第7話「【修羅場】ワンルームの誘惑と、フラッシュライト物理除霊」
「ここ、私の部屋。どうぞ入って?」
「お、お邪魔します……!」
桜井さんのマンションは、シックなインテリアでまとめられたオシャレなワンルームだった。
通された俺は、ソファーの端っこにちょこんと腰掛け、テレビのバラエティ番組を眺めながら激しくそわそわしていた。
キッチンでは、桜井さんがパパッと手際よく生ハムとチーズの軽いおつまみを用意してくれている。
背中から漂う大人の色香と、ワンルームという密室空間。俺の心臓はBPM180の爆速ビートを刻んでいた。
(うわあああ! ホントに来ちゃったよ! 二十七歳社畜、ついに人生最大のモテ期到来じゃねえか!?)
「坂口さん、お待たせ。はい、これどうぞ」
「あ、ありがとうございます……!」
出されたワイングラスを傾けつつ、他愛もない会話を交わす。
……しかし、時間が経つにつれ、俺は妙な違和感を覚え始めていた。
桜井さんの視線が、俺の顔ではなく、俺の胸元あたりをじーっと見つめているのだ。
まるで、俺の体の中に隠された「何か」を探し求めているかのように。
(……え? 俺の姿勢、また崩れてる? それとも胸筋の鍛え方が足りない……?)
「……チッ、余計な真似を……」
「え? 桜井さん、今なにか言いました?」
「ううん、何でもないわ」
桜井さんは妖艶に微笑むと、リモコンを手にして部屋の電気をパチッと消した。
薄暗い部屋の中に、テレビの液晶画面の青白い光だけがゆらゆらと揺れる。
「ねえ、坂口さん……。ちょっと暑くない?」
桜井さんがカーディガンを脱ぎ捨て、ソファーの俺の隣へと滑り込んできた。
柔らかな感触が腕に伝わり、頭が弾け飛びそうになる。
「さ、桜井さん……っ!?」
「ふふ、これ……飲んで?」
桜井さんが差し出してきたのは――あの、怪しい海外製のエナジードリンクだった。
あの時と同じ、氷のように冷たく、『パープルエナジー』よりも怪しい雰囲気を醸し出す不気味な漢字が躍る缶。
「これ……またあのエナドリですか? いや、俺はちょっと……」
やばいよ、このエナドリを飲んだらまたあのキョンシー状態になるかも......。
「いいから、飲んで。……あの人の魂も、きっと表に出てくるわ……!」
「……え?」
一瞬、空気が凍りついた。
あの人……? 誰の話だ。
その瞬間、桜井さんの瞳から理性の光が消え、禍々しい気配が部屋中に充満した。脳裏に過ぎるのは、整体師のあの言葉。
『姿勢の歪みは心の歪み……特に、女性には気を付けてください』
(あ……あ……ッ!)
直感が叫んでいた。目の前の人物は、俺の知っている桜井さんじゃない。
「桜井さん……!? どうしたんだ……!? ……はっ!?」
その直後、視界の隅に、俺の胸倉を掴んで拘束しようとする桜井さんの手が映った。
(ぬおおおお!!!?)
脊髄反射的に体をぐるん!と回転させて、その手からなんとか逃れた。
ソファーから転がり落ちた勢いそのままに前転してから、桜井さんを振り返ると、いつもとは別人のように冷たく黒い目で俺をじっと見つめていた。
明らかに、桜井さんの様子がおかしい。
(桜井さん……、どうしちまったんだ!?)
俺が恐怖に固まって桜井さんを見つめていると、可愛らしい人気のキャラもののうさちゃん『ちいうさ』の人形が、桜井さんの後ろから、すーっと後ろ向きのまま宙に浮かび上がってきていた。
「あ……あ……」
『ちいうさ』人形は、やがてゆっくりとこちらを向き、この状況に似つかわしくないファンシーな声でしゃべり始めた。
「そこのオトコ……、ワタシをメルカリで売ろうとしているのはオマエか!?」
「ええ!? ……いいえ、違います!!」
人形がしゃべったことにうろたえつつも、全力で否定する俺。しかし――
「ワタシが限定ものだからって、いくら利鞘を稼ぐ気だピョン!? 転売ヤーには……、ファンに代わっておしおきよ!!」
カワイイ『ちいうさ』人形は聞く耳を持たず、俺を一方的に転売ヤー認定して、宙を舞いながら襲い掛かってきた!
「う…!」
俺は咄嗟にかがんで避けようとしたが、反応がコンマ一秒遅く、頭のてっぺんあたりに、ゴン!!という衝撃が来た。
「く、このうさぎ野郎!!」
毒づく俺。
「ピョンピョン、こりないヤツだピョン!」
そう言うと、ギュン!!と、もう一度つっこんでくる『ちいうさ』。
しかし、その猪突猛進な『ちいうさ』の攻撃は、一度見れば避けるのはそれほど難しくない。
俺は『ちいうさ』の二撃目をひらりと躱し、その後頭部と首の境目にラビットパンチをお見舞いしてやった(うさぎだけに)。
「……うっ!……それは、反則だピョン……」
『ちいうさ』人形は、そう言いながら床にガタン!と落ちて、動かなくなった。
(やったか……!?)
俺が一瞬の勝利感を味わうのもそこそこに、
「よくも、私のかわいいうさちゃんを……!」
桜井さんが憎々しげな目で、ゆらりとソファーから立ち上がってこちらに向かってくる。
(うおおおお……!! どうする!? どうするんだ!? ……はっ!!)
『今、LINE登録をすませていただきましたので、お持ちのスマートフォンが少しは邪な者を跳ねのける力になってくれるはずです』
俺は整体の先生の言葉を思い出し、咄嗟にポケットからスマホを取り出すと、画面を操作してフラッシュライトを起動し、近づいてくる桜井さんの顔へと向けた。
「お前、桜井さんじゃないな! 邪な者め、桜井さんから出ていけ!!」
ピカァァァァァァッ!!!
漆黒の部屋に、スマホの強烈なLEDライトが放たれる。
「ギャアアッッ!?」
直後、桜井さんの口から、地獄の底から響くような女の悲鳴が上がり、部屋の窓ガラスがガタガタと激しく割れんばかりに震動した!
「眩しい……ッ! うう、ぐ……!」
「ひ、ひえぇぇぇっ!? 」
驚き叫ぶ俺に向けて、憎々しそうな女の声が低く響いた。
「覚えていなさい……っ! 刀を作ることしか能がないくせして、国広さんを死ぬまで傷つけて苦しめて……!その償いは絶対にさせるわ!」
「……国広さんの魂は、渡さない!国広さんと私は、結ばれる運命なんだから……!!」
桜井さんの体からドス黒いオーラが噴き出し、窓の隙間を抜けて外へと飛び去っていく気配がした。
冷たく湿った風が部屋を駆け抜け、ポルターガイスト現象が嘘のように静まり返る。
(つ、出て行った……!? てか、あっちの方向って……会社がある方角じゃねえか……!?)
脱力して床に座り込む俺の前で、桜井さんが「う、ううん……」と頭を押さえながら倒れ込んだ。
急いで部屋の電気をつけると、桜井さんはパチパチと目を瞬かせ、不思議そうに部屋を見回した。
「あ、あれ……? 私、何を……? え、坂口さん!?」
「さ、桜井さん……! 自分の名前、分かる!?」
「え、ええ……桜井怜奈ですけど……。私、なんで部屋の電気消して、坂口さんとこんな近くに……? 私、何か変なことしましたか!?」
顔を真っ赤にしてパニックになる桜井さん。
どうやら、本当に憑依されていた間の記憶がすっぽりと抜け落ちているらしい。
「桜井さん……本当に、何も覚えていないの……?」
「え……? は、はい……。あの、私、坂口さんに何か酷いことを……!?」
怯えるように俺を見つめる桜井さん。
俺は、去り際にあの女の霊が残した不穏な言葉と、会社の方向へ飛んでいった黒い気配を思い出した。
あいつ……。まさか、東雲さんに……?
俺の背筋に、冷や汗が一筋伝わった。




