016 紀元前312年 兵卒ルートと神官ルート
ヘラクレスはレオニダスとアルカトオスを伴い、船の奥の船室へ移動した。
扉を閉めると、二人に持たせていた金貨の入った革袋を机の上へ置かせる。
「タケルス神は、この金貨をお望みだ。ただし……奉納の場は、血の繋がった親子以外には見せてはならないと告げられている。金貨が消える光景は、神の御業そのものだからだ」
レオニダスが目を見開いた。
「金貨が……消えるのですか? 神への貢ぎ物が“実際に神へ届く”など、聞いたことがありません!」
ヘラクレスは短く頷いた。
「本当だ。タケルス様への奉納は、形だけではない。捧げた金貨が実際に――この世界から消える」
アルカトオスはゴクリと息を飲んだあと、深く頷いた。
「……やはりタケルス神は、他の神々とは格が違う。
レオニダス、これからはタケルス様を軽々しく他の神と同列に語るべきではない」
「お、おう。そうだな……」
レオニダスは真剣な面持ちで頷く。
ヘラクレスは二人に下がるよう指示し、部屋にいたテッサたち使用人にも船室の外で待つよう命じた。
全員が退出すると部屋に静寂が満ちる。
机の上には、黄金に満ちた革袋がふたつ。ヘラクレスはその前に立ち、祈るように両手を合わせた。
「……タケルス様に、この金貨を捧げます」
その瞬間、金貨は輪郭を崩し、粒子のような光となって空中に溶け始めた。
N-Homeが告げる。
《供物を確認……金貨100枚を100万ポイントに変換しました》
《現在の総ポイント──134万ポイント》
――ヘラクレスよくやった。ローマに着いたらまた神託を下す。
「はい⋯⋯」
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大和猛は攻略法を見ながら、ローマでの今後について考える。
ヘラクレスが王子としてローマに亡命した場合には、ローマの外交カードとして利用される可能性が高い。
簡単にディアドコイ(後継者)に引き渡されることはないが、ヘラクレスたちの行動は大きく制限され、自由が奪われてしまう。
そのためローマでは、王子としてではなく、自力で成り上がることが重要だと書かれていた。
主なルートは二つ。
兵卒からスタートとし、市民権を得て公職に就き、元老院を目指すルート。
もう一つは、民間の宗教指導者からスタートし、国家公式の神官を目指すルート。
猛が攻略法を読み進めるうち、
この時代のローマで最も警戒すべき人物の名を目にした。
「なあAI。この時代のローマの大物はアッピウス・クラウディウス・カエクスって奴なんだろ。
攻略法で、こいつとどう付き合うかで、未来が大きく変わるって書いてるけど。そんなに凄い奴なのか?」
《アッピウス・クラウディウス・カエクス──ローマ初期において、最も影響力の大きい政治家の一人です》
《一応、アッピウスの経歴を表示しますね》
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■活動時期
紀元前312年 〜 紀元前279年
■主要公職
・紀元前312〜307年 ケンソル(監察官)
・紀元前307年 コンソル(執政官)
・紀元前296年 コンソル(2回目)
・紀元前295年 プラエトル(法務官)
・紀元前285年頃 ディクタトル(独裁官)
■代表的事績
・紀元前312年 アッピア街道(Via Appia)建設開始
・紀元前312年 アクア・アッピア(Aqua Appia)建設開始
・紀元前280年代 盲目のまま元老院でピュロス王(ピュロス戦争)との講和反対演説
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「元老院って何度か聞いたことあるな。よく知らないけど政治機関だろ?」
《はい、ご主人さま。元老院はローマの“政治の中心”です。
この時代のローマは共和制で、
国政は元老院・執政官・民会の三つによって運営されていました》
《補足情報を表示します》
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★元老院(Senatus)
外交・財政・軍事方針などを実質的に主導。
ローマ政治の中心的な意思決定機関。
ただし、法的には「助言機関」という建前。
貴族中心だが、徐々に平民も台頭。
★執政官(Consules)
毎年2名選出される最高官職。
行政のトップであり、軍の最高司令官である。
互いに拒否権(veto)を持ち、独裁を防ぐ仕組み
・任期は1年
★民会(Comitia)
ローマ市民が投票で選んだ議会。
法律の制定、執政官などの選挙、戦争宣言を決定する“建前上の主権者”。
しかし実際には、議案を提出するのは『執政官』などの高官であり、
その高官は『元老院』の方針に従って動くため、
『民会』は『元老院』が決めた方針を追認する場となりやすかった。
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「執政官の任期ってたった1年しかないのか。これ、再選できるよな?」
《連続での再選はありません。ローマ人は独裁(王政復活)を嫌い、1人の人間に権力が集中するのを防ぐため、2年連続で執政官に就くことを禁止しました》
《紀元前342年の『ゲヌキウス法』の制定により同じ官職に就くには10年間のインターバルが必要になっています》
《ただ、現在発生しているサムニウムとの大戦争など、優秀な指揮官が必要になった場合には、民会の決議により『超法規的措置』として数年置きに再選されるケースもあります》
「ふ~ん、じゃあ元老院にはどうやれば成れるんだ? 異国人のヘラクレスでも可能か?」
《元老院には“任命”という仕組みはありません。
ローマ市民であり、一定以上の財産階級に属し、さらにクァエストル(財務官)以上の公職を経験した者が、自動的に元老院名簿へ登録されます》
《ですので、異国人であっても、市民権を得て公職に就けば、元老院になれる可能性があります》
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★市民権を得る方法
・ローマに大きな貢献をする
・有力者の推薦
・特別な恩賞
・奴隷解放など。
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「なるほどな。攻略法では、元老院ルートと神官ルートがあるんだけど。神官ルートの方はどんな感じなんだ?」
《神官ルートは、政治ではなく“宗教権威”を基盤とする進路ですね。
ローマでは、宗教と政治は密接に結びついており、
神官職は元老院議員と同等、あるいはそれ以上の影響力を持つ場合があります》
《ただし、神官ルートは元老院ルートよりも条件が厳しく、神官職は現在、パトリキ(貴族)によって独占されています。
ですが、歴史通りに進めば、12年後、紀元前300年に『オグルニウス法』により平民にも神官職が解放されますよ》
「ふ~ん。じゃあそれまでに信者を増やしとけば、なんとかなりそうだな。
ローマに着くまでに、神官ルートか元老院ルートを決めておかないといけない感じか? それとも途中で変更は可能か?」
《ルートの固定は必要ありません。ローマでは“政治”と“宗教”が完全に分離しておらず、両方の道が互いに影響し合っています》
《元老院ルートは、
市民権 → 財産 → 公職 → 元老院
という段階的な進行で、途中で神官職を兼ねることも可能です》
《神殿ルートは、
神意の証明 → 神官職 → 宗教的権威の獲得。という流れですが、こちらも政治と並行して進められます》
「ちょっと待て、神官と元老院は同時になれるのか?」
《はい。ローマでは宗教と政治が分離されておらず、多くの元老院議員が神官職を兼任していました》
《神官になることで政治的影響力が増す場合もあり、神殿ルートと元老院ルートは“どちらか一方”ではなく、同時に進めることが可能です》
猛はニヤリと笑う。
「なら好きに進めていいってことだな。ヘラクレスをどうローマで成り上がらせるか……ここが俺の腕の見せ所ってわけだ」
《さすがご主人さま!
攻略法を見て、ヘラクレス様に伝えてるだけなのに、さも難しそうに言い換えましたね、さすがです!》
「うっせえ! てめぇ舐めてんのか!」
猛はモニターから視線を外し、背伸びをした。
「……ふぅ。今日は疲れた。そろそろ寝るわ。次回はローマからだな」
椅子から立ち上がり、洗面台へ向かいながら、片手を軽く振る。
「AI、電源を切っといてくれ。俺は寝る準備をする」
《了解しました》
モニターの光が静かに落ち、猛の初めての“異世界干渉”は終わった。




