第24話:第一の結界崩壊
エレオノーラがアルトハイム侯爵邸を去り、北方の新天地へと旅立ってから、ちょうど十日目の夜。
アルトハイム領東部――領地と未開の原生林を隔てる「境界の深き森」は、異様なほどの静寂に包まれていた。
木々の葉を揺らす夜風の音すら途絶え、夜行性の鳥や虫の鳴き声すら完全に消え失せている。大気そのものが重たく澱み、肌にまとわりつくような、不吉な圧迫感だけが森の奥底から這い上がってきていた。
森の入り口に聳え立つ、石造りの東部第一監視塔。
その最上階の監視室では、二名の当直兵が重苦しい空気の中で息を詰めていた。
「……おい。おい、見ろよ、これ」
監視兵の青年が、震える指先で壁面に埋め込まれた真鍮製の計器を指差した。
『領地防衛結界・魔力密度計』。
かつてエレオノーラがこの地に嫁ぎ、地下霊廟にヘスブルク秘伝の古代魔導核を据えて以来、五年間ただの一度として「百パーセント」の指針を外れたことのなかった絶対の計器。
それが、三日前の交代時にはわずかに傾いて九十パーセントを指していた。
そして今――。
「ろ……六十七パーセント……!? おい、冗談だろ!? 目盛りが、危険域の赤線に突っ込んでるぞ!」
「ば、馬鹿な……! 計器の故障じゃないのか!? 先代の頃からの旧式計器だし、油切れで針が狂ったんだろ!?」
「違う! 窓の外を見ろ! 空だ……空の光が、消えかけてる!!」
青年の悲鳴のような叫びに、もう一人の兵士が弾かれたように夜空を見上げた。
息が止まった。
――そこにあるはずのものが、なかった。
アルトハイム領の夜空には、常に目に見えない、だが確かにそこにある柔らかな黄金の防護膜が張り巡らされていた。星の光を反射して淡い燐光を放ち、森の瘴気や冷気を遮断していた「ヘスブルクの純潔なる浄化結界」。
それが、いまや薄墨を流し込んだように濁り、至るところに肉眼でも視認できるほど巨大な『ひび割れ』が走っていたのだ。
エレオノーラが地下霊廟の制御盤に組み込んだ、時限減衰プログラム。
一日あたり三・三パーセントの均等減衰。
十日間が経過した今夜、結界全体の総出力は正確に三十三パーセント失われ、残存出力は六十七パーセントへと急落していた。
そして、均等に減衰しているとはいえ、結界の強度は全域で一様ではない。領地の中央部に比べ、外敵の圧力と自然の瘴気が最も激しく打ち寄せるこの東部森林の境界線こそが、結界の膜が最も薄く、最も負荷のかかる急所だった。
その最も脆弱な結節点において、ついに――魔力の残滓が底をついたのだ。
――ピキィィィィン……ッ!!
夜空の裂け目から、ガラス細工を巨大な木槌で粉砕したかのような、澄み渡る残酷な破砕音が響き渡った。
「ひっ……!?」
二人の兵士が思わず耳を塞ぎ、身を縮こまらせる。
見上げる夜空の彼方、東の森の上空を覆っていた黄金の薄膜が、目に見える光の粒子となってバラバラに砕け散っていく。
キラキラと舞い落ちる光の残滓は、地面に届く前に夜の闇へと溶けて消え去った。
そして、光が消えたその空間を埋めるように――森の奥底に淀んでいた、冷たく湿った死の臭気と、獣の腐臭を含んだ夜風が、ドッと領内へと雪崩れ込んできた。
結界が、破れた。
東部境界線、幅三キロメートルに及ぶ防護壁が、完全に霧散したのだ。
グラグラと、大気が震える。
そして次の瞬間――森の深淵、暗黒の木立の隙間から、無数の赤い光点が、まるで撒き散らされた火の粉のように、一斉に灯った。
ギチギチギチ……!
グルルルルルァァァッ……!
闇を裂いて響く、爪を研ぐ音。貪欲に涎を垂らす気道管の鳴動。
下級魔獣――『フォレストラプター』。
鋭利な鉤爪と鋼のような鱗を持ち、集団で獲物を狩る獰猛な肉食魔獣の群れ。
これまで何年間もの間、エレオノーラの清らかな結界に阻まれ、境界線の外側で飢えに狂いながら指をくわえていた獣たちが、目の前の不可視の壁が消滅したことを、その獣の本能で即座に嗅ぎつけたのだ。
「で、出た……出たぞォォォッ!!」
監視兵が狂ったように鐘の引き綱に飛びつき、全力で揺らした。
カンカンカンカンカンカンッッ!!
けたたましい非常警報の鐘の音が、静まり返っていた東部の大地に鳴り響く。
「魔獣だ! フォレストラプターの群れだァッ! 結界が消えた! 門を閉ざせ! 自警団を呼べェッ!!」
だが、その絶叫は、森から飛び出してきた無数の黒い影の跳躍によって、無残にかき消された。
ギャオォォォッ!!
樹幹を蹴り、地を疾走する数十頭、いや百頭を超える魔獣の群れ。
赤く光る瞳を爛々と輝かせた獣たちは、監視塔など目もくれず、その先――豊かな麦畑と、平和に眠る農民たちの家々が点在する「エルム村」へと向けて、飢餓の濁流となって雪崩れ込んでいった。
***
地獄の幕開けだった。
ドガァンッ! メキメキメキッ!
粗末な木造の納屋が、魔獣の体当たりによって一瞬でへし折られ、粉々に吹き飛ぶ。
逃げ惑う家畜の牛や馬が、鋭い鉤爪によって喉笛を引き裂かれ、鮮血が夜の畑を赤く染め上げていく。
「ぎゃあああああっ!」
「助けてくれ! 魔獣だ! 魔獣が入ってきたぞ!」
「子供を抱いて逃げろ! 早く、早く森から離れろォッ!」
パジャマ姿の農民たちが、炎の上がる家々から泣き叫びながら飛び出してくる。
何年間も魔獣の影すら見たことのなかった平和な村は、わずか数分のうちに、血と悲鳴と業火が渦巻く阿鼻叫喚の屠殺場へと成り果てていた。
そこへ、松明を掲げた領地自警団の兵士たち十数名が、青ざめた顔で駆け込んできた。
「怯むな! 陣形を組め! 槍を構えろ!」
隊長が必死に怒号を飛ばす。
だが――兵士たちが構えた武器は、あまりにも無残だった。
槍の穂先は刃こぼれし、赤錆が浮いている。革鎧の留め金はちぎれかけ、盾の表面には過去の訓練でついた亀裂がそのまま放置されていた。
第19話において、セレスティアが「武器の修理などヤスリで削ればいい」「出もしない魔獣のために大金を払うなど金の無駄遣いだ」と喚き散らし、自警団の修繕予算五百万ゴルトを『不採用』としてゴミ箱へ投げ捨てた、あの凶行の結果がこれだった。
「隊長! 魔導迎撃弓を使います!」
若い兵士が、魔晶石を装填して遠隔から炎の矢を放つ専用の魔導弓を構え、引き金を引いた。
しかし――。
カチリ。
虚しい金属の噛み合う音。
火花すら散らない。
「な……弾が出ない!? 魔導弓が動かないぞ!?」
「当たり前だ!」
隊長が血の涙を流しながら叫んだ。
「迎撃用の予備魔石の購入申請も、あの新しい女主人に全額却下されたんだよ! 魔石の切れた魔導兵器なんて、ただの重たい薪同然だ!!」
「そんな……! じゃあ、俺たちはどうやって戦えばいいんですか!?」
その問いに答える暇はなかった。
正面の闇を裂いて、筋骨隆々たる巨躯のフォレストラプターが、涎を撒き散らしながら飛びかかってきたのだ。
「うわああああっ!」
兵士が錆びた槍を突き出す。
だが、刃こぼれした槍先は魔獣の硬質な甲皮に弾かれ、パキンと無様な音を立てて真っ二つに折れ曲がった。
次の瞬間、兵士の身体は魔獣の太い前脚によって薙ぎ払われ、血飛沫を上げて地面を転がった。
「武器が通らない……! 刃が立たないぞ!」
「逃げろ! 退却だ! こんなガラクタで勝てるわけがない!」
「本邸へ急報を送れ! 領主様に、正規の騎士団と魔術師団の出動を要請しろォォッ!!」
守るべき武器を奪われ、戦う術を奪われた兵士たちは、次々と武器を投げ捨てて敗走していった。
背後で燃え上がるエルム村。
家を焼かれ、家族を引き裂かれた領民たちの絶望の叫びが、夜空を焦がす黒煙とともに、アルトハイムの空へと立ち上っていった。
***
その頃――アルトハイム侯爵本邸、一階大サロン。
昼間の激しい取っ組み合いの喧嘩の爪痕が、生々しく残されていた。
床には散乱した割れたティーカップの破片、高級菓子の残骸、そして八百万ゴルトの特注ドレスが泥とワインにまみれて転がっている。
ソファの上では、額に包帯を巻き、痛ましそうに顔を歪めたユリウスが、冷えたブランデーをあおっていた。
その対面のソファには、頬に切り傷を作り、乱れたネグリジェのまま不貞腐れて爪を噛むセレスティア。
互いに顔を合わせれば罵詈雑言が飛び出すため、二人はサロンの対角線上で、憎悪に満ちた視線をぶつけ合いながら、気まずい沈黙を守っていた。
クライン商会からの五千万ゴルトの差し押さえ通告。
帝都の高級仕立て屋たちからの八百万ゴルトの即時請求。
金庫にあるのは、金貨三十四枚。
現実から逃避するように酒を流し込むユリウスの耳に、遠くの地鳴りのような音が届いたのは、日付が変わる直前のことだった。
「……ん? 何の音だ?」
ユリウスがグラスを止め、怪訝そうに眉をひそめた。
「どうせ、また門前の平民どもが騒いでいるんじゃありませんこと?」
セレスティアが鼻を鳴らし、棘のある声で吐き捨てる。
「下賤な平民なんて、全員首を撥ねてしまえばよろしいのに。ユリウス様が弱気だから、あんな連中に舐められるんですわ」
「黙っていろ! 貴様の浪費のせいで首が回らなくなっている元凶が、よくも偉そうに――」
ユリウスが怒鳴り返そうとした、その時だった。
ドタドタドタドタッッ!!
サロンの外、廊下を狂ったように走る重い足音が響き渡った。
そして――。
バァァァンッ!!
扉が勢いよく蹴破られ、一人の屈強な男がサロンの中へと雪崩れ込んできた。
アルトハイム領地自警団長――歴戦の退役騎士であるバルトロメウスだった。
しかし、その姿は異様を極めていた。
身に纏う革鎧は血と煤にまみれ、兜は吹き飛び、額からは鮮血が滴り落ちている。握りしめた長剣は半ばからボロボロに折れ曲がっていた。
「か……閣下ァッ!!」
バルトロメウスは床の散らかったドレスや破片を踏み越え、血走った目を剥き出しにしてユリウスの前に膝をついた。
「な、なんだバルトロメウス!? 無礼だぞ、血まみれでサロンに入ってくるなど!」
ユリウスは眉をひそめ、鼻をつまんで後退った。
「何があった! 農民どもが暴動でも起こしたのか!?」
「暴動どころの話ではございませんッ!!」
バルトロメウスが血を吐くような声で絶叫した。
「東部境界線の防護結界が……【完全に崩壊】いたしましたッ!!」
「……は?」
ユリウスの動きが止まった。
「東の森から、下級魔獣フォレストラプターの大群が防壁を突き破り、エルム村へ雪崩れ込みました! 村はすでに半壊、畑は食い荒らされ、家畜も領民も無差別に殺傷されております! 群れの先頭は、すでに第二防衛線を突破し、この領都へ向けて進軍を開始しておりますッ!!」
自警団長の報告が、サロンの空気を凍りつかせた。
セレスティアが「魔獣……? エルム村……?」と呟き、青ざめてソファの上で縮こまる。
だが、ユリウスの反応は、あまりにも常軌を逸していた。
彼は瞬きを二度、三度と繰り返すと――フッ、と嘲るような失笑を漏らしたのだ。
「……はは、何を馬鹿なことを言っているんだ、バルトロメウス」
ユリウスはソファにドカリと座り直し、足を組んでグラスを揺らした。
「結界が崩壊しただと? そんなはずがあるか。我が領地の結界は、建国以来何百年もの間、破られたことなど一度もないのだぞ。森の野犬か何かを見間違えて取り乱したのだろう。情けない男だな」
「見間違いなものかッ!!」
バルトロメウスが床を激しく叩き殴った。大理石が砕け、血の跡がつく。
「俺はこの目で魔獣の群れを見たんだ! 部下が目の前で食い殺されたんだぞ! 閣下、一刻の猶予もございません! 直ちに本館詰めの正規魔術師団を出動させ、迎撃部隊を組織してください! そして、備蓄倉庫から迎撃用魔石と予備の魔導武器を今すぐ現場へ支給してください!!」
自警団長の必死の懇願。
しかし、その言葉を聞いた瞬間、対面のソファに座っていたセレスティアが、気まずそうに視線を泳がせ、ネグリジェの裾をぎゅっと握りしめた。
――迎撃用魔石。
――予備の魔導武器。
今朝、セレスティアが「金の無駄」「兵士が自分で研げばいい」と罵り散らし、真っ赤な×印をつけてゴミ箱へ放り込んだ、あの書類に書かれていたものだった。
「……おい、セレスティア」
ユリウスが怪訝そうに視線を向けた。
「自警団の武器の修繕と魔石の手配はどうなっている? お前が女主人の承認印を押して、帝都の工房へ発注したはずだろう?」
「え……? あ、あの……それは……」
セレスティアは額から脂汗を噴き出させ、目を白黒させた。
「だ、だって……! 金貨五百枚なんて高額の請求書、今の金庫から払えるわけありませんもの! 出もしない魔獣のためにそんな大金を払うなんて勿体ないと思って……【却下】しましたのよ!」
「……は?」
バルトロメウスが、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳に宿ったのは、信じがたいものを見る戦慄。
「きゃ……却下……? 貴様、俺たちが先週から命がけで頼み込んでいた、武器の修繕費と迎撃魔石の購入を……却下したというのか……!?」
「な、何よその目は! 仕方がありませんでしょう!」
セレスティアはヒステリックに逆ギレした。
「うちには今、お金がないのよ! 金貨三十四枚しかないのよ! そんなガラクタの修理代なんて払えるわけないじゃない! 平民のくせに、侯爵夫人の采配に文句をつける気!?」
「貴様ァァァッッ!!!!」
バルトロメウスが咆哮し、折れた長剣を握りしめてセレスティアへと飛びかかりそうになった。
「領民を見殺しにして、武器を奪ったのは貴様かァッ! 泥棒猫の分際で、何千人もの命を何だと思っているんだァッ!!」
「ひゃああああっ! ユリウス様、助けてぇぇっ!」
セレスティアがソファの裏へ逃げ込む。
「やめろ、無礼者ッ!」
ユリウスが立ち上がり、バルトロメウスを怒鳴りつけた。
「当主の目の前で女に刃を向けるか! 武器がないなら素手で戦え! 領民を守るのがお前たち自警団の義務だろうが!」
「素手で魔獣と戦えるわけがあるかァッ!!」
バルトロメウスの怒号がサロンを揺らす。
「武器も魔石も届いていないから、俺たちの槍は全部へし折れたんだ! 村人たちを盾にして逃げることしかできなかったんだぞ! この人殺しどもが!!」
「ええい、喚くな! 見苦しい!」
ユリウスは耳を塞ぎ、苛立ち紛れに手を振り払った。
彼の脳裏には、いまだ「現実」の一片すら届いていなかった。
「結界が破れたなら、また張り直せばいいだけの話だろうが! たかが下級魔獣が数匹入ってきたくらいで、大騒ぎしおって! おい、ルートヴィヒ!」
扉の影に立っていた老執事に、ユリウスは尊大に命じた。
「今すぐ帝都の『帝国魔導ギルド』へ早馬を飛ばせ! 腕利きの特級魔術師を十人ほど雇い入れ、東部の結界を修復させろ! 代金など、領地が落ち着いてから後払いで払ってやると言えば、喜んで飛んでくるはずだ!」
ユリウスは鼻で笑い、セレスティアに向かって胸を張ってみせた。
「どうだ、セレスティア。結界など、金を払えば魔導ギルドの連中がいくらでも張り直せるのだ。あのエレオノーラという女は、自分が結界を維持していると偉そうに威張っていたが、所詮は金で解決できる程度の仕事にすぎんのだよ」
――金で、解決できる。
――魔導ギルドに頼めば、すぐに張り直せる。
その言葉を耳にした瞬間、老執事ルートヴィヒの顔に浮かんだのは、怒りですらなかった。
ただ、底知れぬ哀れみと、絶望の冷笑。
「……閣下」
ルートヴィヒは、乾ききった声で呟いた。
「ヘスブルク家の『純潔なる浄化結界術』は、血統に伝わる古代魔導……。術者が愛と真心を込めて領民と土地に注ぐ契約によってのみ、低コストで稼働していたのでございます」
「ああん? 何が言いたい!」
「市販の魔導ギルドが展開する汎用防護壁など、ヘスブルクの結界とは性能も、消費魔力も、文字通り桁が違うのでございます……。魔導具で代用しようとすれば、国家予算級の魔晶石を毎月消費することになりますぞ。……今の我が家に、そのような前払金を支払う財力があるとでもお思いですか?」
「な……っ!?」
ユリウスが息を詰まらせた、その時だった。
ゴオオオオオオオオッッ……!!
サロンの窓を、東の夜空を朱色に染め上げる猛烈な熱風が吹き抜けた。
地響きとともに、遠く領都の外郭から、何百人、何千人もの領民たちの悲鳴と絶叫が、濁流のように押し寄せてくる。
『火事だ! 東の村が全滅したぞ!』
『魔獣が来る! 魔獣が街に入ってくるぞ!』
『自警団は全滅だ! 領主様はどこだ!? 俺たちを見殺しにする気かァッ!!』
バルトロメウスは折れた剣を床に投げ捨てると、涙を流しながらユリウスを指差した。
「……もう終わりだ。アルトハイム領は、今夜滅びる。……貴様ら二人で、精々その空っぽの屋敷で焼け死ぬがいい!!」
自警団長は踵を返し、一度も振り返ることなくサロンを飛び出していった。
一人残されたサロン。
窓の外を見上げれば、東の地平線一面が、燃え盛る業火によって不気味な血の色に染まり上がっていた。
闇を裂いて木霊する、フォレストラプターたちの飢えた咆哮。
「あ……あ、あ……」
セレスティアが腰を抜かし、床を這い回って失禁する。
ユリウスは手元のグラスを取り落とし、砕け散るガラスの破片を見つめながら、ガタガタと歯の根を合わずに震えていた。
エレオノーラが去って、わずか十日。
守り手を失った大地に、最初の破滅の業火が、音を立てて燃え広がっていた。




