぜられた虚偽情報です。愉快犯、あるいは読者を引っかけるためのイタズラでしょう》


「ふざけんな! イタズラで人の人生変えてんじゃねえぞ! ヘラクレスの人生どうすんだ! 予定が狂っちまったじゃねえか!」


《……犯人も、ゲームで異世界の歴史を変えてるご主人様にだけには言われたくないと思いますけど?》


「うっせえ、このボケ! ああっ、この後、どうしよう……」


猛は今後の計画が狂い頭を抱えるのだった。

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