第43話「【ラストバトル④】名工の刃気と、巨塔の診断」
切り裂かれた温かい水の間を、まっすぐに伸びる砂地の道。
俺は一歩一歩、その乾いた砂を踏みしめて前へと歩き続けた。
果てしなく続いているように見えるこの道の先は、本当に東雲さんたちに繋がっているのだろうか?
そんなことを考えながら、しばらく進むと、突如として前方を塞ぐように、透明で見えない壁に行き当たった。
手で触れてみると、硬く冷たい感触が跳ね返ってくる。
「ここか……!」
俺は右手に宿る『一期一振』の柄を握り直すと、迷わずその見えない壁へと刃気を振り下ろした。
スパァンッ!
鋭利な切断音とともに透明な壁が両断されると、向こう側の空間から、ドッと大量の水が溢れ出してくる。顔一面に飛沫を浴び、頬についたその雫を指先ですくって、何気なく舐めてみた。
ほんのりと、塩っぽかった。
「これは……、涙?」
次の瞬間、切り開かれた空間から奔流となって押し寄せる水に身体ごと呑み込まれ、俺の意識は光の射す上方へと、凄まじい速度で浮上していった。
「……坂口さんっ!」
「起きて、坂口さん……ッ!」
この声は、東雲さんと桜井さん……?
次第に、至近距離で泣きじゃくる二人の顔がうっすらと見えてきた。
その頭上では、あの『純愛のアルペジオ』が展開した光の障壁に無数の瓦礫が叩きつけられ、けたたましい音を立てて砕け散る瞬間だった。
バキィィィンッ!
「しまっ……!?」
寿々木先生が叫ぶ。
頭上から降り注ぐ、数十本の鋭利な鉄骨の雨!
……ピクリ。
全員を串刺しにしようと迫る圧倒的な質量を前に、俺の右手が無意識に跳ね上がっていた。
「――フッ!」
空を薙ぐ手刀の一閃。
視覚化された神速の刃筋が、空間そのものを両断するように閃いた。
ザンッッッ!!
一瞬の静寂の後、落下してきた鉄骨の束が、まるで豆腐のように綺麗な斜め一直線に切断され、左右の床へと激しい轟音を立てて崩れ落ちた。
「な……手刀で、鉄骨を……!?」
壁際で倒れ込んでいた森田先生が目を見張った。
(これが、『一期一振』の刃気なのか……! これなら、皆を助けられる!)
康継さんの渾身の一振りがくれた心の刃の力が、今、確かに俺に宿っている!
「坂口くん……! 意識が戻ったのか!」
「みんな、もう大丈夫です!」
俺は跳ね起き、即座に身構えた。
休む間もなく、床から大蛇のような配管の束がうねり、俺たちの頭上めがけて撃ち下ろされてくる。
俺は一歩踏み込み、手刀の刃気でそれを迎撃した。
ズガガガッ!
しかし、まだ国広は攻撃の手を休めない。
阿月がそうしたように、配管を触手のように操り、俺の心臓を捉えようとしてくる!
「くうっ……!」
俺は苦し紛れに、窓から離れた壁を背にして迎え撃とうとした。しかし――
ガガガガガガッ!
派手な音をさせて配管が穿ったのは、奇妙にも俺ではなく、数歩横の床だった。
(……なんだ、外した? ……いや、これは……)
「坂口君、油断するな! 奴はこの建物と一体化している!」
寿々木先生が叫びながら、背後の東雲さんたちを庇う。
間髪入れず、今度は天井の梁が牙のように折れ曲がり、猛烈な速度で突進してきた。
だが――。
ガギィンッ!!
迫り来る梁の先端を、俺は右の手刀で受け流しながら、その衝突のベクトルを鋭く観察した。
まただ。
俺たちの背後にある「非常階段とエレベーターシャフトの分厚い壁」――そこだけを、不自然なほど避けるように攻撃が逸らされている。
(国広は、壁や床をめちゃくちゃに壊して暴れ回っているくせに、このタワーの中央部だけは、かすり傷ひとつついていない……。なんだ、これは?)
この奇妙な状況を見て、俺のSEとしてのデバッグ思考が、猛スピードで仮説を組み立て始めた。
荒れ狂う攻撃パターンの穴。
例外処理のように守られている中央の頑強な区画。
「……なるほどな。壊さないんじゃなくて、壊せない『理由』があるんだ!」
俺はすかさず身を屈め、床に直接、素手をピタリと押し当てて、プロの整体師のように触診した。
(ああ……、そういうことか!)
タワーの振動、建材の軋み、そしてそこに宿る国広の霊気の流れをダイレクトに読み取る。
相手が超高層ビルだろうが、骨組みがあるなら構造は人間と同じ。
「ぐっ……!」
手のひらを通じて、悍ましい悪意が流れ込んでくる。
羽振に分け与えた認知を歪める催眠の力。
そして、阿月から奪い取った霊力。
それらが建物の配管や鉄骨を血管のように伝い、街のキョンシーたちへ指令として垂れ流されている。
だが、それ以上に――。
(脈動の支点……全体の荷重を支えているのは、この中央のエレベーターシャフト……コア構造か!)
人間の身体で言えば、まさに「脊椎(背骨)」。
国広はタワーそのものに魂を同化させている。だからこそ、自分の存在基盤であり、ビルの崩落に直結する中央の背骨だけは、絶対に自ら攻撃できないのだ。
そして、その背骨の軋みを指先で辿っていった瞬間、脳裏に立体的な歪みのマップが閃いた。
「……見えたぞ。歪みの本丸はここじゃない」
「え……? 坂口さん?」
東雲さんが不安そうに声を上げる。
「この21階は、言わば背骨の中間……胸椎のあたりだ。でも、タワー全体の霊気と鉄骨の軋みが、極端に上へ引っ張られている。最上階――37階だ。あそこが不自然に前に突き出て、タワー全体が重度の『ストレートネック』を起こしてるんだよ!」
「ストレートネックですって……!?」
森田先生が呆気にとられたように声を漏らす。
「てっぺんの首の骨が歪んで神経を圧迫しているから、建物全体が暴走して、下へ歪んだ霊毒を撒き散らしているんだ。あそこを元通りに矯正しない限り、国広の支配も、街のキョンシーたちも止まらない!」
ギギギ……ッ!
俺の言葉を拒絶するように、周囲の壁が波打ち、無数のコンクリート片が浮遊し始めた。国広が図星を突かれて焦っているようにも見える。
「森田先生、寿々木先生! みんなを連れて、中央のエレベーターシャフトの壁際に張り付いて防衛してください! あそこなら国広も大技は撃ち込めない!」
「坂口くん、まさか一人で……!?」
森田先生の叫びに、俺は振り返って親指を立てた。
「放置するには、あまりに酷い首のコリですからね。――ちょっと37階まで、タワーの首をボキッと鳴らしに行ってきます!」
そう言って俺は、浮遊する瓦礫の嵐を手刀の一閃で切り払い、非常階段の分厚い防火扉へ向けて駆け出した!




