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第26話:大公妃の優雅なるお茶会

窓の外に広がるのは、白銀の吹雪に煙る雄大な黒嶺山脈の峰々。

だが、黒狼城本館の南翼に位置する『銀嶺の間』に足を踏み入れた者は、誰もが自らの皮膚が捉えた感覚を疑わずにはいられなかった。


パチ、パチ、と心地よい爆ぜる音を立てる暖炉。そこには白樺の薪が贅沢にくべられ、柔らかな熱気を放っている。さらに、第17話でエレオノーラが地底深くから解放した『霊熱地脈』の蒸気が、城壁内部に張り巡らされた魔導温風パイプを通じて静かに循環し、室内には帝都の春の陽だまりを思わせる、完璧な温もりが満ちていた。

磨き抜かれた白樺の一枚板テーブルの上には、雪のような純白のレース編みのテーブルクロスが掛けられている。

中央には、銀の三段スタンドに整然と並べられた焼きたてのペストリーや焼き菓子。そして、マイセンの最高峰磁器を思わせる、透き通るような白磁のティーカップ。


かつて「血と鉄の城」「荒くれ者の巣窟」と帝国全土から恐れられていたこの極北の要塞に、いま、帝都の最高格式のサロンすら凌駕するほどの、洗練された宮廷文化の美が息づいていた。


「……皆様、ようこそ黒狼城へお越しくださいました。道中、風雪でお身体が冷えませんでしたでしょうか」


上座の肘掛け椅子から静かに立ち上がり、優雅極まりないカーテシーを披露したのは、大公妃エレオノーラだった。

身に纏うのは、北方の淡い青空を映したかのようなペールブルーの上質なウールドレス。胸元には過度な宝石を避け、白銀の細工が施されたヘスブルク家の家紋ブローチが凛として留められている。

艶やかな黒髪はハーフアップにまとめられ、白磁の肌には健康的な桜色の血色が差していた。アルトハイムの館でやつれ果て、帳簿の埃に埋もれていた頃の面影は微塵もない。そこに佇むのは、大公領の全実権を預かる「筆頭軍師」としての威厳と、帝室に連なる大公妃としての絶対の気品を兼ね備えた、息を呑むような貴婦人の姿だった。


そのエレオノーラを取り囲むように、テーブルの周りには五名の貴婦人たちが着席していた。

北方の防衛線を支える有力諸侯――ホルツハイム伯爵夫人、ヴェルナー子爵夫人、グリュン男爵夫人をはじめとする、北境の重鎮たちの正妻たちである。


しかし、茶会が始まった当初、夫人たちの視線に宿っていたのは、敬意などでは決してなかった。

毛皮のストールを肩にかけ、扇子を胸元で握りしめた彼女たちの瞳の奥には、隠しきれない値踏みと、冷ややかな警戒心が渦巻いていたのだ。


(……帝都の温室で育ち、夫に愛人を作られて追い出されたというサレ妻……)

(大公閣下がなぜあのような傷物の令嬢を娶られたのか訝しんでおりましたが……どうせ、持参金とヘスブルクの看板に目が眩んだだけに決まっておりますわ)

(北方の過酷な冬の厳しさも知らぬ者が、優雅なお茶会などと……私たち荒ぶる武家の妻が、帝都のおままごとに付き合わされる筋合いはありませんわ)


北方の諸侯夫人たちは、代々、夫や息子を魔獣との前線へ送り出し、極寒の中で自ら領地の留守を預かってきた気骨ある女傑たちだ。軟弱な帝都の貴族文化を軽蔑し、南の温室育ちの令嬢など「寒風一吹きで泣き出す飾り人形」と見下していたのである。


エレオノーラは、彼女たちが放つ無言の敵意と冷笑を、すべて察していた。

だが、その氷のような視線を受け止めながらも、エレオノーラの微笑みには、さざ波一つ立たなかった。


「ジゼル。お茶を」


「かしこまりました、大公妃殿下」


控えていたジゼルが、銀のティーポットを傾ける。

カップへと注ぎ込まれたのは、淡い黄金色に澄み渡った、琥珀のような液体だった。

その瞬間――。


――ふわあぁっ……!


静かなサロンの空気を、信じがたいほど芳醇で、甘美な香気が一気に満たした。

白カモミールの安らかな甘い香りと、氷晶ハッカの清涼感。そして、土の力強い生命力を凝縮したような、奥深いハーブの芳香。

湯気とともに立ち上るその香気は、嗅ぐだけで鼻腔を心地よく刺激し、張り詰めていた神経の緊張をふわりと解きほぐしていくようだった。


「まあ……?」

先ほどまで眉をひそめていたホルツハイム伯爵夫人が、思わず扇子を下ろし、鼻をひくつかせた。

「なんて……芳醇な香りですこと。このようなハーブ、帝都の最高級薬草園でも嗅いだことがございませんわ。南方からの輸入品かしら?」


「いいえ、伯爵夫人」

エレオノーラはカップをソーサーに戻し、穏やかに首を横に振った。

「こちらはすべて、我がヴァルハイト領の南部に広がる『黒枯れ平原』の地熱温室農場で、今朝摘み取られたばかりの新鮮なハーブでございます」


「な……黒枯れ平原ですって!?」

ヴェルナー子爵夫人が目を丸くし、声を上擦らせた。

「あの、瘴気と万年氷土の吹き溜まりと恐れられた、あの死の平原で採れたハーブですの!?」


「ええ。三百年前の古代兵器の呪縛を解き、地下の霊熱地脈を地表へと解放いたしました。大地の瘴気を我が浄化結界によって濾過し、高純度の活性魔力水で育て上げた、特注の『地熱温室ハーブティー』にございます」


エレオノーラは手を差し伸べ、夫人たちへ優雅に勧めた。

「北方の厳しい寒さは、知らず知らずのうちに貴婦人方の身体の芯を冷やし、気血の巡りを滞らせてしまいます。どうぞ、一口召し上がってみてくださいませ。胃の腑から、じんわりと温まりますわ」


半信半疑の面持ちで、夫人たちはカップを唇へと運んだ。

そして――一口、その黄金の露を口に含んだ瞬間。


「…………っ!!」


サロンの時が止まった。

口内に広がる、絹のように滑らかな舌触り。

雑味の一切ない澄み切った味わいと、ハッカの爽やかな後味。

そして何より――喉を通って胃の腑へと落ちていったその液体が、まるで小さな太陽を飲み込んだかのように、身体の深奥からポカポカとした優しい熱源となって、指先や爪先の末端にまで急速に巡っていくのが実感できたのだ。


「な……なんてこと……!」

グリュン男爵夫人が、思わず自らの両頬に手を当てて声を漏らした。

「温かい……! 万年雪の冷気でいつも氷のように冷え切っていた私の指先が、こんなにも温かくなるなんて……! それに、この安らぎ……長年抱えていた肩のこわばりが、嘘のように消えていきますわ!」


「お気に召していただけて光栄ですわ。……お茶請けには、こちらの焼き菓子をどうぞ」


ジゼルが差し出したのは、こんがりと黄金色に焼き上げられた、円形の厚焼きガレットだった。

割った瞬間に立ち上る、芳しいバターの香気。


「こちらも、黒枯れ平原で収穫されたばかりの『紅氷小麦』の極上粉と、大公領の乳牛から採れた発酵バターをふんだんに練り込んだ焼き菓子でございます。保存料を一切使わず、地熱オーブンの遠赤外線で芯までじっくりと焼き上げました」


夫人たちは吸い寄せられるように、ガレットを一口口に運んだ。

サクッ、と小気味よい音が響き、次の瞬間にホロホロと口の中で崩れ、濃厚なミルクの甘みと塩の旨味が舌の上でとろけていく。


「美味しい……!」

「帝都の一流パティシエが焼くお菓子より、遥かに上質で、香りが生きておりますわ……!」


感嘆の溜息が、次々とサロンに零れ落ちる。

値踏みしていたことすら忘れ、夫人たちは夢中でお茶と焼き菓子を堪能していた。

五年間、アルトハイムの領地開発において、土壌改良から食糧の加工、保存技術に至るまでを自ら研究し尽くしてきたエレオノーラの手腕。その結晶が、北方の豊かな素材と結びついた時、帝都の富裕層ですら口にできない至高の美味が生み出されるのは、必然だった。


だが――エレオノーラの真の凄みは、単なるもてなしの美味だけに留まらなかった。


「ホルツハイム伯爵夫人」

エレオノーラは優雅にナプキンで口元を拭うと、先ほどまで最も冷淡な視線を向けていた伯爵夫人へと、柔らかな眼差しを向けた。


「貴領の東部にある『青灰鉱山』……先月、第三抗道で地下水が湧き出し、採掘作業が一時停止しているとお伺いいたしました。銀の産出が滞り、領内の鍛冶職人たちへの配分に、さぞお心を砕いておいででしょう」


「……えっ?」

ホルツハイム伯爵夫人が、驚愕のあまりカップを取り落としそうになった。

「な、なぜ……それを大公妃殿下が? あれはまだ、軍の機密として処理されているはずですが……」


「昨日、大公領内の全三十年分の輜重台帳と物流記録を監査させていただきましたの」

エレオノーラは何でもないことのように微笑んだ。

「青灰鉱山からの銀の納入量が先週から二割減少しておりましたので、周辺の地質図と照合いたしましたところ、断層の歪みによる水脈の決壊であると推測いたしました。……すでに大公領軍の工兵隊へ指示を出し、ヘスブルク式の水抜き魔導ポンプ三基の手配を完了させておりますわ。明日には貴領へ到着いたしますので、三日以内には採掘が再開できるはずです」


「ま……水抜き魔導ポンプを、我が領のために……!?」

伯爵夫人の声が震えた。

夫である伯爵が、帝都の魔導ギルドに莫大な謝礼を積んでも断られ、頭を抱えていた懸案事項。それを、この新婚の大公妃は帳簿の数字の歪みから瞬時に見抜き、すでに解決の手筈を整えていたというのか。


「ヴェルナー子爵夫人、貴領の毛織物工房も同様ですわ」

エレオノーラは視線を移し、淀みなく言葉を続けた。

「昨日布告されました『新流通改革令』により、領都直通の軍道が完全開放されました。これにより、貴領から帝都への毛織物の輸送日数は四日短縮され、第三関所での理不尽な通行税もゼロになります。年間の輸送コストは金貨三千枚以上削減されますので、工房の職人たちへ正当な賃金を上乗せしてあげてくださいませ」


「あ……ああ……」

ヴェルナー子爵夫人は、胸元を押さえて息を呑んだ。

自分の領地のこと、民のこと、抱えている苦しみのすべてを、この女性は誰よりも深く理解し、的確な処方箋を与えてくれている。


温室育ちの離婚令嬢?

おままごとの茶会?

とんでもない。目の前に座っているのは、この過酷な北方の過酷さを誰よりも尊び、その血の滲むような歴史に敬意を払い、自らの類稀なる頭脳でこの地を真に救おうとしている――『本物の守護者』だったのだ。


「大公妃様……!」

ホルツハイム伯爵夫人が、たまらず席を立ち、エレオノーラの前で深々と膝をついた。

その瞳には、侮りなど微塵も残っていなかった。あるのは、魂の底からの平伏と心酔。


「無礼をお許しくださいませ……! 私たちは、貴女様のお心の深さを知らず、浅薄な偏見を抱いておりました……! このような素晴らしいお茶も、温もりも、帝都のどこを探してもございません! 貴女様が来てくださって……エレオノーラ様がヴァルハイトの母となってくださって、北方は本当に救われましたわ……!」


「そうですわ! 私たち北方の諸侯の妻は、生涯、貴女様に忠誠を捧げます!」

「大公妃様万歳! 北方の聖女様万歳!」


夫人たちが口々に涙を浮かべ、エレオノーラの手甲に熱い口づけを落としていく。

かつてアルトハイムの館で、愛人の安っぽい涙に騙されて自分を「冷酷なケチ女」と罵った愚民たちとは違う。

過酷な現実の中で生き抜いてきた北の女たちは、本物の知性と、本物の献身を見抜く確かな目を持っていた。

エレオノーラの手腕と温かな配慮は、わずか一度の茶会にして、北方の強固な諸侯夫人たちの心を完全に掌握してしまったのだ。


「皆様、顔をお上げになって。私はただ、我が夫クラウス閣下の愛するこの地を、共に守りたいだけですもの」


エレオノーラは穏やかに微笑み、夫人たちを一人ひとり手ずから立ち上がらせた。

そして――サロンの空気が完全に打ち解け、親密な歓談の輪が広がった頃合を見計らい、エレオノーラはカップを置き、何気ない調子で話題を切り出した。


「ところで……帝都の社交界の様子は、最近いかがかしら? 私は北の執務に追われて、帝都の噂話には少々疎くなってしまいまして」


「ああ、帝都でございますか!」

社交界の事情通であるグリュン男爵夫人が、身を乗り出して口を開いた。

「帝都といえば、来月、皇帝陛下の叔母上であられるアンリエッタ・フォン・ロートシルト公爵夫人主催の、最高格式の夜会『白樺宮殿の夜会』が開かれますわね」


――アンリエッタ・フォン・ロートシルト公爵夫人。

その名が出た瞬間、エレオノーラの藍色の瞳の奥で、鋭利な光が走った。


皇帝の叔母にして、帝国社交界の頂点に君臨する女帝。

礼儀と血統だけでなく「本物の品格と実績」を重んじる最高権威。

前世において、エレオノーラはユリウスに閉じ込められ、その夜会に参加することすら許されなかった。だが今世、ユリウスとセレスティアを公開処刑し、自らの立場を不可侵のものとするためには、この女帝の後援を取り付けることが絶対の要となる。


「アンリエッタ公爵夫人様ですか……。相変わらず、お元気でいらっしゃるのかしら?」


エレオノーラが探るように尋ねると、ホルツハイム伯爵夫人が声を潜め、耳打ちするように打ち明けてきた。


「それが……実は、あまり芳しくないようなのですわ。帝都の親戚筋から極秘裏に届いた手紙によりますと、公爵夫人様はここ数年、【重度の冷え性と極度の不眠症】に激しく悩まされておいでだとか」


「冷え性と、不眠症……?」


「ええ。夜になると手足が氷のように冷え切り、激しい寒気と頭痛で一睡もできず、睡眠薬をいくら服用しても悪夢に魘されるそうで……。帝都の最高峰の宮廷医師団や名だたる調剤師が総出で薬草を処方したものの、胃を荒らすばかりで一向に改善せず、今や夜会の中止すら検討されているほどお身体を痛めておられるそうですの」


「まあ……それは、お痛ましいことですわね」


エレオノーラは眉をひそめ、同情の言葉を口にした。

しかし――彼女の怜悧な頭脳の中では、次なる布石の幾何学模様が、恐ろしいほどの速度でパズルのピースのように噛み合っていた。


(重度の冷え性と、極度の不眠……。帝都の温室育ちの医師たちは、血行を促進するために温熱系の強い香辛料や興奮剤入りの生薬を処方しているはずだわ。けれど、それは神経を高ぶらせて余計に不眠を悪化させるだけよ)


視線を落とせば、テーブルの上で淡い黄金色に輝く、特製の地熱温室ハーブティー。

白カモミールによる神経の沈静。

氷晶ハッカによる頭部の鬱血の解消。

そして、地熱と浄化結界の魔力水がもたらす、大地の深奥からの持続的な温熱循環作用。


(これだわ)


エレオノーラの唇の端に、誰にも気づかれぬほどの微かな、確信に満ちた笑みが浮かんだ。

帝都のいかなる名医も治せなかった女帝の不眠を、この北方の奇跡のハーブティーによって完全に癒やすことができたなら――。

ロートシルト公爵夫人は、名実ともにエレオノーラの最大の理解者にして、絶対の後ろ盾となるだろう。

そして、その恩義を抱いた女帝が君臨する『白樺宮殿の夜会』こそが、愛人の見栄に狂ったユリウスとセレスティアを公衆の面前で処刑するための、最高の断頭台となるのだ。


「……皆様、貴重なお話をありがとうございました。公爵夫人様のお身体が少しでも快方に向かわれますよう、北の地からも祈りを捧げなくてはなりませんわね」


エレオノーラは優雅に微笑み、完璧な貴婦人の仮面を保ったまま、茶会の幕を静かに引いた。


***


午後四時。

心から満足し、エレオノーラへの熱烈な賛辞を残して諸侯夫人たちが馬車で黒狼城を去っていった後。


静寂を取り戻した『銀嶺の間』には、夕暮れの斜陽が差し込み、白樺のテーブルの上に長い影を落としていた。

ジゼルに使用人たちを下がらせ、エレオノーラは一人、冷めかけたハーブティーのカップを指先で弄びながら、手帳にアンリエッタ公爵夫人へ送るべきハーブの調合比率をサラサラと書き留めていた。


「白カモミール三、氷晶ハッカ一、地熱乾燥させた月光草の根を二……。これに、ヘスブルクの微細な浄化術式を封入した結晶糖を添えれば……」


独り言を呟きながらペンを走らせるエレオノーラ。

その時だった。


カツン……と、サロンの奥、太い石柱の影から、静かな靴音が響いた。


「……え?」


エレオノーラが顔を上げた瞬間。

柱の陰から、音もなく姿を現した長身の影が、大股に歩み寄ってきた。


クラウス・フォン・ヴァルハイト。

漆黒の執務服に身を包み、腕を組んだまま、静かにエレオノーラを見下ろしている。

いつからそこにいたのか。気配を完全に遮断していたため、エレオノーラは全く気づいていなかった。


「だ、大公閣下……!? いつからそこに……?」


エレオノーラが手帳を伏せ、慌てて立ち上がろうとした。

だが、クラウスは長い脚で一気に間合いを詰めると、机に片手をつき、エレオノーラが立ち上がるのを上から覆いかぶさるようにして制止した。


近い。

男の纏う、冷たい風と熱い体温の匂いが、エレオノーラの鼻腔を満たす。

見上げる至近距離。クラウスの彫刻のように端正な美貌は、いつになく険しく、その黄金の瞳の奥には――あからさまに不機嫌で、拗ねたような光がギラギラと渦巻いていた。


「……見事な手腕だったな、我が妻よ」


低くハスキーなクラウスのバリトンが、エレオノーラの耳朶を打つ。

言葉の内容は称賛のはずだった。しかし、その声音には、氷を噛み砕くような苦々しさが滲み出ていた。


「あの気位の高いホルツハイムやヴェルナーの妻どもを、たった一時間で手玉に取り、完全に心酔させてみせた。……大公領の軍師として、これ以上なく誇らしい」


「あ、ありがとうございます……? ですが閣下、なぜそのような不機嫌なお顔を……」


エレオノーラが小首を傾げた、その刹那。


クラウスの手が伸び、エレオノーラの顎を黒革の手袋越しに、クイッと強引に持ち上げた。

逃げ場を失ったエレオノーラの視線が、クラウスの爛々と光る黄金の瞳と真正面から衝突する。


男の吐息が、触れ合うほど間近でエレオノーラの唇をかすめた。


「……手腕は認める」


クラウスはギリリと奥歯を噛み締め、不満を隠そうともせずに低く唸った。


「――だがな、エレオノーラ。男の私から見ても見惚れるほどのあの笑顔を、他の者に見せすぎるのは……少々、面白くない」


「…………っっ!?」


息が止まった。

耳元に落とされた直球すぎる独占欲の言葉に、エレオノーラの白磁の頬が、一瞬にして林檎のように真っ赤に沸騰した。


相手は夫人たちだ。同性の貴婦人たちをもてなしていただけだというのに、この男は――それすらも面白くないと、子供のように嫉妬しているのだ。

帝国最強の武神が放つ、あまりにも重く、甘すぎる執着の熱気。


サロンの窓の外、夕暮れの茜雲が、二人の影を甘やかに溶かし合っていた。

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