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第6話「【歓喜】社畜に訪れた神展開(※罠です)と、女の甘い誘惑」

「あ、坂口さ〜ん」


「――ッ!?」


 雑居ビルの入口横。

 自動販売機の陰からゆらりと現れたのは、どこか艶めかしい笑みを浮かべた桜井さんだった。


「さ、桜井さん!? 仕事はどうしたんですか!?」


「ふふ、今日はそんなに忙しくないしね。課長もぎっくり腰で早退しちゃったから、『取引先との対面での調整事項が出た』って言って、抜け出して来ちゃった」


「えぇ~!? 大丈夫なんですか、そんな適当な理由で!?」


「あはは、ダメかもね。……でも、坂口さんのことが心配だったから」


(うおおおおおぉぉぉぉっ!!??)


 二十七歳独身社畜の胸の中で、歓喜のファンファーレが鳴り響く。


 心配だったから抜け出してきた? 俺のために? え、これってもしかして、全男子が人生で一度は夢見る『職場のマドンナからの特別扱い』ってやつでは!?


「坂口さん、お昼まだなら、一緒にどうですか?」


「え、い、いいですよ! どこに行きましょうか!」


 食い気味に即答した俺は、桜井さんに案内されるまま、整体院の近くにある落ち着いた雰囲気のイタリアンレストランへと向かった。


 オシャレなジャズが流れる店内。

 パスタを注文し、お冷を口に運んだところで、桜井さんが上目遣いに俺を見つめてきた。


「そうですか、整体に行ってきたんですね」


「そうなんですよ。いやぁ、ホントに姿勢が悪くて。……まぁ、ちょっとお会計は高かったですけどね~」


 1万8,000円という大金(半額弁当約50回分)の痛みを思い出し、ひっそりと目元を濡らす。


「でも整体って、ちょっと怪しい所も多いって聞きますけど。そこは大丈夫だったんですか?」


「え……? ああ、ええ。ばっちり効きましたね! 大丈夫! ……だと思います……」


 脳裏に、激しく揺れる骨格模型、目にも留まらぬ速さで繰り出された『超高速首骨連続矯正』、そして「く、この死にぞこないが……!」と虚空に叫んでいた陰気な先生の顔が巡り、思わず口ごもってしまう。


 ……うん、物理除霊だったけど、まあ効果は本物だったし大丈夫なはずだ。


「そうですか。それなら良かった」


「ええ、身体の歪みはばっちりとれましたよ!」


「…………」


 桜井さんはふっと笑みを消すと、まるで品定めでもするように、俺の全身を舐め回すような視線で観察し始めた。背筋がピンと伸びた俺の体をじっくりと見つめ、ぽつりと呟く。


「……ええ、そのようですね。とても腕の良い整体師さんなんですね……」


 なんだろう。その声には、どこか冷ややかな、刺さるような何かが混ざっている気がした。


 だが、桜井さんはすぐにいつもの妖艶な笑みに戻ると、小さく首を傾げた。


「でも……整っていること、正しいことばかりでは、息が詰まりませんか?」


「え?」


「ちょっと『いけないこと』もしてみたくなったり、しません?」


 一瞬、思考がフリーズした。


 いけないこと……?


 はあ、まあ、二十七歳の独身男ですし、たまにはそういう不道徳な欲求が芽生えることもあるかもしれない。

 とはいっても、俺の思い当たる『いけないこと』なんて、一ヶ月前にガールズバーの一番人気の子から営業LINEが来た時に「ワンチャンあるか!?」と夜に一瞬だけ胸を躍らせたことくらいだけど……。


 固まる俺に向かって、桜井さんはテーブル越しに身を乗り出してきた。


 カーディガンの胸元がぐっと深くなり、豊満な果実が視界を埋め尽くす。


「よければ……今から、私の家に来ませんか? いいお酒もありますよ。坂口さんに、きっと気に入っていただけると思うわ」


(うおおおおおーーーっ!!?? なんかキターーーッ!!)


 なんだこの神展開は!? 人生最大級のモテ期到来か!?

 会社を早退して美女の家で昼からお酒!? 漫画かよ!!


 ……い、いや、待て。早まるな坂口拓海。

 脳裏に、必死な顔で俺を止めてくれた東雲さんの姿が浮かぶ。


『坂口さん! あの人には気を付けた方がいいです!』

『落ち着いたら、一緒にご飯でも行きましょう』


 そうだ、東雲さんとのデートの約束(仮)はどうするんだ?

 それに……あの陰気な整体師の先生だって、最後に出て行くときに言っていたじゃないか。


『姿勢の歪みは心の歪み……特に、女性には気を付けてください』


 ――女に、気をつけろ。


(まさか……桜井さんに限って、そんなことは……。まさか桜井さんが、東雲さんの言う『邪な者』と関係があるなんて……そんなわけが……)


 葛藤。超絶葛藤。

 脳内で「理性」と「新NISAの健全な未来」を司る坂口と、「煩悩」と「おっぱい」を司る坂口が、熾烈な合戦を繰り広げる。


 俺が本気で逡巡し、眉間にシワを寄せて黙り込んでいると――。


 桜井さんはスッと立ち上がり、俺の手を優しく、しかし拒絶を許さない力強さで包み込んだ。

 その指先は、なぜか凍りつくように冷たかった。


「坂口さん。……来て?」


 湿り気を帯びた艶っぽい瞳で見つめられ、俺の理性の堤防が決壊した。


「行きます!!!」


 東雲さんごめん! 整体師の先生ごめん!

 男にはな、たとえ罠だと分かっていても飛び込ままなきゃいけない瞬間があるんだよ!!(※ただの欲望です)


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